「ほれ」 ぽいと剣の収まった鞘を放られて、私は慌ててそれをキャッチした。反動で私の腕の中にいたミスティーがぱたぱたと飛び上がる。放られた鞘を見つめて私を顔を上げた。クロス元帥は言わんでも分かるだろうって顔をして煙草の煙を吐き出したところ。 「ドラグヴァンデル、ですか?」 「ああ」 どっかと私に与えられた部屋のソファに腰かけた元帥が顔を顰めて「座り心地が悪い」とぼやく。だから私は苦笑いした。 ベッドが固くないかと言われればどうなんだろうと首を傾げてしまうけど、ここに来るまでで列車で座ったまま寝るのなんて結構多かったし。自分に部屋が与えられたんだという事実のことの方が嬉しくて、座り心地がとか寝心地がとかそこまで考えていなかった。 だから渡された剣を鞘から抜く。錆びれていた剣は私が一度イノセンスとしての力を使ったことで研ぎ澄まされた刃になり、そしてこの鞘に収まっている剣も同じように研ぎ澄まされた刃だ。鞘は簡素だけど質素ではない。十字架、エクソシストとしての印みたいな彫刻も嫌いじゃない。 「これでアクマを斬るんですか?」 「そうなるな」 「…あの、戦い方とか」 「オレは剣の専門じゃない。見れば分かるだろうが銃だ」 腰のホルスターを叩いてみせた元帥に私は首を傾ける。でもそうすると、私は誰に戦い方を教わればいいのだろう。 「ガキに会ってたろう。神田とかいう」 「あ、はい」 「刀と剣ならそう変わらん。あいつのところへ行け」 それですっぱりと元帥はそう言ってみせた。だからぱちぱちと瞬きしてそのユウを思い出す。だけどどう考えても人に教えるってことを積極的にするタイプには見えない。むしろ団体行動とか嫌いそうだ。 それに、ユウだってティエドール元帥が師匠で、まだ修行中なんじゃなかろうか。 「あの、ユウはいいって言ったんですか?」 「知らん」 「……元帥ー」 私の膝に乗っかったミスティーが『私はこのままでいいのですか』と喋るから視線を落とす。 金の瞳で元帥を見るミスティーは必要なときは喋ることもできる。ただそれはイノセンスによる能力だから、そんなに多用していいものでもない。だから本当に必要なときとかにしかこの子は喋らない。 「寄生型は自分なりに能力の使い方を習得するしかないからな。それにお前ならオレが指導せんでも分かるだろ」 すぱーと煙を吐き出す元帥に瞬きする。ミスティーは顔を逸らして『現役ではありませんので』と言った。豪快に笑った元帥が「封印されてたぐらいなんだ、お前の力はヘブラスカも絶賛だったろう」と、そう言われて私はヘブラスカを思い出した。大きな幽霊みたいな人…っぽい人。 そこで私とミスティーはイノセンスの検査をされた。元帥の言った通り私は装備型、そしてミスティーは寄生型。 よく分からないけど大元帥の人達は喜んでいたようだ。また一つ神を手に入れたと。まるで道具を手に入れたような言い方だった。それがちょっと気に入らなかったけれど、元帥よりも上の階級の人に粗相をするわけにもいかない。だからあのときは言われるまま黙っていたけれど。 あの場所で。暗くて冷たいあの場所で、元帥が私から取り上げたドラグヴァンデルはそのヘブラスカという人に調べられた。それからミスティーも。すごく嫌そうな顔をしていたけどミスティーは黙っていた。 私のイノセンスとミスティーのイノセンスは強い絆で繋がっているのだそうだ。だから二人一緒にいることで発動率が高まるんだとか何とか。 イノセンスを武器にしたものを対アクマ武器と呼称するらしい。私のドラグヴァンデルもそれ。 特別意味を持ってあの剣を手にしたわけではなかった。ただミスティーを守るために錆びれて使い物になりそうにないその剣の柄を握った。 そして私を守るためにミスティーは巨大化しその爪牙で振るった。それだけだ。 (…よく分かんないなぁ) だからベッドの上でミスティーの頭を撫でる。 キューブとか色々説明を受けたのだけど、まだ頭がぱんぱんで。だいたいこれからここが私の家っていうのもなんだかまだ実感がないし。 だから首を傾けて「元帥はどうするんですか?」と問う。がしがしと赤い髪をかき上げたその人が「任務が入るまではオレもここにいるがな。教えてやれることはそんなにないぞ」と言われた。だから自然と眉根が寄る。ユウは私に剣、というか刀というかを教えてくれるだろうか。今日会った感じではすごく微妙だ。 案内はしてくれたけど。渋々仕方なくしょうがなく、そんな感じだったし。 ぽちょと頭の上に何かが乗っかる感触に顔を上げる。金色のティムを伸ばした掌で撫でつける。 「元帥は強いんですよね」 「あ? 当たり前だろ」 「…私、強くなれますかね」 あんまり自信がなかった。だからぼそぼそとそう言えば、元帥が煙草の煙を吐き出す。「要は気持ちの持ちようだ」と言われたけれど、問題はそれだ。私は別に世界を救うんだなんて大きな目標掲げていけるわけじゃない。そう説明はされたけど、神の使徒だと言われたけど。実感はない。私はただミスティーと一緒にいたくて剣を取っただけだ。ミスティーを守るために剣を取った。それだけ。 むぅと眉根を寄せた私の頭をぺちとティムの短い手が叩く。だから視線を上げてどうにか笑いかけた。ティムに目はないけど映像記録というものができるらしい。だから目はなくても景色は見えている、んだろう。きっと。 小さなその手に指を返して笑う。 私は。何のために戦えばいいだろうか。 考え込む私をミスティーが金の瞳で見上げてきた。だからその頭をよしよしと撫でる。つるつるした鱗。それから今はやっぱり小さいその身体。 煙草の煙のにおいがする。だいぶ馴染んだその香りが。 私は。何のために戦えばいいだろうか。 次の日。さっそく元帥に仕事が入った。近場だった。だから私は見習いでたったか元帥についていった。 内容はいつものようにアクマの一掃だった。どこを憶えたらいいとかそういうレベルの話じゃなかった。ただこの人はものすごく強いんだということが分かるくらいで。 ただ、アクマを破壊し続けながら元帥は私に色んなことを説明してくれた。 「いいか? あの丸いのはレベル1だ。一番下の下級の奴だ。攻撃は主に砲弾。それはお前も知ってるな?」 「はい」 「アクマのボディは硬質でな、一般の人間の武器じゃ話にならん。だがエクソシストならまず問題なく破壊できる」 「はい」 どどどどと絶え間ない砲弾の音と元帥の撃つ弾丸の音。休みない音の嵐の中私は元帥の背中側からその様子を見ていた。勉強勉強と思いながら音の嵐の中元帥の声を拾い上げようと一生懸命になる。 「あの砲弾だが、当たると危険だ。回避するか破壊するか防ぐかしろ」 「ええと…ウイルス、でしたっけ?」 「めんどくさいことにな。で、あいつらの額に見える星型。あれがそうだ。侵食されるとそれが表面に浮き出る。寄生型の奴なら問題ないが装備型の場合話は別だ。回避か破壊か防御。どれかに徹しろ」 「はい。ええと名前は、ペンタクル、でしたっけ。アクマの目印なんですよね?」 「あー、確かそんな名前だったなぁ」 どどどどどと耳を突くうるさい音。それに耳を塞ぎたくなりながら反射でがしゃと剣に手をかけ抜き放った。目の前には子供がいる。異様なこの状況でなぜか笑みを浮かべている子。その額には、星型。 (ドラグヴァンデル発動!) ヴンと蒼の光を纏った刃を手にがしゃんと構える。目の前の子供だった子が人の皮を破ったアクマへと変貌する。だんと強く地面を蹴って跳んだ。両手で柄を握りこっちを照準する大砲ごとその身体を一閃する。 どぉんと破壊音がした。だんと着地してほぅと息を吐き出して顔を上げたようとしたところに別の誰かの足。だから顔を跳ね上げるも、その姿はすでに人でなく。その頭からがしゃんと銃口が突きつけられていて、剣を薙ぐには間に合わないと思った刹那。どんとそのアクマを銀の爪が貫いた。振り返れば私の肩に乗ったミスティーがその爪だけを巨大化させてアクマを破壊したところだった。 「で、弾丸には当たるなよ。ウイルスに侵食されると身体が砕け散るからな」 「、はい」 ぜぃと息を吐き出しながらがしゃと剣を構えた。ミスティーが普段のサイズに戻って『元帥』と棘のある声を出す。はっはっはと豪快に笑った元帥が「なーに、お前らならレベル1くらい問題ないだろうと見過ごしたんだ」なんて言われて私はがくと肩を落とす。やっぱり元帥の見落としとかではなかったのか。それはそうか、何せこの人は強いから。 「さて。問題は次からだ」 「次…レベル2、ですか?」 「ああ。ちょうどいいことに目の前にいるんだなこれが」 えっと顔を上げて振り返る。元帥と背中合わせにして死角をなくしていたのだけど、私の前には何もいない。なら元帥の前にそのレベル2がいるということだ。 だから私は元帥の背中からひょこと向こう側を見た。ばらばらと弾を撃ち終わったあとに残る薬莢がかんかんと音を立てて石畳に落ちる。 「、」 向こう側を見て、息を呑んだ。丸いばかりと思っていたアクマはレベル1。それより上もいると話には聞かされていたけど実際見たのはそれが初めて。 そこにいたのはなんだか冗談みたいな姿をしたアクマだ。あんな姿になると最早兵器というよりも怪物に近い。手足が蜘蛛みたいにたくさんあるし目もたくさんあるしさっきから忙しなく動いてる。き、気持ち悪い。 「で、1から進化したのが2だ。見たら分かるように形が違ってくる。それぞれ固有の能力まで兼ね備えてる。レベル1と比べれば格段に強さが跳ね上がってるからまだ一人では挑むなよ」 がしゃんと銃を構えた元帥。レベル2のアクマの手だか足だかがいっせいに襲いかかってくる。だけどそれも元帥の隣にいるマリアが歌ったことで動きが止まった。カルテ・ガルテと言うらしいその技は相手の動きを封じるものなのだという。だからこそ元帥は何の攻撃も受けずに再び銃を構えることができるのだ。 「オレの場合は聖母ノ棺があるから別だがな。まぁそんなこと言ったら一人と一匹で組むお前らも別って話か」 どんと弾丸が放たれる。銃声は一発しかしなかったけれど放たれた弾丸は六つ。動きを封じられたアクマにそれは全て吸い込まれるように当たる。事実、元帥の弾丸は放たれたら相手に当たるまで突っ込むという優れものらしい。 レベル2。その強さは1と桁が違う。そうは言われても、あっさり倒してしまう元帥に言われてもあまり説得力がない。 さらに上にレベル3というのもいるという話も聞きはした。エクソシストであろうと絶対に一人で挑むなと。あの元帥がそう言うくらいだから、それくらいに3というのは強いらしい。ただ稀にしかいないと聞いた。だから私がエクソシストとして立つときはレベル2との遭遇を危惧していればいいと、とりあえず今はそう思っておけばいいかなと思う。 手にしている剣が。重い。 あっさりと銃を扱いアクマを倒してしまうクロス・マリアンという人。この人はすごい人だ。元帥と呼ばれるほどに。 イノセンスというのは武器だ。使い方に慣れるまではやっぱり不慣れなものを扱うようにしかできない。体力が無意味に削られているのが自分でもよく分かる。 元帥のは遠方からでも攻撃できる武器だ。だけど私のは剣。自分で動かないことには相手を斬ることはできない。遠距離攻撃の方法なんかを取得したらまた話は別なのかもしれないけど、今の私はまだイノセンスを手にしたばかり。だから気をつけないと。それからもうちょっと体力とか筋力とか色々。 (体力、つけなくちゃ) とりあえずそれはこれからの必須事項として筋トレは頭に叩き込んで。崩れていくアクマに私は息を吐き出す。これで全部、だ。 結局また目立ってしまってる。砲弾の音が止んだからだろう、さっきから人がこっちを覗いてる。 「あの、元帥」 「壊れた建物代なら教団から出るから心配するな」 「え、あの、じゃあ人目はどうすれば…」 とりあえずミスティーはコートのフードの中に引っ込んだ。元帥のマリアも棺の中でいつもみたいに地面に吸い込まれるように消えていった。だけど人目は、消えない。 「気にするな」 それですっぱりそう言った元帥が煙草に火をつける。だから私はそんなむちゃくちゃなと眉尻を下げた。 だけど思えばこの人はむちゃくちゃなやり方をしている。今までの旅路を振り返ってふとそう思って、だからこの人が破天荒なのはもう昔からなんだと思って諦めた。 かつんと歩き出す元帥に慌ててついていく。ひそひそと人々が話をしているのが聞こえる。 「基本、外の奴らは敵と思った方がいいぞ」 「え、」 「人間の皮を被ってるのがアクマだ。どれがそれかなんてお前は分からんだろう」 「…はい」 「自分に近付いてくる奴はほぼ敵だと思え。そのためのコートだ」 そう言われて、私は支給されたコートを見やった。少し大きいコートにはミスティーが隠れられるようにフードをつけてもらった。元帥のコートにももちろん左肩にローズクロスが。そして私のものにも。 これを着るということはアクマに狙われるということだ。相手が人から変貌してから反応していたんじゃ遅い。その前に剣を振らなくては。だけどそれはとても、 (……辛い道だなぁ) 「元帥」 「なんだ」 「元帥は、何のために戦うんですか?」 だから私は訊ねた。元帥は煙草の煙を吐き出しながらどうでもよさそうに「さぁてな」と手を振った。だから私は眉尻を下げる。戦う理由のためにこの人は戦っているんじゃない。それは何となく見ていたら分かったことだけど。 ユウは、戦う理由を訊いたらなんて言うだろうか。 (…私は) かしゃと剣の柄に手をかける。フードが少し重たいのはミスティーがいるから。 私はこの子を守りたいと思った。だから剣を手にした。この子も私を守りたいと思った。だから巨大化して私を守った。 (私は) |