ケーキを半分ほど食べ終わってしまったところで「さんどうぞ。紅茶、チョコレート、ドライフルーツを使った特製スコーンです」とスコーンとたっぷりの生クリームの載ったお皿を出されてしまって、私はうっと口ごもった。ケーキを食べてるのにさらにスコーンまで。カロリーオーバーだ。でもすごくいいにおいがする。焼き立てなんだ、おいしそう。
 空になっている紅茶のポットを新しいのに取り替えてくれた店主さん。にこやかに笑って「次はピーチティーです。どうぞ」と新しいカップに紅茶を注いでくれる。「ありがとうございま、」す、のところでどうしてかしゃっくりが出た。ぺしと口を押さえる。あれ、おかしい。なんでこんなところでしゃっくりが。
 変だなぁと思いつつ、せっかく焼き立てだからとチョコチップの入ったスコーンを手でちぎって、生クリームをたっぷりつけてぱくりと一口。甘い。おいしい。焼き立ては久しぶりに食べた気がする。作ってくださいって言うのはやっぱり悪いかなぁって思って作り置きや余ったやつを食べることが多いからなぁ。焼き立ておいしい。

「あれ、なんだろう」
「気持ちよくなってきた、ひっく」
「お前達、顔が赤いぞ」
「ユウだって赤いよ」
「ああ? 赤くねぇ」
「赤いってば。ひっく」
「しゃっくり出てるぞ。ひっく」
「ユウもだって。ひっく」

 ひっくとしゃっくりしてるのは私だけじゃなかった。アレンもユウもラビもみんなしゃっくりしていた。プラスちょっと顔が赤い。そういえばなんかちょっと思考がふんわりしてる。これは、なんだろう。ただのしゃっくりじゃない?
 自然に治るとは思うけど、と考えつつミスティーを見てみる。げっぷを漏らして満足そうにしていた。しゃっくりはないみたいだけど不自然に身体が震えたりするところを見るに、ミスティーにも同じような現象が。
 おかしいなぁ。ひっくとしゃっくりを漏らしつつスコーンをかじる。ああおいしい。
 アレンがしゃっくりしつつ首を捻って「この感じ、どこかで」と漏らしてうーんと考え始めた。はてと首を傾げる私。ぽんと手を打って「そういえば、前にお酒の入ったお菓子を食べたとき、こんな感じになったような」アレンがそう言うとラビがひっくとしゃっくりしつつ「酒ぇ?」と言葉を反芻した。残りのケーキを食べつつ紅茶のカップを手に取る私。ひっくとまたしゃっくりが漏れる。もう、食べづらい。
「はい。そのあとのことはよく憶えてなくて、それ以降師匠から二度とアルコールを摂らないようにと禁じられていたんです。理由は教えてもらえなかったんですけど。ひっく」
「そんなつまらない話は聞きたくねぇ」
「そういうことは思っても口に出さないのがエチケットですよ神田」
「お前にエチケットを教えてもらう必要はない。モヤシ」
「モヤシじゃありませんアレンです」
「モヤシ」
「パッツン男児」
「なんだと?」
「なんです?」
 ユウとアレンがいがみ合いを開始。ばんとテーブルを叩いて「食べてるんだけど。喧嘩しないで」と言えば舌打ちしたユウがふんとそっぽを向いた。アレンが席に座り直す。それでもばちばちっとしたいがみ合いは続いている。
 はぁと息を吐いてケーキを平らげて、紅茶をすする。ラビが「二人とも楽しく食うさ」と声をかけるものの二人には聞こえていない。「大食い味オンチ」「蕎麦馬鹿一直線」「白髪頭」「ポニーテール」「イカサマ賭博師借金大王根性なし」「石鹸洗髪イレズミ男石頭」はぁと息を吐く。しまいには席を立った二人に私はトレイを持ってミスティーのいるテーブルに避難した。止めたって聞かないんだもんなぁあの二人。
 ユウが六幻を抜刀してアレンが左腕を変える。その辺りでさくとスコーン二つ目を頬張る私。おいひい。

「やるか?」
「望むところです」
「二人ともいい加減にっ、」

 ラビが止めようとするものの失敗。ちょいちょい手招きすると「も止めろよー」と言いつつこっちにやってきた。私は諦めて首を振って「なんか無理っぽそうなんだもん。ラビもスコーン食べよ」「じゃあ食わして。あーん」上機嫌にそんなことを言うから一つ瞬いてからスコーンをちぎって生クリームをつけてラビの口に持っていく。ぱくとスコーンを食べたラビが私の指まで一緒にくわえたからぞわっとした。「ちょ、っとラビ指、私の指食べてる」「ひっく。ふぇ?」「指っ」口をむぐむぐさせたラビがぺろと舌で指を舐めてきたからさらにぞわっと背筋が寒くなる。ば、馬鹿!
 へらっとした笑みでこっちに顔を寄せて「ね、もっかい」「や、やだ。自分で食べてよ」「ええー」スコーンの載ったお皿を示せばぶうぶう口を尖らせたラビ。そこでどんと音を立てて六幻が私とラビの間に突き立ってビイインと刀身を震わせた。ぎぎぎとぎこちなく振り返るラビと、背後に鬼の殺気を纏ったユウが「ラビてめぇちょっと目を離せばお前はすぐにちょっかい出しやがる、ひっく」しゃっくり以外一息で言い切ったユウ。あははと空笑いしたラビが「いやだって、喧嘩する二人が悪いんだって。なっ?」それで私の方に救いを求めてくるのではぁと息を吐く。ここはまぁ、そういうことにしておいてあげようじゃないか。
「二人とも普通に食事しようよ。イノセンスはしまいなさい」
がそう言うなら…」
「ちっ」
 がたんと席に座り直した二人。じろりとこっちを見たユウが「なんでそんなとこにいる、隣来い」と言うから肩を竦めてトレイを持って戻った。危ないから退避してたんだよーだ。
「はいはいー、そこのお二人に追加のお料理です!」
 そこへ店主さんが料理を持ってやってきた。「アレンさんにはさっきのメニューの倍の量を! 神田さんには蕎麦尽くし。二八十割更科茶蕎麦ゴマ蕎麦梅蕎麦盛りに笊に八盛り、蕎麦掻き蕎麦湯蕎麦饅頭、ついでにジャンル違いの蕎麦飯も追加しちゃいましょう!」にこやかな店主さんとテーブルに並んだ食事。ラビがないないと手を振って「アレンはともかく、ユウが食べ物に釣られるわけ」「…あったみたい」ぽかんとするラビの言葉にそう繋げる私。二人ともさっきまでの不機嫌さはどこへやら、アレンはがちゃがちゃスプーンを動かしてグラタンを口に流し込んでいるし、ユウも蕎麦をすすっていた。
「ラビさんには焼き肉追加! 塩ダレでどうぞ」
「おっ。へへ、いただきまーす」
 網で焼き肉をじゅうじゅう焼いてご飯と一緒に口に入れたラビが「うまーい」と腕をぶんぶんさせた。
 なんかみんなテンション上がってるなぁ。いつもよりオーバーリアクションな気がするよ。
 ぱくとスコーンを食べる私の腕をがしと掴んできたユウが「おい、甘いもんばっか食ってないで蕎麦も食え」と言うからぷーと頬を膨らませて「何よぅ、ユウだって蕎麦しか食べてないじゃない」「俺はいいんだよ」「いけません。店長ー野菜ジュースくださーい」「はいどうぞ」たんと置かれたオレンジ色の液体の入ったコップをずいとユウに押しやって「それ飲むなら蕎麦食べる」と言うと彼が舌打ちした。がしとコップを掴むと一息に呷ってごくごく飲み始める。あ、飲んじゃった。半分冗談だったのに。
 たんとコップをテーブルに置いて「飲んだ。お前も食え」と言ったユウがひっくとしゃっくりをする。しょうがないので私も蕎麦を食べることにした。これはなんだっけ、梅蕎麦だっけか。ちゅるちゅるすすってもぐもぐ食べる。うーん蕎麦だなぁ。ちょこっと梅の味がするけど。でも蕎麦は蕎麦だよねぇ。うん。
 もぐ、と租借して飲み込んだ辺りでアレンの視線に気付いて首を傾げた。「、今のは」「うん?」「今のは間接キッスですよ」ぶるぶる腕を震わせたアレンにぱちと瞬く。使った箸に視線を落として、うんまぁ確かにユウが使ったやつ使ったけど、別に間接キスって、言うほどじゃあないような。
 蕎麦二口めを食べようとしたらばんとテーブルを叩いたユウが「うるせぇよモヤシ。黙って食えねぇのかひっく」「うるさいのはどっちですかバ神田ひっく、ひっく」「アレン特にしゃっくりひどいな」そう言うラビもしゃっくりが出ている。という私もしゃっくりがさっきから。
 二口めの蕎麦を食べ終えて「はい」とユウに返した。私の手から箸を受け取ってずるずる食べ始めた彼をびしっと指差したアレンが「あああ間接キッス!」「っ、吐くだろうがこの馬鹿モヤシ!」「ずるいですよいつもいつも神田ばっかりひっく、僕とも間接ひっく、キスを」「あ、アレン落ち着いて」がるると犬みたいに唸るアレンをどうどうとあやして、食べかけだったスコーンにぱくとかぶりついてちぎった。思い切り食べかけのそれに生クリームをたっぷりつけて「ほらこれあげるから、ね。あーんして」と言うとアレンがあーんと口を開けた。そこにスコーンを食べさせてあげると、さっきまで喚いてたのに満足そうな顔で「おいひいれす」と笑うから、私もどうにか笑う。よかった、機嫌直った。ふう。
「はい、さんには出来立ての焼き菓子セットをどうぞ! お皿に生クリーム追加しておきます」
「うわぁ…」
 店主さんが用意してくれたバスケットの中には、今まで見た中でも一番おいしそうだって表現できるくらいきらきらしたお菓子がたくさん入っていた。マドレーヌやパウンドケーキのオーソドックスなものからクッキーやパイやマカロンまで、幅広い種類のお菓子が詰め込まれている。
「紅茶のおかわりもありますよ」
「くださいっ」
 にこやかに笑う店主さんにカップを出す私。あれ、私もなんかテンション上がってきてるぞ。こんなに甘いものいっぱい食べたらあとが恐ろしいって分かってるのに、おかしいなぁ。