放っておけばその辺りで野垂れ死ぬか、体がバラバラになるか。どのみち生きることなどできない体を、と名乗った野郎は生かし続けた。無償で。なんの報酬もなく。
 今日は『仕事』だとかであいつが出て行ったのをいいことに、昼間ほっつき歩いていた街のテレビでエンデヴァーが活躍していたのを見たらその技を真似してみたくなり、黙って炎を使って特訓していたら指が焼けた。だけど継ぎ接ぎされた体はその痛みをうまく伝えてこないから、気のすむままに青い炎を躍らせる。

「荼毘」

 俺が今の俺として目を覚ましたその日、轟燈矢は死んだ。だから今名乗っている名前で呼ばれて炎で遊びながら振り返ると、真っ白い髪と真っ白い肌をした、どっかの物語の登場人物として出てきそうだなと思うお綺麗な奴が白衣に腕組みして立っている。
 何で稼いでくるのか知らないが、今日の仕事とやらは終わったらしい。

「それ以上は駄目だ。舐めるだけじゃ治らなくなる」
「まだやる」
「……じゃあ突っ込むけどいいんだな」
「勝手にしろ」

 ジジジと静かに表皮を焼いていく炎の音を感じながら、その後も気が済むまで個性特訓を続けて、気がつけば夜になっていた。夜に廃ビルで上がる炎は目立つ。だから仕方なく今日はここまでということにする。
 肌が焼けた焦げ臭さを漂わせながらふらつく足で歩いていき、シャワーと呼ぶにはお粗末な、雨水を貯めただけのバスタブからバケツで頭から水を被って適当に肌の温度を下げる。
 そのあとに待っているものといえば、曰く『治療』だ。
 コンクリートの床に直に置いただけの、その辺に棄ててあった、くたびれたスプリングがぎいぎいうるさいベッド。そこに素っ裸で転がる。寒さも熱さもとくに感じない。
 それで、横では見目麗しい奴が邪魔そうな長い髪を一つに縛り、ぎいぎいうるさいスプリングに膝をついて、俺の手を取って指やら手の甲やらを丁寧に舐め始める。その温度や感覚すら曖昧だ。

「物好きだよなぁ」

 と名乗る男とこういう関係になって、これで一年になる。
 その間一度も『氏子先生』や『オール・フォー・ワン』の話はしてないし出てない。てっきり治療という名の勧誘目的でついてきてるんだろうと思ってたから、本当にただ俺の治療をし続ける男を、俺は胡乱げな目で眺める。
 この小綺麗な男は何を思って無償で俺のことを治してるのか。治しても治しても結局灼ける肌を、破れる皮膚を、壊れる臓器を、治し続けているのだろう。
 髪も服も全体的に真っ白。そのくせ、瞳だけが異様に黒く、光のない目をした相手が俺の指から口を離す。「何度も言ったろ。同情だって」「そんでこの施し?」「そう」右手を治したが反対側に移動し、左手を同じように舐めて治していく。
 これは、嘘かホントか知らないが。は今年で二百歳になるらしい。
 最初聞いたときは俺を笑わせるための冗談かと思ったが、の個性を思い出して、その考えは改めた。
 唾液で傷口が塞がる。一回肺が酷くヤられたときに無理矢理血を飲まされたけど、それであっさり治った。の体内はそういうものが流れていて、それで形成されている。

(なら、こいつは、首でも刎ねない限り死なないんじゃないだろうか。体液という体液が細胞を万全の状態に保ち続け、治し続けるなら、という男は死から遠い場所に立っていて、二百歳だよ、なんて笑うんじゃないだろうか)

 の体液は治癒の能力を持つ。唾液で傷口を覆われるだけで少ししたら表面が塞がっている。キス同然の行為での口から俺の口の中に唾液をもらい、それを飲めば、治癒の効果が内面にも届く。
 ただし。今日みたいに肌を焼いて内臓にも影響が出てるような場合、それじゃ完治しない。

「今日の体位は?」
「別に。なんでもいい」
「じゃ、体に負担かけない寝バックで。はい、転がって」

 表面上の傷を塞いだの声に肩を竦めてぎいぎいうるさいスプリングのベッドを転がり、普通は排泄に使う孔を撫でる指の鈍い感触に目を閉じる。
 今からするのは世間一般で言うセックスってやつ。男同士で、俺のケツの孔にが突っ込んで精液を出す。そんで出されたもんが俺の中を修復する。だからは何度だって俺の中に自分のものを吐き出す。
 けど、別に、性感とかは感じない。何せ体中の感覚が鈍化してる。尻の孔を犯されることも組み敷かれてることもとくに何も思わない。そうだな、ぎいぎいとベッドがうるさいのだけは煩わしいかな。

「………どうせならさ。少しは楽しみをもちたくないか」
「はぁ? なんのこと」
「コレのこと」

 ぐちゅ、という水っぽい音に鈍い感触。「別に……」俺にとっては壊れる体を繋ぎ止めるために必要だと割り切っている行為だ。そこに付加価値を求めようとか、考えたこともない。
 だっていうのに、ぬぽんと音を立てて抜いた相手が勝手に俺を寝っ転がして仰向けにする。「あ? おい、」それでそのまま、焼けて爛れ落ちた俺のちんこの代わりに誰のもんか知らないが俺のもんとして機能してるちんこを咥えるもんだから、その唾液が肌に触れるもんだから、ぞわ、と背筋が粟立った。
 排泄さえできりゃいい。生殖機能が死んでようがどうでもいい。そう思っていた器官がなんだか熱い。「舐めんな。そこは火傷も何もして、」言いかけて伸ばした手が届く前に、ケツの方に指が埋まった。何度も中に出されて外に垂れてきてる白い体液をすくった指である一点を押され、びく、と体が跳ねる。
 今まで機械的に、そう言っていいくらいの無機質な行為としてしてきたことが。今、なぜか、熱を持ち始めた。
 ……治してるのか。そういう、性感を感じる、場所を。優先して。
 ああくそ、ちんこが気持ちいい。熱い。「くそ…っ」の白い髪を掴んで力任せに引っぱるが離れやしない。むしろ歯を立てられて俺の方が手を離す破目になった。
 その必要もないし、その機能が死んでいた。そんな自分のちんこがの唾液と舌の愛撫だけでおっ勃っている。
 ふぅ、ふぅ、と荒い息を吐いている自分に気付いて意識して呼吸を深くゆっくりにする。それなのに今度はケツの方が、ずっとぐりぐり弄られてる場所が、熱くて、それに。気持ちがよくなってきた……。

「なんだよ。何したいんだよ、お前」

 ちゅぽん、と指が抜けて股間に埋まっていた顔が離れ、ようやくちんこが解放されたと思ったら、間髪入れずに突き込まれた。
 いつもの医療行為。俺を治すため。じゃ。ない。「ぁ…ッ」ごり、と硬い先端でさっきまで弄られてる場所を抉られて思わず声が漏れた。
 今まで一度も感じたことのない、腹の奥に生まれた気持ちよさ。
 ぎい、とうるさいベッドを軋ませ手をついて上から俺のことを覗き込んできたの顔は、いつも通りだ。焼けて爛れた俺の指を舐めて治すときのような表情のなさ。

「体は治してあげる。いつも通り万全に。だから、今日は、年齢相応のことを経験しよう」

 小綺麗な顔が俺の耳を食んで「気持ちよくなって」と囁く。
 の唾液で濡れそぼったちんこを扱かれてまた気持ちがよくなって、ケツん中ゴリゴリ突かれてまた気持ちよくなって。
 その機能がないから、死んでるから、俺のちんこから精液ってもんは出ないけど。だらだらと透明な液体を垂れ流しての唾液と混ざり合って、それがまたなんとも言えないぞわりとした感触を抱かせる。
 必死で声を呑み込んで、いつもと違う医療行為に、いや、セックスに、溺れた。
 俺を捨てた家族への、親父への憎しみと復讐心だけで生きていくつもりだった。こういうものは必要だと感じてこなかった。けど。ただ怨嗟だけで生きるのは、確かに、人生もったいない。

「はっ、は、はぁ、」

 突かれる度に掠れた息で喘ぎながら、気付いたら自分でちんこを扱いていた。精液は出ないけどこうしたい。こうすればもっと気持ちがいいから。
 ぱんぱんと肉同士がぶつかる音を響かせながら、ごりゅ、ごりゅ、と強く、強く、気持ちのいい場所を抉られる。感覚の鈍い俺でも強いと感じるくらいの律動。「ァ、ゃ、め」イく。ケツ犯されて前弄ってイく。
 そう思ったときにはもう手はどろどろとした液体で濡れていて、ケツの方はきゅうっと締まってのちんこを締め付け、中身を絞り出させていた。
 それまでうるさかったベッドが軋む音が止んで、きれいな指が俺の目元をなぞる。涙腺が焼けてもう泣けもしない場所を。
 剥き出しの臓器に近い器官は繊細なんだとかで、ここだけはの力でも治らなかった。

「気持ちよかったろ」

 いつもどおりの声にぐぬっと口をへの字に曲げる。
 そんな俺に、相手が笑ったから。ふっと唇を緩めてやわらかく微笑うから。俺は一瞬その顔に気を取られて、それから思い切りそっぽを向いてやった。