「………、」
 ふっと目を覚ます。何の変哲もない床と壁と天井と適当な家具。一人暮らしの学生の部屋がそこにはあって、僕はソファに寝転がっていた。
 共有した他の世界でまた君が死んだのが見えた。
 僕が敵の攻撃を防ぎ切れなかった。逸れた閃光が彼女の胸を貫いた。彼女はまた死んでしまった。今度は僕のせいで。
 ぶるぶると身体の震えが止まらない。
 ぐしゃりと髪を握り潰してかきむしる。意味もない奇声を上げて立ち上がり、壁に拳を叩きつける。
 自分の手が軋むまで何度も何度も壁を叩いて、血色が滲んだ頃、ようやく深呼吸を思いついて息を落ち着け、気持ちも落ち着けることができた。
(また、救えなかった)
 胸に残ったのは絶望の色。彼女の死に顔。血色でべっとり汚れた顔は、それでも最後に笑ってみせた。愛してる、と僕に残して笑ってみせた。
 一体僕はいつ学習する気だ。僕が近くにいようとするから彼女は死んでしまうんじゃないのかってことに。
 さっきのあれはその一例じゃないか。僕が心配で、好きで、愛してたから、一人で戦う僕を放っておけなくて出てきてしまったんだ。完璧な偏光迷彩を施したあの屋敷から出なければ彼女は大丈夫だった。きっと今もまだ生きていたに違いない。一緒に他愛のない時間を過ごして廃れていくだけの世界でそれでも最後まで一緒に笑っていたに違いない。
 だから、いっそのこと彼女のことを忘れてしまえたら。それが一番お互いのためになるのかもしれないのに。
 頭の片隅でそんな考えが首をもたげるのに、僕は拳を握り締めてまた彼女を探しに出かけるのだ。
(君がいないともう駄目なんだ。もう、生きていく意味も、分からなくなってしまうくらいには)
 この世界ではまだ君を見つけていない。今度こそ僕は君を守ろう。好きで、愛してしまって、だから僕のそばにいたいって願って死んでしまうのなら、今度は冷たくして嫌われてみよう。でもそばに置こう。そしたら今度はきっと違う未来が。
…今度こそ、君を救うよ。この僕がね」
 口元を緩めて笑う。白蘭、と僕を呼ぶ彼女が見える。
 自分がおかしくなっていることになんて、とっくの昔に気付いていた。
 別世界の自分と意思を共有できるって時点でもう人間じゃない。分かってるさ。僕は怪物だ。いや、神なんだ。限りなく神様に近い場所に立っているはずなんだ。目指してるんだからね。きっとそのうち手に入れることができるはずなんだ、そのポジションでさえ。
 神様は死者を蘇らせることも可能なんだろうか。
 ぼんやりそんなことを思いながら彼女を探し続けて、やがて見つける。どこにでもある学校に通う制服姿の君を。
 声をかけようかと迷ったのは一瞬だった。
 自分が死んで世界全部の自分が消えるのはもちろん怖い。死ぬのは怖い。でも一番怖いのは君が死ぬことだ。その光が掌からすり抜けて落ちていくことだ。何より怖いのにその瞬間ばかりで頭が胸が埋まっていく。耐えられない。君との楽しい時間をずっと一緒に過ごしていたい。君の笑った顔が見ていたい。ただそれだけなのに。

「やぁ。こんにちわ」
「…? こんにちわ」
「僕は白蘭て言うんだけど、ちょっとナンパされてみない? 

 名前で呼べば、びっくりした顔をした彼女がそこにいる。次に訝しげに僕を上から下まで見て「あの、あなた…誰ですか?」「だーかーら白蘭て言うの」「びゃく、らん?」はて、と首を傾げた彼女に名前を呼ばれて、僕の身体は歓喜する。魂の底から歓喜する。だから唇が歪む。笑みの形に。
 自分が彼女に狂っていることなんて昔から知ってたさ。
 だから、本当に全身から、魂の底からもう駄目だと諦められる日が来るまで、僕は君のために恐怖と闘って生きるだけだ。君と生きられる未来を模索し、そのために世界を扱いやすいサイズに壊し、固めるだけだ。
 そしてその中心に君を置く。僕の世界の中心に君を掲げる。
 今度こそ、僕は君を救うんだ。絶対に。絶対に、

そしてまたエンドレス