「ふーんふーんふ〜ん」
 朝食を食べて食器を返却するとき、おばさんがこっそりおやつがあるわよと教えてくれたので、厨房裏へ向かう。ぴょこっと顔を出して辺りを見回し、人がいないことを確認。どうせ捨てちゃうだけだから持って行ってあげなよと言われた、料理にならなかった所謂残骸部分が詰め込まれている樽を発見。木蓋を外すと、むっと鉄錆の臭いがした。中には内蔵やらどこぞの切れ端やら肉の断片がこびりついた骨やら、野菜の残骸らしいものがたくさん入っている。
 しっかり蓋をし、もう一度人がいないか確認。がしっと樽を掴んで、テレポの魔法陣を展開する。
 これを人に見られずにドゥークのもとまで届ける個人的なミッション、開始である。
 ちなみに樽は要返却なので、行きと帰り、わたしはこの樽と一緒に行動しなければならない。
 ドゥークが潜んでいる森のあるチョコボ牧場までは少し距離がある。設置されている大魔法陣を使用した場合はパッと移動できてすぐだけど、自力で行こうと思うと、ちょっと遠いのだ。
 だがしかし。これがドゥークの腹の足しになるんだから、わたしも頑張らなくてはならない。
 わたしが魔導院に入ったことでドゥークは少し窮屈な思いをしている。わたしに会えないこともそうだし、腹の減りぐあいを我慢して寝て過ごしてるってこともそうだし。そんなドゥークの腹が少しでも満たされるならこれくらい。
(げっ)
 テレポを乱用する先でエースの金髪を発見して茂みに逃げ込み何とか回避に成功した。べ、勉強は午後からの約束だったはず。
 そろーりと茂みの中から様子を窺っていると、今は一人で自由に時間を過ごしているようで、噴水広場のベンチに座ってぼやっと魔導院を見上げていた。
 エースに見つかるかもとヒヤヒヤしながら見守っていると、クイーンがやって来て、何やら話しかける。言われたエースが立ち上がり、二人で魔導院の方に向かう。
 ほ、と息を吐いて樽に手を置き、テレポを再開。飛んで飛んで飛んで〜を繰り返して、ようやくチョコボ牧場を囲む森林地帯に到着。
 テレポの乱用で疲れたので、どさっと地面に座り込んで胡座をかく。もうちょっと魔力的な体力がほしい。
「ドゥークーおいでー」
 間延びした声で呼んで、しばらく。どの辺りにいたのか、わたしの声を聴きつけたドゥークが木々の間を泳いでやってきた。ヴォロロと鳴いて顔を寄せてくる彼の頭を撫でる。よしよし。いい子で待ってるお前が誇らしいよ。
 わたしの横にある樽に何が入っているのか嗅ぎつけたのだろう、黄色い目がじっと樽を見つめている。
「おやつ。もらってきた」
 樽の蓋を取っ払う。お腹は減っていたらしく、尾で樽を倒して中身をぶちまけると、長い手鰭で器用に拾って食べ始める。
 この樽は返却しないといけない。中身を空にした樽に蓋をして、これをまたあそこまで運ぶのかぁと遠い目をしたくなった。
 まぁ、もう少し休憩してからにしよう。うん。
 足を投げ出して地面に座り、ぼやっとドゥークを眺める。細い両腕を器用に使って地面に転がった血色のものをひょいひょい口に入れていく。
 ゆらりゆらりと揺れる尾から、上機嫌だな、と思う。残骸でも、人が食べるものの残骸だから、人間を食べるよりはおいしいんだろう。多分。人間っておいしくなさそうだもんな。できればこうやって食事を運んできてあげたいけど。でも、これ、疲れる。
 ぐたっとして木にもたれかかっていると、全て拾って食べ終えたドゥークがそばに来た。ヴォゥ、と低い声で鳴いて顔を寄せてくる。血生臭い。
 ずり、ずり、と寄せられる骨の頭をはいはいと撫でてやる。甘えん坊だなぁお前は。
 30分、ドゥークとごろごろしながら過ごして、名残惜しそうにする彼とバイバイをしてから樽を掴んでテレポ乱用で厨房裏に戻り、もとの位置に戻しておいた。つ、疲れた。危険はないけど過酷なミッションだった…。
 触れていないとはいえ、自分が血生臭いのが分かって、シャワーを浴びようとこそこそ部屋に戻る。なるべく人の少ない道を選んで寮に入ったらまたテレポ乱用で扉の前まで行って中に滑り込んだ。あ、また鍵忘れてたや。エースに注意されたばっかりなのに。
 きゅ、とコックを捻ればお湯の出てくる贅沢なお風呂に入り、軽く髪を洗って身体を洗い、ジャージの下をひっかけて部屋の窓を開けた。暑い。
 …そういえば、この間エースに見られたんだっけ。いや、別に大丈夫なとこしか見られてないけど。でもあれからエースとの距離がなんか変なんだよな。下は見られてないはずなんだけど。上半身は男の形してるし、男子で通るはずだけども。
 女でも男でもない身体。このことを知ったらエースはどんな顔をするかな。どんなことを思うかな。
 ふっと息を吐いて、タオルで適当に髪を拭う。
 できれば昼寝でもしたいところだけど、もうすぐエースと勉強会だ。今日はクリスタリウムの本がいるからあっちでやるって言ってたっけ。あそこ、静かだし、本ばっかりで眠たくなるんだよなぁ。寝ないでいられるかな。ま、寝ちゃったとして、エースが叩き起こしてくれるだろうけど。
 次の試験まであと1週間。今度は前回よりいい点出さないとドクター・アレシアが怖い。
 クリスタリウムで4カ国それぞれの歴史を紐解いていると、図書室には珍しく、エイトがやって来た。常に戦闘を頭に置いて身体を動かしていることが多い真面目な奴だ。そんなエイトがなぜここに。
「相変わらずエースに面倒かけてるのか」
「はは」
 曖昧に笑って手を挙げておく。エースが息を吐いて「ならエイト、少し代わってくれ」と振れば、エイトはあっさり了承した。「いいぜ」と。それにわたしもエースも目を瞬く。今のはエースの軽い冗談という気がしたけど。
 どさ、と椅子に座り込んだエイトが「たまには頭も動かしておくよ」と記入のない報告書を取り出す。
 ああ、なるほど。それを仕上げるのにここの本とかが必要だからやって来たのか。
「報告書?」
「ああ。器物破損でな…」
「え? 何それ。なんか壊したの?」
「…ナインと鍛錬してたんだが、あいつの槍が、思い切り飛んでった…」
 げんなりという顔で息を吐くエイトにわたしも苦笑いした。エースにいたっては呆れて言葉も出ないといった顔だ。ナインが大きく振りかぶった槍が彼のコントロールを外れて勢いよく飛んでいってガシャーンと何かを壊す様が目に浮かぶようだ。
 はぁと溜め息を吐いたエイトが表情を切り替え、広げられている歴史書を手に取る。「で? 今どこだ」「あーっと、ここ」皇国の代表的な歴史を半分までやったところだ。エイトは眉を潜めてみせただけで、私情は挟まずに「オレはお前が唸ってる間にコレ書いちまうから、とりあえず進めるか」と歴史に魔導アーマーが登場した箇所を指先で叩いた。
 エイトを見習おう。エースもそうだけど、気持ちを切り替えるのが上手だ。ただ事実を記しているだけの本にまで苦い思いを抱くわたしとは違う。
 私情も私怨も挟まずただ学ぼう。
 これはただの歴史。ただの過去。もう終わったことで、成ってしまった、変えようのない現実だ。
 まぁ、そう割り切ったところで、頭がいいとは言えないわたしはうんうん唸りながらノートにペンを走らせることになるわけだけど。
 ノートに自分なりに要点をまとめつつ、ちらりとエースの様子を確認する。
 自分から代わってくれと言ったわりには、魔法について書かれた本を広げているエースの眉間には皺が寄っていて、あまり集中できていないことが分かる。
「エイトはさ、この魔導アーマーと戦ったことある?」
「ないな。これを投入してくるほど小競り合いが発展した事態にはまだ合ったことがない。…基本奴らは銃だし、普段の戦闘は軍の管轄だ。オレ達候補生が投入されるのは、あくまで必要に迫られたときだよ。0組は特にな」
「ふーん」
 まぁ、9組とかわたしとかは、結構駆り出されてると思うけどね。
 カリカリ、とノートにペンで記入しつつ、本のページに載っている魔導アーマーという機械を眺める。
 どう見ても鉄の塊。これと戦場で出会ったとして、ドゥークに絶対食べさせないようにしよう。身体に悪いに決まってる。
 それに、これが作られる過程。クリスタルからのエネルギーを効率よく利用して兵器が作られるってなってる。それが本当なら、皇国はクリスタルを食い物にしてるってことだ。あんなにきれいで神秘的な存在を。
「あと、気になってるんだけど。皇国ってクリスタルのことエネルギー源としてしか見てないってほんとのこと?」
 これにはエースもエイトも揃って苦い顔をした。エイトは渋い顔で「教科書にウソは書いてないだろ。事実だ」「そうだな…。だからこそ白虎クリスタルは衰え、皇国の土地は痩せ細ってる」ふーん、とぼやいて歴史の教科書の文字を投げやりな気分で読み進めていく。「分かってるならやめればいいのに」と言ったわたしに二人は無言だった。それができるならとうの昔にやっている。そういうことなんだろうけど。
 確かに、朱雀はクリスタルへの依存度が強い。クリスタルの力で『魔法』が使えるという実感が大きいからだ。それは与えられる力であり、祝福の証である。確かどこかにそんなことが書いてあった気がする。
 わたしはここへ来て初めてクリスタルを目にした。大きくきれいな結晶体。あれがわたしに魔力を授けている。そして国を回している。国土にエネルギーを送っている。守らなくてはならない。自然とそう思えた存在だった。それなのに白虎はクリスタルを食い物にして、たとえ国土が痩せ細ろうとも兵器の開発をやめない。白虎クリスタルは弱体化する一方だ。かわいそうに。確かに人々の力になっているのに誰にも顧みてもらえないなんて。
 ガリガリと投げやりにノートに記入する私にエイトが首を捻った。
「やけに熱くなるな。皇国が最低だなんてこと朱雀民はみんな思ってるぜ」
「今更だ、って? 悪かったなぁ。わたしはここへ来て、ドクター・アレシアに連れられて、初めてクリスタルを見たんだ。今更な実感だろうけど、あれを守りたいと思った。クリスタルを食い物にしてる皇国がもっと許せなくなったよ」
 わたしが今知ったことをエース達はもっと小さい頃から知っていたんだ。きっとナギだってそうだし、候補生のほとんどがそうだろう。ナインとか脳筋は別として。みんな各国の背景や現状なんかとっくの昔に頭に入っていて、それでも普通の顔で今を過ごしている。わたしなんか、手当たり次第暴れて皇国死ねーとか叫びたいくらい熱くなってるのに。
 くそ、とペンを投げ出す。ぐしゃぐしゃ髪を撫で回して「あー駄目だ集中できないー」とぶんぶん頭を振る。わたしの様子に呆れた顔をしているエースに構わずエイトはパチンと指を鳴らした。「じゃ、気分転換にオレと鍛錬でもするか。ちょうどこれ書き終わったしな」ひらりと報告書を一つ振るエイト。仕事が早いことだ。
 エースが異議ありげに眉を釣り上げると、エイトはどーどーと先に先手を打って「休憩だよ。このままじゃ勉強続けられそうにないだろ。一回熱くなった頭の熱を発散させて、また再開すればいい」エイトの言い分に、エースは吐息して魔法書を閉じた。「言うのは簡単だけど…彼の勉強を見るのは僕なんだが」と悩ましげに眉間に皺を刻んだ。出来の悪い生徒ですみません先生。
「ルールは?」
「特にないが、そういえばお前、武器はなんだった? オレは拳一筋だが」
「えっと、一応習得できそうなものとして、エースが教えてくれた魔法とテレポに、武器としてはこれ」
 キン、と折りたたみのサバイバルナイフを展開する。実は全然使い慣れていないことが構えから丸分かりらしく、エイトはわたしが真剣勝負の相手にはならないと即座に見切った。「ま、いいか。とりあえず来いよ。どんなもんか確かめる」「押忍!」ずしっと腕に重たいのもギラリと光る刃の色にも慣れない。そもそもわたしが自分から積極的に戦うというのがこれまでなかったものだから、本当に0組配属でいいのかと未だに思ったりする。
 だってほら、みんなできる奴ばっかりだし。わたしはドゥークに任せてばかりだったし。
(でも、だからこそ、頑張らないと)
 現状、わたしはドゥークから離れて行動している。自分で自分の身を守るのは当然のことだと思うし、この間はちょっとしたことで怪我をしてしまった。ナギだってそれでも0組配属なのかよって呆れて笑ってたし、もっと強く、ならないと。足引っぱることがないように。
 そう決意を固めた矢先でエイトの蹴り上げ攻撃で手からナイフがすっこ抜けた。「わ、わ」と空中で回転するナイフを避けて飛び退ったらぴたっと首の横にグローブ越しの拳の当てられる感触がした。いつの間にか回り込まれていたらしい。は、早い。「エンド」と告げる声に両手を上げて降参。遅れて、ギン、とナイフが演習場の床に突き立つ。
 わたしとエイトの攻防を見ていたエースが額に手を当てて見ていられないとばかりに首を振った。拳を下ろしたエイトもわたしの戦えないっぷりに呆れているようである。
「お前、そんなんでよく0組に配属になったよな…オレが本気出したら5秒かからずノックアウトだ」
「あ、ははは…」
 エイトの呆れ顔にわたしは笑うしかない。
 全くもってその通り。わたしはわたしの力で生き残ってきたわけじゃない。ドゥークがわたしの指示をよく聞いて守ってくれたからこその今なのだ。
 …だからもっと真面目にやらなくちゃ。皇国が攻めてきたってときに戦えないような自分は嫌だし、皇国に負けるのなんてもっと嫌だ。
 振り返ってぱちんと手を合わせてエイトを拝む。「エイト先生、わたしに戦術の指導を!」「はぁ?」引っくり返った声を上げるエイトに頭を下げつつ、「このまんまじゃどう考えたって駄目でしょ。勉強はエースが見てくれる。そっちも投げない。だから、エイトは戦闘の指導してよ。たまにでもいいから」「って、言われてもな…どうするエース」困ったエイトはエースに話を振った。ちらりとエースを窺う。渋い顔をしてるのは、実戦指導を理由にわたしが勉強を投げ出すのではないかと疑っているせいかもしれない。
 考えるような間を置いたあと、慎重な口調でエースが言った。
「次のテストでこの間の倍取れたら、ってことならいい」
「えっ」
「は? 倍? ってことは50点ないってことか…一体いくつだったんだ」
「…32点だよ」
 ぶっと吹き出したエイトが遠慮なく笑うから睨みつけた。こっちは大真面目にテストに挑んであの点だったのだ。「あ、いや、悪い」咳払いしたエイトが真面目な顔で腕組みして「そうだな、それでいいんじゃないか。いい加減結果を出さないとマザーが怖いだろ」「う」それは、会う人みんなに言われてることだ。重々承知してる。テストで六割、取ったら、エースだって実戦勉強に許可をくれるって言ったんだ。マザーが怖いしエースはうるさいし、次のテストは六割取るぞ。よし。
 あまりに呆気なく手からすっぽ抜けたサバイバルナイフを引っこ抜き、構える。構えからしてなってないのは自分で分かってるけど、エイト、そんなに呆れなくても。わたしはこれでも真剣なんですよ。
「ね、刃物使う知り合いっている?」
「クイーンが剣、ジャックが刀。短剣を扱う知り合いはオレにはいないな」
 リズムよく小刻みに揺れながらのエイトの言葉にふむと頷く。
 とりあえず刃物の基本はその二人から学ぶとしよう。今は、実戦に慣れる。それでいいや。