午後。天気は曇り。ついでに言えばすごく寒い。 でもそれなりに暖房の入った食堂でお気に入りの茶葉でたっぷりの紅茶を淹れてもらって、ついでに大好きなお菓子まで用意されたら寒さで凍えた気持ちなんていっきに吹き飛ぶというものだ。 おいしいなーと思いながらしゃくとクッキーを頬張る。うんおいしい。思わず頬が緩んでしまうのはもうしょうがない。 それで、向かい側には室長であるコムイさんがいる。どうやらコムイさんも休憩らしい。こんなところで顔を合わせるのは珍しいことだけど。 「どうしたんですかコムイさん。珍しいですね、こんなところで」 「そうかい? ボクだって司令室にこもってばっかりじゃあ疲れるじゃないか」 「…って、結構司令室の外でも見かけてますよ。コムイさん」 私が苦笑いしたらあっはっはと空笑いしたコムイさんが「まぁまぁ固いこと言わないでよ」と言うから私はしょうがないなぁと吐息した。今頃リーバー班長とかがコムイさんを探しに出てるに違いない。ほんとにこの人は、仕事が仕事なだけに責めることなんてできないけれど、休憩するにしてももうちょっこう素直にすればいいのに。 隣ではミスティーがテーブルの上で大皿にてんこ盛りの料理を食べていた。何料理かはちょっと不明。ジェリーさんが余った食材でもう日持ちしないから、ってことでさっき持ってきてくれたものだ。捨てちゃうのは確かにもったいないし、だから軽く調理してもらったそれがミスティーのおやつ。私は紅茶にクッキー。ばらばらなんだけど、こういうくつろぎタイムっていうのはなかなか取れないから、これは純粋に嬉しい。 向かい側ではコムイさんが中国茶を飲んでくれてる。コムイさんは室長だ。その室長のいる場所で陰口を叩こうなんて度胸のある人はいないらしい。いつもならどこかでひそひそ声が聞こえるものだけど今はそういったものがない。それもちょっと嬉しい。 ず、紅茶をすすってぽいとクッキーを口に放り込んで。コムイさんが向かい側でお茶を飲んでて。トポンと紅茶に一つ角砂糖を落としてミルクを入れた。甘くておいしい紅茶は大好物。ゆっくりしたこういう時間、私は好きだ。 「ところで」 「はい?」 「こういうのに興味はないかな」 それで、どこから取り出したのか。じゃん、とコムイさんが手にしてみせたのは一着の服。それまでがつがつと料理の方を詰め込んでいたミスティーがぴくと反応する。私も目を瞬かせた。 だってどう見てもそれは、 「あの…それは、メイド服、ですか?」 「そうなんだよ! ボクのかわいいリナリーに着てもらおうと思ってボクなりにアレンジした自信作なんだけどねー、リナリーってば絶対そんなの着ないから! の一点張りなんだ。せっかくボクが時間をかけてたっぷり愛情こめて作ったっていうのにだよ〜」 えーんと子供みたいにじたばたして「ボクの汗と熱意と愛の結晶! これをそのままにしておくなんてあんまりだと思わないかいっ」と言われてあははと空笑いする。それから気持ち早めに紅茶を飲み干してクッキーも口に詰め込んで、じゃあ私ちょっと筋トレにでもってな感じでその場を抜け出そうと思った。思ったんだけど、思ったときには時すでに遅し。がっしと肩を掴まれて、向かい側ではどこからか取り出したらしい大量の手作りの服と、きらきらした笑顔のコムイさん。 「鍛錬よりもたまには女の子らしいことをしようじゃないか! 他にもリナリーのために作った服がたくさんあるんだ、ぜひ着ておくれ!」 「いえ、あの、私鍛錬を」 「いいじゃないか減るもんじゃなし! 鍛錬なんていつでもできるし! さぁ今日はこれからボクの手作りの服を着ておくれ、レッツご〜」 片付けも早々にぎゃああとコムイさんに引きずられていく。ミスティーが飛んできて『室長』と棘のある声を出したけど当のコムイさんはそ知らぬ顔で「ミスティーも固いこと言わないでおくれよー、実験じゃないんだからさ。ただ着てほしい服がいっぱいあるんだよー」と一人で喋り続けている。 私は腕いっぱいに預けられた、全部コムイさんの手作りらしい服に埋もれながらちらりと食堂を視界に入れた。私達がいなくなったことでどこかほっとしたような空気が流れている、ような気がする。 こんなふざけたこと言ってる人でも、一応コムイさんは偉い人だ。慣れてないとコムイさんの前で萎縮してしまう人だって少なくないのかもしれない。 (…もうちょっと素直になれればいいんじゃないのかなぁ) だから私は預けられた服にもふと顔を埋める。ずるずる連行されながら、でもまぁこんな場所だからこそこんなふうにふざけた感じにっていうのはむつかしい。だからそれをやってみせてるコムイさんはすごいのかもしれない。どうしたってここには生き死にがつきもので、明るい雰囲気なんていうのとは遠い場所。普段からそれじゃいざってときにもっと暗くなってしまう。それを跳ねのけるくらいの力っていうか、そういうもの。私にはないけど、そういう努力もいるんだろうか。 ユウはそういうのはしないけど、リナリーはそのために笑う。ラビもよく笑う。私もつられて笑う。笑顔は大事だ。みんなの原動力になる。力がわいてくる。だからその笑顔のためにできることがあるなら、私もそれをしたい。 「…だいじょぶだよミスティー」 だからコムイさんを睨んでるままのミスティーに笑いかけた。腕いっぱいの服を示して「それにほら、たまにはね。ほんとーにたまにくらいは女の子っぽい格好しないと、」続けようとした言葉が途切れる。 たまには女の子の格好もしないと。元帥が帰ってきたときに、なんていうか。 唇を引き結ぶ。ミスティーが帽子の中に入って「ぎぅ」と気遣わしげな声を出した。だから私は笑顔を作る。 大丈夫。あの人は死んでなんてない。私は信じる。私は、信じ続ける。 「おお、いい感じじゃないか! 似合ってるよ!」 それで司令室。ソファに山積みの洋服をとっかえひっかえ着替えて、その度にコムイさんが拍手をくれた。私は慣れない短い丈のスカートに裾を引っぱりながら「あの、じゃあ次。で」とこそこそ試着室に隠れる。コムイさんがばっさばっさ服の山をあさりながら「待ってねー、これは絶対着てほしいんだ。帰ってきたらリナリーにも着てもらいたいなっ」と明るい声を出す。 そういえばリナリーは任務で今日帰ってくる予定じゃなかったかなと思いながら、こんこんというノックの音に試着室から顔を出す。ガチャと開いたドアの向こうから姿を見せたのはラビで「コムイー今帰ったぜーって、何さこれ」それでソファに山積みの洋服を見てぽかんとした。それから私に気付いたみたいでこっちに視線を移して、それからまたぽかんとした。コムイさんが気付いたように顔を上げて「ああラビご苦労だったね。成果は?」「あー、残念だけどハズレ。だったさ」「そうか。イノセンスは早々に回収できるものでもないからね。焦らずに頼むよ」「あー…で、何してんの?」ぽりと一つ頬をかいてそうこぼすラビ。 私はしょうがないから試着室から外に出て、でもやっぱり気になるから短いスカートを引っぱりながら「コムイさんね、これ全部リナリーのために手作りしたんだって」と返す。ラビが首を捻って「ふーん。で、なんでその服をが着てるんだ?」「リナリーは絶対そんなの着ないから! って。だからしょうがないから私が代わり」「だからってなぁ…」がしがしと頭をかいたラビが私からちょっと視線を逸らして「いや、似合ってる。似合ってるけど」とこぼす。「だろうっ!?」と服の山から顔を出したコムイさんが「待ってよ〜次に着てもらいたいのが」とまた服の山に埋もれていった。だから私はしょうがない人だなぁと思って笑う。 ラビが扉のとこから動かないから首を捻って「ラビ、コーヒーくらいなら淹れれるよ。飲む?」と訊いた。だけどラビはぶんぶん首を振って「あいや、はなんていうの、動かないでいんじゃね? ほらそれスカート短いし」言われてまたスカートの裾を引っぱった。やっぱ短いこれ。 じろとラビを一瞥して「どこ見てるの」と睨みつけたらあははと笑ったラビが「いやごめん、オレも一応男ってことで」とか言う。むぅと眉根を寄せながらスカートを引っぱった。やっぱり短いんだこれ。着替えたい。 ずぼと服の山から顔を出したコムイさんが「あったよあった! これなんてどうだろう」と私のところにまた服を持ってくる。ゴスロリ満載のその黒い服に私は溜息を吐いた。簡易で作った試着室の上でこっちを見ているミスティーが不満そうな顔をしてる。不満っていうかなんていうかな顔。 それでしょうがないからその服を受け取って「着ますー、着ればいんでしょう」と返して試着室に取って返した。取って返したところでがちゃんとまたドアが開く音がして「おぃコムイ」とユウの声がして、だからぱっと振り返って「ユウ」と呼ぶ。 今日は任務って言ってたからもう行っちゃったと思ってたけどまだいてくれたんだ。なんか嬉しいな。 だけどそのユウもコムイさんに何か言いかけて、でも私に呼ばれたからだろうこっちを向いてぽかんとした。ラビとおんなじ反応。だけど扉の横で突っ立ってるだけのラビとは違ってユウはこっちまでずかずか歩いてきてソファの服を適当に掴んでばさと私の方に放った。「わぷ」とそれに埋もれる。な、何するかユウの馬鹿。 「何す、」 「着替ろ。今すぐに」 「い、言われなくたってそうしますーっ! どうせ馬子にも衣装でしょ、似合ってないですよーだっ」 「似合ってないとか言ってないだろ、短いんだよ丈が。着替えろ」 すぱんと言われたわりには声に覇気がない。ラビが手をメガホンにして「たいしょーう、天然なにそれじゃダメだぞー。ちゃんとかわいいって」「うるせぇ馬鹿ウサギ黙れ」さっきから斜め下に固定されたままのユウの視線。だから服を抱えながら「ねぇユウこっち見て」と言ってみる。ユウはこっちを見なかった。だからむぅと眉根を寄せる。そんなに、顔合わせたくないくらい似合ってないって? コムイさんもラビも似合ってるって言ってくれたのに。 なんだかなぁと思いながらいそいそと試着室に引っ込んで、もういいやと団服の方に着替えた。ズボンに足を通していつものシャツを着ていつものコートに袖を通して、そうするとやっとほっと一息できた。やっぱりこの格好が一番いいや。 だからコムイさんお手製の服を抱え込みながら試着室から出て「コムイさんもういいでしょう、私鍛錬に戻りますよ」と言う。残念って顔をしたコムイさんが「ええー、もうちょっとくらいボクの相手もしてよぅ」「それはほら、そこにリーバー班長が怒りマーク浮かべて立ってますから。書類を片付けてくださいね」だからびしと扉の方を示してみせれば、仕事しやがれなオーラを纏ってるリーバー班長が「しつちょーぅ」と棘のある声で書類の山をどさぁと机に置いた。 「十分遊びましたね。さぁ仕事してください」 「ええーっ」 「子供かあんたは! こっちは忙しいんですよ、サボるのも大概にしてくださいっ」 ぎゃあぎゃあ言葉が飛び交う部屋に首を竦めながらこっそりそこをあとにした。それはラビもユウも一緒だった。三人してばたんと部屋をあとにしてから何となく顔を合わせる。 ラビがへらっと笑って「いやぁいいもん見してもらった。目の保養さぁ」とか言うからべっと舌を出して「リナリーには勝てないもんね」と返す。ラビが首を捻って「そういうもんか?」「そういうものー」ミスティーを抱きかかえながらちらとユウを見る。ぱちと目が合ったけどすぐに逸らされた。だからまたむぅと眉根を寄せる。 (そんなに似合ってなかったかなぁ。そりゃあいつもズボンだしスカートなんてはかないし、だからかなぁ。むー) 似合ってる似合ってないで言われるなら、やっぱり似合ってるが嬉しいし。 ラビがはっとした顔で「やべ、じじいが待ってる。じゃオレ行くな」手を振られて手を振り返す。「またねラビ」「おー、またな」笑ったラビが段飛ばしで階段を駆け上がっていった。 あとに残ったのは私とユウ。さっきからユウはやけに静かだ。なんか奇妙なくらいに。 そろりとその顔を覗きこんでみる。「ユーゥ?」と声もかけてみた。ぱちと目が合って、それからやっぱり逸らされる。そんなに気に入らなかったかな、私のスカート姿っていうのは。 「ねぇ怒ってる?」 「…なんでだよ」 「だってさっきから喋ってくれないし。そんなに似合わないならもうスカートとか着ないね」 若干声にしょんぼり感が出てしまった。私はそりゃあリナリーみたいにスタイルよくないし、背も高くなれなかったし、髪も。長くしてるけどそんなにきれいじゃないし。そんな私がスカートはいてもだめってこと、かなぁ。 はぁと溜息を吐いて「じゃあ私鍛錬に、」言いかけて片足を踏み出したところでぐいと腕を引かれた。思わずつんのめってたたらを踏む。振り返ればユウが明後日の方向を見ながら「言ってないだろ」「え?」「似合わないなんて俺は一言も言ってない」「…でも」でもなんにも言ってくれないし。さっきから顔も合わせてくれないし。それってつまり気に入らないって、そういう意味なんでしょう? ユウ。 ずっと斜め下に固定だった視線が上がって、やっとユウとちゃんと目が合った。 「…似合って。た」 「、」 「言った。俺はもう任務に行く」 ぱっと手を離してくるりとこっちに背中を向けたユウ。だから私はミスティーを手離してその背中にぎゅうと抱きついた。かつんと踏み出された一歩がそこで止まる。ぱたぱたと羽音がするのは、ミスティーが自分で浮いてるからだ。 急に離してごめんねミスティー。でもユウはこれくらいしないと私を置いてさっさと行っちゃうんだ。 「変じゃなかったかな。じゃあよかった。コムイさんがほんとはリナリーに着てほしかったって言ってたのをね、しょうがないから妥協案で私が着たの」 「…そうか」 「うん。そう」 ユウもラビも男の子のくせに細っこいよなぁなんて思いながら目を閉じた。コート越しじゃ体温なんて分からないけど、ぎゅうと抱きついた私の腕にユウの手が触れた。少し握られたあとに「…任務がある。俺は行く」「うん。行ってらっしゃい」「だから離せ」「はーい」引き離すことはしないであくまで私から離れるのを待った彼。私はにっこり笑っていつものように左手をかざす。ユウの指にもはまってる銀の指輪同士をぶつけて私達は別れる。 かつんかつんと地下水路の方へ消えていく背中を手を振って見送った。ぱたぱた飛んできたミスティーを抱き直して「ごめんねミスティ、急に手離して」「ぎぅ」「怒った?」ふるふる首を振るミスティーに私は小さく笑う。「ありがとう」と。それから今度こそ鍛錬へ行こうと階段を見上げた。 まぁこれも、ここではよくある日常の風景の一つだ。 |