気付くと、ミスティーは隣のテーブルですぴすぴ眠っていた。 食事でだいぶ時間がたったように思うんだけど、コムイさんはまだ現れない。ひっくとしゃっくりを漏らしたユウが「それにしてもコムイは遅すぎる」とぼやいた。ひっくとしゃっくりしながらアレンが「おいしいもの食べられるなら構わないですひっく、ひっく」「アレン大丈夫?」「はい。ひっく、んぐんぐひっく」「ええい、食うかしゃっくりかどちらかにしろ」ひっくとしゃっくりしつつ口をもぐもぐさせるアレンにユウが苛ついた口調でそう言うけど、アレンはもぐもぐ料理を食べてはひっくとしゃっくりを繰り返している。 ぱきとクッキーを割って食べようとしてひっくとしゃっくりが漏れた。ぱしと口を押さえる。なかなか治らないなぁこのしゃっくり。 「オレにもちょーだいさー」 「はい。あーん」 「わーいあーん」 嬉しそうに顔を寄せたラビにチョコクッキーの片割れをあげる。ひっくとしゃっくりしたユウがばんとテーブルを叩いて「てめぇ馬鹿ウサギ、ぶった斬るぞ」「ユウもあーん」「いらん」「もう」ぷいとそっぽを向く彼にぱくとマドレーヌを食べる私。アレンが麻婆豆腐とライスのお皿を交互にがちゃがちゃ食べつつ「僕にふぉくらふぁ」「アレン、口の中空にしてからね」ごっくんと飲み込んだアレンがあーんするからマドレーヌを食べさせてあげた。子供じゃないんだから二人とも。 ピーチティーのカップを口に運んで顔を上げた先で、壁一面のリナリーの写真が目に入った。 ああリナリー、この場にいたら絶対面白かったのにな。なんでコムイさんリナリー呼ばなかったのかなぁ。 「いやぁ皆さん、いい食べっぷりですねぇ」 「おいしいですから。ひっく」 しゃっくりを漏らしつつ答える。ぱちんと手を合わせた店主さんが「そういえば、先ほどブックマンさんを店の外で見かけたんですよ」「ジジイを?」ひっくとしゃっくりを漏らすラビがまたあーんするからサブレを食べさせてあげた。 「落ち着いていらっしゃいますよね。ああいう方は人に言えない秘密なんて、ないんでしょうねぇ」 「オレ面白いヤツ知ってるさ。あのパンダジジイ、本物のパンダに言い寄られたことがあるさ!」 アレンが声を立てて笑った。ユウが笑いを堪えようとして失敗する。店長さんも大声で笑うし、パンダに詰め寄られるブックマンを想像してしまった私も堪えていた笑いが漏れてしまう。 ぶ、ブックマン。パンダに言い寄られるってどんな。アレンがけたけた笑いながら「そういえば、北ノ罪を自分に打って針ツボマッサージしてるって噂を聞きました、ひっく」「毎晩頭にも打ってるらしい」「ムダムダ、もう毛根死んでるさ!」「ラビ、そんなこと言ったら失礼だよ、ひっく」くすくす笑ってしまってる私が言える台詞でもないんだけど。 「なるほどなるほど。では、他の誰かの秘密も知ってたりとか?」 店主さんの含んだ声にはいと挙手したラビが「クロウリーは、血が足りなくなると夜な夜な部屋から出てくさ。すると、翌朝なぜか肌がツヤツヤ! で、科学班のみんなは逆にげっそりしてるんさ」それは知らなかった。そういえばクロウリーってアクマの血を吸うんだった。足りないときっていうはやっぱりどうにか補充するしかないんだろう、きっと。 くすくす笑っている私に伸びた手が食べようとしていたクッキーを摘み上げる。「俺にも食わせろ」「え、甘いよ?」「分かってる」「じゃあはい。あーん」ちょっと口を開けただけのユウにクッキーを食べさせてあげた。しゃくと一回噛んだだけでものすごく顔を顰めて「くそ甘い」とぼやくから私は肩を竦める。クッキーはこんなものだよユウ。 「ミランダは、かさぶたを刻盤の力で治しては剥がして、一晩中微笑んでいました、ひっく」 「クロウリーとミランダは、夜トイレの鏡に映った自分を見て怖くなって気絶したことがあるさ」 「モヤシは寝ぼけてティムキャンピーを何度も食べたことがある」 「パッツン神田が単独行動をしたがるのは、評判の蕎麦屋に寄るところを見られたくないからですひっく」 「はい! オレの好きなタイプは未亡人で、ストライクゾーンは上は四十から下は十歳さ! えっへん」 「よっ、自分から暴露。偉い馬鹿ラビ、ひっく」 「ありがとう!」 ハイテンションな会話にくすくす笑っていると、隣からぼそっとした声で「お前はなんかないのかよ」と言われた。きょとんとして「え? 私?」と自分を指差すとユウが頷くから、うーんと視線を明後日の方向に投げて考える。リナリーの写真がいっぱい見える。 (誰かの秘密なんて大げさなもの知らないなぁ…噂話とかもあんまり真面目に聞いてなかったから、あんまり知らないし) 「えっと、私は特にないかも」 「ええー! じゃあオレみたいになんか暴露してっ」 「えー」 ぶんぶん手を振って抗議してくるラビ。むううと眉根を寄せて考えてみるけどやっぱり特に何もない。人と比べて何かしてきたわけでもないし。肩を竦めて「ごめん、何にもない」と言うとアレンがはいと挙手して「じゃあこうしましょう、僕達が質問するのに答えてくれるだけでいいです、ひっく」「質問?」「おーそれいいさアレンナイスアイディア!」「おいお前ら、何を勝手なこと言ってやがる斬るぞ、ひっく」ばんとテーブルを叩いたユウに構わずアレンが訊いてくる。「ズバリ、の好きなタイプはどういう人ですか?」と。 私の好きなタイプ。好きな。 「えっとー…せ、背が高くて」 「うんうん」 「髪は、長い方が好きかも」 「ほうほう」 「あとは、優しいと、嬉しいかも」 「…それはまさかとは思うがあのくそ元帥のことじゃないだろうな」 じろりとこっちを睨んだユウ。ぎくっとする。アレンが残念そうな顔で「えええ師匠ですかぁ?」と声を上げるからテーブルを叩いて「元帥はいい人だよ」と訴えるとひらひら手を振ったラビが「や、特定人物じゃなくてさ。恋人にするならこういうタイプとかあるじゃん? それと元帥は違うっしょ? ひっく」「…うーん」視線を明後日の方向に投げて私はまた考える。好きなタイプとか、急に言われたって全然思い浮かばない。 はいと挙手したラビが「じゃあオレなんかどう?」と言うからきょとんとした。「ラビ?」「そうオレ! オレこの中じゃ一番背が高いし! 髪はまぁ長くないけどさ、それなりに優しいっしょ」にこにこ笑みを浮かべてそんなことを言うから困ったなと曖昧に笑う。そういうこと言われてもなんか困っちゃう。 そこで六幻を抜刀して刃先をラビに突きつけたユウが「冗談もほどほどにしろよこの馬鹿ウサギ。お前と俺の身長はそう変わらねぇ。それにこの中で一番髪が長いのはこの俺だ」「そういうことならこの中で一番優しいのは僕だと思います、ひっく。もよく紳士的だって言ってくれますしひっく」「ちょ、なんだそれ! オレだけ不利かよっ」「…三人とも」ふうと吐息する私。なんだかなぁもう。 しゃくっとマカロンを一口で食べて、ふんわりじんわり口の中に広がる味にふにゃりと頬が緩む。甘い。おいしい。ひっく漏れるしゃっくりだけが気がかりな一点。カロリーオーバー分は、これからしっかり運動して消費します。 「そうそう。あのかわいいリナリーさんについて、何かありますか?」 「「「「リナリー?」」」」 「はい。かわいくて、素敵なリナリーさんです」 うんうんと頷く店主さん。ユウがふんと吐息して私が手にしたフロランタンにかじりついた。「あっ、こらユウ! それ私のっ」「ケチケチすんなよ。つーかこれもくそ甘い」「当たり前ですー、蜂蜜とアーモンドスライスだもん。甘いに決まってるよ」「ちっ」舌打ちした彼が蕎麦湯をごくごく飲んだ。口直しと言わんばかりの勢いにむむむと眉根を寄せて新しいフロランタンを手に取る私。 今度こそ甘いそれをもぐもぐ堪能していると、ユウがぼそっと言った。「リナリーは泣き虫で面倒だ」と。それにうんうんと頷くラビとアレン。私はぶんぶん首を振って「そんなことないと思う」と言ったけど、店主さんはショックを受けた顔をしている。リナリーのこと気にしてるんだろうか? 「だがアイツは芯は強い」 そう続けたユウにうんうんと頷くアレンとラビ。私もそこはうんうんと頷いた。同感です。ラビが「一途で健気でストライクゾーンさ」と言うとうんうんと頷くアレン。ユウは聞いているだけ。私はうんうんと頷く。一途で健気だよリナリーは。ただ、こうって決めたらまっすぐすぎるところはあるけど。 「ただ、こうと決めたら頑固なところがなぁ」 「いい子なんだけどね。ちょっとまっすぐすぎるときもあるよね」 「まぁそれはだって同じだと思うさぁ」 「リナリーは、とても仲間思いです。ひっく。でも、もっと自分のことを大切に考えてほしい」 「小さい頃から、何かあると私かユウのところに来たよね。ひっく」 「怒るとすごく怖いんです、ひっく」 「髪は長い方が似合ってたさー」 「コムイの妹なのが最大の欠点だな。ひっく」 「泣かれると弱いですね。ひっく」 「黒い靴で踏まれたぁい! ひっく」 その辺りからもうみんな言ってることがばらばらになってきた。「もすごくいい子ですよ、ひっく」「ありがとうアレン。しゃっくり大丈夫?」「あはは、変ですねひっく、ひっく」「オレはさオレはさ、リナリーも確かにストライクゾーンだけど、もすごくストライクゾーンさ!」「え? 私? ひっく」「ちょっとさっぱりしてるとこもそうだけど、付き合いやすいんだよな。ひっく。また一緒にいよーって思うもん」「そ、そうかなぁ」「そうそう! 鍛錬とか筋トレとかさ、自分にトレーニング課してこなしてるのもすげーと思うよオレ。ひっく」「ありがとう」困ったなと笑う。ラビがへらへら笑って「普段から思ってること言っただけさー」そこでまた六幻を抜刀したユウがしゃきんと切っ先をラビに向けて「てめぇ馬鹿ウサギうるせぇよ。黙れ、ひっく」「ユウちゃんもなんか言うさ! 今なら言えるぐらいのことあるだろほら!」「?」首を傾げる私にユウが舌打ちした。ぱちっと目が合ったけどすぐ逸らされる。どかと席に座り直した彼が「別に俺は特にない」と言うから紅茶をすすって流した私だったのに、ラビがばんばんテーブルを叩いて「うっそつきー! ユウの嘘つきー、オレ知ってんだぞひっく」「ハァ? てめぇが俺の何を知ってるってんだよひっく」「ブックマンを甘くみるなよこんにゃろ。知ってるさ、ユウちゃんがを好きだってことぐらいなぁ!」びしっとユウに指を突きつけてそう言い放ったラビ。思わずごほと咳き込んでカップから口を離す私である。 (ら、ラビの馬鹿者! 別にこんな場所でそういうこと言わなくてもいいのにっ) ばんとテーブルを叩いたアレンが「僕だってのこと大好きです。パッツン神田には絶対負けませんよぉひっく」「オレは知ってんだぞ、ユウちゃんてばの唇触ったことあるんさ! 許可なしでっ」今度こそげほと咳き込んでむせ返る私。こ、紅茶が気管に入ったじゃないかラビの馬鹿! ごほ、と咳き込んだ私の背中をさすった手はユウのものだった。しれっとした顔で「それの何が悪いんだよ」と開き直る彼。「さらにさらにぶっちゃけて言うとぉ、き」そこでじゃきんと六幻の刃が翻ってラビの髪を少し切った。ぱらぱらテーブルに散らばる髪を見てずざざと後退ったラビが「お、オレまだ全部言ってないし!」「それ以上言ってみろ、全身斬り刻んで城門前にばら撒いてやる」「…ユウ」ふうと息を吐く私。六幻の刃に触れて「しまって。危ない」「馬鹿ウサギが悪い」「分かったからしまってユウ。はい」がしと手を掴んで無言の闘争をすること数秒、諦めたユウがちんと六幻を鞘に収めた。 そろそろ席に戻ってきたラビがすとんと座り込んでわざとらしい咳払いをして一回場を区切った。 「で、なんだっけ? オレら何の話してたっけ、ひっく」 「えっとー、がかわいいという話でしたひっく」 「違うよアレン。えっとー、なんだっけ…私のことじゃなかったような気がするんだけど。ひっく」 「どうでもいいじゃねぇか。俺はお前がいればそれでいい」 ひっく、としゃっくりしたユウがそんなことを言うからぱくと食べたクッキーを必要以上の力で噛み砕いた私である。さらに腰に腕が回って引き寄せられた。どんと彼の肩に頭がぶつかる。「ゆ、ユウ」口をぱくぱくさせた私と違ってふんとそっぽを向いて余計強く身体を密着させた彼。ら、らしくない、人前でこんなことするなんてらしくなさすぎるよユウ。みんな顔が赤いけど耳まで真っ赤だよユウ。 がったんと席を立ったアレンが左腕をイノセンスに変化させた。長い爪でびしとユウを指差してふらふらしながら「勝負です神田、どっちがに相応しいのかはっきりさせましょう!」「はっ、勝負するまでもなく結果が見えてるなモヤシ」「ちょーっと待つさ、それオレも参戦する。二人だけにやらせておけねぇひっく」「ちょ、待ってよ三人とも」予想してなかった展開にぶんぶん手を振って訴えるも無視された。槌を抜いたラビが「発動」と据わった目でイノセンスを開放する。六幻を抜いたユウが「六幻。災厄招来」と同じくイノセンスを開放。 そこで私ではなく店主さんがぶっちんした。「ああー訳が分からないよ!」と髪を掻き乱して頭につけていた三角巾を放り投げて、 「結局ボクの大事なリナリーが好きなのか嫌いなのか、どっちなんだ!」 ひっくとしゃっくりしたアレンがぱちぱち瞬いた。ぽんと手を打ったラビが「おおそうだ、リナリーの話してたんじゃん。ほら泣き虫だとかそういうヤツ」「ああー、そうでした。ひっく」しゃっくりしたアレンが「その二択なら」「答えは決まってるさ」にかっと笑ったラビがアレンのあとを継ぐ。「「「好き」」」と答えた三人の言葉が重なってユウだけふんとそっぽを向いたけど、否定の言葉はなかった。 しゃく、とサブレを食べながら気付く。今更ながらに、店主さんがコムイさんであったことに。ぼんやりした顔のアレンが「あれ、今気付いたけど」ひっくとしゃっくりした彼のあとをラビが継いで「店主の正体、コムイだったんさ?」と目を白黒させた。ユウがじろりと店主イコールコムイさんを睨んで「お前、料理に何か仕込んだな」と棘のある声を出した。 「リナリーに。好意を持つ者は死刑決定…! カモン、コムリンXXlllっ!」 厨房からどんがらがっしゃーんと轟音を立てて現れたのは、巨大ロボットだった。がたんと席を立ったらふらついたところをユウの腕に支えられた。ミスティーが寝てる。とりあえず抱っこしておかないと、このあとの展開はもしかしなくてもお約束すぎる。 「なんですっ?」 「この形、前に見たことあるさっ」 「その通り! 巨大ロボコムリンXXlllだ! そのパワーはエクソシストを遥かに凌ぐ!」 ぐっすり寝ているミスティーを抱き上げてしっかり抱き締める。「行けぇっ、コムリンXXlll! リナリーを好きだと言ったこいつらを抹殺するのだ!」「ちっ、コムイの奴また馬鹿げたことを」ごごごと巨大なロボが腕を持ち上げる。振り被られた腕にユウが私を抱いて跳んだ。「危ねっ」とラビもその攻撃を回避するも、しゃっくりでよろけたアレンが直撃を食らって吹っ飛んだ。壁に叩きつけられた彼はどうにか受身を取ったようだけど、がらがら崩れた瓦礫の中に半分埋まって身動きが取れない状態。 「アレン!」 「い、いたひっく」 「アレン、しゃっくりのせいで動きが悪いさっ」 「当然だよ。本音を言いたくなる調味料をあれだけ食べたんだからね」 なぜか偉そうに胸を張るコムイさんに「コムイさんいい加減にしてくださいっ」と怒ったけどあまり効果はなかった。やっぱりあとでリナリーにきつく叱ってもらわないと駄目か。 ぐにゃぐにゃ腕を動かしてこっちを叩き潰そうとしてくる巨大ロボの攻撃をことごとく回避したユウとラビ。大部分が大破した床にざざとブーツの底でブレーキを利かせたユウが舌打ちした。お荷物だろうし、別に立てるしと思ってその腕から抜け出そうとしたけど、きつく抱き寄せられて無理だった。「ちょ、っとユウ」「お前フラフラだろう、動くな。あれは俺が壊す」「でもアレンが、」瓦礫の中に埋まっているアレンに視線を移す。「さぁコムリンXXlllっ、トドメだ!」コムイさんの声で巨大ロボがまた腕を振り上げる。標的はしゃっくりのせいで動きが悪いアレンだ。「逃げろアレンっ」とラビが声を上げたけどアレンはひっくとしゃっくりを繰り返して巨大ロボを見上げているだけ。 「何するんですかひっく、転ばせるなんて危ないですよ、ひっく」 「…目が据わってやがる」 「もしかして、オレの声全然聞こえてないさ?」 「アレン危ない、避けて、アレン!」 手をメガホンにして叫んでみるも、アレンは巨大ロボを見上げて「お前の仕業ですね? 許しませんよ」と低い声をこぼした。かっと光が溢れてアレンが白い鎧の神ノ道化を纏う。巨大ロボの腕がどおんと振り下ろされて思わず目を瞑ってしまってからはっとする。アレン、アレンは。 アレンはいた。白いマントに守られていて無事だった。 「エッジエンド!」 アレンの左手が輝いて巨大ロボを貫通、破壊した。ラビがあちゃあと顔を押さえて「アレン場所考えろっ」舌打ちしたユウが「だからモヤシは嫌いだ」とぼやいて片腕で六幻を構えて降ってきた天井を斬り刻んで細かくした。ラビが槌のハンマー部分を大きくして私達の前で爆風の盾になってくれた。それでも狭い食堂は崩れ落ちてしまったので瓦礫や砂埃でみんな汚れてしまったんだけど。 瓦礫の中から顔を出す。「げほ、ごほっ」と咳き込んでからはっとして自分の腕を見た。ミスティーは今の騒動でも起きずにすぴよすぴよ平和に眠っていた。よかった、手離してたらどうしようかと思った。 「本音を言いたくなる調味料だと? くだらないことを考えやがって。コムイ、いつかぶった斬る」 「思ったんだけど、クロス元帥がアレンにお酒の入ったお菓子を禁止した理由って、もしかして、この酒癖の悪さのせいだったりして…」 「……あとでリナリーにきつく叱ってもらおう」 深く息を吐き出す。私に視線を落としたユウが「立てるか」と言うから一つ頷いた。本部の一角が瓦礫の山となってしまったもと食堂跡を見つめつつぶんぶん頭を振ってみる。 本音を言いたくなる調味料って、つまり、お酒を飲んだときと同じような高揚した気分になるってことだろう。だからミスティー寝ちゃったんだ、多分。 若干ふらつく足で瓦礫を踏み締めて「アレン、アレーン」と声を上げるとぼこりとアレンの右手だけ出てきた。わしと掴んで引っぱり上げる。「ぶは」と顔を出したアレンがはっとした顔で「あれ? 僕どうして発動してるんだ?」「アレン怪我は? 痛いところはない?」「はい、大丈夫です」立ち上がったアレンが周囲を見回して「店がなんでこんなことに」と漏らすから困ったなと笑う。半分コムイさんのせいで半分はアレンのせい、かなぁ。 「う、ううう」 「あ、コムイさんっ! いつ来たんですか、どうしてこんなことに!」 何も憶えてないらしいアレンが瓦礫の山から這い出てきたコムイさんに駆け寄ってそう言ったのが聞こえた。じゃりと瓦礫を踏んだユウが私の隣に来て「あいつもいつかぶった斬る」とぼやくから私は苦笑いする。二人ともいつも喧嘩ばっかりなんだからなもう。 「コムイさん、しっかりしてくださいコムイさん!」 「…はぁ」 「ちっ」 「…帰ろうか?」 何も憶えてないアレンと、溜息を吐いたラビと、舌打ちしたユウと、苦笑いした私。腕の中ではミスティーが平和そのものの顔で眠っている。 こうして、この事件は終幕を見せたのである。 もちろんコムイさんはリナリーにたっぷりお説教の刑。これで少しは懲りてくれるといいんだけどな。 |