愛しているよ。ずっと愛し続ける
 聞こえない、届かない、変わらない愛を君へと捧げ、僕は現の世界から溶けてなくなった。
 …これで終わったろう。僕の長い意識も、思い残すことなく、消えるだろう。
 僕の呪いという願いは現実を侵蝕した。
 現在の僕と、現在の君が、幸せになってくれるのなら、それでもう望むことは一つもない。
 ………望むことはもう一つも。ないだろうか。本当に?
(最後に。君に、会いたかったな)
 ぽつりとこぼれた気持ちに自嘲気味に笑った。諦めが悪いな僕も。
 白んで消えていく残り物の僕は、現在を生きる君の寂しさを拭っていけたろうか。少しそれが心配だ。
 僕は自分という人間を分かっているつもりだから、現在の僕が君を見るように仕向けたつもりだけど、これでよかったのか、自信はない。ただよかったのだと自分に言い聞かせて消えていくことしかできない。
 大丈夫
 …僕の疑問に答えるように声が聞こえる。ひどく懐かしい声が。
 目を開けると、そこは白んだ空間だった。白っぽい大地に白っぽい空。全ての境界が途絶えたような白いそこに黒いワンピースを着た君がいた。僕の知っている君が。僕が愛した君が。
 ? と呼ぶと彼女は笑った。僕が願って止まない笑顔でそうよアラウディと僕のことを呼ぶ。
 瞬間、僕は駆け出して、彼女を全力で抱き締めていた。
 とこぼして体温のない君を抱き締める。温度はないけれど君の指先が僕の髪を梳くのが分かり、それだけで、僕は泣き出しそうになっていた。
 もう大丈夫。現在を生きる私も、あなたも、もう大丈夫
 本当…?
 本当。アラウディが頑張ったから
 僕は何も頑張ってない。ただ、僕と君がお互いを見ていないのが、嫌だっただけだ
 ふふ、そうね。そう
 懐かしい声が鼓膜を震わせる。その度に泣きたくなる。歯を食い縛ってそれを耐える。男が泣くなんてかっこ悪いから。
 そんな僕を知ってか知らずか、彼女は言う。ほら見てアラウディ、と僕の手を引いて地面を指す。その指先を辿って目を凝らすと、白んだ地面の向こうには景色が映っていた。それは現在の、僕と君が、手を繋いで笑い合っている現実だった。
 ああ、そうか。僕のしたことは無駄にはならなかったのだ。そう分かってほっとした。
 だから、今度は私達の番
 彼女はそう言って今度は上を指した。その指を辿ると、白んで見える空にうっすらと星が瞬いているのが見えた。すっと光る筋が通り抜けるのも見えた。ただの流れ星じゃない。彼女がよく僕の手を引いて歩いた、流星群の空だった。
 彼女は笑う。お星様が叶えてくれたんだね、と僕に満開の笑顔を見せる。
 それが今この奇跡のことを言っているのだと、遅れて気付いた。
 君が、星を見上げて、いつも何を思っていたのか。僕は知らなかったし訊かなかった。
 刹那の瞬間に瞬いて消えていく流れ星に君が願っていたことに、僕がいたのなら。それが叶ったのが今なら。こんなに嬉しいことはない。
 その手を僕の頬に添え、彼女は背伸びして頬にキスをくれた。温度はなかったけれど、それでもよかった。縋るように、いや、僕は縋って彼女のことを強く抱いた。
 ……これが、終わりなのだと。これで、終わりなのだと。
 君を失ってから残った生を機械のように生き、死んだ僕が、目醒め、途絶えて、そして今本当に消えようとしている。
 望まぬ死に覆われた君。その死を受け入れられず拒否し続け、死んだように生きて、壊れた僕。
 もう離れないで
 僕が縋ると、彼女は微笑んだ。温度のない指先が僕の目元をなぞり、離れないよ、と微笑う。
 ぎゅっと抱き締めるとぎゅっと抱き返された。感覚はある。温度はない。
 泣くものかと思っていたのに最後には僕は泣いていた。
 愛する君の髪に顔を埋め、全てが白んでいく世界の中で、最後まで君のことを感じていたくて強く抱き締め続けた。
 愛しているよ、と囁く。私だって愛してるよ、と彼女の声がする。もともと境界などなかった白んだ世界がさらに白くぼやけ、僕と彼女を包んでいく。
 僕のこと、待っていてくれたの。そう訊くと彼女は笑った。もちろん、と。ずっと見てたわ、と僕に微笑む。そんな君の頬に頬を寄せた。温度はない。それでもいい。僕は、君がいないともう駄目なんだ。本当に。
 そうして僕らは。幸福の中一つに溶けて。消えて、なくなった。