「え、借金? アレンってば元帥の借金背負ってるの?」
「ええ…」
 それで、徹夜で話に付き合ってもらった結果。アレンは確かにあの人と一緒にいたんだけど、でもなんかかわいそうな立場にあることもよく分かった。
 ぼんやりとあの人を思い浮かべる。そういえば領収書とか取ってなかった気がする。だから借金の字でずーんと落ち込むアレンの頭をよしよしと撫でて「ごめんね、あの人がどうしてたか私全然知らなくて」とこぼせば彼が顔を上げて笑った。「いえ、僕は慣れてるから平気です」と健気にも言ってみせるアレンがいっそ輝いて見える。しっかりしてるなぁアレンは。
「アレンは歳いくつ?」
「えーと、15くらいかと。は確か17ですよね。師匠がうるさく言ってたから憶えてます」
「ほんと? あの人なんて?」
 ずいと顔を寄せた私にアレンが苦笑いして「今頃イイ女になって誰かに手ェ出されてんだろうなぁって」なんて元帥らしいんだろう。だから私はべっと舌を出して「出されてません」と笑う。
 そういえばティムがいない。どこ行ったんだろう。
 一息吐いて笑いをおさめて、手の中にある紅茶のカップがすっかり冷めていることに気付く。
 朝になってしまった。さすがに眠い。眠い目を擦って「ごめんねアレン、来たばっかで疲れてるのに徹夜させちゃって」と言えば彼が笑った。「いいえ。師匠の言ってた通りかわいいですねは」それでそんなことを言われてぱちと瞬きした。お世辞上手だなアレンて。思わず破顔して「そんなことないよ。リナリーの方がかわいいし」と言えば、彼が首を傾げて「リナリーもかわいいですけど、も十分かわいいですよ」と言ってくれた。そんなかわいいかわいい言われるとさすがに私だって照れる。ぴょんとベッドから下りて「ほら、そろそろ食堂行こう? ミスティーがおなか減ったって顔してるし」ひょこりとフードから顔を出したミスティーの頭を撫でた。お腹空いたっていうより、ちょっと拗ねた顔してる。
 一緒に部屋を出ながら「ほんとにドラゴンなんですね。師匠から聞いてましたけど、まだ信じられない」目を擦って瞬きする彼に私は笑う。「本物だよ」と。

 二人と一匹でゆっくり階段を下りながら食堂に行った。フードだとミスティーが不満げな顔をしてたから腕に抱えながら。
 それで食堂に行ったら、「何だとコラァ!」耳にキーンと響く声。首を竦めてから声のした方を見れば、そこにいるのは探索部隊っぽい大柄な男の人と、その人が怒鳴りつけているのは、紺色の長い髪を頭の上の方で一つに結んだ見慣れた人で。
「…ごめんねアレンカウンターあっちだから、あそこで料理頼んで」
「え? あの、」
 ミスティーにはフードの方に戻ってもらって大股でつかつか歩いていく。「もういっぺん言ってみやがれっ!」と声を荒げる探索部隊の人。その人はユウに対して声を上げている。今の彼は私から見たって機嫌が悪いっていうのに。「うるせーな」とぼやいてぱちんと箸を置いた彼。いつもの蕎麦を食べ終えて「飯食ってるときに後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃ味が不味くなるんだよ」と言った彼のところへ走ろうとして、だけど私が駆け寄るよりも探索部隊の人が手を振り上げるのが先だった。あーちょっと待って待ってと心の中で声を上げても時間は止まってくれない。
 僅かな動きでその拳を避けたユウが探索部隊の人の首を掴み上げる。手加減なしにぎっちりと。
 もうっ、どうしてユウの機嫌が悪いってみんな見たら分からないの!
「ユウっ!」
 声を上げて団服の腕に取りつく。ぴくと反応した彼が「邪魔するな。先に手を出してきたのはコイツだ」と言うから「駄目だってば。どうしていつも喧嘩しちゃうの」と返してその腕を握る。「離してあげて」と続けても彼は不機嫌そうに探索部隊の人を睨み上げるだけ。
「ユウ」
「…ちっ」
 舌打ちした彼がぱっと手を離した。どさと倒れ込んでげほげほ咳をする探索部隊の人に「運がよかったな」と告げてお盆の方を取り上げつかつかと歩き出したユウ。まるで興味なし、だけど怒るときは怒る。それが彼だ。そんな彼についていって「ねぇ騒ぎは駄目だよユウ。嫌いなのは知ってるけど」と眉尻を下げれば、彼が少し歩調を緩めて「うるせぇ。あいつらお前のことも言ってたんだよ。エクソシストのくせに働いてないとかな」と機嫌悪そうに言うから一つ瞬きした。いつも以上に機嫌が悪そうだったのはそのせいか。
「大丈夫だよ。慣れてるから」
「俺はそんなのに慣れてほしくない」
「…そう言われても」
 困ったなと笑う。彼が私のために怒ってくれたのは嬉しいのに、どう言ったら彼は分かってくれるだろう。
 はぁと息を吐いてからアレンはどうしたろうとカウンターに視線をやった。それでこっちを見ていたアレンと目が合ってあははと笑う。何をどう言えばいいのやら。
 それから「ぐう」と唸るミスティーに急かされて、そういえば料理注文してないじゃんと思って慌ててジェリーさんのところへ行った。「ジェリーさんいつものお願いします!」と声をかければ「オッケーよんちゃん!」ばちこんのウインクとオッケーマークを返されて笑い返す。「私は今日はAセットで」と付け足してからアレンの視線に気付いて首を捻った。
「…随分キレっぽい人なんですね」
「え? あ、ユウ? 気難しいっていうか…でも悪い人じゃないんだよ」
 ちょっと眉根を寄せているアレンに私は困ったなと笑った。さっきからこんな笑い方ばっかりしてる。
 ユウが「おぃ」とぴりぴりした空気を纏って私を呼ぶから「はいはい」と彼の方に行く。腕を引かれて「あんま新入りに入り浸るなよ」「だって元帥の弟子してた子だよ? 話は徹夜してもまだ足りないくらい聞きたいことたくさん、」「…徹夜?」そこでぴくと彼の片眉が跳ね上がる。はっとしてぶんぶん手を振って「あ、ううん徹夜なんてしてないきちんと寝て」と慌てる自分がいっそ情けない。嘘バレバレじゃないか。
「あんなモヤシと話すことなんてないだろ」
「モヤシ? って…?」
 目を白黒させればアレンを指差したユウが「あんなひょろいのモヤシで十分だ」とすっぱり言い切る。相変わらず新人にも誰にも彼にも容赦ない。それでぴくと反応したアレンが「誰がモヤシですかアレンです」と言い返して。ばちっと視線を合わせた二人が無言のぶつかり合いを始めるから、私ははぁと息を吐いた。
 さっそく。ユウはまた人と溝を作っていく。
 だけど私の腕は握ったままだ。ちらりと視線を上げて彼を見てみる。
(…なんだかなぁ)
 そこで「おーぃ」とリーバーさんの声がしたから振り返れば、リナリーと一緒に本とか地図とかを運びながら「神田とアレン! 十分でメシ食って司令室に来てくれ」と言う。私は反射でユウを振り返ってしまった。彼は続きは聞くまでもないと思ったらしく私に視線を落として「悪いな」と小さな声で告げた。私は彼の手に掌を重ねてどうにか笑う。せっかく帰ってきてくれたけど、でも、
「任務だ」
 いつものリーバーさんの声が、容赦ないその言葉を口にした。
「時間がないからあらすじ聞いたらすぐ出発してね二人とも。っていうかはどうしてここに?」
「ついでですついで。気にしないでください」
 コムイさんのきょとんとした顔にぱたぱた手を振った。どうせすぐなんてことは分かってたから、食堂にミスティーを残して私はユウとアレンについて司令室まで来ていた。「詳しい内容は渡す資料を行きながら読むように」と言ったコムイさんがしゃっと地図を広げる。
 ユウの後ろからソファの背もたれに手をついて資料を覗き込みながら「今度はどこですか?」と訊けば「南イタリアだ」と返ってきた。アレンの手の資料を見てみる。配られている資料は同じもの。
「二人コンビで行ってもらうよ。アレンくんは正式には初の任務だしね、神田くんが引率してやってくれ」
 げっと呻いた彼。アレンも同じような顔をした。だから私は苦笑いしてリナリーと顔を見合わせる。「えー何ナニ、キミらもう仲悪くなったの?」からかうように笑って、でも次には室長の顔を作ってコムイさんが地図を叩いて示す。
「でもワガママは聞かないよ。発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない。早急に敵を破壊しイノセンスを保護してくれ」
「だったらコムイさん私が」
 挙手しかけるも、コムイさんは緩く首を振って「今回のはアレンくんの初任務だよ。には別の任務が来てる」そう言われてはぁと息を吐いた。そっか、だったら仕方ない。急ぎは多いってことか。
 彼が肩越しに私を見て「すぐ戻る」と言う。だから私も笑って「お互い頑張るしかないね」とこぼした。
 さっそくアレンが席を立って「じゃあ準備します」と司令室を出た。私も朝ご飯押し込んで準備しなくちゃ。
 ユウもソファを立ってつかつかと司令室を出ようとし、入り口付近まで行ってから振り返って目だけで私にこっちに来いと言った。首を傾げてたったかと彼のそばに行く。「何?」と言えば彼が私の頭をぐりぐり撫でた。不器用に。
「行ってくる」
「ん。行ってらっしゃい。アレンに少しは説明とかしてあげてね?」
「…努力はする」
 苦々しい顔でそう返されて、私は笑って彼と左手の中指の指輪同士をこつんと合わせた。「ー君の任務地はねー」コムイさんの声に呼ばれて「はい」と返事を返して、もう一度振り返ったときには彼はもう出て行ってしまってる。
 しょうがない、任務だから。ここにいる限り、エクソシストである限り、それはもう仕方がない。
 たったか机の方まで戻って「悪いけどまた遠いよ。アクマの群集地が発見された」地図で示されたアフリカ大陸の方に視線をやってふうと一つ息を吐く。私に回ってくるのはやっぱりそんな任務ばかりだ。
「今回はリナリーと行ってもらうことになる」
「あれ、いいんですか? 教団が空になりますよ」
「うーんまぁそうなんだけどね。でも一人じゃ辛いだろう?」
「いいえ。ミスティーがいるから大丈夫です」
 それにリナリーだって帰ってきたばかりだ。どんと胸を叩いて「行けます。ミスティーと私は二人です」と言えば、リナリーが「、無理しなくても」と眉尻を下げるから私はにっこり笑った。リナリーは私の一つ下、妹だ。身長は追い越されてるしスタイルも全部リナリーが上だと思うけど、一応私の方がちょっとはお姉さん。だから私は彼女に笑って「だいじょーぶ。リナリーはコムイさん手伝ってあげて」と告げてその手から資料の方を受け取った。
「ミスティー」
 食堂まで上がっていけば、カートを空にしたミスティーがげぷと息を吐いたところ。こっちを振り返って「ぎゅ?」と首を傾げるからばさと黒い表紙の資料を示して「ごめんね任務入っちゃった」と言った。食べかけのまま放置していたパンをお皿から取り上げてむぐむぐと口に突っ込みながら「ごちそうさまでしたぁ」とお盆とカートを返しに行く。「あらちゃんてば任務なの?」と顔を出したジェリーさんに笑って「はい。行ってきます。帰ってきたらまたおいしいご飯お願いしますね」と言えば、ジェリーさんが胸を叩いて「どーんと任せて! 気をつけるのよ」だから私は頷いた。それはいつもいつも思ってることだ。大丈夫。
 基本、外の人は敵と思え。元帥の言葉はちゃんと憶えてる。
 自分の部屋に戻るのに今回ばかりはエレベータで移動。本当なら食後の運動って階段を地道に上がるんだけど、任務だからしょうがない。
 急いで部屋に行ってカーディガンを脱いで手早く着替えた。その間ソファでちょこんと座っているミスティーが『神田はどうした』と言うから「アレンと任務。イノセンス絡みだって」と言えば、けぷと息を吐いたミスティーが『我々はいつものアクマ一掃か』とぼやくから苦笑いする。ロングコートを羽織って最後に腰のベルトにしっかりドラグヴァンデルを装備した。
 仕方がない。私達は二人でセットで動く。任務が大変になるのはしょうがないことだ。
「ユウもアレンも頑張るんだもん。私達も頑張らなきゃ」
「…ぎゅー」
 ぱたぱた飛び上がったミスティーを腕に抱いて足早に部屋を出た。屋上までエレベータを使って移動しながら肩にかけた鞄に資料を突っ込む。移動中に読もう。
 それから屋上までの階段を上がって外に出て。ばさと飛び立ったミスティーが巨大化してずんと屋上に足をつけた。その背中にいつものように乗って「ミスティー、ゴー」と声をかける。
 ぶわと翼に風をはらませ飛び上がったミスティー。髪ゴムを取り出して腕につけ、緩い三つ編みにしてからゴムでしっかり髪をまとめる。冷たい朝焼けの風にはためくコートと、腰にはいつもの剣。
 徹夜明けだけどいける。アレンにたくさんあの人の話を聞いたから。ユウに頭を撫でられたから。首には元帥と同じロザリオと、ラビとおそろいのバンダナがある。そして指にはユウと同じ指輪が。
 だから大丈夫。私はミスティーと二人でいつものようにアクマを破壊する。