オレにはキョウダイがいる。
 具体的な人数とか、兄なのか姉なのか弟なのか妹なのか、その辺のことがはっきりと分からないからキョウダイとだけ書くんだけど、そのキョウダイが、まぁ不特定多数いる。らしい。
 それはつまりどういうことかというと、みんな異母キョウダイだ。父親が同じで母親が違う。政界で力を持ってるというろくでなしの父親が本妻以外に他国でも愛人を作りまくった結果、こういう現実が生まれた。
 正直な話。一言でオレの人生全てのことを語るとしたら、親父死ね、と思ってる。

「ぅ…くそッ」
 ぱた、ぱた、と自分の顔の右側、主に目を中心にしたところから赤い色が滴って落ちる。
 腕を煉瓦の壁に這わせ、ずり、と足を引きずって一歩進む。
 片方の視界は見辛く、顎を伝って落ちる血はひたすら鬱陶しく、顔に張りつく長めになっていた前髪も邪魔だった。
 昼間から酒を飲み、ろくでなしの父親のことを嘆き、悲しみ、憎み、次第に人格が壊れてきていたオレの母親が、ついに幻覚を見た。オレの赤毛と緑の瞳に父親を重ねたのだ。飲んでいたワインのボトル瓶をかち割り、オレを襲った。オレのことをろくでなしの父親だと思い込んで。
 は、と息を切らせながら振り返る。追ってくる母を撒くために路地裏に入り込んだことは正解だったらしく、後ろには誰の姿もなかった。
 は、と息を吐いて少し安心する。
 …冗談じゃないぞ。オレはあのろくでなしじゃない。オレは違う。そんな男じゃないしそんな男にはならない。だから殺されてなんてやらない。
 ずり、と足を引きずってまた一歩進む。
 割れたボトルを持ったまま表通りを彷徨っている母がいたら、さすがに通報されるはずだ。出ても大丈夫だ。いつまでも慣れない路地裏を彷徨っているのも少し危ない。ここは治安がいいと言える場所ではないんだし、とりあえず、表へ出よう。そう思って足を引きずりながら表通りの人のざわめきを目指して進み、片目を押さえたままの手をそっと外してみた。真っ赤だった。いまだに止まる気配がしない。その赤い掌を見下ろして、ああ、ダメかもな、と思った。
(オレの右目、もう見えないかもしれない)
 母の凶行を避け切れなかった。突然の豹変だったし。
 また昼間から酒飲んでらぁと学校帰りのオレは母に呆れていただけだった。
 それでも、こんなだらしない人でも、ろくでなしの父親よりはマシで、男を見る目がなかったとしても母さんは被害者なわけだから、と息子らしく世話を焼いていた。そうしたらこれだ。本当、ツいてない。ろくでなしの父親と子供を作った母さんも、その子供であるオレも。
 さすがに、血だらけで通りに出たらマズいかなと思い、首に巻いたままだったマフラーを適当に顔の右側と頭にぐるぐる巻いた。頬の辺りは髪で誤魔化して、通りに出る。
 道沿いの店はオープンカフェをやっていて、その向かいには花屋があり、カフェから眺めて気に入った花があれば購入して帰っていく人もいるという人気のカフェのある場所に出た。…今日学校で女子の会話の中に出てきた話を今思い出してどうするんだか。
 他にも雑貨屋や家具屋、野菜市場、肉屋、魚屋、見慣れた商店街の風景が片方の視界の中で霞んで見える。
 そういえば、最後に頭を殴られたんだっけ。あれ、さすがに割れたボトルじゃなかったよな。つかそれだとオレ死んでるよな。うん。じゃあ大丈夫だろ。
 ずり、と足を引きずって何歩か歩き、ふらついた。ああくそ。
 助けを求めようにも母のところへは帰れない。他に頼るべき誰かなんていない。父親なんて頼れない。どこにいるかも分からない父親なんて。それ以前に、あんな、女泣かせたままどっかほっつき歩いて帰ってくることのない父親なんて。
 あーくそふらつく、と歯を食い縛ったところできゃあと悲鳴が上がった。それはオレの顔をしたたる血に気付いた悲鳴ではなかった。
 まさか、と嫌な予感を覚えて顔を上げると、商店街のゆるりとした勾配のある道を鬼の形相で駆け下りてくる母の姿が見えた。いつものネグリジェ姿で、髪を振り乱し、焦点の合ってないような目で何かを喚きながら、それでも、その目がオレだけを見ている。
 母は現実が見えていない。分かってる。オレが父親に見えてるんだ。オレはあんたの息子なのに。オレは悪いことなんてしてないのに。
 オレは母に恐怖以上のものを感じて後退る。
 あれはオレの母さんだ。駄目な男に騙されて子供まで儲けてしまったオレの母さんだ。分かってる。分かってるよ。女一人でもオレを育てた人だ。毎月金だけはしっかり送ってくるろくでなしのことをそれでも想っていた母さんだ。かわいそうな人なんだ。分かってる。
 分かって。
 だけど、あんなの、オレの母さんじゃない。
「…ッ」
 オレは逃げ出した。後退るだけじゃダメだと、母に背を向けて逃げ出した。じくじくと傷む右の顔に手をやって、慣れない片方の視界で人にぶつかったり物にぶつかったりしながら逃げた。とにかく逃げた。
 それなのに耳に母の声が届く。
 オレのことをラビではなく父親の名前で呼んでいる母の声。壊れてしまった母の声。
 逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。母さんから。
 だけど、一体、どこへ?
 この町以外なんてろくに知りもしない。頼れるような友達もいない。知り合いもいない。
 オレは一人だ。
 は、と息を切らせながら逃げていく途中で転んだ。片方の視界だけでは右側がろくに見えず、飛び出して置かれていたらしい樽に激突して、耐え切れずに転んだ。
「は、はぁ、」
 逃げないと。立たないと。だけどもう身体が重くて。ただでさえ怪我して血ぃ流してんのに、身体動かして、さらにもっと血を流して、片方だけの慣れない視界で走り回って、もう疲れた。疲れた。
 疲れたよ、母さん。
 人のどよめきが悲鳴によって切り裂かれ、オレに大丈夫かと声をかける人のざわめきが割れる。人の生垣から母が飛び出してくる。鬼の形相。手にしているのはオレを傷つけたあのボトル瓶だ。割れて尖ったところに血がついている。今度はそれでオレを刺す気だろうか。
 は、と息を切らせたオレは、もう母とは思えないその人を見上げる。
 母の目のどこにも理性はない。
「一緒に死んで」
 …その言葉に抗うだけの気力がもうなかった。
 母が両手で握ったボトル瓶の切っ先をこっちに向けて振り上げる。
 オレの人生ここで終わりか。ツいてなかったな。母親も、父親も。自嘲気味に唇の端で笑った刹那、パン、と乾いた音が響いた。そして、母がぐらりと傾き、倒れた。
 人混みの中から飛び出してきた警官が発砲したのだと気付くのに数秒かかり、母が、それでもガラス瓶を手にしたまま鬼の形相でオレを睨んでいるのを見て、目を閉じる。
(ああ。もう)
 …オレはどうすればよかったんだろう、母さん。オレはどうしたらよかったんだ。なぁ、クソ親父。
「ラビ? ラビ、ラビ」
「っ、」
 がばっと起き上がると、そこには金髪で青い目をした女の子がいた。オレが飛び起きたことにびっくりした顔をしている。「あ、おはよう」「へ? あ、ああー、朝か…」おはよう、と言われたことでようやく自分のいる場所を思い出す。
 ここはイギリスの片田舎。電話線すら村長の家にしかないというものすごい田舎だ。その田舎の風景に溶け込む木の枠組みと煉瓦のよくある一軒家にオレはいた。正しくは、オレと、オレの異母キョウダイであるがいた。
 オレ、ラビは今年で18。そんでも今年で18になるらしい。
 オレら二人は二人共に母親を失った。オレは母の凶行が原因で警官が出てきて射殺、の方は長年患っていた病気が原因で早くにこの世を去ったらしい。
 で、母親をなくしたオレに世話役のメイドなり何なりをつけさせ、最低限の学業を会得させると、あのろくでなしはオレをイギリスの片田舎へと押し込んだ。
 最初、ここにはオレだけだった。それが、母親をなくしたが最近になって連れてこられて、今はここで二人暮らしをしてる。
「ご飯作ったよ」
「あー…いつも悪ぃな。オレ朝苦手でさ」
 眠い、と目をこするオレにがやわらかく笑う。その表情にどきんと心臓が跳ねたが努めて無視した。「着替えて顔洗ったら来てね」と残して彼女が部屋を出て行く。その後ろ姿をぼーっと眺めてぶんぶん首を振った。
 彼女がここに来てそろそろ一ヶ月になるのに、まだ慣れない。
 っていうかだぞ。いきなり目の前にお前の異母キョウダイだと女の子を連れてこられて、はいそーですかと言える野郎の方がおかしいっての。
 自分と似ていたならまだキョウダイだと思えたかもしれない。だけどはオレとは全然違う金髪に青い瞳だ。オレらに共通しているはずのあの父親の特徴をちっとも引き継いでいないから、余計に質が悪い。何がマズいかって、オレにはがただの女の子にしか見えないってところが色々とマズい。
(それにしても、昔の夢を見たな…)
 ぼやっとしながら起きて、適当に着替えて、洗面所に行く。顔を洗ってタオルで水気を拭い、眼帯をつける途中で手を止めて鏡の中の自分を見てみる。
 そこに幼い自分が映っている。顔の右側からだらだらと血を流して。
 硬く目を閉じてからもう一度鏡を見てみると、そこには今の自分しかいなかった。右目辺りに走った傷痕。なくなった視界。視力。熱く苦い記憶。
 あれは、もう過ぎたことなんだ。そう言い聞かせながらスリッパの足でリビングに踏み入ると、いいにおいがした。一人用に用意した小さなテーブルに厳しい感じで二人分の朝食が並んでいる。
 そうだ、今度テーブルの新しいのを見に行こうって話をしたんだった。忘れてた。
「おまたせー」
 ソファで雑誌を開いていたに声をかける。彼女をオレを見上げると「目、覚めた?」とかわいく小首を傾げた。そんなに眠そうな顔してたんかなとオレは苦笑いをする。「おかげさまで。オレそんな眠そうな顔してた?」「…眠そうっていうか、うなされてたの。だから起こしたの」と淡い微笑を浮かべた彼女に言われて、閉口する。ああ、なるほど。いつになく揺さぶって起こしてくれたのってそういうことか。
「もーだいじょぶさ」
 言って、自分に確認した。もう大丈夫だろ? 過去の過ぎ去ったことなんて気にしてたってしょうがないし。時間はもう戻らないんだから、あの頃のことを夢に見たって、オレができることなんてないんだしさ。
 が雑誌を閉じて立ち上がる。それでオレの前に立つから、一歩引かないように何とか堪えた。近い近い近いってばよ。
「ラビ、無理しないでね」
 あんな夢を見たせいか、己の過去を思い出したせいか。心配そうにこっちを見てしみじみとかけられる声が胸に沁みた。
 甘えてしまいたいところをぐっと堪える。へらっと笑って「おー。も無理すんなよ? オレのここが気に入らないとかあったら言ってな。一緒に生活してんだから、可能な限り負担ないようにしたいし」言いつつさりげなく自然にの前から移動して小さなテーブルの前に行く。「お、今日もうまそうさ!」と話題転換すれば、彼女もそうしてくれる。椅子に腰かけたオレの向かい側に来て「今日は昨日浸けておいたベーコンを使ってみたの。きっとおいしいよ」と笑う顔から視線を引き剥がしつつ、「ではさっそくいただきます」とベーコンエッグにフォークを突き刺した。
 オレとは血が繋がっているらしい。
 けど、そんなこと思えないくらい彼女は父親と似た部位をもたず、オレにとって同年代の女の子としてそこに存在していた。
 オレは親父と同じ赤毛で同じ色の緑の瞳を持ってる。だけど彼女は糸みたいに細い金色の髪と空みたいに澄んだ青い瞳をしている。きっと母親の血を濃く継いだんだろう。そのせいで、彼女とオレが血の繋がったキョウダイであるという現実がとってつけたもののようにしか思えず、日々、オレはをキョウダイではなく女の子としか見られなくなっている。
 これはあれだ。いわゆる、禁断の愛というヤツだ。
 半分くらいぼっとしながら、新しいテーブルをどれにしようかと真剣に悩む彼女の傍らにいて、その横顔を眺めた。
 いくら眺めてもやっぱりキョウダイとは思えなかった。兄妹でも姉弟でもどっちでも同じだ。オレは彼女をそういう目で見られなかった。それが自分を追い詰めていた。
 ただでさえ生き辛い環境に生まれてきたのに、この上さらに自分達を生き辛い状況へと追い込むのは、避けたかった。
 …だけど。オレと過ごす日々に慣れてきた彼女が見せる打ち解けた笑顔に、次第に心が溶かされていく自分を知っていた。
 一つ屋根の下に男女が眠る。それが単純に家族というカテゴリでくくられ、終われたら、どんなによかったか。
 もしもオレがどこかでと出会っていて、お互いを血が繋がっていると知らずに恋をしていたら、それがよかったのだろうか。こんな躊躇い捨てて迷わず彼女を抱き締めることができていたんだろうか。
 その夜。が怖いけど見たいという幽霊特集のホラー番組を一緒になって見た。怖がってオレにくっつく彼女に役得だけど正直辛い、と思った。細い肩に伸ばしそうになる腕を何度自分でつねったか分からない。
 有名スポットへと潜り込んでいるキャスターが悲鳴を上げる度にびくっと大げさに竦んでみせるがかわいい。そんなに怖いなら見なきゃいいのにさ。
 寒いといけないからと被せている毛布は彼女の分だけだった。それを、オレが風邪を引いたらいけないからと一緒に被った辺りから、オレの心臓はずっとぎゅーっと何かに締め付けられたようになっている。
 さっと黒い影が走り、キャスターだけでなくカメラマンまで動揺するテレビからちらりと隣の彼女に視線をやる。そんなに怖いのかオレの手をぎゅっと両手で握り締めて、そろっと片目だけでテレビを見ていた。
 それがすごくかわいいんだけど、役得なんだけど、正直、そろそろ男としての限界が近いです。はい。
「あー、。怖いならもう見ないでいいんじゃね? 消そ? な」
 リモコンを手にしてぷつっとテレビの電源を切る。
 は無言だった。よっぽど怖かったのかオレの肩に頭を預けてぎゅっと手を握ったままぴくりともしない。
(キスしたい)
 ぎゅっと閉じられた目、きつく結ばれた唇が、それでもやわらかそうに見えて、自然とそんな欲求が生まれた。
 自分にはっとする。いやいや待て待て、待てオレ、とりあえず待て。ステイ。ステイダウン。自分の意識にびしっとそう命令して一つ深呼吸。
 はようやくオレとの生活に慣れてきたところだ。オレのことを異母キョウダイとして受け入れ始めたところとも言える。そこでオレが妙な行動に出たら彼女までオレと同じことを意識してしまう。オレをキョウダイじゃなく男として意識してしまう。それじゃダメだ。本当はそれが嬉しいのかもしれない。でも、それじゃあ、今より余計に茨の道を行くことになる。の幸せを考えるなら、それじゃあダメなんだ。
 だから、ダメだ。
 自分に言い聞かせる。それじゃダメだと言い聞かせる。それがオレ達のためなんだからと言い聞かせる。
 けど、オレは、この先も彼女を家族として、キョウダイとして見れない気がする。女の子として見てしまう気がする。キスしたいとか思ってしまう気がする。
 …そんなの、オレが辛いだけだ。
「……、」
 まだ怖さを引きずっているのか、動かない彼女の肩を抱く。細い。自然と動いてしまった自分の腕を呪いながらのことを抱き締める。「ら、び?」とそこでようやく彼女の戸惑った声を聞いた。だからオレは次の行動に出なくてすんだ。ぽんぽんと彼女の背中を叩いて「オレがいるっしょ。そんなに怖がることない」と、キョウダイっぽいことを言うだけでその場を凌げた。
 どくどくと脈打つ心臓が物語っている。
(ああヤバいな。オレ、のことすごく好きだ)

 そう自覚してしまった夜。怖くて眠れないと言うに拷問かとツッコミたくなりつつ、彼女が眠るまでベッドの傍らにいるという大業を成し遂げた自分を褒めてやりたい。マジで。キスも何もしなかったんだぞ。オレ偉い。頑張った。おかげでオレはギンギンに目が冴えてしまって寝不足ですが。
 朝、が作ってくれた朝食をねむーと意識半分でもそもそ食べているとき、事件は起こった。
 宅配便ぐらいしか鳴らさない呼び鈴が鳴ったのだ。不思議そうな顔をしたと怪訝な顔をしたオレ。顔を見合わせて、オレが出ることにして席を立つ。
「はーい、どちらさまでぇ」
 眠いままの顔で寝癖のついた髪を撫でつけつつ玄関のドアを開ける。
 こんな朝早い時間からの宅配便、でもなければ、村の誰かが訪ねてきたというわけでもなかった。外にいたのは仏頂面の男だった。仏頂面だけど黙っていれば美形。…なんかこいつムカつくぞ。同じ男として。
 で、そいつは開口一番「ここにって女はいるか」とか言ってきやがった。それにはぁ? と顔を顰めるオレ。
「確かにって名前の子はここにいるけど…アンタ誰さ」
「カンダユウ」
「カンダ…言いにく。で、ユウだっけ? になんか用事?」
 仏頂面で無愛想な相手はオレを押しのけて家にずかずか踏み込んできた。「は? おい待てよ不法侵入者っ」と声を荒げて腕を掴んだオレを振り払う相手はこっちを見もしない。その目はオレじゃない誰か、ここへ来た目的、を探していた。
 なんなんだこいつ。いきなり朝食の時間にやって来てしかも家に踏み入るとか常識考えろよ。そうやって当たり前に怒る手前、いきなり現れてのことを口にしたこいつのことが怖かった。こいつが怖いというより、こいつがを知っていて、こんな片田舎まで探しにやって来たという現実が怖かった。
 こいつはオレ達を引き裂くつもりだ。そう直感した。
 オレの声を聞きつけたんだろうがリビングから顔を覗かせた。「ラビ? どうしたの、そんなに大きな声で…」言いかけた彼女がユウを見てぴたりと口を閉じた。ユウの方もそんなを見て動きを止める。
「…嘘。ユウ、なの?」
「ああ。捜した」
 オレに構わずユウが動く。の手をぎゅっと握って「探した」とこぼす声はオレに向けた無愛想なものとは違う。感情がこもっている。手を握られたことに戸惑った顔をしつつも、も気を緩めて笑っていた。
 オレの中で警鐘が鳴り響く。
 ダメだ。とユウをこのままにしておいたらオレは間違いなく跳ね除けられる。置いていかれる。
 それが嫌で、ずいと割って入ってユウの手を払いのける。
 相手は当然の如くオレを睨んできた。さっきより明確にオレを邪魔だと物語っている目にお前こそ邪魔だよと隻眼で睨み返す。くそ、目の数で負けてるしオレ。
「あの、ラビ。その人知り合いなの」
 くい、とオレの服の袖を引っぱったがそう言う。睨んでいたユウから視線をずらす。彼女はオレではなくユウを見ていた。オレに向けるものとはまた違う微笑みを浮かべて「久しぶりだね」と笑う。微笑う。
 その笑顔を見て、くそ、と歯噛みする。
 オレの知らない君がそこにいる。そんな現実がただ痛イ。