「新しく入団者?」 「そう。それも二人よ。久しぶりの入団者ね」 リナリーと並んで映像記録を見やる。正門を進んでくるのは確かに二人、老人と、それから同い年くらいに見える男の子だ。片方の目を眼帯で隠してるのと髪をバンダナで上げてるのが特徴的な。 「適合者ってことなのか」 私の隣で腕を組んで難しい顔をしてるユウに「なんですよね?」とコムイ室長を振り返る。「まぁ一応ね」と苦笑いのような表情で返されて一つ瞬いた。まぁ一応という言い方が引っかかる。何か問題でもあるんだろうか。 「何かあるの?」 首を傾げてみせると、リナリーも苦笑いして「色々あるのよ、向こうにも」と言われた。ふぅんと思いながらちらとユウを見上げる。無表情にしているユウはだいぶ、っていうかすごく身長が伸びて、おかげで私は彼を見上げないとならなくなった。 結局15になっても私の身長は160止まり。一つ下のリナリーにももう身長を抜かされてしまった。 「ねぇユウ、今いくつ?」 「あ? 何が」 「身長」 だから監視室の映像から顔を上げて彼と並んだ。顔を顰めた彼が「知るかよ」と言ってそっぽを向く。私はむぅと眉根を寄せた。試しに自分の頭の上に手を乗っけてそのまま水平に彼のとこまで持っていくと肩辺りでぶつかる。 彼は私より一つ上の16。そろそろ成長期を過ぎる時期だ。私も人のこと言えないからこのまま身長は160止まりかもしれない。厚底のブーツでも履かないとリナリーにも追いつけなそう。 だからはぁと息を吐く。顔を顰めたユウが「なんだよ」と言うので「別に」と返しながらフードからひょこと顔を覗かせたミスティーが『ブックマンか』と呟く声を聞いて振り返った。 もうミスティーと一緒に生きてきて五年。だけどミスティーはちっとも大きくならない。一センチくらいなら大きくなったかもしれないけど、見る見る大きくはならず、いまだフードにおさまるサイズのまま。 「あれ、さすがだねミスティー。君は知ってたか」 『噂くらいは…まさか入団してくるとは思いませんでしたが』 「まぁねー。上の取り決めだからしょうがないでしょ」 コムイさんとミスティー。その会話に首を捻ってユウを見やる。知るかよって顔で返された。そりゃそうかと肩を竦めて私は映像記録に意識を戻す。レントゲン検査を受けて、五年前のあの日の私のようにここに入ってくる二人を見やる。 クロス元帥が任務に出て二年。定期連絡はない。思っていた通り。便りもない。思っていた通り。 あの人が死んだのではないかって噂も立ち始めている。破天荒な人だ。型破りな人だ。確かに余裕の持ちすぎで油断が生まれないことがないとは言い切れない。だけど私が知っている限りのあの人はそういう人じゃなかったから、だからきっと死んでないと。思う。 だけど二年も経った。私は子供から大人というか、成長期に入って。リナリーほどじゃないけど身長だって伸びたしスタイルだって負けてるけどでも別に太ったわけではないし、ちゃんと鍛えてるし、まだ生きてるし。だから元帥だって生きてるしまたここに戻ってくる。きっとまた私の頭を撫でてくれる。あの煙草の煙を吐き出してくれる。豪快に笑ってくれる。ティムがぽちょって私の頭の上に乗ってくれる。またワインのコルク栓が飛ぶ音とワイングラスに紫の液体が注がれる音が聞ける。 首にかかるロザリオは、あの人にもらったもの。それからお土産でもらった色んなものが部屋にある。あの人と私を繋ぐもの。私があの人を思い出せるもの。 だけど私はあの煙草の煙でさえ、もうぼんやりとしか思い出せなくなってきている。 ゆるりさらりとなく
残酷 に
「おードラゴン! すっげーさ、オレってばドラゴン初めて見たっ!」「ミスティーは最後のドラゴンの子だから…」 「なんではドラゴンと一緒なんだ? あ、ミスティーだっけ。一体どんな感動ストーリーがあったんさ?」 「感動っていうか、うーん」 新たな入団者であるブックマンっていうおじいさんとラビという男の子。その男の子にさっきからミスティーについて質問攻めにされていて、私は半ば苦笑いで返しながら「あの、あっちだよ歓迎パーティ」とおじいさんのいる方を示す。コムイさんやリナリーと挨拶を交わしてるのが見える。だけどラビは「ジジイと一緒にパーティなんざゴメン」とにっこり笑った。 そのガラスのような曇りない瞳が、どことなく寒い。 「…ラビは、ブックマンジュニアとかって言われてるみたいだけど」 「ん? まぁ一応ね」 「あの、ブックマンって何?」 さっきから微妙に警戒の目をしてるミスティーをちらと振り返る。この人の前で喋る気はないのかさっきからこの子は黙っている。 ラビがばちんと手を合わせて「それはゴメン! 言ったらジジイに殺される」と笑いかけられて、だから「そ、っか」と言いつつしゃっと突き出された六幻にうお刃物、といつかに思ったことを思った。「どわっ」と椅子から転げ落ちたラビと、向かい側でさっきから苛々していたユウがとうとうキレたらしく「近いんだよてめぇ」とラビのことを睨みつけた。当のラビ本人はへらっとした笑顔で「なんだよいいじゃん減るもんでもないしぃ」と反省の色は全くなし。だから私はふうと息を吐く。 「こらユーくん。新入りくんになんてことをしてるんだい」 「だからその呼び方やめてくださいって何度言えば分かるんですか元帥」 さりげないティエドール元帥の登場にツッコミつつユウはラビを睨んでる。さっさと起き上がったラビが「ユーくん? えー何ユウって名前なんだあんたって」と笑われてぶちとユウのキレる音が聞こえた。あーと私は無意味に天井を仰ぐ。いつかの自分もしたなぁなんて思いながらがしゃんとテーブルを踏んづけて「ユウって言うんじゃねぇよ」と六幻をその首に突きつけるユウ。 全く同じだ。五年前と。 だから私はしょうがなくとんとその六幻を叩いて「こらユウ」と叱る。固まっていたラビが「うぉこわっ、怖いよユーくんっ!」と私の後ろに隠れるのにも嘆息。またぶちぶちとユウのこめかみが引きつる音が。 だからテーブルに手をついて六幻を押し返しながら「こらユウ」と顔を寄せる。そうするとユウが後退して私を避けるようにする。それで舌打ちしてちんと六幻を収めて気に入らないって顔でつかつかとどこかへ歩き出した。それに嘆息して私は座り込む。 ラビが「助かったぁ」と笑って私の隣に腰かけた。ティエドール元帥が「すまないねぇ、根はいい子なんだが。こら待ちなさいユーくん」とユウのあとを追っていく元帥。 ようやく静かになったテーブルで「ユウのことユウって呼んじゃ駄目だよラビ。神田って苗字で言ってあげて」「へ? でもはふつーに名前呼びじゃんか」それで首を捻られて、そういえばそうだとも思った。なんかもう彼は色々私について諦めているんじゃないだろうか。と思うんだけど、どうかな。 「私のことはいいから。じゃないとユウさっきみたいにキレちゃうよ」 「それは勘弁」 あははと笑うラビ。私はその瞳が寒いくらいに透明なことに疑問を持った。それとも私がいつも見てるユウの目が鋭すぎて、他の人の目ってこんなふうに透明だったろうか。「ん?」と首を傾げた彼に私は緩く頭を振ってその思考を追いやった。 「ラビはいくつ? 歳」 「オレは16かな。は?」 「私は15。じゃあラビはユウと同い年だね」 「げ、まじ?」 ラビがユウを振り返る。ユウはまたティエドール元帥に何かがみがみ言ってるみたいだ。それから最後にはいつもみたいにぶっちんして「俺はあんたのそういうところが大っ嫌いだーっ!」テーブルを引っくり返してがちゃこんし始める。それをマリやデイシャが「落ち着けよ神田っ」「こら神田! 諦めろ、師匠はこういう人だっ」と説得してるようなしてないような。 それにちょっと笑う。ユウもあんなふうに怒るんだなぁとか思って。 それでふと視線を感じてラビを見ればばちと目が合った。ガラスのような瞳。片方は眼帯。でもガラスのような。 「ラビの、イノセンスは?」 だから何か話題をと思ってそう訊いてみる。「あ、オレ? オレは槌らしいさ」と言われて首を傾げた。槌。って叩くあれだろうか。 「じゃあブックマンは?」 「ジジイはなんだっけ、針?」 「針…」 どっちも珍しいなぁと思いながら「はその剣?」と腰にあるドラグヴァンデルの鞘を叩かれて「うんそう」と頷いた。「じゃミスティーは?」という言葉にちらとそのミスティーを振り返る。油断なくラビの方を観察しているこの子は彼を警戒してる。 「ミスティーは寄生型なの。身体を巨大化させて戦ったりするんだ」 「おー巨大化! すっげーな、オレ見てみたい! 一緒の任務回ってこねぇかなぁ」 マイペースな彼の言葉に私は思わず苦笑する。 任務はすぐにでも回ってくるだろう。何せあの人が抜けて全然連絡がないから、教団側も彼に回す分の任務を他の人に振り分けている。自然と私達の出撃回数だって多くなる。探索班や科学班、その他のどこよりもエクソシストは人数が少ないから。 あの人が抜けてから二年。今日は新たに二人のエクソシストとなる人が黒の教団に加わった。 あの人からの連絡はいまだ、ない。 |