個人的な用事で個人的にジョットの部屋に呼び出され、久しぶりに外ではなく中で、ベッドを軋ませて抱いた。ジョットはボンゴレのトップだからその部屋は特別仕様で防音などにも優れている。密談が外に漏れ聞こえないようにというアレだ。それを都合よく利用している。
 最初のうちは絶対外だった。それは恐らくジョットも線引をしていたからだ。俺との関係は身体だけで心は違う、と自分でも区切っていたんだと思う。公私混同とかよく言うしね。
 それがなくなった。オレも歳だしな、ベッドでもいいかと言い出した時点で、ジョットの心は傾いたのだろう。
「皺がある」
 目元を指先でなぞった俺に、精魂尽きて満足したらしいジョットが唇だけで笑った。「28だぞ? 仕方ない」「別に悪いとは言ってないだろ。程よくやわらかく見えていいんじゃないの。ま、ジョットはいつもやわらかい笑顔だけど」太陽の色の髪を撫でてからベッドを下りる。ちゃっちゃとスーツを着始めた俺をジョットがぼやっとした顔で見ている。
「もう行くのか」
「あんまり長いこと二人で留守にしない方がいいでしょ」
 至極当然のことを言ったつもりだったけど、ごろり、と寝転がってこっちに向き直ったジョットが横になったまま「アラウディか」と呟くので、シャツを羽織った手が一瞬止まった。すぐにボタンを留め始める。「何が?」「気付いているんだろう」「…だから何が」「あいつはお前を好いてるよ」その言葉に、今度こそ手が止まった。掴みかけたジャケットがばさりと音を立ててソファに落ちる。
「…兄弟だよ? そんなわけない」
 笑って誤魔化そうとするんだけど、ジョットは流されてくれなかった。じっとこっちを見つめる観察するような瞳に、最初に会った頃を思い出す。あの頃も俺達のことを見抜いていた。
 ジャケットを掴んで、俺は逃げた。ジョットの部屋から自室へと引き上げ、ぐしゃ、と前髪を握り潰す。
(そんなこともう知ってる。分かってる。俺のせいでアラウディが苦しんでることくらい)
 だから、嫌いになってくれればいいって思ったんだ。俺を好きなせいであいつが苦しむくらいなら、俺のこと嫌いになればいいって。だからジョットを抱いた。
 男同士で兄弟で好き合う二重苦。それを思うなら。周りに壁と偏見を作るなら。俺はこの気持ちに蓋をして、アラウディに嫌いになってもらおう。そのためにどんなことでもしよう。
(俺を嫌いになって。自由に飛んでいけ。アラウディ)
 ひょっとしたらこれは無駄な足掻きで、アラウディはもう一人で立つことなんてできないのかもしれない。俺も、一人で立てないのかもしれない。弱音を吐きそうになった心を殴って黙らせ、前髪を潰していた手を開く。
 手を繋がなくなったんだ。それで大丈夫になったんだ。だからきっと俺達は自立していける。
 ボンゴレ内の精鋭、トップ陣を集めた会合という名の話し合いのパーティが開かれた。俺とアラウディは隣り合って座って、アラウディは会議になんて目もくれず始終頬杖をついてぼうっとしていた。対して俺はボンゴレの頭脳の一人なので真面目に参加して真面目に意見を交わし合った。
 この頃、ボンゴレは分裂しつつある。
 大きく肥大化しすぎてしまった。組織内で意見が分裂するようになり、もうトップ勢にすらその傾向がある。少しでもその距離を縮めるための集まりだったけど、今回もジョットとDは真っ向から対立する形になってしまった。
 前半は真面目な話し合い、後半は飲んだり食べたりという自由なその場所でそれとなくジョットに近付く。疲れた顔をしてるな。
「お疲れさま」
「ああ…いや。疲れてなどいないぞオレは」
 隠して笑うジョットに吐息してから顔を寄せた。ざわ、と脈打つ人衆に構わず口元についてたクリームを舐め取る。さっき食べたケーキのやつだろう。「ついてた」にっこり笑う俺に「あ、ああ、悪い」とどうにか笑ったジョット。
 なんだ、紛らわしいことするなよ、とばかりにざわつきが少なくなる、その中で、ガシャーンと大きな音。視線だけやればアラウディが持っていたレモンティーをカップとソーサーごと落としたところだった。
 信じられないとばかりに大きく見開かれた目に引きつったように震える唇。
 目が合う前に、アラウディは「手が滑った」とぼやいて大股で会議室を出て行った。
 痛む胸に知らないフリで普通の顔でローストビーフとサラダを皿に盛る。「追いかけないのか」と問うジョットの声に明るく笑って「なんで? あいつこういう賑やかなの嫌いだから仕方ないよ」と返す。
 そう。仕方がない。仕方がないんだ。
 受け入れてくれるかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
 ここを追われることになったら今度はどこへ行けば?
 やっと手に入れた居場所なんだ。自由なんだ。寒さに凍えることも空腹に耐える必要もない場所なんだ。俺の身勝手で奪うわけにはいかないんだ。
「ひでぇことするな」
 パーティーの片付けをしていると、ぼそっとした声でGにそう言われた。はい? と首を捻って皿を重ね続ける俺に「知らないフリもいい加減にしとけよ。あのままじゃあいつそのうち首吊るぞ」と言われて手が止まった。
 誰のことか、なんのことを言ってるのか、分かってしまった。
 いたって普通のいつもの顔でフォークやナイフをまとめつつ「その前に俺のこと嫌いになるよ」そう返すとGは短く笑った。
「そのためにジョットも利用した、ってか?」
「………」
 カチャン、とフォークを置く。しつこいGを振り返って「そうだよ」と無表情に告げると、目を細めたGが「その顔、あいつとそっくりだな。さすが兄弟」とぼやいた。がしがしと赤い髪をかくとポケットからタバコを取り出して火をつける。
「あいつオレと寝てるぞ」
「、」
 ガチャン、とナイフを取り落とす。「で、お前はジョットと寝てる。いい加減くっついてくれないか。いい迷惑だ」ふー、と煙の吐き出される音に、ぐっとナイフを掴む。
「アラウディと、寝た?」
「ああ」
「…Gが?」
「ああ」
 初めて膨らんだ殺意。目の前が真っ暗になる感覚にふらりとよろける。
 ジョットの右腕。殺したらどうなるか分かってるのか。ボンゴレは崩壊するぞ、と冷静な声。
 俺のアラウディを抱いた、汚した、犯した、許せない、絶対に許せないと身勝手なことを叫ぶうるさい声。
 理性と性欲で揺れるジョットみたいに、理性と殺意の天秤が揺れる。
「あいつ、無意識か知らないが、お前の名前呼ぶんだ。ってそりゃあもううるさい。それに、抱かれたあとは絶対に吐いてる。身体は快楽を求めて喘ぐが心は別なんだろう。あんなこと続けてたら本当に壊れるぞ。抱き心地は悪かないが、勘弁してくれ」
 さっさと抱いてやれよ。煙を吐きながらの言葉に、泣きながら俺の名前を呼ぶアラウディを思い出した。必死にドアを叩く音を。俺を求める声を。
 ぶん、とナイフをぶん投げた俺にGは冷静に銃を抜いて銃身でナイフを弾いた。ギン、と鉄同士がぶつかる高い音。交錯した視線。「…あとで殴っていい?」「一発なら請け負おう」おどけたようにすっと両手を挙げたGをびっと指さして「分かった、俺も男だ。その一発に気持ち全部込める」と宣言して後片付けを投げ出してアラウディの部屋へと走る。
(足が軽いな。驚くくらいに)
 アラウディと手を離してから、俺達が別々の道を歩き出してから、身体はどこかダルくて、重くて、誤魔化すような日々だった。
 いつまでも一緒にいられないと思っていた。だって別々に生まれてしまった、俺達は近すぎた別々の個体で、一つに戻ることなんてない。区切りをつけなくては。そうでないとアラウディはどこまでも俺と一緒で、他を顧みない人間になる。
 もう全てが遅いのではないかと気付いていながら、きっと大丈夫と言い聞かせ、強がって振り払った手を握らなかった。
 あの日から、もうどれだけの時間が流れたんだろう。
 普段が雑務とか執務とかのせいか、ちょっと走っただけだっていうのに息が切れていた。
 見えてきたドア。俺とアラウディを遮るドアをドンと叩く。「アラウディ」と息の切れてる声で呼んでも返事はなかった。鍵は、かかってる。絶対に中にいる。多分泣いてる。
「俺だよアラウディ、開けて」
 ドン、とドアを叩く。何度もそうやって呼びかけていると、「いやだ。かえって」と掠れた声がドアの向こうから聞こえた。ずっとそこにいたのだ。部屋に飛んで帰って鍵をかけて、そこで崩れ落ちて泣いていた。
「…よし。じゃあちょっと待ってろ」
 隣の部屋の誰かさんに「ちょっと失礼!」と断ってずかずか部屋を突っ切って窓へ。「はぁ? ちょ、何してんだよ!」「ごめんすぐ出てく、今出てく」バン、と窓を開け放ってバルコニーへ出て、隣のバルコニーに腕を伸ばす。ぷるぷる震えた。ちょっと、遠いな。
 仕方ない。跳ぶか。落ちたらシャレにならないけど頑張ろう。
 バルコニーの手すりに乗ろうとする俺に「待て早まるな、待て、落ちるって!」と慌てるにーちゃんにひらっと手を振って、跳ぶ。きれいな着地なんて期待してない。とにかく行く。アラウディのところまで。
 ずべしゃ、と見事にかっこ悪い着地になったものの、アラウディの部屋のバルコニーに届いた。向こうでほっとした顔で胸を撫で下ろしてるおにーちゃんにぶんぶん手を振って「どうもお邪魔しましたー」と笑ってから窓に取り付く。…鍵かかってる。部屋の中が暗いから外からじゃ中の様子がよく分からない。
 仕方ないなぁ。俺アラウディと違ってこういうの苦手なんだけど。
 バルコニーの端まで行く。屈伸をする。跳躍をする。肩口から窓にぶつかるイメトレを何度かし、踏み込む足の確認をして、いざ本番。
 ほぼイメージ通りに窓を突き破ったので、部屋の中に転がり込めた。
 ガラスの破片を頭を振って落とし、スーツの上着を脱いでズボンや靴、あちこちを払ってから放った。
 ドアの前ではアラウディが座り込んでいた。意地でも顔を上げないって決めたらしく大胆に侵入した俺を見ることもしない。
「アラウディ」
 それでも、ぴく、と反応する肩があって、俺を意識してる。
 ガラスを踏みながら座り込んでるアラウディに手を伸ばした。ぱん、と払われる。「さわるな」と震える声で。
「怒ってる?」
「………はらわたにえくりかえってる」
「そっか。でも、嫌いになってはくれないの?」
「……きらいに…なんて」
 ぽた。石の床に雫が落ちた。ぽた、ぽた、と続けて落ちる。「きらいに、なれたら、どんなに…っ」苦悩に満ちた、泣いた声。
 すとん、とアラウディの前に座り込む。「Gに聞いたよ。あいつと寝たんだって?」気軽に、重さなく訊ねた俺に大きく震えた肩を見逃さない。
 Gが嘘を言ってるとは思ってなかったけど、本当なんだな。そっか。アラウディ、俺じゃない奴に抱かれたのか。俺も、お前じゃない奴を抱いたけど。
「気持ちよかった?」
「…そんなわけない」
「抱かれたかったから寝たんだろ」
「ちがう」
「じゃあなんで」
「、」
 きっ、と俺を睨んだアラウディが喉に言葉を詰まらせた。今まで自分の内だけに秘めていた想いを吐き出そうと喘いでいる。それを待った。
がすきだから」
 やっとそうこぼしたアラウディが俺のシャツを掴んだ。縋るような手だった。事実、アラウディは俺に縋っているのだと思う。
 言ってしまえば、言う前には、もう戻れないから。こんな僕でも絶望しないで、と縋っていたのだと思う。
「すきで、すきで、すきで、くるしくて、どうしようもなかったから。じぶんでなぐさめるだけじゃ、みたされなくなったから。じゃないならだれだっておなじだもの。だれだって、このきもちをごまかしてくれるなら、だれだって、よかったんだ」
 最初の言葉が出てきたら次の言葉は自然と溢れたようだ。
 震えている手に掌を被せる。
 大声で泣き出しそうなほど潤んだ瞳。震えてる唇。
 俺の、アラウディ。
「……言ってくれればよかったのに。そうしたらこんなに遠回りしなかった」
 それは、半分俺のせいなんだけど。それでもお前を背負っていく覚悟がなかった。手に入れた居場所に執着して、何より大事なお前を理由をつけて疎かにした俺も悪い。
 え? とこぼしたアラウディの頬を掌で撫でる。ガラスでちょっと切ったのか赤い色がついてしまったので舐め取った。震えているアラウディの頬に頬をくっつける。
 よくこうしたな。ずっとくっついてた。離れなかった。何があっても。
「お前が、俺を嫌いになれば、自由にどこへでも行けるんじゃないかって思って、あんなことしたんだ。こんなに思いつめるくらい俺のこと好きだなんて知らなかった」
 ごめんな。謝りながらアラウディを抱きしめた。ふ、と息をこぼしたアラウディの瞳からボロボロ涙がこぼれる。
 声もなく泣くアラウディの瞼にキスをした。それから唇に。最初は触れるだけ。それからリップ音を立てながらついばむように。そして、口を塞ぐように。

 戻ろう。あの頃に。二人で同じものを見て、同じものを食べて、同じベッドで眠っていた、あの日々に。
 俺達はもう大人になる。
 一緒に大人になろう。指を絡め合って一緒にいこう。手を繋いでいよう。できる限りひっついていよう。それを周囲が拒絶するならここを出よう。大丈夫、俺達は大人になったんだ。無力な子供ではなくなった。二人きりでもきっと生きていけるだろう。

 ぎし、ぎし、ぎし、ぎし。慣れた音に抱かれながら慣れない相手を抱く。双子の兄。髪の色も瞳の色もそっくり同じで、ほぼ同じ造形物みたいな俺達は、それでも若干の違いがある。
 俺が見てない間になんか逞しくなってる。胸板なんて薄いままでよかったのに、今じゃ俺の方が貧弱だな。
 枕に顔を押しつけて必死に声を殺しているアラウディの足の付け根に手を伸ばす。ふ、と息を殺して僅かに頭を振って駄目だというアラウディの先端に爪を立てる。びく、びくと跳ねる腰が快楽の度合いを示している。
 駄目だって言う余裕があるなら、まだまだ虐めていいかな。
 今までの距離の全部を忘れるくらいむちゃくちゃにしてやりたい。犯して中に出してやりたい。俺で汚してやりたい。
「アラウディ」
 ちゅう、と乳首を吸うとびくんと身体が跳ねた。「愛してるよ」と心から告げて腰を掴む。「あ、ぁ」震える呼吸で手を伸ばしたアラウディが俺の頭を抱えた。肯定。そう受け取って身体が一つ脈打つ。
 息をする暇もないくらいめちゃくちゃに、他の全部が吹き飛ぶくらい強く。揺さぶって、貪って、貫いて。
 気がついたときには中に出したあとで、あ、と思って抜こうとした俺にアラウディの足が絡まった。は、は、と全身で息をしながら「まだ、も、ぃ、か」震える声がもう一回と言う。
 とろとろに濡れてるアラウディのに触れた。「もうこんなになってるのに」「ゃ、まだ、ぃける」「そういう問題じゃ…」いやいやと頭を振るアラウディが小さい子みたいに見えた。俺と離れることを拒んでいた小さなアラウディに。そんなわけがないのに、そんなふうに見えて、なんだか笑ってしまう。
 じゃあ、もう一回だけ。もう一回シたら今日はおしまい。お前の腰が壊れちゃうよ。