クロス元帥が行ってしまった。大きな任務に。
 私はそれを胸のうちにしまい込むことにした。そのせいでもう誰かに心配をかけたくなかったからだ。だから知らなかったことにした。知っててもそうなのくらいで流せるようにした。
 ユウが。俺はお前の笑った顔の方が好きだと言ったときのユウの顔が、すごく辛そうだったから。だから私は私のせいで誰かが辛い顔をするのがいやだったから、あの人への思いはこっそり胸のうちにしまい込んだ。
 それでも大丈夫だと、思ったからだ。
「、」
 がさ、と開けた最後の包み。小さな、掌におさまるくらいのそれは、一番最初に朝迎えに来てくれたユウがくれたものだった。ぱちと瞬きしてその箱をぱかと開ける。
 中には指輪が一つ入っていた。銀だ。何も飾り気がないただのシルバーリング。それを天井からの灯りにかざすようにして眺める。ユウらしいといえばユウらしい。でも何で指輪?
(…なんか意味があるのかなぁ)
 別に何かが彫ってあるわけでもないその指輪。どの指につけたらいいのかなぁと思って、っていうかどの指に入るかなぁと思って試したところ、少し大きかったから中指くらいがちょうどよかった。だから左手の中指に光る銀の指輪に小さく笑う。
「ありがとユウ。私も今度何かいいものあげなくちゃね」
 ユウが指輪なんて洒落たものをくれるのが意外すぎたけど、だったら私も今度の彼の誕生日にはもっと驚かせるようなものをあげよう。まだ半年もあるけど大丈夫。だって私はここまで生きてきた。
 くーと寝息を立ててぐっすりのミスティーを見やってその鱗を撫でた。自分の指に光るのはまだ慣れない指輪とその感触。

 今日、クロス元帥は大きな任務のためにここ黒の教団本部を出て行った。大きな任務だけどいつも通りの格好で、いつも通りの所作で、いつものようにじゃあなと言って。
 夜。私は一人まだ眠っているミスティーを撫でていた。
 その日私は13歳になった。教団に来て三年。友達はリナリーやユウに始まりデイシャやマリや、知り合いだったらコムイさんとかリーバー班長とかジェリーさんとかそれから色んな人がたくさん。たくさんいて。
 その中でも特別だったのはクロス元帥だった。今日出て行ったあの人だった。おめでとうの言葉をあの人の口から聞くことはなかったけれど、それでもよかった。それだけ生き抜いたと思っていれば。今度元帥が帰ってきたときに胸を張ってお帰りなさいを言えば。
 それで、よかった。はずだった。

「…うー」
 だから頭をぐりぐりする。はぁと息を吐いて、ミスティーがまだぐうと眠っているのを確かめてその小さな身体に毛布をかけてドラグヴァンデルを手に取った。いつものようにベルトで腰につけてばさとカーディガンを羽織る。
 夜だけど眠れない。眠れないからちょっと身体を動かして疲れて眠ってしまおう。そうしたらうじうじしたこんな気持ちもどこかへ行く。
 そう思って部屋を出た。出たところでなぜかまたばったりユウに出会った。
「はれ?」
「、」
 髪を縛ってないユウの周りをぐるぐる回って「どしたのユウ、もう夜だよ? あ、珍しいね髪」だから手を伸ばして黒い髪を撫でた。下ろしてたら下ろしてたで邪魔だろうけど、そういえばどうして長くしてるんだろう。っていうか私も真似して長くしようって思ってだいぶ長くなってきたんだけど。だから自分の髪に手をやって「早くユウくらいになればいいなぁ」とぼやいたところで彼がこっちを向いた。
「サイズ」
「え?」
「指輪。適当、だったんだが…はまったか?」
 ぼそぼそと言われて一つ瞬いた。それからああと笑って「はい」と左手をかかげる。中指だけどちゃんと入りました。問題なし。
 暗くて彼の顔がよく見えない。伏せるようにしてるからか、それとも長い髪のせいか。
「どこ行くんだ。これから」
「え? えーっと、どこでもいいの。寝たいんだけど眠くならないから鍛錬でもしようかなぁとか」
 えへへと笑う。彼が視線を上げて私を見た。いつもの鋭い目だ。私より一つ上なだけのはずなんだけど、ユウの目はいつも大人を怯ませるくらいの色んな覚悟が見て取れる。そういうのは嫌いじゃない。そうやって生きてる人はすごい人だからだ。
 だから首を傾げる。私はユウを怖いと思ったことは多分ない。
「…俺も。付き合う」
「そう? じゃあレッツゴー!」
 だから私はいつもみたいに彼の手を引っぱった。握り返される力がいつもより強いことに気付きながら、だけどそれがどういう意味なのかは気付かないまま。