ミスティーとセットで動く、というルールみたいなものがあるは、教団に留まっていることが多かった。ドラゴンであるミスティーは高速での移動が可能で、二人セットという理由から彼女とミスティーには厳しい内容の任務が下ることが多い。アクマの群衆地が発見されればその一掃とか、急務のイノセンス絡みの事件があればそっちにだって飛んでいく。文字通りに空を、だ。
　飽きることなく毎日をこなす彼女についていく僕。
　筋トレ、花壇の手入れ、図書室に本を借りに、コムリン�兇砲茲辰毒鵬�されたところの修復の手伝いにも行った。
　のイノセンスは剣の形を取っていたから、体力や筋力をつり合わせるため、彼女は努力を怠らない。そこには素直に感心した。女の子が筋トレに励むっていうのは大変なことだと思うけど、やってみせてるんだからすごいことだ。
　彼女はころころ表情をよく変える子で、感情豊かで、リナリーとは姉妹みたいに仲がいい。

　ここが最後だということで、ぼちぼち進めていた廊下の破損部分の瓦礫撤去作業を手伝った。軍手をしていやな顔一つせず力仕事の雑用を手伝う彼女。カーディガンのフードにはミスティーが入っている。
「む…っ」
「あ、手伝います」
　腕に一抱えもある瓦礫を抱えようとする彼女に手を貸して、二人で台車に放り込んだ。あははと困った笑いを浮かべた彼女が「駄目だねぇ、これくらい持てないといけないのにね」と言うから緩く首を振って「いいえ」と返す。「は女の子なんですから、必要以上に体力を酷使する必要はありませんよ」そう言うときょとんとした顔で見つめられて困った。あれ、当たり前のことを言ったつもりだったんだけど、にはピンとこなかったのかな。
　瓦礫を台車に撤去する作業を続けて、破損した部分は後日新しくコンクリートで埋めると探索部隊の人から説明を受けて、最後に土埃で汚れた床にモップをかけた。
「アレンは紳士的」
「え。そう、ですかね」
「うん。なんか尊敬しちゃうな」
「尊敬って、そんな」
　照れくさいなぁと頬をかく。そこでこっちを睨んでアイツに妙なことしてみろ、俺が殺すと凄んできた神田を思い出した。やなタイミング。
　神田の他にラビって人もいるらしい。話を聞いただけだけど、他にもデイシャやマリや他の元帥の名前、科学班の人や探索部隊の人の名前もちらほら聞いた。彼女はここが長いようだ。よく名前が出てくるところから神田、ラビ、リナリーとは特に仲がいいんだろうなと推測できる。
（僕は、その中に入っていけるかな）
　そんなことを考えてからぶんぶん首を振った。
　僕はアクマを救済するためにエクソシストになったんだ。何思ってるんだろう。
　ひょことこっちを覗き込んだが「どうしたのアレン」と言うから、その近いことに思わず仰け反って「いえ何でもないです」「疲れた？　なら先に食堂行ってていいよ。私花壇の世話しないと」「あ、行きます行きます。大丈夫です」先に行こうとする彼女の手をがしと掴んで、握ってしまってからはたと我に返る。何を、してるんだろう僕は。
　にっこり笑った彼女が僕の手を握り返してくる。僕よりも小さな手だ。剣を振るうには小さすぎる手。
「あの…」
「うん？」
「いえ、あの、ええと」
　それとなく握り返しながら言葉に迷う。
　何を言うべきだろう。師匠からあなたのことは聞いてました、はもう言った。ティムは映像を記録することができて、それであなたのことを知ってました、はまだ言ってないけど何となく言うべきじゃない気がしてる。結局何も言えずにあははと誤魔化して笑ったら、彼女は首を傾げたけど問い質すことはなかった。
　手を引かれて歩いて隣に並ぶと、フードからミスティーがこっちを見ているのが分かった。笑いかけたらぷいっと顔を逸らされた。なんだかな。

　建物の外に作ってある花壇は、が神田と一緒に昔から世話しているものらしい。
　へぇあの神田がねぇと思いながら雑草抜きの手伝いをする。地味な作業でも彼女はどこか嬉しそうだ。
「嬉しそうですね」
「え。そうかな」
「そう見えます」
「うん…嬉しいのかな。嬉しいのかも。子供っぽいかな…こんな小さなことでも嬉しいっていうのは」
　困ったように笑う彼女。どう返していいのか迷っていると、空を漂う無数の蝙蝠型ゴーレムが一体こっちに飛んできた。ががとノイズの入る音のあとに『アレンくん、司令室まで来てくれ』とコムイさんの声。瞬きしてから彼女と視線を合わせると、笑顔が返ってきた。困ってる顔のようで、悲しんでる顔のようで、寂しそうな顔でもあった。
「任務だね、きっと。戻ろっか」
「…すいません」
　そんな顔をされると自然と謝ってしまう。彼女がにっこり笑顔になって「アレンが謝ることじゃないよ。ほら、戻ろう」と僕の背中を押した。じょうろなんかの道具を放置していくところを見るに、あとでまた手入れをするつもりなんだろう。たとえ一人でも。
「よかったね、リナリーと一緒で。一人じゃないなら私も安心」
「は留守番ですか？」
「うん。いつも通りだね」
　任務通達を受けてから部屋に戻って着替えなんかの準備をしてる間、彼女は僕についてきた。トランクに着替えを放り込んでる間、はミスティーを抱いてじっとしていた。
　準備完了。最後にばさりとコートを羽織る。ちょんと頭の上に乗ったティムがばいばいと彼女に尻尾を振った。小さく手を振る彼女と目が合う。
「巻き戻しの街、気をつけてね。もし当たりならきっと簡単には片付かないだろうし」
「はい。気をつけます」
「ユウに聞いたけど、無理は禁物です。寄生型だからって無茶はしない」
　びしと指を突きつけられて困ったなと笑う。神田め憶えてろ。
　はぁと息を吐いた彼女が「みんな行っちゃうね。しょうがないって分かってるんだけど、ごめんね」と小さな声を出した。しゅんと小さくなっている彼女に手を伸ばしてそっと頭を撫でる。長い髪は亜麻色に見えて、甘くやわらかい印象を受ける。
　左手の中指に、神田がしてたのと同じようなシルバーのリングを見つけて、ああやっぱりと思う。落胆のような気持ちが胸に渦巻くのを、今は自分のうちにしまいこむ。
「大丈夫です。神田みたいな無理は絶対しませんから」
「…うん」
　控えめな笑顔でが笑う。
　かわいいなと思った。同時に守らないといけない子だなと感じた。彼女は同じエクソシストで戦闘員だと頭では分かってるけど、彼女が戦っているところを見たことがないから、そんなふうに感じたんだろうか。彼女の笑顔がとても弱くて脆い気がするのは、僕の気のせいなのかな。
☆　　★　　☆　　★　　☆
　かしゃ、とスコップで土を掘り返す。枯れてしまった花を取り除くためだ。このままだと他の花にも悪い影響がいってしまう。
　はぁと息を吐いて顔を上げた。すっかり曇り空になりつつある。ミスティーが花壇の端に腰かけてさっきからひらひら舞い落ちる葉っぱを目で追いかけている。
『任務だ。仕方ない。恐らくイノセンスがあるのだろう』
「うん…分かりやすい兆候ではあるよね。でもコムイさんの様子ちょっと変じゃなかった？」
『そうだな。何か、頭に引っかかることでもあるのではないか』
「むー」
　ゴミ袋に枯れた花にさよならをした。土を戻しながら「あとでコーヒー淹れに行って、それとなく話してみようかな」と漏らすとミスティーは首を竦めただけだった。土のついた指を払って雑草取りも終えたしと腰を上げる。ぱんぱんとズボンについた砂を払って、最後にじょうろで水をやる。そろそろまた花も終わりの季節に近づいてきた。今年も、ここまでかもしれない。
「おーいー」
「、」
　ぱっと振り返る。思わず手にしていたじょうろが落ちた。向こうの方からこっちに手を振ってるのはラビだ。間違いないラビだ。ラビ、帰ってきてくれた。
　私が駆け出したらラビもそうした。二人で走ってあっという間に距離が詰まって「ラビっ」と腕を伸ばして抱きつく。ラビはしっかり受け止めてくれた。ぎゅううと苦しいくらい抱き締められて「ラビ、ちょ、っと苦しい」と言うと若干腕の力が緩んだ。ぴったり密着したままの状態で数秒迷う。えっと、何を一番に言おうか。
「ラビ、おかえり」
「ん。ただいまさ」
「怪我はしてない？」
「ないない。ちょっと擦ったとかそんくらい」
「ブックマンは？」
「さぁ。本部着いたら振り切ってきたから知らねぇ」
「振り切るって」
　苦笑いしたら、ラビがようやく私から身体を離した。近距離のままごそごそコートの内ポケットをあさって「あった」と漏らすから首を傾ける。そんな私に「ほい、お土産」と差し出された小さな包み。きょとんとして「お土産って、私に？」「そー。開けてみて、多分気に入る」ラビが自信ありげに言うからわくわくして包み開けた。そういえば電話でお土産って言ってた。慰めだけの言葉だろうなんて気にしてなかった自分がちょっと薄情に思えて反省。
　がさがさ開いた包みの中には髪ゴムが二つ入っていた。白い薔薇の飾りがかわいい。
「つけてもいい？」
「どーぞ。つかつけて」
　花壇の手入れをしてたから、簡単に結んでただけの髪を解いた。なんの変哲もない輪ゴムを手首にやって、いそいそ髪をツインテールにしてる間ラビがじっとこっちを見つめるもんだから「どうかした？」と訊きつつ片方完成させる。もう片方の髪をまとめながら「思ったより元気そう」と言われて私は笑う。うん、ラビが帰ってきてくれた。大丈夫だよ、私。
　リナリーみたいにツインテールにしてみた。鏡がないと似合ってるかどうかよく分からない。じっとこっちを見てるラビに「ど、どうかな」と訊いてみると満面の笑みが返ってきた。「似合ってるぜ」と言われてほっと息を吐く。よかった。
　左右の髪ゴムにある薔薇の飾りがちゃりと音を立てて揺れる。これは、結構かわいいかもしれない。
　ところで。
「ラビ、そろそろ離して…？」
　さっきから密着したままなので訴えてみる。「んー、の気はすんだ？」「？　何が？」「ほら、オレの形したアクマを斬った感触が消えないってヤツ」「あ」唐突に掌がじわりとした。いやな感じに。ぺたとラビの顔に手をくっつける。
　うん、あったかい。生きてる。ちゃんと息をしてる。
「この手はなんさ」
「思い出しちゃった…ラビ、コート脱いで」
「はい？　ってちょっと待ってなんで脱がすのっ」
「ぐちゃぐちゃ言わない！」
　コートのチャックをじゃっと下げて黒い服の左胸にぺたりと耳をつける。目を閉じて落ち着いて呼吸する。意識を集中させる。
　心臓の音がする。
（…よかった）
　ラビの断末魔。斬った手応え。それを自分の中から灰にした。ラビは生きてる、本物はここにいる。
「ちゃんと生きてるね…よかった」
　ぽつりとこぼしてから顔を上げてラビに笑顔を向ける。チャックをしめて「ごめんね、もう大丈夫。忘れる」と宣言してラビの腕から抜け出した。不満顔のミスティーがカーディガンのフードに潜り込む。落としてしまったじょうろを拾って花壇道具の入った袋を持って振り返った。ラビが困ったような顔をして自分の手を見てる。
「ラビー、これ持って」
「おー。って、そういや植木鉢に水やってくの忘れてた…」
「私がちゃんと世話したよ。大丈夫」
「そっか。サンキュ」
「うん」
　花壇に水をやり終えて、袋にじょうろを入れた。エントランスの一角の倉庫にそれを片付けて、私達は二人と一匹で食堂に行く。
　おやつでも食べながら、ラビの話を聞こう。アレンとは入れ違いになっちゃったから、彼の話もしてあげよう。