芸術は爆発だ。デイダラという人がいっつも口にする言葉である。
 一日一回は絶対言ってる。むしろ一時間に一回くらい言ってるんじゃと思うくらいデイダラって人は己の芸術について語り芸術とはなんて訊いてもいないのに一人でぺらぺらよく喋っている。それで芸術についてでよくサソリと喧嘩になる。喧嘩と言えば聞こえはいいけどつまり半殺し合いになる。私は何度となくそんな光景を見てきた。
 芸術。芸術ってなんだろうか。今日も今日とて芸術とはでいがみ合っていた二人がついにぷっちんしてぶつかり合ったので、私は困り果てて溜息を吐く。
 ほんと、どうしようもない。あの二人の喧嘩は私なんかが止められるものでもないし。
 どかんどおんとアジトを半ばほど破壊しながらそれでも芸術についてぎゃーぎゃー言い合っている二人を横目に私はちょんとソファに座った。ああうるさい。っていうかこれどう考えても普通に怒られる…。
「旦那の芸術とはそもそもなんだ? その傀儡のどの辺りが芸術だって断言できるんだうん」
「芸術ってのはなぁ、長く美しく後の世まで残ってくもののことを言うんだよ。どの辺りが芸術とかいう問題じゃねぇ」
「そこの詰めが甘いってんだよ旦那。オイラの芸術は爆発のそのときだ。長く永久とかそんな曖昧なもんじゃないんだようん」
「ああ? 一瞬で終わるもんの何が芸術だよ。馬鹿言うのも大概にしねぇと殺すぞ」
「それはオイラの台詞だうん。今日という今日はちょっとぶっつんだぜ」
 左から右へ通り過ぎる会話にはぁと溜息を吐く。今日何度目の溜息になるだろうかこれは。そんなことを思いつつうろんげに視線を上げる。いかにも大技だぜって感じで起爆粘土がぽいぽいと放られ、それをサソリのヒルコが尻尾でびしばし叩き落としている。落とした先からまた爆発で煙が上がり、すっかりここはアジトというより戦場に、
(げ)
 ソファでうっかりいつものようにのんびりしすぎていた。煙を突き破ってヒルコの尾に弾き出されたんだろう起爆粘土の一つが視界に飛び込んでくる。やば、印も退避も間に合わない。
(デイダラのばかーっ!)
 とっさに防御の姿勢だけ取ってぎゅっと目を閉じて衝撃派を想像した。上手く受身できますようにできますように。なんでこんなとこでそんなことを切に願わないといけないのか。もう、デイダラもサソリも大馬鹿だ!
「…、」
 だけどいつまでたっても想像してたどおんとかそういう感じの音はせず、衝撃波も何もこなかった。というよりふわっと、なんだか軽い抱擁を受けたような気がしないでも。
 恐る恐る瞼を押し上げてみれば、暁の衣が視界いっぱいに広がる。二人のどちらか、じゃない。これは、
「怪我はないか」
「、イタチ」
 その声にぱっと表情が明るくなった。対して彼はいつもの無表情と写輪眼。
 まだ喧嘩してる二人のアジトは遥か下で、イタチはどうやら私を助け出してくれたらしい。ほっとしながら「ありがとう」と言えば彼は緩く首を振った。もうどうやって助けてくれたのとかなんで空中浮いていられるのとかは訊かない。それはまぁイタチだからできるすごいこと、でいいのだ。
 ああどうして私はイタチのお世話役とかになれなかったのか。よりにもよって芸術芸術で喧嘩しあうばっかりのあの二人のお世話役になってしまったのか、ここばっかりはいつになっても納得できないところだ。
「イタチー、私はあの二人が分からないよ」
「…芸術だったか」
「そう。芸術芸術で喧嘩ばっかりなの。油断してるとさっきみたいに怪我しそうだし。イタチありがとうね」
「いや、たまたま用があっただけだ。気にするな」
「うん」
 無表情ながらイタチは優しい。ああほんとどうして私はイタチのお世話役になれなかったんだろうか。そんな自分を嘆きつつばさぁと羽音がしたから顔を上げてみれば、でっかい鳥っぽいものが目に入った。これは確か、デイダラの鳥っぽい起爆粘土。
「なんでお前がここにいんだよイタチ。うん」
「伝達だ」
 どことなく攻撃的な声のデイダラに何か違和感を憶えて首を捻る。サソリと喧嘩するときとはまた違う、何か攻撃的な感じだ。一方イタチはいつもの無表情にどこからか取り出した紙片二枚をぴっと別方向に投げる。一つはデイダラの方、一つは多分サソリの方。それで私の手にも紙片を預けて「これだけだ。オレは戻るが、立てるな」「あ、うん。だいじょぶ」そういえばそれなりに近い距離にイタチの整った顔があったので意味もなく慌てた。立てるなっていうかその前に地面に下ろしてほしい。空中で離されるとさすがに落下します私。
 そしてそんなことは言わずともイタチも分かってるようで、地面まで私を下ろしてくれた。ほっとしつつイタチに頭を下げて「ありがとう」と言えば「頭下げる必要ねーだろうん」と背中から攻撃的な声。それを流しつつばいばいとイタチに手を振った。彼が少しだけ表情を和らげたあとに、その姿が烏となってばさばさと空に霧散していく。
 烏分身だったかなあれは。そんなことを思いつつわざわざ届けてくれた紙片の方の中身を確認してみた。思った通り次の任務についてだ。
「サソリー、中身見た?」
「…ああ」
「デイダラも見た? 次の任務下ったよ」
「読んだっつの。ちくしょーめ」
 サソリと芸術うんぬんで言い合ってるときより苛々してる感じのデイダラがぐしゃと紙片を握り潰した。おおこわ。なんでか知らないけど怒ってる。でもおかげでというか今回の二人の喧嘩は止まった。半殺しってとこまで行く前に。それにほっとしつつそろそろとデイダラのそばを離れてサソリのところにいった。なんかデイダラ苛々してるし。
 ところどころに破損が見えるヒルコの中から出ているサソリが紙片を私に預けて「悪かったな」とぼやくように言うから首を捻った。「何が」「さっき。あいつの爆弾がお前んとこにいったろう」「ああ、うん。イタチが助けてくれたからいいけど」ちらりと背中側を確認した。デイダラはまだ苛々してる。
「…ねぇ、デイダラ機嫌悪くない?」
「悪いんじゃねぇの」
「なんで? イタチのこと嫌いなのかな」
「心底嫌いなんだろうよ」
 どうでもよさそうにそう言ったサソリ。そういえばヒルコから出た彼も結構整った顔をしていた。イタチは無表情が常だけど今のサソリは不機嫌そうな顔で暁の衣を羽織りなおして「あいつのせいでまた壊れた」とぼやく。そりゃあそうだと思う私。あれだけ派手に喧嘩したら当たり前っていうの。それでヒルコの修理に行くんだろうサソリの背中を見送ってからそろりとデイダラの方を振り返る。…まーだ機嫌悪いよあの人。
 っていうかそもそもだ。誰のせいで私が怪我しそうになってイタチがわざわざ助けてくれたのか、そこんとこ考えてほしい。
「…デイダラー?」
 彼の機嫌が悪いと分かっていても、任務が下ったんならそれについて話し合わなくては。サソリは任務は任務らしくひっそりとやってくれるけどデイダラは違う。爆発爆発で目立つったらない。移動もあんなおっきな鳥に乗っていかれるとやっぱり目立つ。だから彼とは任務内容で話をしないといけないことが多々。
 デイダラが乱暴な所作でぼんと鳥を消した。たんと地面に踵をつけて「ちょっとこっち来いうん」と言うから、仕方がないからそばに行く。とんとんといくつか瓦礫を蹴飛ばしてざんと地下のアジトから地面に着地すれば、じろりとこっちを見る不機嫌そうな目。
「何?」
「一個オイラのが飛んでったな。あれは旦那の防ぎ方が悪かったんだぞうん。オイラが意図的にやったとかそういうんじゃないからな」
「そんなの分かってるよ」
 たまたまで偶然だ。イタチが助けてくれたことも全部。だからひっそりと息を吐く。ああよかった、怪我しなくて。顔とか怪我したらさすがに悲しい。私一応女の子だもん。

 なんだか機嫌のよろしくないデイダラと任務について話を通して、一応ヒルコ修理中のサソリにも話を通して、今度の私の仕事はと言えば。このぼろっぼろに崩れてしまったアジトを修復するかそれとも新しい場所を探すかの二択に一択。
 どうせまたすぐに壊れてしまうんだろうアジトを修復する気なんてさらさら起きない。なので私は芸術家二人の部下よろしく、二人がまた壊すんだろう次のアジトを探しに出るわけだ。

なんてかいがいしい私
(誰も言ってくれないから自分で言ってみた。なんてむなしいんだ私…)