死んだ者のことを忘れてしまうのは、喪った悲しみに囚われないように、というクリスタルの配慮なんだそうだ。
 生を死が覆った場合、望む望まざるとに関わらず、その者が生きてきた過去の軌跡、想い出も、全て、生者の記憶から忘却される。
 たとえば今目の前で友が死んだとしても、瞬きの間にわたしは友のことを忘れてしまうだろう。どんな人だったのか、どんなことをしてきたのか、どんな時間を過ごしてきたのか、わたしにとって友がどんな存在だったのかも全て。
 その存在が消えてなくなるのとはまた違う。
 友の名はわたしの中に残るが、それは、記憶というよりただの記録だ。
 近しい者が死んだとしても、わたしの中に残るのは、そういう人間がいて、死んだ、という事実のみ。
 わたしが生きるここオリエンスは、生者が先を繋ぐべき場所であり、死者はゼロへと還る世界なのだ。
「……………」
 手を伸ばして、落ちているノーウィングタグを拾い上げる。『鴎暦824年 風の月25日生まれ ヒビキ』と書かれた手製の鉄プレートだ。朱雀の民は生まれたときにこれを刻み、自分が死んで記憶から忘却された場合にもせめて名前だけはわかるようにと、タグを持つことを義務付けられている。
 視線をずらして、タグを持っていたヒビキという名前だったらしい人を改めて見つめる。が、感情らしいものは何も湧いてこない。
 わたしと同じ年頃の人間、男が一人、そこで死んでいる。致命傷はそこに転がっている皇国軍兵士の銃撃だろう。胸から数多の出血がある。これなら、出血性ショック死ではなく、即死だろうな。
 ヒビキを殺したのだろう兵の方もすでに事切れていた。胸を貫通している不自然な穴は魔法によるものだろう。どうやら彼は敵と相打った、ということのようだ。
 …だけど、どうしてヒビキはわたしに覆い被さっているのだろう。これではまるで彼がわたしを庇って死んだようじゃないか。
 何気なくプレートを裏返すと、『の親友』と彫られていた。
 というのはわたしの名前だ。
 …親友。そうか。彼はわたしの親友、だったのか。
「いたぞ! 殺せ!」
 響き渡る鋭いその一声に、ち、と舌打ちしてタグをポケットに突っ込む。ヒビキについて何も思い出せることがないから浸る感傷すらないが、彼が親友だったのだという事実と、恐らくわたしを庇って死んだのだということは、せめて忘れないでいよう。
 武装した皇国軍の兵士が木々の間から一人二人と現れる。わたしはヒビキの下から抜け出して、彼を置き去りにして走る。魔力を意識し足に纏わせ、速度を上げ、走る。
 足元で跳ねるのは弾丸か、それとも土か。
 朱雀の民らしく魔法を駆使して2対1の劣勢に抗う。木を盾にしながら逃げ回り、とにかく時間を稼ぐ。
 隙を突いて一人を倒せたとしよう。だが、その瞬間二人目は必ずわたしに攻撃を加えるだろう。それではエンドだ。わたしは移動系の魔法しか使えない。攻撃系の魔法があることは知っている。だけど、敵に向けてまともに使ったことがない。土壇場の今ぶっつけ本番に挑むのは失敗した場合のリスクが高すぎる。
 どん、と木の幹に背中を預ける。木を削るような弾丸の音が耳にうるさい。
 とにかく逃げ回り、時間を稼ぐ。そうすれば必ずわたしが勝つ。
 なぜなら、わたしには、わたしを守る存在がついているからだ。

 ヴォロロロロロ、と長い声が森に響いた瞬間、わたしの勝ちは決まった。

 わたしを追って銃を撃ち距離を詰めていた兵士が「なんだ?」「何の声だ?」と警戒して辺りを見回す、その背後にわたしの友達がいた。
 骨になった魚にも似た大きな頭に、虹色にも見えるいくつもの大きな鰭がついている。目は小さめで爬虫類の鋭さを持って黄色く光っている。頭の大きさに反して細長い蛇のような身体に、もともとは手鰭だったんだろう部分が細長くなって腕のようになっている。そして極めつけは、先が太くなっている、毒の棘が潜んでいる尾だ。彼はだいたいあの尾の一撃に毒を織り交ぜて攻撃する。武装していようが、人が食らったらかなりキツい。
 木々の間から静かに兵二人の背後に舞い降りた友達が、はっとして振り返って銃を構えた二人を尾の一振りで薙ぎ飛ばした。一人は吹っ飛んだ先で木に叩きつけられ、もう一人は地面を転がる。
「ドゥーク」
 魔物の友達は、種族名をマルドゥークという。だから、名前はドゥーク。
 彼はわたしが卵だったときから面倒を看ていた子で、最初に見たわたしのことを親か何かのように思っているようで、わたしの言うことだけを聞く。
 彼が戻ってきたということは、村を襲っていた兵の方は片付いたということだ。
 ふわりとわたしのそばに舞い降りたドゥークが、目で訊いてくる。どうするの? と。
 呻いて動けない皇国兵と、「ひっ、ひいい」と悲鳴を上げて逃げ出す皇国兵を交互に見やって。「食べちゃって」と言えば、彼の目がギョロリと動いて逃げ出した一人を捉えた。シャアと口を開けて逃げる兵士に飛びかかるドゥークから視線を外す。腰に携行しているダガーを抜いて、動けない兵士の方へと向かう。打ち所が悪かったんだろう。呻くだけでまともに動けない兵士を相手に、ダガーを構える。
 殺らなければ殺られてしまう。だから、わたしは人を殺すのだ。
 兜をつけていて顔が見えないことが今はありがたい。
 首筋にぐっとダガーを押し当て、深く考えずに薙ぐ。それだけでいい。
 ばっと飛び散る赤い色。そして、完全に沈黙し動かなくなる皇国兵。
 わたしは朱雀の人間。それは生まれたときから決まっていた。
 首都からは遠く、皇国との国境に近いメロエ地方。出自がはっきりしないにしても、魔法が使えるということは、朱雀クリスタルの恩恵を受けているということであり、朱雀の人間であるという証でもある。わたしが皇国兵を相手にしている理由としてはそれだけでも十分だろう。
 それに、わたしのいた村を壊滅させただけでなく、ヒビキという親友も殺されてしまったのだ。皇国兵は許しがたい。
 ぎゃあ、という悲鳴が耳を突き刺す。
 やけに悲鳴が短かったな、と顔を向けると、ドゥークが皇国兵を銜えて戻ってきた。首から上はない。すでに彼に食べられたあとで、ぼたぼたと血が溢れて土を汚している。なるほど。悲鳴を上げてる途中で食いちぎられたらしい。
 どさ、と頭のない死体を落としてゆらゆら尻尾を揺らしている彼に、仕方がないなぁ、と息を吐いて、面倒ながらも兵士の鎧を取り払う。
 だいたいのものは毒で溶かしてそのまま食べてしまうらしいのだけど、鉄なんて、食べても栄養にはならないだろうし。だからわたしがこうして兜や鎧、武器の類を取り払ってから、彼は死体を食べる。今回も満足そうに死体を食していく。彼は上手な食べ方をしないから、辺りに血やら肉片やらが飛び散るのをちょっと避ける。さすがに血生臭いかな。
 事務的な手つきでもう一人を武装解除し、最後に兜を放り投げて、立ち上がる。顔は見ない。その死に顔で、次の手が鈍ったりしたら嫌だから。
 のろりとした動作で歩き出したわたしに、一つの死体を尾でくるりと掴み、食べかけの死体をかじりながら、ドゥークがついてくる。
 ぼた、ぼた、と血の落ちる音を聞きながら、重いと感じる身体を引きずって歩いて行く。きっと魔法を乱発したせいだろう。ドゥークがいいタイミングで来てくれて助かった。あのまま持久戦に持ち込まれていたら、あちらの弾切れよりもわたしの魔力切れが先に訪れていた気がする。
 向かった先は、さっき置き去りにしてしまった、ヒビキのいるところ。
 彼について思い出せることは何もないけれど、わたしの中にはぼんやりとした虚無感が漂っている。恐らくそれが、わたしの中から彼が欠けたことが分かる唯一のものだ。
 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。わたしについてくるドゥークは相変わらず食事を続けている。
 ざく、と土を踏んで、倒れたままのヒビキの身体を抱き起こす。目を開けたままだったので、そっと瞼を下ろさせて、短く黙祷を捧げる。
 彼がどんな人だったのか、思い出せることはないけれど。この胸の空白は、間違いなく、彼が死んでしまったためだろう。
 その死を悲しむ心はないけれど、せめて悼もう。
「…………」
 彼の死を、悲しめないのに。この胸の空白までは、クリスタルは取り払ってくれないらしい。
 泣きたいわけでもないのに、なんだか、涙が出そうだ。
 低い声で唸ったドゥークが顔を寄せてくる。血生臭い。大丈夫かと訊かれているんだろう。
 わたしは、彼の頭を撫でて、「だいじょーぶ」と言うことしかができない。
 村が死んだ。親友が死んだ。
 それでも、悲しいと思う心は、ここにはなかった。
「お目覚めかしら」
「、」
 ばちっと目を覚ます。ばっと起き上がって腰にやった手が空を切る。携行しているはずのダガーの感触がない。それはほぼ反射に近い行動で、わたしは声の主が誰かということを理解してから、はぁ、と肩の力を抜いた。
 触れる空気は心地いい。戦場に満ちる煙や火薬、血のにおい、死臭はしない。ああ、そうだな。香りとしては、若干香水が臭う程度。
 ここがどこだったか。それを思い出して、ふうと一息。
 いつの間にか眠りこけていたわたしに声をかけたのはドクター・アレシアだった。わたしは彼女の定期健診を受けていたのだ。それがいつの間にか寝ていたらしい。随分昔の夢を見ていたせいか、身体が過剰反応したようだ。
 改めて彼女を見やり、「結果は?」「特に異常なしよ」「そーですかぁ」あっさりした声に、渡された制服の上着を羽織る。
 朱雀魔道院、将来有望なアギト候補生としての証である制服。所属クラスを示すマントの色は、朱。
 幻の0組。そう呼ばれる組に所属してから、これで三月たつ。
 カルテの方に気だるそうな手つきでペンを走らせながら、ドクター・アレシアが言う。「勉強の方は順調かしら?」「う」ぎくっとしたわたしに彼女が薄く笑う。口元は笑っているのに目が笑ってない辺りが怖い。底知れない人だ、この人は。
 目下、わたしがここですべきことは、勉強。そう、勉強、授業、試験。…聞いただけで筆記勉強ばかりしている利き手が拒絶反応を起こして震えそうな言葉達だ。
 魔道院に来てから最初の一ヶが集団生活・寮生活・魔道院での生活に慣れることとするならば、二ヶ月からは、魔道院の授業についていけるようになるべくひたすら勉強ばかりしている。それでもドクターにこうして訊ねられるということは、先回の試験の出来が、彼女のもとまで報告で届いている、ということだろう。100点満点中、32点しか取れなかった、あのテストの出来が。エースに一時間も説教されたあのテストの出来が。
 そう。わたしは勉強が得意ではない。なぜなら、今まで特に必要性を感じなかったから、やってこなかったのだ。本を開いてその中身を頭に入れる、なんて平和的な空間にいなかったせいも大きいだろうけど、それにしたって、わたしは勉強が苦手だ。…もしかしたら頭の出来がよろしくないのかもしれない。
「エースに特別講師を頼んだのだから、成果は出してちょうだいね」
「…はぁい」
 ぐったり、と頷いたわたしは、ドクターの部屋を出た。赤い色の絨毯を踏みつけて歩き、ふと、男子の制服を纏っている自分というものを意識する。
 わたしがドクターに呼ばれて定期健診というものを受けているのは、この特異な身体のせいだ。
 わたしは男でも女でもない。
 強いて言えば、生殖器のついてない男とでも言おうか。
 今までこの説明しがたい身体のこともあって、人との付き合いというのは最低限しかしてこなかった。そのせいもあって、わたしはどうも人と上手に話せない。
 …エースは勉強しろってうるさいし。集団生活・寮生活を会得しただけでも褒めてほしいところなのに。
 はぁー、と溜息を吐きつつ歩き、赤い絨毯の上を行く。
 まっすぐ部屋に帰ればどうなるかなんて分かりきっていたから、魔方陣に乗って向かう先は寮じゃなく、チョコボ牧場。と言っても目的はチョコボじゃないんだけど。
 魔方陣で学院内から移動し、土の感触の伝わる地面に降り立つ。
 さっそくわたしが来たことを嗅ぎつけてピッピと鳴いて寄ってきた雛チョコボが2匹。しっしと手で追い払う。来んな。あっちで大人しく走り回ってなさい。
 それでもピッピピッピとついてきては飛び跳ねる雛チョコボ2匹をがしっと両手で掴み、ぽーんと遠くへ放る。…ピピーと嬉しそうに飛んでいく辺りが。わたしは遊んでやってるわけじゃないぞ。
 視線で辺りを窺ってから、誰も注視していないことを見計らって柵を越え、森の方へ向かう。移動に最近エースから習ったばかりのテレポーテーションというやつを応用しながらぱっぱと進み、たん、と土の地面に踵をつけて顔を上げる。わたしの接近に気付いていたドゥークが宙でとぐろを巻いていたところからゆるりと顔を上げていた。
「ドゥーク」
 ヴォゥ、と短く鳴いてわたしの顔に顔を寄せてきたドゥークは、残念だけど寮には入れない。学院の敷地内も、緊急時以外は出入りが許されていない。つまり、彼は学院に一番近くて身を潜めることのできるこの森にいるしかなかった。
 ここへ来て一番残念なことはこれ、かな。今までドゥークとあまり離れて暮らしてこなかったわたしには、彼のいない空間に慣れるというのが難しくて。
 彼は常にわたしを守っていたし、わたしも彼に命を預けていた。そのバランスが崩れるのは、わたしにも彼にも、あまり好ましくはない。
 …でも。楽に息のできる環境を与えてくれたドクターには感謝もしている。この身体のことも、心配してくれているようだし。
「お腹は減った?」
 ゆらり、とドゥークの尾の先が揺れる。
 前回捕食したのが三日前。いくら寝て過ごすことのできる魔物だからって、お腹は減る。今日は彼の食事のためにこっそり外へ行こうか。そう思ったとき、左耳にはめこんでいるCOMMに通信が入った。『よう、任務だぜ』「…はぁ」この声、9組のナギか。
 ご飯、と顔で顔をせっついてくるドゥークの頭に手をやって押し返す。「今からドゥークのご飯を調達しようと思ってたんだけどなぁ」『ああ、そいつはちょうどいい。後始末があってな』軽い調子のナギに一つ息を吐き、ドゥークの頭を撫でた。どうせ拒否権はない。それに、彼の腹が満たされる仕事だというなら、断っても二度手間だし。
「分かぁったよ。どこ集合?」
『お前、どーせ牧場から行ったとこの森だろ? 正面ゲートの外で落ち合おう。あ、ついでに軍用チョコボ1匹借りて来いよな』
「人使いが荒い……」
『まーまー。帰ってきたらリフレッシュルームで何でも奢ってやるよ』
 ふう、ともう一つ息を吐いて、ドゥークに「行こう」と声をかけて歩き出す。彼はわたしの周りをぐるりぐるりと回りながらついてくる。食事に行けると思ってるんだろう、上機嫌だ。
 ご飯の時間の前に仕事があるのだけど、そんなこと、彼には関係ないだろう。どうせすぐに終わるし。
 通信が途切れて、COMMに当てていた手を離す。
(さて、仕事だ)
 ペリシティリウム朱雀の首都であり、アギト候補生を育てる施設でもあるこの豪勢な魔道院に、わたしは一銭も払っていない。だからこそ、自分にできることの最大限をして、わたしはここにいるのだ。この仕事もそのうちの一つ。
 ドクター・アレシアがドゥークと共に彷徨っていたわたしを拾ってくれた。そしてここに置いてくれた。所謂、特別待遇だ。
 彼女はドゥークとわたしの絆に興味を持ち、そして、特異なこの身体についても理解を示してくれている。
 わたしが男でも女でもないこと。今までそれを打ち明けていたのは……きっと、死んだ親友だけにだろう。
「おぅい、仕事なんだ。軍用チョコボ一匹貸し出してー」
 チョコボ牧場に戻った途端に雛チョコボ2匹が飛びついてきた。ピッピピッピうるさいのでキャッチして放り投げてやると嬉しそうに飛んで転がっていく。その様子を見ていたオオバネが呆れたように口元を歪めていた。
「お前、なんでかチョコボに好かれるな。羨ましいぞ」
 答えようがないのでとりあえず笑っておく。それは多分、わたしが普通の人より魔物慣れしてしまってるせいのような気もするけど。
 軍用チョコボを1匹借りて、手綱を引きながら牧場を出る。
 森の中からドゥークがわたしに合わせて移動している。それが分かるのか、チョコボは怯え気味だった。弱肉強食関係から言えば当然だろう。
 仕方ない、とチョコボに跨る。「彼は君を襲ったりしないよ」通じるかは分からなかったけど一応そう言ってチョコボの腹を一つ蹴った。
 魔道院ペリシティリウム朱雀と朱雀領ルブルムを繋ぐ長い石橋を渡る頃、森に隠れて移動していたドゥークが空を飛んで追ってきた。チョコボがクエッと慌てた声を出すのを手綱で制す。「平気だってば。彼は君を食べないよ」まぁ、お腹は減ってるだろうけどね。
 橋を渡り終え、ルブルムの土地を踏んで、チョコボの上から辺りを見回す。と、外で落ち合おうと言っていたナギを発見した。相変わらず髪をバンドで上げている。地面に胡座をかいて報告書の方を斜め読みしていたけれど、わたしに気付くとさっさと書類をしまっていつもの軽い笑顔を浮かべた。
「おう、悪いな急で」
「いいけど。はい、チョコボ。降りるからすぐ乗って。でないとドゥークが怖くて逃げ出すかも」
「オーケー」
 よ、とチョコボを降りて、すぐにナギが跨る。やっぱりドゥークを怖がっているチョコボの頭をぽんぽん叩く。大丈夫だよ、という気持ちを込めて。
 前回までのチョコボはドゥークに慣れてくれていたけど、口惜しいかな、魔物に食べられてしまったらしいから。この子にもまたドゥークに慣れてもらうしかない。
 ヴォロロ、と鳴いて舞い降りたドゥークのそばに行く。腹が減ったぞ、と言いたそうな目だ。
「で、仕事内容は?」
「ああ。こっちの情報を皇国に流してる奴が判明したんで、始末しに行く」
「…ナギも大変だねぇ。そういう仕事ばかり」
 顔を押しつけてずりずりしてくるドゥークの細長い手を叩く。「抱っこだよ」と言えば彼は細い両腕をぐるぐる巻いてわたしを抱き上げた。チョコボが1匹しかいない理由はこれだ。わたしはドゥークに運んでもらうから必要ない。
 ナギは肩を竦めてみせるだけで、それについては何も言わなかった。
 9組はマグレ組なんかじゃない。そのことを知っている者は少ない。
「で、行き先は?」
「すぐそこだよ。マクタイだ」
「うーい」
 手を伸ばしてあっちと指差すと、少し浮かび上がったドゥークが素直に指差した方向へとすいすい泳ぐようにして移動を始める。ナギは地上からチョコボで移動。高く飛ぶと人目につく心配もあるため、ドゥークはわたしを背中側まで持ち上げて地面すれすれを行く。
 ナギが思い出したように顔を上向けて「そうだ」「はい?」「さっきエースが捜してたぞ」それでぎくっとする。ドクター・アレシアに呼ばれたからと勉強詰めから逃げ出せたのはいいが、もう捜し始めたらしい。全くなんて熱血講師。わたしの頭の出来はよくないとエースだって分かってるだろうに。
 ナギはへらへら笑って「ま、帰ったら頑張れよな」とか気楽なことを言ってくれる。
 …これは、帰ってきたらまた説教コースだな。それが判明して、わたしはうんざりとした溜息を吐くのだった。