因果ってのは巡って来るものだ。
 俺が一度は拒絶したオール・フォー・ワンと名乗る男とテレビの通話越しに再会したとき、男の顔は潰れていて、その体は不自由になっていた。
 曰く、輝かしいヒーロー代表、文句ないナンバーワン、オールマイトにやられた傷だという。
 奴と痛み分けをしたと語る男の言葉が真実かどうかには興味がない。ただ、俺がやりたいことに利用できそうだと思った。そのためだけに陰に潜んでいるしかなかったヴィランが集うという会合とやらにやってきた。
 で、ヴィラン連合の代表として会った奴はといえば、ガキのまんまデカくなったのかと思うような自己中心的な考え方の野郎に、刃物振り回す女子高生に、顔に靄かかってるよくわかんねぇ奴ときた。
 こんなメンバーで『ヴィラン連合』なんてものが始められるのかと胡乱げに眉を顰める俺の後ろにいたが、それまで無関心を決め込んでいた奴が、ひょこ、と顔を出す。出会ってから何年も経ってんのに二十歳そこそこの外見のまま成長しない奴は死柄木弔と名乗る男をじっと見つめている。

「確認なんだけど」
「あ?」
「君の、個性は?」

 小綺麗な顔してんのにいつも死んだように光のない目をしていた、の黒い瞳が、じっと死柄木のことを見つめる。
 その死柄木はチラリとテレビを振り返った。そこでオール・フォー・ワンが頷くと、仕方なさそうに手を伸ばし、バーカウンターの上にあったコップを手に取る。そしてそれを一瞬でサラリとした灰にした。
 そのことにの目に光が灯ったのを見たとき、俺の直感が告げた。ここにいては駄目だ、と。

「それは、無機物限定?」
「いーや。人でもなんでも壊せる」
「なら、俺のことも壊してくれ」

 はぁ? と顔を顰めた死柄木に詰め寄ろうとするのシャツの襟首を掴んで止める。頭で考える前に手が動いていた。
 その行動に自分で戸惑う。だが離さない。

(そうだ、だって困るだろう。コイツがいてここまで生きてこられた。って人間がいなくなったら俺は長くはもたない。復讐のために捧げた人生が無駄になるかもしれない。そんなのはごめんだ。ここまでくべた薪に水がかけられてはいおしまい、なんて、そんなのはごめんだ)

 言い訳しながらの襟首を引っぱって死柄木から引き離す。「離せ荼毘」「嫌だ」「理想だ。俺の理想だよ。お前の火力で焼かれることを夢見ながら生きてきたけど、崩壊なら、俺の個性でも治しようがない。理想の個性なんだ。夢が叶うんだ。死ねるんだ」今まで見てきた中で一番の生き生きとした表情でそんなことを口走るに、ぎり、と奥歯を噛みしめる。
 ……知ってたよ。気付いてたよ。とっくの昔に。
 俺のことを治し続けるお前が。最初は俺に同情して治療をしてたお前が。死んで凪いだ黒い瞳に青い炎を映してぼんやりそれを見てた。
 その顔を見てればわかったよ。お前が俺に何を望んでて、お前がどうして俺のことを治し続けるのか。その理由くらい、わかってたよ。
 だけど知らないフリをしてた。
 ろくでもない家族だったけど。その次に長く一緒にいたのが、お前だった。
 俺の心で感じることはすべて復讐という薪になって青い炎にくべられるはずだった。だけど……。

『弔』
「ん」
『彼は僕の天敵みたいな個性持ちでね。彼の望み通りにしてやってくれないか』
「ふーん……。ま、先生の頼みなら、しょーがないか」

 だるそうにこっちに向かって歩いてくる死柄木からなんとかを引き離したいが、治療が甘かったのか、昨日焼けた腕が痛む。力いっぱい引っぱってるってのにビクともしない。
 そのうち死柄木の手が伸びて、が伸ばした手に触れた、瞬間、その指先がぼろりと崩れた。実に呆気なく、きれいな指が灰になって散った。
 そのときのの顔ときたら。まるで無邪気な子供のように喜んでいたもんだから。だから俺はムカついて、ブチ切れて、崩壊の個性がの全部を壊す前にその手を抜き身のナイフに俺の火力を宿したもので削ぎ落とし、そのままを肩に担いで脱兎のごとくその場を逃げ出した。
 死柄木が灰にした部分。俺が崩壊が届く前に落とした右手。
 の右の手首までは何事もなかったようにきれいな腕に戻った。だが、俺が火力を宿したナイフで落とした右手は、いくら待っても治らなかった。
 再生は、あくまで体があってこそ。
 死柄木の個性に浸食された右手はもう形として残っていないだろう。だからの右手はもう二度と戻らない。
 放っておけば、は崩壊の個性に浸食されて、そのまま灰になっていた。だから咄嗟の判断でその右手を削いだことは間違っていなかった。そうじゃなきゃコイツはここにいない。
 そんな証拠ともいえる右腕を、手のない腕を掲げて、子供みたいにキラキラした目をしているに、また奥歯を噛みしめる。
 何年も一緒にいた。数え切れないくらい『治療行為』という名のセックスだってした。一緒に飯を食った。風呂に入った。寝た。だけどお前のそんな顔は、今日、初めて見た。

「荼毘。やっとだ。やっと、死ねる。二百年以上生きた……長かった…長すぎた……やっと、楽になれる」
「俺のことはどうすんだよ。中途半端に拾って、中途半端に捨てる気か」

 吐き捨てた俺に、相手は不思議そうな顔で俺を見上げた。「俺がいなくても、もう大丈夫だろう? お前はエンデヴァーの技はほとんど会得してる。もう真似して修行する必要はない。ヴィラン連合にオール・フォー・ワンがいるなら氏子先生もいる。必要なときに必要な炎を使うだけなら、先生の治療で間に合うはずだ」そう言ってまたなくなった右手首から先を眺めて心を持って行かれた顔をしている相手に、ぎ、と唇を噛む。
 そんなに死にたいのか。そんなに死柄木弔の個性がいいのか。俺に焼かれて死にたいって、そう思ってそばにいたんじゃないのかよ。俺はもう用済みなのか。
 お前も俺を、捨てるのか。

「俺はそういうことを言ってんじゃないッ!」

 自分で思っているよりもデカい声が出て、それに俺もも驚いた。それで目が合って、俺はを睨んで、はといえば、また不思議そうに首を傾げる。
 パチン、と音を立てて青い色の炎が燃える。適当に逃げた先の、適当に拾った廃材につけた火が爆ぜる。
 死柄木弔。不老不死とも言えるような個性を持ってしまったを死に追いやることができる存在。
 野郎の登場で俺たちの関係性は破綻してしまった。
 を抱えて全力疾走したことで足の膝んとこに裂傷ができてるのはわかってたから、ベルトを放ってズボンを脱ぎ散らかす。それから、治療が甘くて火傷の痕が痛む部分も晒すために上着も脱いで落とす。「傷。できた」治せと突き出せば、はない右手から視線を外して仕方なさそうに俺の膝を舐め始める。
 その体を思い切り、ぎゅうと捕まえた。死にたい、と嘆き続けてきた体を。心を。

(もう誰にも捨てられたくない)

 家族に、父親に、捨てられた。正直に言えば悲しかったし苦しかった。それから怒りもあった。
 だけどお前が勝手についてきて、俺の体を治すから。不出来でどうしようもないこんな体でも治そうとするから。治療行為と称して俺とセックスするから。怨嗟以外のことを教えるから。気持ちがいいことを教えるから。俺はだんだんとお前に心を許して、お前の長年の望みを邪魔するくらいには、お前のことを、失くしたくないと、思うようになってしまった。
 復讐に焦がす身で、感覚の鈍い体で、死に急ぐことしかできないくせに。自分はその程度の人間だってわかっていながら、たまにやわらかく微笑するお前を、好きになってしまった。

「捨てないでくれ。頼む。捨てないでくれ……ッ」

 みっともなく縋って、膝の傷を舐めるぬるい温度と、何年たっても変わらない背中を抱き続ける。
 やがて傷は塞がって、のなくなった右手が、右の手首の先が、ぽん、と俺の腕を叩く。「確かに、無責任だった。拾って生かしたのは俺なのに、用済みだ、なんて捨てるのは、大人のすることじゃない」その言葉にぱっと顔を上げて、後悔する。はまたあの死んだ目をしていたから。真っ黒で光のない目。
 そんな目で俺の腕の火傷を舐めている。無感動に。無感情に。

「約束してよ、荼毘。もっと火力を上げて、俺を燃やし尽くす、って。俺の再生に負けないくらいの火力で俺のことを焼き尽くすって」
「……好きな奴、殺せ、ってか」

 吐き捨てた俺に、相手は笑った。空っぽの笑顔だった。なんの感情もこもっていない、上っ面だけの笑顔。「俺には何もないよ。見た目が小綺麗なだけ。中身なんてない。二百年の間に自分がどういう人間だったかわからなくなってしまった」右の手首でどんっと押されてその場に倒され、上に跨ったの左手がシャツをずり上げる。ここにもできていたらしい、胸に走る皮膚の切れ目をぬるい温度がなぞっていく。
 その舌が胸の突起を転がし始める。そこは怪我も何もしてねぇのに。
 治癒効果のある唾液が、乳首の感度ってものを上げていく。
 かり、と歯を立てられて腰の辺りが疼いた。

「それとも、復讐することより、俺と地獄に行くことを選ぶ?」
「あ?」
「お前の、俺のことを好きって、どのくらい? 復讐を捨てることができるくらい? 今すぐここで俺と一緒に燃えることができるくらい?」

 ねぇ、と耳元で囁く甘い声に、乳首を転がす指を捕まえる。
 父親。俺にオールマイトを超えろと火をつけた人間。そのくせ俺にその才能がないとわかるや俺のことを捨てたろくでもない野郎。
 母親。そういう契約みたいに父親に望まれるまま子供を産み続けた人間。轟焦凍が生まれて用済みになったのは、俺と同じ。
 俺のことを壊した家族を、壊してやりたかったけど。どうせ破綻してるんだ。俺がトドメを刺したかったが、それは、もう、いいや。
 手のひらに青い炎を宿す。
 他の誰かに。死柄木とかいう野郎にお前を奪われるくらいなら、俺が、この炎で、燃やし尽くす。己ごと。

「セックスしながら死のうぜ。いいだろ」
「いーよ」

 笑ったの服を燃やして、青い炎に包まれながら、キスをする。
 今ここで最高火力を出して、それでもお前を殺せないってんなら、お前にまた治してもらって、修行する。もっと火力を上げる。それまではヴィラン連合とやらにも協力してやるし、利用してやる。
 ………火力を上げ続けて。それでいつか、一緒に死のう。

(そして、地獄に堕ちよう。俺たちには似合いの最期だろ)

 人生ってものが終わって、魂ってものがあって、死んでもまだ続く意識があるとすれば、お前は絶望するんだろうが。それで動けなくなるってんなら、今度は俺がお前の手を引っぱって歩いてやるよ。