「そうか。にアラウディというのか。オレはジョット、こっちは相棒のGだ」
 寒さと飢えに凍えていた僕とアラウディをあたたかい家に招いた大人の人は、そう言ってチーズと牛乳のスープにパンをくれた。なんでも、この町で自警団っていう平和を守る仕事をしてるそうで、数日前から目撃情報のあった僕達のことを捜していたらしい。
 僕の隣でずずずとスープをすするアラウディの横顔を確認して、ジョット、Gの二人を交互に眺める。
 …うん。悪い大人ではなさそうだ。勘は当たった。よかった。
 何はともあれお腹を満たそう。空腹では真面目に考えることもできない。
 無言で食事を続ける僕とアラウディにGっていう顔まで刺青のある大人の方が口を開いた。
「そんなガキどうするんだジョット」
 ジョットって僕達と似た髪色の大人はうんと一つ頷いて、「お前も見たろう、そっちの…」視線を伏せて黙々とスープにパンを浸しては食べているアラウディを見て「なかなかいい動きだった。将来有望だ」「だとして、まだガキだ」「そうかもな。だが、こっちのは」つい、と僕に視線を移して「頭の回転も早い。人を見極める力もある。やはり将来有望だ」と言う。名前を出さなかったのはそっくりの僕らにどっちがどっちだったかと迷ったからだろう。僕らを育てた人でさえくっついていればよく間違えたものだ。会ってすぐの人に見分けがつくとも思えない。
「お前の言うとおりまだ子供だ。だからこそ寒さと飢えに凍えさせているわけにいかないだろう。保護しよう」
 そう断じたジョットに、Gはやれやれと首を振っただけで否定はしなかった。
 そんな流れで、僕らはジョットがリーダー、Gが副リーダーを務める自警団に見習いとして入団することになる。
 僕は、僕らを拾ったジョットとGにそれなりに感謝していた。
 あのままだったら盗みを働くか身売りでもしないと財布がもたない状態だった。ジョットとGのおかげで飢えと寒さを忘れられた。久しぶりにまともなものを食べたし、お風呂に入って身体をきれいにすることもできた。
 だから、将来有望だと僕らのことを評価したジョットに、それなりに報いなければならないだろう、とも思った。
「オレが子供の頃に着てたものなんだが…ちょっと大きいな。でも着られてよかった」
 僕とアラウディの分の着替えを用意したジョットはそう言って満足そうに頷く。
 僕らはお互い顔を見合わせた。僕は黒、アラウディは白のシャツだった。「おなじいろはないの?」「すまない。なかったんだ。違う色では駄目なのか?」しゃがみ込んで視線を合わせてくるジョットにまずアラウディがぷいっと顔を逸らして逃げた。僕の背中に隠れてぎゅっとしてくる手を握り返し、「いつもおなじだったから。きるものも、なんでも」とこぼす。
 …でも、それもおしまいにしなくてはならないだろう。
 アラウディがあんな素早い動きをすることを僕は知らなかった。僕には真似できない俊敏さだった。
 同時に、僕は冷静に相手を観察し服装と表情から素性を想定し、ふさわしく言葉で行動した。
 僕とアラウディはずっと同じ生き物としてここまで生きてきたけど。同じ時期に母のお腹を共有して生まれた双子だけど。もう、手を離して生きていけるように、ならないといけないんだろう。ずっと手を繋いだまま一緒に母のお腹にいた頃と同じ場所へ帰るつもりでいた。でも、それは駄目だって、神様がジョットとGを僕らのところへ連れてきたのだ。
 僕は勉強を頑張った。アラウディは喧嘩の仕方を教わった。それぞれの長所を伸ばして活かすやり方だ。
 そのうち僕は大人に負けない弁舌を繰り広げるようになり、アラウディは喧嘩で大人を負かすようになった。
 この頃になると名称なんかなかった自警団に『ボンゴレファミリー』という呼び名がつき、リーダーシップ溢れるジョットのもとには様々な人間が集うようになっていて、そのうちの何人かには貴族の大人もいた。とくにジョットとよく意見を交わしているのがちょっと変な髪型をしたDという人だ。でも、髪型によらず普通にいい人で、恋人がいて、ジョットとGのお古を着ている僕らを自分の屋敷に招くと、新しい服を仕立ててくれた。小さい頃絵本で呼んだ王子様みたいな服を。
 よく似合うわ、とエレナという女の人は笑って僕の髪を櫛で梳いた。アラウディにも同じようにしようとしたけど、僕以外の手を嫌がるから、仕方なく僕がかわりに月の色の髪を梳いた。
 Dというその大人をアラウディは嫌っていた。エレナのことも好きそうではなかった。ジョットもGもそうだ。アラウディは僕以外を頑なに拒んでいた。
「それにしても本当にそっくりですね。私でも見分けがつかない」
 色とデザインの違う服を着たのにそう言われてしまって、僕は笑ったけど、アラウディは拗ねた顔のままだった。
「それなりにくべつがつくように、がんばってるんだよ? ぼくのほうがアラウディよりよくしゃべるでしょ」
「そのようだ」
 肩を竦めたDと困ったように微笑むエレナ。
 あまり二人の邪魔をしてもいけないと思い、帰りは二人で大丈夫、と断って屋敷を出た。自然と、二人で同じタイミングで手を繋ぐ。指を絡める。
「どうしてほかのひととおはなししないんだ? アラウディ」
「どうして、ぼくがきみいがいのだれかとはなしをしないといけないの」
 拗ねたような声でそう言われて、困ったな、と眉尻を下げる。「ぼくいがいどうでもいいの?」「どうでもいいよ」「でも、ボンゴレにおせわになってるんだから」「せわしてほしいなんていってない」「…アラウディ」ごち、と同じ形の頭をぐーで叩く。恩のある場所に対してその言い方はないだろう。
「じゃあ、あのときあのばしょで、さむさにこごえてしんでればよかったっていうのか?」
 問うた僕に、アラウディは何か言いかけた口を噤んだ。そして、ばし、と僕の手を振り払って走って行く。あっという間だった。身体能力の高いアラウディはあっという間に僕から遠ざかって行ってしまった。
「…アラウディ?」
 姿の見えなくなった双子の兄弟を、アラウディ? と掠れた声で呼んで手を伸ばす。
 ずっと昔。まだあの家にいた頃。同じものを見て同じものを食べて同じベッドで眠っていた頃。一度だけ、アラウディと引き離されたことがあって。そのときアラウディは普段の物言わない様子からは信じられないくらい大きな声で泣き叫んで僕のことを求めて呼んだ。
 そのアラウディが、今、僕の手を自分から振り払って走っていった。
 ぶらん、と手を下ろして、その手でぐっと拳を握る。
 ……何よりも一番近い場所にいる兄弟だった。
 本当に幼い頃、まだ僕らが屈託なく笑えていた頃。二人でいればそれで完璧で、完全で、欠けているものなんて何一つなかった世界。
 もう戻れない。あの頃には。
ーいるかー」
「はーい」
 がた、と椅子から立ち上がって窓を開けると、ジョットが片手でメガホンを作ってこっちを見上げていた。「どうかしたの?」「ああ、ちょっと手伝ってほしいことがある。時間はあるか?」「はーい、下りるから待ってて」手を振ってから作成していた資料をまとめて鞄に突っ込み、参考文献を適当に棚に積んで部屋を出る。
 庭に行くと、ジョットが難しい顔でベンチに腰かけていた。Gや他の幹部の姿はない。きっと仕事だろう。この数年ですっかり肥大化したボンゴレを取り仕切るにはジョットの腕だけでは足りないから。
「来たけど」
 どうかしたの、と立った俺を、ジョットが見上げてくる。
 …少し、皺とか目立つようになってきたかな。会った頃は20歳くらいだったけど、あれから7年。ジョットも歳を取った。17になった俺達はまだまだ成長期だけど。
 呼んだくせに何も言い出さないジョットに首を捻って、ああ、と気付いて置きかけた荷物を持って「あっち」といつもの場所を顎でしゃくる。
 ちょうど建物同士の間になる狭い小道がある。その狭い小道に倉庫がいくつかあって、その倉庫と倉庫の間が上から以外死角になっていて、何をするにもちょうどいい。普段は使われないものしか入ってない倉庫だし、ここは狭くて暗いから、好んで来たがる人も少ない。
 倉庫の間に入った俺は荷物を置いた。仕事の手袋をしたままのジョットの手を取って、跪いて、歯で噛んで手袋を外す。するりと脱げた手袋の下には、最初の頃より硬くなった手がある。顔によらず拳で戦うジョットの手だ。
 かり、と指の先を噛んでから舐めた。ジョットの肌の味だ。
 下から見上げると、唇を噛んだジョットの表情がよく見えた。瞳を揺らして、頬を少し赤くして。ジョットのそういう顔、知ってるのって俺くらいなのかな。
「欲情してる顔だ」
「…うるさい」
「一ヶ月だもんね? そろそろ出したいよね、ジョットも」
「うるさい。そういうこと言うな」
「お仕事一段落して、幹部のみんなが出てて、邪魔者がいない、今くらいしかないんだよね」
 小さく笑った俺はジョットの指を食べている。理性と性欲の間でぐらつく天秤、それを必死に制御しようとしている顔を眺めながら、言葉で堕とす。ボンゴレのトップを。「気持ちよくなりたくないの?」ごく、と生唾を飲み込む音が聞こえた。れろ、と指に舌を這わせながら手を伸ばす。邪魔なマントを外して、スーツの上着のボタンも外して、シャツの上から乳首を弄った。びくりと震える身体が大げさで、なんだか笑えてしまう。
 俺にそこまで許してしまった、その時点で、ジョットの負けだ。正しくはジョットの理性の負け、性欲の勝ち。
「気持ちよくなりたいよね?」
 くすくす笑いながらシャツのボタンを外していく俺に、唇を噛んで耐えていたジョットが、堕ちた。「なりたい」とこぼして俺にキスをしてくる、太陽の色の髪をそっと撫でる。
 …これが。月の色だったらよかったのに。
 そんなことを思った自分を深くに封じ、シャツの中に手を滑り込ませる。舌を奪い合いながら、ジョットの胸の突起を指の腹と爪先で虐めながら、目を閉じる。
 別に、ジョットのことは嫌いじゃない。どっちかっていうと好きに入る。でも、愛してるとはいかない。ジョットはどっちかっていうときれいめだし、結構かわいいとこもあるんだけど。
 俺が愛しているのはただ一人だけだ。だからこそ他の誰かを抱くんだ。
 ベルトを外す。相変わらずいい生地着てるな、と思うジョットのズボンが邪魔なので落とす。すっかり知った形になった小尻を撫でて、微笑う。自分のためにではなく相手のために。そうすることがよい人間関係を築くのに都合がいいと俺は学んだ。みんな微笑みが誤魔化してくれる。
 ジョットは、そんな俺に気付いているくせに、何も気付いてないフリでこうして俺を求める。
 俺もズルいけど、ジョットも充分ズルい。まぁ、卑怯な大人よりはずっといいんだけど。
「ん…ッ」
「あんまり噛んでると切れるよ。キスしよ」
 声を抑えようと唇を噛みっぱなしのジョットが喘ぐように息をして俺に口付けた。頭を抱きかかえるようにされて少しだけ笑う。笑って、犯す。
 俺は、どれだけ汚れたっていいから。どんな大人になったっていいから。俺の双子の兄が、アラウディが、どうか、きれいに、俺とは関係のない生き方を、していけますように。