リナリーやみんなと朝食を取った。怪我ばっかりのリナリーだけどもう歩いても大丈夫みたいで、「ごめんね心配かけて」と困った顔で笑ってくれる。だから私も笑って「あんまり無茶しないでよリナリー」と彼女に笑いかけた。 と、背中からがばと覆い被さるように体重が降ってきてたたらを踏んで振り返ればラビがいた。「おっはようさん二人とも」とウインクされて「おはよラビ」と笑い返す。 「ラビの怪我は大丈夫?」 「おー、リナリーほどじゃないからなぁ。リナリー平気か? だいぶ痛そうだけど」 「平気平気。慣れてるもの」 ぱたぱた浮かんで私の腕におさまったミスティーが迷惑そうにラビを睨んだ。押し潰される前にフードから抜け出たらしい。私は苦笑いしてミスティーの頭を一つ撫でる。 三人でカウンターに行っていつものように朝食を頼んで。いつものようにぱちんと箸を置いてもう朝食を終えたらしいユウに手を振って「ユウお早う!」と声をかける。こっちを見たユウがちょっと迷惑そうな顔をした。多分私が一人でないからだろう。 「はい」 「…なんだこれは」 ことんとコップを置けば顔を顰めてそう返される。だから私は「野菜ジュース。栄養偏ってるユウにはぴったりだよ」と赤い液体の入ったジュースを勧めた。だけど彼はやっぱりというか顔を顰めて「いらん」ときっぱり一言。えーと眉尻を下げれば横から伸びた手がそのコップを取り上げた。見上げればラビがいる。 「駄目さユウちゃん、女の子の申し出を断っちゃ。ってことでオレがいただきまーす」 「あ」 ごくごくとジュースを飲み干したラビが「ぷは」と息を吐いてたんとコップをテーブルに置いた。「トマトトマトしてるなぁ」と笑うそのラビにぎらりと抜刀した六幻を突きつけたユウが「貴様」といつもより低い声で物騒な空気を醸し出すから、なんだか私はもう笑ってしまう。 リナリーがそれを止めて「こら神田。やめなさい」と六幻を叩いた。「おおこわっ、ユウちゃんてば相変わらず怖いさっ」「ユウって言うんじゃねぇよこの馬鹿ウサギ」「誰が馬鹿さ誰が」「てめぇのことだよこのクソ野郎」続く会話が右から左へ耳を通り抜けていく。 昨日は聖堂いっぱいに棺があった。だけどもうリナリーだって笑っている。だから私だって負けないように笑おうと思った。涙なら、もう流したから大丈夫だ。 (なんだかんだでユウには甘えっぱなしだなぁ) ユウは黙って受け止めてくれるから好きだ。リナリーだったらきっと余計な心配をかけさせてしまうことになってたろうし。だからユウのことは好きだ。余裕があるっていう態度じゃないけど、元帥みたいな人ではないけど、でも別の何かを持ってる人だと思うから。 ミスティーが「ぎゅう」と尻尾を垂らしておなか空いたと言うから、私はその頭を撫でる。「もうちょっと待たないと」っていつものように。カウンターの向こうの厨房は大忙しだろう。だから私は無理なんて言えない。みんな頑張ってる。それはここでは当たり前。 だから、腰にある剣の柄を撫でた。 私はもっともっと強くならないといけない。もっともっと。 「服の採寸?」 「そうそう! ついでに神田もね! 派手に破いちゃったみたいだし」 「ちっ」 そうしてジョニーが来てわいのわいのと賑やかな食堂の風景になり、私はそんな中がつがつとカートの料理をいつものように上から食べ始めるミスティーに目を向けた。オーストラリアまで行くのに少し無理をさせてしまったけど、もう大丈夫だろう。私ももう大丈夫だし。 くるくるとバジルソースのスパゲッティの方をフォークに巻きつけて口に運ぶ。ジョニーが巻尺であちこち採寸している間の不機嫌そうなユウの顔といったら。 ラビは「え、バンダナも作ってくれんの? じゃあかっちょいいのでお願い」とウインクして。「オッケー!」と張り切るジョニーにタップが「ジョニーそういうの上手いからなぁ」と笑う。そこへふらふらした足取りでリーバーさんがやってきて「おーお前ら、朝から元気だなぁ」と疲れた声で言った。相変わらず残業徹夜続きなんだろう。科学班の人は忙しそうだ。 「大丈夫ですか? リーバーさん」 「いやぁ何、これくらいでへこたれてられないさ。こそ大丈夫か? ミスティーの調子とかは」 「平気ですよ。もう」 だから私はリーバーさんに笑いかける。「そうか」と遠慮がちに笑うリーバーさんの目元にはクマ。葬儀もあったし班団員もだいぶ減ってしまったことだろう。コムイさんがそういったものの調整をしてる分この人も忙しいのだ。対アクマ武器が壊れたときに修復してくれるのは科学班の人達だし。 だから首を傾けて「リーバーさんこそ大丈夫ですか? だいぶクマが目立ってますよ」と指摘すればはははと渇いた笑いで返されて「いやぁ朝食取ったらちょっくら仮眠する…」そう言いながらふらふらカウンターへ向かっていくリーバーさん。 リナリーががたんと席を立って「ごめんね、私兄さんの手伝いしてくる」と言ってお盆を持ち上げた。だから私は手を振って「うん、無理しない程度にね」とリナリーを見送る。 くるくるとフォークでパスタを巻いて口に運んで、租借。今日もおいしい。 (みんな頑張ってるんだもの。私ももっともっと強く、ならなくちゃ) だから午後。よぅしと思い立って一人修練場で腹筋やら背筋やら腕立て伏せやらやれること全部をやったところでとうとう力尽きて、どたんと床にへばった。ところへラビが顔を出した。 「うお頑張るな。一人で鍛錬?」 「んー。ラビ怪我は?」 「おかげさまでだいじょーぶ」 それで隣に座り込んだラビが「オレもなんかすっかなー」と天井を仰いだ。ミスティーは近くで丸くなっている。ドラゴンの身体構造がどうなってるのかは分からないけど、ミスティーはよく食べてよく眠った方がいいらしい。ちょっと羨ましい。私は食べて寝てを繰り返したらあっという間に豚さんになってしまうよ。 「よーしジョギング。マラソンするぞー」 「え、まじ? ちょい待ちふらふらじゃんよ、ちょっとくらい休憩せな」 ぐいと手を引かれて、酷使した身体が踏ん張りがきかずにぐらと傾いて「お」「え」声が二つ重なって、ばったんと倒れ込んだ。 さすがに身体が動かない。急激に運動したってわけじゃないけど、休憩は挟まないとへばって当たり前か。 「だーから無理しすぎだって言ってんじゃんかっ」 「あー…」 ラビに支えられて起き上がりながら「だって」とこぼしてぎゅうと拳を握った。 だってこうでもしていないと、頭の中に棺が列をなす光景が浮かぶみたいで。何かして気を紛らわせていないと私は。 「……あのさ。オレ思ったんだけど」 「うん?」 視線を上げる。ラビは私の頭を膝枕してくれてる。だから自然と見上げる形になって、天井から落ちてくる光でラビの顔が逆光で見えにくい。ちょうど真上にライトがある。 「ラビ?」 その表情がよく見えなくて名前を呼ぶ。ラビが「エクソシストって大変だよな」と言う。だから私は笑った。大変なのはみんな同じ。戦いで平等なのはその辛さだけ。 それでも戦わないとならない。それだけ。 「そうだね。大変」 「はなんで戦うんさ? ミスティーのため?」 「え? うーん…そうだなぁ」 だから目を細める。眼帯で右目を覆っている彼を。まだここに来たばっかりで、あの頃の私みたいではないけどそれでもここに入ったばかりの彼を。 「とりあえずラビのため?」 「は?」 「それからユウとか。リナリーとか。もちろんミスティーも。それからマリとかデイシャとか、コムイさんとかリーバーさんとか、ジョニーとかタップとかジェリーさんとかそれから、」 それから。クロス元帥とか。私は私のために戦っている。自己満足で自分勝手。それだけだ。 「おっきな理由とかないよ。またここでみんなで笑えたらそれが一番ってくらい」 「…そんなもんで戦うのか?」 「うーん、上手く言えないんだけどね。ラビは不安?」 手を伸ばして彼の頬を一つ撫でた。こないだの任務で彼の頬に走った切り傷。もうかさぶたで大丈夫なんだろうけど、見てると痛い傷跡。ここの医療班は優秀だから痕も残らずきれいに消えるだろうけど、でも傷は負えば痛い。 「不安…まぁそうなのかも」 彼がそうこぼして私の頬を同じようにして撫でた。だから私は相好を崩して笑う。 そういえば私だってそうだった。だから訊いたじゃないか、あの人に。何のために戦うんですかと。あの人は答えてくれなかったけれど、それでも余裕で戦ってきた。今だってきっとどこかにいる。生きているだろう。何かをしてるはずだ。任務を遂行してるんだと思いたい。生きていると信じたい。 信じることはすごく難しい。だけどそれだけが光になれる。 「大丈夫よラビ。私もそんな感じだったし」 「が? なんか想像つかねー」 「えー。あ、」 それでラビの向こうに影ができたと思ったらユウで、じろとラビを睨んで「何してるてめぇ」と低い声を出してがしとその胸ぐらを掴んで引きずり上げた。おかげで私の頭はラビの膝から落ちてごちんと床に打ちつける破目になり、あうう痛いと頭をさすりつつ起き上がる。ミスティーが心配して「ぎゅう」と声を上げばさりと私の肩に乗った。だから「大丈夫大丈夫」とその頭を撫でる。 「ちょ、まっ、大将待って! 誤解っ、すげぇ誤解だからそれ!」 ぎらと六幻の切っ先を突きつけられてひいと声を上げるラビに「ユウ!」と私は彼の名を呼ぶ。ぴくと反応した彼がこっちを見て「何もされてねぇか」と低い声で問うので「されてないよ」と返し、立ち上がって六幻の刃を下げさせた。「すぐに抜刀するのやめなさい」と言えばふんとそっぽを向いた彼がちんと刀を収める。私の後ろではぁと息を吐いてラビは心底安堵している。 「ねぇ、どうして二人って仲悪いの?」 「え、オレは別に何もしてないじゃん! 大将が一方的に抜刀してくんさ!」 「うるせぇよ馬鹿ウサギ。刻むぞ」 また柄に手をかけるユウに私は吐息してその手をぎゅっと握った。固まる彼に「駄目って言ってるでしょう」と顔を寄せればその分だけ仰け反られ「うるせぇ」と返される。 こっちは真剣だっていうのに、この頃ユウは顔を逸らすことが多い。 「ユーウ?」 「…ちっ、分かったよ」 舌打ちした彼が柄から手を離した。だから私も彼の手を離して「よーしマラソン! 私頑張ってくるね」と何回か屈伸して走り出せば、「おぃ」と追いかけてくる声。だから振り返ればユウがいておまけにラビも一緒。 「オレも行く行く! ずっと寝てたら身体なまるかんなー、軽くやっとく」 「ユウは?」 「言わないと分からねぇのか」 ぼそりと言われて私は笑った。 そうしてその日は三人でジョギング。階段を下りたり上ったりのジョギング。たまに休憩でどこかの階を歩いてまた走って。それを繰り返しながらあーだこーだと話をした。 たわいもないことだ。それでもそれがかけがえのない私の宝物になる。 そうしてまた、月日は過ぎていくのだ。 |