「?」
 ある日、部屋の扉の隙間に手紙が挟まっていた。しゃがみ込んで取り上げてみるとコムイさんの字で私宛になっている。振り返ってみても廊下に人の姿は見当たらない。ミスティーがフードから顔を出して興味深げに手紙を見つめるから、とりあえず開封してみる。どれどれ。
へ。コムイです。新しく作った食堂に来てください…。新しく作った食堂?」
 はてと首を傾げる。わざわざ簡単な案内図まで入ってたから、とりあえず急な任務でも大丈夫なようにコートを羽織って腰に剣を取り付けた。廊下を歩き出しながら私はミスティーに話しかける。
「コムイさん何の用だろうね。ゴーレムで呼んでくれればいいのに」
「ぎゃう」
「個人的なことなのかなぁ」
 それで、地図のとおりのところに確かに食堂っぽい扉があった。コムイさん、いつの間にこんなところに食堂を。
 からから引き戸を開ける。「いらっしゃいませ。ようこそ、黒の食堂コムリンへ」と店主っぽい人に言われてぺこりと軽く会釈を返してこじんまりした食堂内に視線を巡らせるも、コムイさんの姿はなかった。
 あれ、おかしいな。ここで合ってるはずなんだけど。っていうか食堂の名前がコムリンて。確か、いつかに教団内で暴走したロボットがそんな名前だったような気がするんだけど。…何となく不吉な予感が。
「わ、これ、リナリーの写真…?」
 壁を見たらリナリーの写真で埋め尽くされていてびっくりした。それと同時に不吉な予感が加速する。ここはもしかしなくてもコムイさんが個人的な理由で個人的に作り上げた場所なんじゃないだろうか、と。っていうかこんなことしてる暇があったら仕事をするべきですコムイさん。
「あれ、
「アレン」
 からから扉の開く音がしたから振り返ると、白い髪のアレンがきょとんとした顔で立っていた。同じ手紙を持っているところを見るにアレンもコムイさんにここへ来るよう呼び出しを受けたようだ。「ひょっとしてもですか?」「ってことはアレンもかぁ」二人で手紙を見つめて何の用なんだろうかと首を傾げたとき、アレンの後ろから「よっ」と手を挙げた隻眼バンダナのラビが見えた。「あれ、ラビ。ラビもコムイさんに?」「オレだけじゃないぜ?」「ちっ、お前らもか」不機嫌そうに舌打ちしたユウはいつも通り髪を上の方で一つにくくっていた。ラビとアレンを押しのけて入ってくるとどかりと席に腰かけて仏頂面で黙ってしまう。
「あー、とりあえず座るか。な?」
「そうだね」
「ええ」
 入り口で立ちっぱなしもあれだしとみんなで椅子に腰かける。私はユウの隣、向かい側がラビでその横がアレンという図式だ。
 首を捻ったアレンが「それで、コムイさんは?」私はその言葉に首を振る。「まだじゃないかな」と。ラビが取り出した手紙をひらひらさせて「みんな何の用か聞いてるか?」と訊くから私はまた首を振った。もそもそフードから出てきたミスティーが膝の上に下り立つから一つ頭を撫でる。ユウが嘆息して「アイツのことだ、どうせろくなことじゃない」とすっぱり言い切った。「だよなぁ」と笑ったラビに私も曖昧に笑う。そこまで言い切られるコムイさんて。
 ふうと息を吐いたアレンが「かと言ってここで帰っちゃうとあとが怖いですし」と漏らして、みんなで何となく息を吐く。
 コムイさん、普段の所業がこういうところで祟ってますよ。

「皆さん」
「はい?」
「この食堂の店主です。コムイさんから伝言預かってます」
「伝言?」

 店主だという人の言葉に首を傾げる。にこやかな笑顔で「リナリーさんの洗濯物にアイロンをかけてるので、少し遅れるとのことです」「…コムイさん」はぁと溜息を吐く私。ユウが不機嫌全開で「あのシスコン、呼び出しておいてどういうつもりだ」と棘のある声で言えば店主の人が「シスコンではありません!」と強く反発。
 はて。どうして店主さんがコムイさんを弁解するんだろうか。
「シスコンではありませんよ。かわいい妹を、大事に、大事に想っているだけです」
「それをシスコンて言うんだ」
「って、なんであんたが弁解するんさ?」
「いえ、あ、それは」
「ひょっとしてコムイさんと親しいんですか?」
「そ、その通りです! 店主を引き受けたのもそういうわけで」
 ミスティーがじろっとした目で店主さんを見ている。私は首を捻った。何か言いたいみたいだミスティー。
 そういえばみんな集ったのにリナリーだけここにいない。そのことも疑問に思いつつテーブルに頬杖をついて足をぶらぶらさせた。コムイさん来ないなら帰ろうかなぁ私。
「それでですね、伝言には続きがありまして。ただ待たせるのは申し訳ないので、先に食事をどうぞとのことでした」
 その言葉にぱちと瞬いて顔を上げる。ばんとテーブルを叩いたアレンがきらきらした顔で「食事!?」と嬉しそうな声を出した。にこにこ笑顔の店主さんが「もちろん食事代はコムイさん持ちだそうです。店は皆さんだけの貸切になっておりますから、思う存分食べてください」と続けるから、ちらりとミスティーを見てみる。あ、ちょっと目が輝いてる。ミスティーも食事の言葉に釣られてしまったようだ。

「そういうことでしたら、遠慮なくいただきましょう!」
「お前、食べたいだけだろ」
「食い意地野郎が」
「全然聞こえません」
「仲いいさぁ」
「「よくない!」」
「はいはい」

 そんな会話を横に、私は首を捻る。うーん。なんだか頭に引っかかる。食事は嬉しいけど、でもなぁ。なんっかなぁ。コムイさんが気前よすぎる気がするっていうか、なんか引っかかるんだけど。
 ちらりと隣のユウを見てみた。彼は仏頂面で向かい側のアレンからふんとそっぽ向いたところ。私と目が合うと「なんだよ」と声を潜めるから肩を竦めた。「なんかおかしくない?」「あ? コムイがおかしいのは昔からだ」「そうじゃなくて。この状況っていうか…」そんな中さっそく挙手して「じゃあ注文! オレ焼き肉」とオーダーするラビ。そしたら店主さんがカウンターから「はい」と焼き肉セットを準備した。早い。ラビもそう思ったらしく「早っ」と声を上げた。にこやかな笑顔の店主さんが「コムイさんから皆さんの好物を聞いていたので、準備しておいたんです」と言う。その言葉にさらに胸のうちで疑問が膨らむ私。
 あのコムイさんが、ちょっと待たせるからって食事をどうぞって言うのも変だし、しかも私達の好きな食べ物を教えて準備させておく、なんていうのもすごくおかしい気がする。気を遣いすぎっていうかなんていうか。なんだろうこれ。何か罠みたいな、不吉な感じが。
 でもミスティーが食べたいって顔をしてるし。せっかくだから一口ぐらい何か食べて帰ろうかな。
 アレンがすごい数の料理を頼んであっという間にテーブルがいっぱいになった。焼き肉を口に入れたラビが「相変わらずすげぇ量」と漏らす。「いっただっき」ますを抜かして口いっぱい料理を頬張り始めるアレン。ユウが「下品な」とぼやいた声に私は困ったなと笑う。下品とまではいかないけど、挨拶終わってから食べようよアレン。
さんは何になさいますか?」
「あ、えっと紅茶ください。ケーキもあると嬉しいです」
「お任せください。そちらのドラゴンさんにはどうしましょう」
「えっとー、何でもいいのでいっぱいください」
 ぱたぱた飛び上がったミスティーが隣のテーブルに移動した。高速で料理を並べていく店主さんとそれを端からがつがつ平らげていくミスティーという図があっという間に展開されていく。なんか、競争みたい。
 ほどなくして紅茶のポットと苺のタルトの載ったトレイを運んできた店主さん。紅茶の甘い香りにえへへと笑みがこぼれる。このにおい、アップルティーか。それもいいなぁ。
 にこにこした笑顔で「神田さんはどうします?」と訊ねる店主さん。ユウは仏頂面で「俺はいい。こんな騒々しい食い方する奴のそばで食いたくない」がちゃがちゃ食器がぶつかる音を鳴らして食べるアレンを示してそう言う。「そんな、ぜひ食べてください」「結構だ」「食べてもらわないと困ります」「困る?」眉を顰めた彼に私もさくとケーキを一口切り分けた手が止まった。困るってどういうことだろうか。
「とにかくっ、これを見てください!」
 誤魔化すように咳払いしてカウンターから何か取り出した店主さん。たんと置かれたのは蕎麦だった。ぱちと瞬く。しっかりユウの好きなものも伝わっているようだ。
「蕎麦? これは…っ」
「そうです。年に十キロしか取れない幻の最高級蕎麦、龍の髭。これはその実を石臼で丁寧に引き、蕎麦粉百パーセントで打った蕎麦です」
「いただこう」
 目の色を変えてぱちと箸を手にしたユウ。私は蕎麦の良し悪しはよく分からないけれど、その龍の髭とやらはどうやらおいしいようだ。あまり食べ物に執着しない彼が夢中で蕎麦をすすっている。私の前ではラビが焼き肉とご飯を口に運んでいるし、斜め向かいでアレンががちゃがちゃスプーンを動かしてビーフシチューのお皿を空にしてドライカレーのお皿も空にしていく。ミスティーもがつがつ料理を食べていて、ずずと紅茶をすすって私はふうと吐息した。なんだかんだでみんなコムイさんの手の内のような気がしたのだ。