自らのことを世界の『魔王』となる男だと謳う。己の手がすべてを牛耳る。己の言葉がすべてを支配する。己こそが世界の中心にして終着点。
 そう夢物語を語る男は、世界の覇者として永遠に君臨するための『不老不死』それに近い個性を持っている俺を現状放置し続けている。

(やっと、塞がった)

 体の状態が落ち着いてようやく眠った荼毘の黒く染まった髪を指で梳く。
 夜通し治療していたらすっかり朝だ。エンデヴァーの新技を会得したいって見様見真似で炎を使って体を焼き続けるもんだから、治すのに苦労した。
 かわいそうな子供。いや、もう外見的には子供じゃないか。一人の青年に近くなってきた荼毘の眠った顔を眺めながら、寝ていればただの子供なのにな、と考える。小さい体躯でもないのに、横に丸くなって眠るしさ。そうしてるとちょっと猫みたいかもな。気紛れなのも、懐かないのも。
 ………この世界に『個性』というものが定着する前から生きている俺からすれば、オール・フォー・ワンは他人の個性を利用しながら少し長生きをしているだけのずる賢い男だ。
 氏子先生には感謝している。俺の長い人生からすれば、短い期間とはいえ、少しの間、他人の目を気にせず生きられる場所をくれた。
 外見の変わらない人間というのは、どこへ行っても扱いはだいたい一緒だ。『神』のように崇められるか、俺をそうしている『個性』を妬み僻み蔑むか、できるものなら、『奪おう』とするか。
 世界の魔王となると豪語する男が、実質不死身になれるこの個性を奪いに来ないのには理由がある。

「人を選ぶ、個性だなんて。なぁ」

 自嘲気味に笑いながら、ぴり、と小さな音を立てて割けた荼毘の顎の接合部に顔を寄せて舐め上げる。それだけで治っている。破けた皮膚はなかったことになっている。
 便利な個性だと思う。俺の体液を直接摂取、あるいは塗布しなければならないという条件はあるけど、死にかけの人間だってやろうと思えば治せる。便利な個性。だと。思っていた。
 それが体内を巡りに巡っている自分が歳を取らず、細胞一つ一つ、すべてが万全の状態を維持し、つまり俺は死ねないのだ、と気が付くまでは。
 俺の噂を聞きつけたオール・フォー・ワンは、俺の個性を奪おうとして、指一本触れただけでやめた。なぜか? 俺の額に触れた指が年寄りのそれのように節くれだったモノに変化していたのだ。
 つまり、俺の個性はオール・フォー・ワンの奪う力を凌駕し、それを拒絶した。その体を最善のときにするどころか役に立たない年寄りのものへ追いやった。
 オマエ キライ
 その声とも音とも言えぬ意志は、そのときだけは俺にも感じられた。おそらくオール・フォー・ワンにも。
 アレには『次に触れれば指だけではすまないぞ』という警告の意味も含まれていたのだろう。以降、オール・フォー・ワンと俺が直接接触したことはない。
 じゃ、俺の思うようになっているこの個性は俺のことが好きで、だから生かし続けているのか……と思うと、それも複雑な話だ。
 常識外れの長生きなんてするもんじゃない。いくつもの戦争なんて見るもんじゃない。血になんて、慣れるもんじゃない。
 心が慣れてしまうんだ。悲劇にも。喜劇にも。幸せにも。悲しみにも。
 すべてに心が慣れきったとき、そこはただ凪いだ平原で、何もなくなった場所になる。
 自分のことを見放した家族に、父親に、復讐がしたい。それで己の寿命が縮もうと、昏い願いを達成したあとに何も残らずとも。
 寂しい子供を眺めながら、くあ、と欠伸をこぼす。
 人間的に食べて、出して、眠って。とうの昔に飽きたそういうことをあと何度繰り返せばいいのか。

(長く、生きすぎた)

 朝陽に照らされて目を覚ます世界の様を見ても、ヴィランと呼ばれる個性で社会に弾かれた者たちが陰で蠢き始めているのを見ても、眩く輝く正しい人間を見ても、もうあまり心は動かない。
 心は動かないのに生きなければならない。食べ物の味になんて興味はないのに何かを口にしなくてはならない。水分を摂取しなくてはならない。
 それが、ただ、辛い。
 最初はかわいそうだからと手を貸すことにした轟燈矢という人間の。今は荼毘と名乗っている、彼の火力なら。今なお高見を目指すあの眩い青い炎なら、俺の再生能力さえ上回って俺のことを焼き尽くしてくれるかもしれないと、今はそんな仄暗い希望を抱いている。

(なぁ、俺、死にたいんだよ。そう言ったらお前はなんて言うかな)

 だから俺はお前の復讐を手伝う。お前の願いの成就を願う。その願いが叶う日まで、お前の体が保つように、唾液も血も精液も捧げる。
 救いのない昏い昏いその願いが青く燃え上がってすべてを焼き尽くし、俺すら焼き尽くす、その日を願っている。
 だから、それまでは。何が何でもお前のことを生かしてやるよ。キスで唾液を送るのも、腕を切って血を飲ませるのも、セックスで精液注ぐのも、できることは全部やるよ。
 今は平和な顔で眠っている轟燈矢という人間だったものを眺め、目を閉じる。
 眠って見る夢なんてどうせろくなものじゃない。それでも眠らないと体は動かない。俺はこんなにも人間離れにしているのに、こんなにも人間的に生活しなければならない。そのことにもう飽きた。
 日々エンデヴァーを真似て火力を上げていく荼毘が、早く、俺のことも焼いてくれますように。
 そんなことを願いながら眠りにつく。なかなかに最低な毎日だ。