僕らは双子の兄弟で、僕が兄でが弟だと言われて育ったけれど、実際そうだったのかは分からない。双子なんだから同じ時期に母親の胎内に存在して同じように育って、この世界に顔を出したのが僕かのどちらかが先だった、というそれだけの差だ。たったそれだけで兄か弟になる。実質的に僕らに経験的な差があるわけではなく、意識的な差があるわけでもないのに。
 僕らは鏡に合わせたようなよく似た双子として育った。
 僕らは確かに個体としてそれぞれ生まれ落ちたけれど、母親の胎内を共有して育ったせいか、それとももっと別の因果なのか、とにかくお互いが大事だった。自分と同じくらいに。いや、ときにはそれ以上に。
 ずっとくっつき合っている僕らに両親が困った顔をして語りかけてきた。どうしてそんなにくっついているの、と。
 ぎゅっとくっついていないと何か落ち着かないのだ。手を繋いでいないと不安なのだ。その存在がないととにかくいられないのだ。そう説明したところで両親がピンとくるはずもなく、ただただ困った顔でくっついて離れない僕らを見ていた。
 どこへ行くにも僕らは一緒で、どこへ行くのにも手を繋いだ。同じおかずと量のご飯を食べて同じ絵本を読んで育った。
 個体が二つというよりは、一つだったものが二つに分かれて存在している。二つで一つ。それが今でも一番しっくりくる解答だと思っている。
 一度だけ、無理矢理引き離されたことがあって、が連れていかれた。手が離れた。ぬくもりがなくなった。視界から彼が消えた。最初はその現実が信じられなくて呆然として、彼がいない、と感覚が理解した瞬間泣き叫んだ。子供の僕には高くて届かないドアノブに必死で手を伸ばして、やっぱりどうやっても届かなくて、泣きながらドアを叩いた。の名を叫んだ。馬鹿みたいにその二つしかできなかった。
 泣きながらドアを叩いて片割れの名前を叫ぶ。そんな僕に、ドアは外から開いた。アラウディ、と伸ばされた自分と同じ手に手を伸ばしてぎゅっと握り合ってくっついた。その温度でようやく叫び声が止まった。涙はまだこぼれていた。困った顔のが僕が泣き止むようにと甘やかす、その向こうで、両親が怖い顔をしていたのをまだ憶えている。
 理解できない子供が二人、手に余っている。
 両親はそれでも僕らを育てた。今はまだ子供なのだから、もう少し大きくなればお互いに気付くでしょう、と物知り顔で。
 小さい子供とは言えない年齢。ちょうど両手の指の数だけの歳になった頃、またあの話をされた。どうしてそんなにくっついているの、と。
 この頃になると双子の僕らにも個体差みたいなものが出てきていた。
 僕はそれが怖かったけれど、はそうではないようだった。それがやっぱり怖かった。僕は自分とが同じものでないと怖かった。同じものを見て同じものを食べて同じベッドで眠る。同じ生活をする。そうでないと、怖かった。が僕の知らない何かになるようで。
 僕が喋らない代わりにが両親に説明する。それは僕が一度目に答えた内容とほぼ同じだった。そうでないといられないし落ち着かない。同じ答えに両親はやはり怖い顔をしていた。困った顔じゃなく、表情がない、とでも言おうか。
 同じ印象を抱いたは、その夜、ベッドの中で僕にここから逃げようと言った。普段から以外はどうでもいい僕でもこの話には驚いた。突拍子もなさすぎたのだ。
「どうして?」
「さっきのかお、みたでしょ。へんなかおしてた」
「それは、そうだけど」
「…アラウディ、きづいてないの?」
「なにが?」
「あのひとたちはほんとうのおとーさんとおかーさんじゃない」
「え? ……そんなわけないよ。だって、あのひとたちがりょうしんだってきおくしてる」
「そだてたのはあのひとたちだよ。でも、ぼくたちはあのふたりのこどもじゃない。ほんとうのこどもじゃない。ふたりともとうようじんだ。ぼくらのかみのいろも、ひとみのいろも、どっちにもにてない。それで、ぼくらのこときみわるがってる。りかいできないこどもだっておもってるんだ。ちがつながってないならなおさらだよ」
「…なんで、そんなことわかるの?」
「きいたんだ。ぐうぜんだけど。あのひとたち、おれたちのことうるきだよ」
 だから逃げないと。神妙な顔で、不安がる僕の両頬を掌で挟んで優しくそう言う弟を疑うなんてこと思い浮かばず、理屈も理由も突き飛ばして、信じた。
 ここから逃げる。家から出る。それがどんなことかなんて想像すら及ばなかったけど、僕の手をきつく握りしめる手があるなら絶対に大丈夫だという根拠のない自信があった。
 決意した僕らの行動は早かった。
 子供には眠っていないと辛い時間だったけど、衣服をまとめ、必要なお金をお互いの財布の中を見て相談し、母、だと思っていた人のへそくりをちょうだいした。リビングに他にお金になりそうなものはなかったので、あとは食料だ。
 が冷蔵庫をあさったり用意している間、僕は両親が起きてこないかリビングの入り口で耳をすませていた。
「アラウディ」
 もういいよ、と言う声にぱっと翻って抱きつく。少しの間でも離れていた分を取り戻そうと身体が自然とそうしてしまう。「もういいの?」「うん。アラウディはこっちせおって。ぼくはこっち」はい、と渡されたリュックを背負って、さよならも言わず、お互いの手をきつく握りしめて、僕らは育った家を出た。
 あるだけのお金を上手に使って今いる町を離れた。間違ってもあの二人の手に戻ることのないよう遠くを目指し、手を繋いで、一つのパンを半分こするような食べ方で、とにかく遠くを目指した。
 食べるものはいつも最低限で貧しかったけど、二人で手を繋いでいれば、空腹に耐えることができた。
 眠る場所はだいたい硬いものの上で、やわらかいベッドやソファで眠るなんてことなくなったけれど、それでもよかった。二人でくっついて抱き合えば寒さもやわらいだ。凍てつくような冬で身体が凍えても心はあたたかかった。耐えることができた。
 それでも、お金はなくなっていく。
 は難しい顔で空に近い財布を睨んでいた。僕はそんなの肩に頭を預けてぼんやりしていた。…たとえここで空腹と寒さに絶えるのだとしても、と二人なら、いいや。そんなふうにさえ思っていた。

 いっそのことそこで終わっていたら、僕らは、僕は、よかったのかもしれない。
 でも、世界は僕らを生かした。
 白い、白い雪が空から落ちてきて、空気をさらに凍てつかせた冬の夜。

「お前ら、どうした?」
 落ちてきた声。僕は敵を見つけた獣みたいに警戒したけど、は違った。大人の相手を見上げて何かしら考える素振りを見せたあと「みてのとおり、いえもおかねもなくて、みちばたでさむさとくうふくにこごえてる」とぼやいたあとに、もう一度大人の姿を眺めた。物のよさそうなスーツだ。…それに。銃も、持っている。
 銃はいい。持っていればどんな相手がやってきた場合でも脅しになる。ナイフよりもずっといい。ナイフは体格差でその凶器分を埋められてしまうけど、銃にはそれがない。どんな小さな子供でも銃は構えれば充分な武器になる。
 今の僕らには銃が必要だ。
 僕は、跳ねた。獲物を狙う獣のように俊足で、無駄がなく、目的のものだけを奪って構えた。足首に固定されていた小さな銃だ。使い方くらい分かる。安全装置を外して引き金を引く、それだけ。
「アラウディっ」
 慌てた顔のがボロ布の中から這い出して「まつんだアラウディ、アラウディ」と銃を構える僕を呼ぶ。
 僕と、の思考は。初めてそこで分かれたのだと思う。ずっと一緒で繋がっていた心が見えなくなったのだと思う。僕はこうしなければならないと思ったけど、はきっと違うことを思った。だから僕を止めた。
 毛布から這い出たせいだけでなく背筋が冷たかった。ずっとずっと一緒に育った片割れと、分かれてしまった、そのことが、理解したくなくても感じてしまったから。
 銃を構えられても、その大人は平然としていた。子供が撃てるはずがないと甘く見ているわけではなく、ただ、こちらを観察していたように思う。
 そのうち駆け寄ってきたが銃口に指を突っ込んだ。瞬間、手から力が抜けた。…そこまでして止めたいと思ってる彼を振り払うだけの気力はもうなかった。自分から離れた半身にくっついて銃から手を離す。「だいじょうぶだアラウディ。あのひとはわるいひとではないよ」「で、でも」「だいじょうぶ。なにかあってもぼくがまもってあげる。だいじょうぶ」大丈夫、と繰り返すの背中をぎゅーと抱きしめる。そうだと信じたくて。

 母の胎内を共有した。数分違いのタイミングでこの世界に生まれ落ちた。同じおかず同じ量のご飯を食べて育った。同じ絵本を一緒に読んで育った。同じベッドで眠った。
 僕らは、ここから、分かたれて、個体として、それぞれ生きていくことになる。