そして、長い旅を経て、私はついにそのエクソシスト本部とやらに辿り着いた。
 神に選ばれた使徒が集う場所、って説明だったけど。
「ここが黒の教団…ですか?」
「そうだ」
「……なんていうか」
「言いたいことは分かるがまぁそう言うな。一応ここがこれからお前らのホームになるんだからな」
 その人がざくざくと歩き出す。だから置いていかれないよう慌てて駆け寄った。蝙蝠のようなものがたくさん空を飛んでいる。だけどあの蝙蝠、一つ目だ。
「元帥、あの蝙蝠は何ですか?」
「ありゃゴーレムだ。こっちの画像送ってるんだろ。一応監視役だ」
「ほー」
 説明されて頷く。ティムとはだいぶ違うけれど、飛んでる辺りは一緒だ。ゴーレムって種類があるんだ。
 そう思いながらのそりと顔を出したミスティーが「ぎゃう」と言うからよいしょとフードから抱き上げて抱っこした。あんなにがつがつ物を食べたわりにはこの子は大きくならない。
 ざくざく歩いていく元帥に頑張って追いつく。コンパスが違うと追いつくのも一苦労だ。
「そういえば元帥」
「なんだ」
「私、お金がありません」
「そんなもん必要ねぇよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
 ふぅんと思いながら入り口があるんだろう場所へ向かう。
 坂をどんどん上っていけば、やがて塔の前まで辿り着いた。外見から見た通りの重厚そうな建物とその扉に仰け反るようにして上を見上げる。「高いねミスティー」と言えば「ぎあ」と声が返ってくる。重たそうな扉には十字架のマーク。
「クロス・マリアンだ。イノセンス適合者を連れてきた。開門しろ」
『門番の身体検査が先だ』
 元帥が息を吐いてちょいちょいと私を呼んだ。なのでたったか駆けていけば、扉と扉の間にあった顔っぽいものがにゅうと突き出て思わずびくと震えた。奇天烈すぎるそれの目が光ってその光が降ってきて、眩しくて目を閉じる。背中には元帥の体温があるから怖くはない。
『異常なし。開門』
 ごごごと音を立てて扉が持ち上がっていく音。降っていた光が止んだ。だから薄目を開けてそれを見上げながら「元帥今のは?」と訊ねる。私の背をとんと押して歩けと暗黙に言うので歩き出しながら「レントゲン検査だ」と返ってきた答えに元帥を振り仰いだ。私より随分背の高いその人はどうやっても見上げる形になって、「検査?」「アクマじゃないかどうかのな。人の皮被ってると外見じゃ判断がつかないってのはお前も分かってるだろう」と言われて一つ瞬き。つまり疑われた、ということか。
 だけど無理もないと思った。あの街で元帥は迷わず人からアクマへと変貌した相手を撃ち殺してみせたけど、外見が変わらなかったら本当に、アクマは人と同じに見える。
 かつんこつんと歩く元帥にたったかついていきながら、ひそひそと誰かしらが言葉を交わすのが聞こえる。槍なんか持って立ってるところを見るに見張り役とか、そんな感じなんだろうか。
「元帥元帥」
「痒ぃ呼び方を連呼するな」
「すいません。あの、今からどこへ?」
「とりあえずお前らの部屋の確保なんかと、あとは上への報告だ」
「上…?」
 はてと首を傾げる。元帥は一番偉そうな役職だと思っていたんだけど違ったのか。
 かつんこつんと歩く元帥が「オレの上にも一応大元帥っていうのがいてだな。そいつらにお前ら二人を承認させる。呼び出しはすぐには無理だろうが今日中にはいけるだろ」そう言われてぱちと瞬き。
 そうか、元帥よりも上の人がいるのか。私は何となくこの人が一番上だと思っていただけに少しびっくりした。
 それでとりあえずとぽーんと食堂に放り込まれた。「え、クロス元帥っ」と慌てれば、私が背負っていた剣を取り上げた元帥が「何か食っとけ。オレは上に報告に行ってくる。こいつは装備用に改良させるからそれまで待て」と言われて「あのっ」と声を上げる。
 知らない場所で一人は、ミスティーがいても一人で二人を抱えるのは私にはまだ。
 元帥ががしがしと頭をかいてぽちょと私の頭にティムを乗っけた。
「ここにいろ。戻ってくる」
 そう言われて。だから私はこくんと頷いた。ひらと手を振った元帥が食堂を出て行く。
 それから恐る恐る周りを見渡した。知らない人がじろじろこっちを見ている。私のフードに入っていたミスティーがひょこりと顔を出した。「ぎゃう」と鳴かれてあははと笑う。空笑いしか出てこない。
(…どうしよう)
 とりあえずカウンターっぽい方へ移動した。「ミスティー何か食べたい?」「ぎあ!」元気よく鳴かれたところを見るに食べたいらしい。だからミスティーを抱き上げて「あの」とカウンターに顔を出せば、「はいよ」とどこにでもいそうなおじさんが顔を覗かせた。「新顔だねお嬢さん」と目を丸くされて「あ、今ここに。それであの、ご飯を何かお願いできますか」と言えばどんと胸を叩いたおじさんが「オーケィいいよ! 何にする」とメニューの方を示してみせるので、私はじっとそれを見つめて「全部ください」と言った。どうせミスティーが食べちゃうだろうし。
「ぜ、全部かいお嬢ちゃん? ちゃんと食べられるのかい?」
「はい。この子が」
 腕に抱いているミスティーを持ち上げてみせれば、驚いた顔をしておじさんが引っ込んだ。それから「ああ分かった、作るから待っててくれ」といそいそ厨房の方へ消えていくから、私はミスティーと顔を見合わせる。
「…しょうがないか」
「ぎゃう」
 だからカウンターから離れて適当な席につく。それでもやっぱり視線がある。

 ここにいる人はみんな人間なんだろうか。

(剣…ドラグヴァンデルがないからかな。なんかこわいなぁ)
 だからテーブルに乗っかったミスティーと顔を見合わせる。頭の上でティムが尻尾でたしたしと私を叩いた。だから視線を上げれば尻尾でどこかを指される。だからそのどこかに顔を向けると、長い黒髪がきれいな子がいた。同い年くらいに見える。
 ここには大人ばっかりかと思っていたけどそうでもないらしい。
 だからほっとして息を吐く。とりあえずそれでなんだかほっとした。
「誰かな…」
「ぎゅう」
「…あ」
 じっと見つめていたら目が合った。それでその子を連れていた眼鏡をかけた人がこっちに来る。だから思わずミスティーを抱き上げて膝の上に隠した。何となく。
「そのゴーレム。マリアンのだね」
「、はい」
「君が新入りと噂の子かな? 私はフロワ・ティエドールという者なんだが」
 黒髪の子がじろりと私を見る。私は一つ瞬きした。遠めで見ると男か女か分からないと思っていたけど、多分男の子だ。だって目付きがすごく悪いから。
「私はと言います。ティエドール…元帥?」
 他に元帥って誰がいるんですかといつかに質問したとき、一度だけ聞いた元帥達の名前に確かティエドールという名前があった気がしてそう首を傾げれば、その人は笑って「まぁ一応ね。この子は神田ユウと言うんだ。同い年ぐらいだろうし、仲良くね」とぽんとその肩を叩く。神田ユウと紹介された子がその人を睨み上げて「元帥」と棘のある声を出した。やっぱり男の子だ、声からして。
 はっはと笑った元帥が「まぁまぁユーくんそう怒らずに」「その呼び方やめてください」「まぁまぁユーくん」「だからその呼び方を」終わらないやり取りを繰り返す二人に私はティムを見上げた。尻尾で指したところを見るに何か伝えたかったんだと思うんだけど。
「じゃあ私はちょっと報告があるからね。ユーくんはくんとお話しておいで」
「な…っ、元帥!」
 ばんとテーブルを叩いたその子を丸きり無視で元帥は笑って「仲良くね〜」なんて無責任なことを言って行ってしまった。その背中を射殺さんばかりに睨みつけていたその子がじろとこっちを見る。だから私はその子を見つめた。
「ユウ?」
「名前で呼ぶな」
「どうして?」
「うるせぇ」
「………ユウって呼んでやる」
 ぼそりと言えばじろりとまたこっちを睨んでくる。私はそっぽを向いた。なんだか気難しそうな子だ。っていうか実際気難しそう。
 ミスティーの頭を撫でて、それからがらがらがらという音にふと顔を向ける。そうするとカートいっぱいに料理を詰め込んだおじさんが「お嬢ちゃんお待ちぃ」と運んできてくれたところで、さっそく私の腕から抜け出したミスティーが料理にかぶりついた。それに「ひっ」と声を上げたおじさんが「じ、じゃあね」とそそくさ退散していく。
 そんなあからさまにしなくても。私はぶっすりしながら手を伸ばしてサンドイッチを取った。がつがつとミスティーが積み上げられた料理を上の方から食いついていく。
「…なんだそいつ」
 その声に顔を上げれば、向かい側に気に入らないって顔をしながら座っているユウがいた。おじさんみたいな反応ではない。周りで引いてる人みたいな反応でも。だからちょっとだけ嬉しくなって「ミスティー。ドラゴンなの」と言えば「ふぅん」と興味なさそうな答えが返ってきた。
 私はサンドイッチにありつきながら「ユウはエクソシスト?」「ユウって呼ぶな」「…ユウはエクソシスト?」「……だからユウって」「ユウユウユウユウユウユウユウユウ」がったんと席を立ったユウがぎらりと光る刃物を私に向けて「だからユウって呼ぶな」と言い。うお刃物、と固まった私とユウの頭上にぬぅと影。見上げれば巨大化したミスティーの爪が降ってきてどんと刃物をテーブルに叩きつけた。爪一本だ。腕から爪にかけてだけを巨大化させたらしい。
に何をする』
「てめ…っ」
 がちんがちんと刃を動かして抵抗するユウにミスティーが瞳孔を細めた。だから慌てて「ミスティー戻って、私大丈夫だよ」とその爪を叩いた。銀の爪は鋭くてアクマも破壊できる武器。日常生活で使うべきじゃない。それに何より、目立ってる。
「ミスティー!」
 私が再度呼びかければ、ミスティーの爪が引いた。もとのサイズに戻ったミスティーがじろりとユウを睨みつける。ちんと刃物をしまったユウも同じくミスティーを睨みつけた。ばちばちと火花が散る。
(…なんだかなぁ)
 もそりとサンドイッチを頬張った。さっきよりもだいぶ人が引いた。みんな逃げていったようだ。だから息を吐いて「ユウ」「だからユウって…」言いかけた相手が私を睨む。だけど次には諦めたように息を吐いてどかと椅子に座って「なんだよ」と応じてくれたので、「ユウはエクソシスト?」と最初の質問を再開した。「そうだ」と短い答え。だから刃物を指して「それが武器?」「そうだ」「じゃあユウは装備型?」「悪いか」「ううん。それ剣?」「刀だ」「刀…」続く会話に首を傾げる。クロス元帥としか会話していなかったせいか、なんだか不思議な感じ。
 テーブルに頬杖をついてユウを見つめる。長い髪。私よりもきれいだ。
「あいつはなんだ」
「ミスティー? だからドラゴン」
「さっきのは。寄生型か?」
「あ、ピンポン。元帥もそんなこと言ってた」
「…お前の言う元帥って誰だ」
「クロス元帥」
 そう答えたらユウが顔を顰めた。「あいつがお前の師匠か」と言われて首を傾げる。「師匠っていうか…ここまで連れてきてもらっただけ」と言うと、ユウがふぅんと言ってカートからおにぎりを取り出した。積み上げられた料理はまた食べるのを再開したらしいミスティーががつがつと平らげていく音がする。
「さっきの人、ユウの師匠?」
「一応な」
「なんか面白そうな人だね」
「……別に」
 気に入らないって顔をしてみせる彼に私は笑う。

 そうやって、私はユウに出会った。