神田家というのはこっちふうに言えば一応貴族の部類に入り、血筋として、それなりにできる人間というのが生まれている家らしい。
 そんな家に二女四男の一番下として生まれた俺は、この血筋から漏れることなくそれなりのことができる人間へと育った。
 姉二人とは倍ほど年齢が離れていたため話をしたこともないし、気付いたら嫁に出ていた。歳的に一番近い三男とでさえそう顔を合わせることもなく、姉や兄がいるという現実がしっくりこないまま、俺は降って湧いてくる事柄をこなす機械的な毎日を過ごした。
 お前はやればできる。兄さん達を見なさい。皆立派にやっているだろう。お前は兄さん達を超えていきなさい。それが耳にタコができるくらい父がうるさく俺に言ったことだ。
 10の頃、さらに勉学に励むようにと適当な他国の学校への留学の話をされ、めんどくせ、と思いつつも、現状というものに厭きてきていた俺はこの話に乗った。
 俺は神田家にいつも漂う空気というのが嫌いだった。それがどこから発せられるどういう空気なのか説明もできないが、家の敷居をまたいだ瞬間、あるいは玄関の扉を開けた瞬間に身に沁みるようなあの空気がとにかく嫌いだった。
 耳にタコができるくらいに毎日繰り返される言葉も、降って湧いてくるような勉学その他も、もうたくさんだった。
 俺はこの家から出たくて仕方がなかったのだ。だから行けるならどこだってよかった。どこだってやっていけるだけの自信もあった。不安はなかった。俺は生まれてこの方不安というものは抱いたことがなかった。

は休みか…)
 教室で出席を取ったとき、教師はあいつの名前を飛ばした。一応確認してみたがあいつは母親の世話で休むと電話を入れたらしい。
 なんだよ。また明日ってお前が言ったくせに。
 ぱん、と本を閉じる。苛々と貧乏揺すりしている自分に気付いて膝を一つ殴ったが治まらず、仕方なく立ち上がる。昼休みの時間が長い。いつもはこんなに長く感じないのに。
 睨みつけた窓の外には日本にはない風景が広がっている。馬車の行き交う街、煙突のある煉瓦の家、活気ある人々が市を開き人を呼び込む風景。あるいはこれを目の前にしたとき俺も高揚するような気分を知ることができるのかもしれないと期待したが、やっぱりそんなものはなかった。そうだよな、それが俺だ、と半ば諦めている。10歳にして俺はそんな子供だったから、周りの大人がどう扱っていいのかというふうに狼狽するのも頷ける。
 窓の外を睨んで、あいつの家がある辺りを探す。ごみごみした街の中の一軒の家なんて当然見つからないが、今昼時だから、あいつは母親の昼ご飯を用意していたりするんだろう。
 ようやく昼休みを終えるチャイムが鳴って、席に戻る。苛々しながら午後の授業を受け、ホームルームの時間を終えるとの机から五枚しかないプリントを掴んでずんずん歩いて教室を出る。
 速足であいつの家へと向かう道すがら、何してんだ俺は、と思ったりする。
 教師に山となったプリントを持っていくよう頼まれたのは偶然だったし、そのときはただ面倒ごとを押しつけられたと舌打ちもした。仕方がないから頼りない手書きの地図片手にプリント類を持っていった。あのとき、あいつは玄関先でしゃがみ込んでいて、多分、泣きそうだった。
 次にプリントを持っていったとき、あいつは母親のために買い出しに出ていていなかった。帰ってきたと思ったら母親にリクエストされたんだというケーキの箱を持ってあいつは笑っていたが、その笑顔は疲れていた。
 親に振り回されている子供でしかないに、俺はもしかしたら、少しだけ自分を重ねたのかもしれない。
 良家に生まれたのだからと課せられるもの、こなすべきもの、切り捨てるべきもの。示される成功への道すじ。これを辿りなさいと俺の背中を押す手。俺を包み込む空気。そういったものに支配されることが嫌になって自分から飛び出した家は、遠ざかってはいても、俺と繋がっている。その繋がりによって振り回される自分の今後。断ち切れないその繋がりにイラつく俺。
 牙を剥き出して気に入らないと威嚇する俺に対し、は、同じような繋がりに縛られながら、悲しんでいた。泣いていた。彼女は弱かった。
 あるいは、それが男と女の違いなのかもしれない。
 俺は気に入らないと睨みつけることができるが、彼女は俯くことしかできない。俺は気に入らない現実に刀を向けることができるが、彼女が目の前の壁を崩すことは考えずに諦めてしまう。諦めて座り込んでしまう。
 その手を引く誰かが。あるいは、その背を押す誰かが必要だ、と感じた。
 そうでないと彼女は潰れてしまう気がした。迫る壁を崩すことができないまま四方から挟みこまれてぺしゃんこにされる気がした。
「は、」
 早足が途中走ったりもして、息を切らせながらの家に辿り着く。
 何度か深呼吸して息を整え、呼び鈴を鳴らすと、リンゴーンという音が響いた。海外らしい音だ。目の前にあるのも煉瓦の家だ。煙突もある。窓からの明かりは橙色っぽくあたたかい。ここは日本じゃない。そんなことを今頃理解する。
「はぁい、どちらさまで…」
 ガチャン、と開いた扉の向こうからが顔を出して目を丸くした。「ユウ?」「…ん」まずは口実がてら持ってきたプリントを突き出す。「あ、ありがとうわざわざ」と受け取った彼女は五枚しかないプリントに首を傾げた。溜まってから持ってきてくれてもいいのに、という顔だ。
 さて、どう切り出す。
 口を噤んで頭を巡らせる俺には笑った。
「あ、そうだ。ユウご飯食べていきなよ。お母さんがね、今日は入らないっていうから、ちょうど一食余っちゃったの」
 とことこ歩いてきたが俺の手首を取った。「ね、ほら。今までプリント持ってきてくれたお礼ってことで」…笑っているその顔が疲れていた。「分かったから離せ」とその手を払う。
 …掴まれたところが何となく気になる。何となく。熱い。気がする。
 何となく手首を気にしたまま、家の中へ入っていくに続く。
(そういえば…こっちに来て誰かの家に入るなんて、今日が初めてだな)
 どこにでもありそうな、外見よりもわりと狭い家。キッチン兼リビングに案内されて「はい、そこ座って。ちょっと待っててね」が慣れた足取りでキッチンの前を行ったり来たりするのを眺め、座って、と示された椅子に腰かけた。
 家の中を観察してるうちに「はいどーぞ」と目の前に皿が一つ置かれて、オムライスに『ユウ』と書いてあって思わず笑った。ヘタクソな字だ。ケチャップだから仕方がないか。
 出されたもんは仕方がない、とスプーンを手にオムライスを一口食べてみる。
 まぁ、俺んちのメイドとかと比べたらやっぱり劣るが、この歳頃の奴が作るなら上手い方だろうと思った。それを諸所はしょって「うまい」とだけ言うと彼女はぱっと表情を明るくした。
 黙々とオムライスを口に運んで、俺は何しに来たんだっけと気付く。
 ……ああ。いや。特に理由はなかった。ただ、お前が昨日また明日とか言ったくせに学校に来なかったから、気になって仕方なくて、俺が勝手にやって来た。それだけだ。たったそれだけのことに思考も身体も支配されていたのだ、と気付くと、なんだかおかしかった。
「デザート、は、いらないね。甘いもの嫌いなんだもんね…?」
 冷蔵庫を覗いていたが、俺がくつくつと笑ってるのを見て不思議そうに首を傾げた。「どしたの?」と問われて首を横に振る。別に、どうもしない。ただ、お前に一生懸命になってる自分に気付いて、それがおかしくて笑っただけだ。
 はぁ、と息を吐いてオムライスの最後の一口をすくって口に入れる。
 …これだけ母親の看病で休んでるのことだ。きっとそろそろ授業についてこれなくなってるはず。
「なぁ」
「うん?」
「勉強、教えてやろうか。お前、授業ついてくの精一杯って科目あるんだろ?」
 がきょとんとした顔で「あるけど…でも、別にいいよ。できないままでも」とか言って諦めたふうに笑う。それが気に入らなくてびしっとスプーンでを指す。「あのな、今やってるのが基礎の基礎だぞ。そこから諦めててどうする。そんなんじゃ学校なんてクソ食らえだけの空間で退屈で死ぬじゃねぇか。俺が放課後ちょっと教えてやるよ。それだけで少しはマシんなるはずだ」たたみかける俺に気圧されたのか「う、うん、じゃあ…ユウがそこまで言うなら」とおっかなびっくり頷くからふんとそっぽを向いてスプーンを皿に置いた。
 ちょっとムキになりすぎたか。流れ、不自然すぎたか。ぐるぐるとそんなことを考える俺にが紅茶を用意し始めた。慣れた手つき。年齢に似合わない家事の正確さ。そして、疲れた笑顔。
 俺はそれをどうにかしてやりたいと思ったんだ。
 俺が、どうにかしてやりたいと思ったんだ。
 12になったとき、は進学を諦めた。俺が見ていたんだから試験に受かることはできる。ただ、進学となれば今より勉強に励まなければならなくなり、母親の世話や家事を両立させねばならない彼女にはそれは少し無理のある現実だった。
 今でさえいっぱいいっぱいだと笑うは、弱っていく一方の母親を見つめすぎていた。彼女自身まで弱ってしまっていた。
 このままでは潰れてしまう、と判断した俺は13のときに母親を病院に預けることを提案した。幸いというべきか、顔も見たこともないという父親から毎月しっかり仕送りだけはされていたので、彼女の家には金があった。病院に預けても生活と両立できるだけの金があるなら、母親は専門的な機関に看てもらえばいいし、お前はもう少し自分のために生きた方がいい。
 俺は何度もその話をした。が納得するまで何度も言い聞かせた。いい加減自分のために生きたらいい、と何度も言った。
「何があっても俺がいる。大丈夫だ」
 最終的に、俺がそうやって受け止めれば、は困った顔で笑って頷く。
 ただ、俺にも自分の事情ってヤツがあった。相変わらず付き纏う神田の姓と繋がりは断ち切れていない。俺は有名大学とやらに行かねばならず、この街を離れないとならない。今までのようにを支えてやることができない。それが自分でも少し不安だった。
 …に固執するようになった俺は理解した。人間はこういう生き物であったということを今頃になって知った。俺も男でしかなかった、ということを思い知った。
 俺が守ってやりたい人。俺が手を引いてやりたい人。俺が背中を押してやりたい人は、すぐそばで「寒いねぇ」と手をこすり合わせている。
 14歳の冬。病院で母親を見舞った帰り道は風が吹き荒んでいて確かに寒かった。自分がしている手袋を外し、の手に預ける。「え? ユウは?」「ポケットに突っ込む」コートのポケットに手を突っ込んだ俺に彼女は苦笑いして「じゃあありがたく」と俺の手袋をはめた。当たり前だが、ぶかぶかとして色合いも無骨で彼女には合ってなかった。それでも「あったかい」と笑うがいたから、俺も少しだけ笑っておく。
 今度手袋とかマフラーとか一式買ってやるか、と考えて、物を贈るのは相手への固執の象徴なんだとかどっかで見聞きした余計な知識を思考の彼方に投げ捨てた。
 隣り合って煉瓦の舗道を歩きながら、しまったな、手を繋ぐ口実を逃したと気付き、すぐにまぁいいかと思い直す。今度はもっと上手くやろう。

 勉強、試験、勉強、試験。合間にのところへ通う日々が季節と共に足早に通り過ぎていく。
 母親のことは病院に任せて好きなことをすればいいと言ったのに、は特に何をしているわけでもないようだった。強いて言えば本を読んでるくらいだが、一人ではあまり家からも出ないようで、俺が連れ出してやらないとならない。俺は行きたくないが遊園地とか映画館とか世界遺産とかへ連れて行けば彼女は喜んだので、仕方なくそういうデート雑誌も買って調べたりもした。
 週末は一緒に病院へ行く。母親の見舞いだ。俺は顔を出さないで病室の外で待っているだけだが、と母親の会話を聞きながら通り過ぎる時間は不愉快じゃなかった。
 日々は忙しなく、落ち着く時間はなかったが、流動的な空気は嫌いではなかった。自分が少しでも前に進んでいるような気がしたから。

 そして、俺達が16になった頃、病院生活をしていた母親がそれなりに重い病気を患っているということが判明した。
『ユウ、ゆう、どうしよう…! お母さん、病気なんだって、病院の先生から連絡が、』
 イマドキ携帯を持ってないは駅前の公衆電話から泣きそうな声で俺に電話をかけてきた。
「ちょっと待ってろ、すぐ行く。今どこだ」
 講義中だったがガタンと席を立って鞄にノート類を大雑把に突っ込んで教室を飛び出す。駅前の公衆電話のボックスの中にいるという彼女に「今行くから待ってろ。絶対待ってろ」と吹き込んで携帯をポケットに捻じ込んだ。「カンダ待ちなさい、授業中だぞ!」と教師が吠える声が聞こえたが無視した。階段を段飛ばしで駆け下りて校舎の外へと飛び出す。
 どうしてを取り囲む環境はこうも坂道を転がっていくのかと歯軋りする。
 電車に飛び乗って彼女の家がある街で降り、改札を走って抜ける。「そこの君ー危ないので走らないでねー」というやる気のない駅員の注意を受けながら公衆電話を探して外を見回す。
 駅の端っこに三つ設置されたボックスの一つに金色の髪が見えた。走ってそこまで行ってガラス戸を叩くと、肩を震わせた相手が振り返る。金色の髪と青い瞳。扉を押し開けた俺にが抱きついてきた。ユウと俺を呼んで子供のように泣くを抱き止めて、迷ったが、抱き締めた。こうした方がきっと安心できると思った。
「大丈夫だ。俺がいる。俺もいるから、何があったって大丈夫だ」
「う…っ、ううー」
 ぼろぼろ涙をこぼすを抱き締めて電話ボックスの中に入る。カチャン、と閉まった扉に背中を預けて、泣きじゃくる彼女の背中を撫でた。
 どうやら、母親のぐあいがよくなかったのは病気を患っていたという可能性が高いらしい。
 …もっと早く病院に連れていっていれば。遠慮する母さんを連れていってあげてれば。そんなふうに自分を責めるの口をばちっと掌で塞いだ。目を丸くする彼女に顔を寄せて「そういうこと言うな。自分を責めすぎだお前は」と怒る俺に、彼女は視線を伏せた。諦めたように笑ってみせる顔は、そういうふうに育っちゃったの、とでも言いたげだった。
 そんなもの今からだって変えられる。俺の世界がお前を得てから変わったように、お前の世界だってこれからでも変わる。変えられる。俺が変えてやる。
 …そうやって言えたらいいんだが。まだそこまで言えない俺は息を吐いての髪をぐしゃぐしゃと撫でるだけ。
 でも、これだけは忘れるなよ。
「お前には俺がいる」
 お前には俺がいるんだ。俺は俺にできることならなんだってする。神田の名前を使ったっていい。お前のためならなんだってしてやる。だから、俺がいること忘れて泣いたりするな。
 は困った顔で笑って俺の手に掌を重ねた。
 俺よりずっとやわらかくて小さい手の持ち主は、色々と面倒な環境の中で生きている。
 彼女の父親の方は政界で有名な人物らしく、渡り歩いた国で女を作っては遊び歩いた。そのせいで身篭った女が何人かいて、はそのうちの一人の子供として生まれた。ろくでなしではあるが父親は子供を儲けた女には仕送りだけは約束し、毎月決まった金を決まった通帳に振り込む。彼女とその母親はその仕送りで今まで一般的な困らない生活を送ってきた。
 問題はこの先だ。
 政界の有名人には本妻がいる。子供もいる。その有名人が不倫して子供まで作っていた、という事実が世間にバレれば間違いなくその地位はぐらつく。最近の流れから言えばまず追い込まれて自主退職みたいな形で処理されるだろう。それを避けるため、愛人の子供には徹底的な世間からの排除が定められている。これが厄介な点だ。は最低限の学業は習得したが、その先へは行けない。どうあっても父親がそれを許さないのだ。仕事なんて持っての他、バイトも、進学も、何もかもはねられる。そういうふうに仕組んだ父親もろくでなしだが、そういうふうに命令されて彼女のことを跳ね除ける世界も世界だった。
 代わりに彼女名義の口座には毎月生活に困らない金が振り込まれる。これで静かに暮らせ、と言わんばかりに。
 俺はそこからを救い出したかった。
 だが、俺の家もまた、政界の有名人を警戒していた。日本でも馴染みの人物であるらしく、俺が月一の経過報告を兼ねた国際電話で世間話のつもりでその名を出したとき、えらく構えた答えを返してきた。
 神田の姓は使えない。使った瞬間俺は日本に呼び戻されるだろう。そして、二度とには会えない気がする。だからそれだけは駄目だ。できない。俺は俺の力でを救い出さないとならない。
 せめてあと少し。大学を卒業できたら、ここでの就職先が確保されれば、お前のことを連れ出してやれるし、神田家を捨ててやれる。それが俺の目標だった。
「ユウは」
「ん」
「優しいね」
 ぽつりとこぼれた声を短く笑って一蹴した。「優しいとか、気色悪いこと言うな」とぼやく俺にが笑う。涙のこぼれる顔で笑うから、指で目尻を拭ってやる。
「いつまでも泣いてんなよ」
「うん…そうだね。泣いたって、何も変わらないもんね」
 ごしごし目元をこすって両手で拳を作ったが「だいじょーぶ」と笑うから、電話ボックスの扉を開けて外に出た。
 俺より小さい手を握って思う。
(万が一、オレが優しいとして。それはお前にだけだよ)
 結局、俺は間に合わなかった。死ぬほど勉強したが、俺が大学を出るよりも先にの母親が先に逝ってしまった。そして、はそれを境にして忽然と姿を消した。
 それまで生活していた家は空き家として売りに出されていて、近所を訊いて回ったが、彼女がどこへ行ったのかを知る奴はいなかった。
 俺は初めて自分の頭が満足できなくなった。今まで不自由を感じたことはなかったが、知識を詰め込みすぎた頭からこぼれていくものが鬱陶しくて歯痒かった。
 俺は彼女の痕跡を探した。あと少しで卒業できる大学に通いながら、とにかく彼女を探した。
 クソ親父本人にどこやりやがったと問い質せれば早いんだが、それができないから、彼女の痕跡が消し去られてしまった街を重点に、とにかく情報を集めた。
 だが、どれだけ捜しても、は見つからなかった。
 …夜、部屋で一人進展のない捜索活動をしていると、忽然と消えてしまった彼女のことがまるで夢だったようだと感じた。
 その度に自分に言った。違う、夢じゃない。彼女はちゃんとここにいた。俺と一緒にいた。
 俺が心を許した唯一の女だ。絶対見つけ出す。取り戻す。どんな手を使っても。
 かつてないほどの炎を宿し、俺は鬼神の如き様で主席の博士号とか何とかって賞をもらって大学を卒業。日々をフリーにするために就職は後回しでのことを探した。自分一人では限りがあることを知り、できる限りの手段でとにかくを探して、捜して、一ヶ月くらいかけてようやく彼女を見つけた。
 イギリスの片田舎。ろくに電話線も通ってないような田舎に追いやられたらしいと知って、雇った探偵に日本でも有名な職人が作った刀と交換に住所を教えてもらい、簡単に荷物をまとめて、旅立つ。
(今行くからな、
 俺はこのとき完全に彼女のことしか頭になく、まさか行った先に男が一緒にいるだなんて現実、考えてもいなかったのだった。