第一印象・寝てばっかの奴

「おい…っ」
 目の前で傾いだ相手に反射で手が伸び、俺より背丈のある奴を腕だけでは抱えきれずに抱き止めるような形になる。
 くそ、背丈分のしっかり重い。あと、あわあわ横で慌てる无が鬱陶しい。
 さらに横から手を伸ばした與儀が「うわわ、こんなところで寝ちゃった」と俺の腕から簡単にって言うらしい奴をかっさらった。地味にカチンとくる。俺よりタッパあるからって調子乗るなよこの馬鹿。「あーあもー平門さんひどいですよ! 无ちゃんと花礫くんを紹介したいって気持ちは分かりますけどね、は仕事のあと丸一日は寝ないとダメなんですから」とか一人で喋りながらニャンペローナグッズで溢れてる空寒いベッドに倒れた奴を寝かせる。
「…誰あれ」
 鬱陶しくあれこれ世話してる與儀と「與儀、オレも、手伝うよっ」と走っていく无を眺めつつ、失笑してる平門に話を振ってみた。相変わらず人をおちょくったような笑みを浮かべるも、俺の質問に答えを出した。
「彼か。と言って輪闘員の一員だ。ああ見えても優秀なんだぞ」
「へー…」
 ああ見えても、っつーのは出会った早々倒れた事実を指してんのか、與儀にあちこち触られても全く起きない姿を指してるのか。
 與儀がのくすんだ茶髪にいらねぇだろうと思うニャンペローナの帽子を被せ、无がニャンペローナ印の靴下を履かせてもぴくりともしない。「おい、それいらねぇだろ…」靴下はまだしもなんでそんなダセェ帽子を被せる必要があるのかとツッコんだ俺に横の平門が「せっかくの容姿が台無しだな」と笑う。笑うくらいなら止めろよお前。
 せっかくの容姿、と平門に言わせるの顔っていうのは確かにまぁきれいめだった。癖があるわけでもないさらっとした顔だが、基礎がそれだけ成ってるとあって、パッと見ただけでも地味に人目を惹く。そのきれいめな男がニャンペローナの帽子と靴下を履いてニャンペローナグッズで溢れるベッドで眠る、という寒い構図に気のせいか鳥肌が。
 ああ、そうだ、もう一つ訊いときたいことがあった。
「丸一日は寝ないとってあれ、どういう意味」
「そのままの意味だ」
 それが分からないから訊いてんだろこのクソ眼鏡。「……だから、どういう、」わざとだろうこの嫌味野郎め、とこめかみのひきつりを抑えつつ再度訊ねる俺。平門の嫌味の笑みがいっそう深くなる。
「奴はエネルギーの消耗が激しいんだよ。今回一人で遠征させたせいもあるだろうが…その回復に必要なのが睡眠なんだ。ひどいときは三日三晩は昏睡している」
 冗談なのか本気なのか、薄く笑った平門が「では、俺は仕事に戻る。何かあれば羊伝いに伝えてくれ」と残してさっさと廊下を歩いていった。今頃になってようやくこっちを振り返った與儀が「平門さーんはご飯食べまし、っていないっ?」これもまた今頃なことに慌てて廊下に飛び出して平門を追う。
 无が出て行った與儀と俺とを激しく見比べてる无が鬱陶しい。
「…なんだよ」
「與儀、行っちゃったよ?」
「気になるならついてけば。…いやちょっと待て」
 がしっと无のTシャツの襟首を掴んで部屋の中に引き戻した。「え、何? 花礫?」と慌てる无をソファに放り、自分もどっかと腰を下ろす。
 こんなファンシーで寒い部屋に、ファンシーで溢れたベッドに眠る奴と二人なんてごめんだ。まだ无がいた方がいい。耐えられる。
 そわそわ落ち着きのなかった无が、興味の中心を與儀から目の前のへと移行させた。「、大丈夫かなぁ」と言う辺り、どうやら名前は憶えたらしい。「さぁな」とぼやいて返して組んだ足に頬杖をつき、さっきの平門の言葉を思い返して、自然と顔を顰めていた。
(ひどいときは三日三晩て…それで大丈夫なのかこいつ。輪ってのは超人の集まりみたいな集団だけど、それでも人間だろ。多分。人間って三日三晩も寝溜めできるようにはできてないだろ)
 考える俺を横目に、无がソファを立ってベッドの周りをうろつき始めた。ニャンペローナの人形を無駄に整頓してみたり、帽子の位置を微調整してみたり、布団に皺がないよう伸ばしてみたり。そわそわ落ち着きがないところが動物じみてる。さすが動物。
「……お前さぁ」
「うん?」
「そいつのことどう思った?」
 ニャンペローナグッズに囲まれて眠っているを顎でしゃくって示す。
 単純に、動物じみてるこいつの思考が気になっただけの、深い意味はない問いかけ。
 无はきょとんとした顔のあとに俺ととを何度も見比べた。「えっと、きれい」「ああ…」顔か。まぁそうだな。それは俺も思った。
「他には」
「えっと…ちょっと、元気ない、かなって」
「…今一瞬会っただけじゃん。すぐ寝たし。それで元気ないって何。眠かったからじゃねぇの」
 動物的超直感とかはないのかと変な期待をした俺が馬鹿だった。
 无はあわあわ俺とを交互に見比べて「えっとね、そうじゃないよ。あのね、えっとね」无が自分の中の何かしらを整理してる間、辛抱強く待つ俺。自画自賛してやりたい。
 无は自分の中で言葉を見つけたのかぱっと顔を上げると「あのね、の心の中にだれもいないから、えっと、さびしくて、かなしい…のかな、って?」自分で言っときながら自分で首を捻ってる无にへーと適当な相槌を打つ。それこそ、会って一瞬で分かることじゃないだろこの動物め。
 午前中、何度か寝返りを打つ姿は見たものの、は昏々と眠り続けた。
、まだ寝てるね…?」
「あーうん、大丈夫だよー。俺が知ってるので最高五日間寝っぱなしっていうのがあったし。あのときはさすがに焦ってさ、研案塔で点滴とか、栄養注射とか、大変だったなぁ」
「五日って…明らかに異常だろそれ……」
 昼食を食堂で適当にすませ、じっとしてるのも限界で、无はツクモに預けて俺と與儀で自主トレに励み、夕方前に戻ってもあいつはまだ寝ていた。何度か寝返りを打つ姿を見たけど目を覚ましてない、とツクモ談。本気で一日ぶっ通して寝るつもりか、と半ば呆れつつ、何となく、起きるまで気にしてやるかと思った。まぁ目の前で倒れられた記念? に。それにこいつ、俺と无の名前と顔が一致してるか謎だし。間違っても无とか呼ばれたくないし。そのためにもうちょい付き合ってるかって感じ。
 適当に夕飯を食い、ニャンペローナで溢れる寒い部屋で平門の部屋から拝借した本のいくつかを読みあさって知識を蓄えていると、簡単な数字の足し引きを與儀に教えられていた无が「オレ眠い」とこぼして欠伸を一つ。
「あ、もうこんな時間か。无ちゃんにはおネムだね。じゃー部屋戻ろうか。花礫くんは、」
「キリいいとこまで読んだらな」
 本のページを一つ叩いて返すとそっかーと頷いた與儀が无を連れて部屋を出て行く。猫頭のベルがチリチリと音を立ててパタンとドアが閉じた。
 …しまった。
 昼間気をつけてたってのに、今この寒い部屋には俺との二人かよ。
 ちっと舌打ちをこぼし、意識を本の中身へ向けようと努力してみるものの、気付いてしまった事実に座りが落ち着かなくなってきた。
(くそっ)
 パン、と勢いよく本を閉じる。ソファを軋ませ立ち上がって、いい加減起きたっていい頃だぞ、と相変わらずが眠り続けているベッドを覗いた。頭からニャンペローナの帽子が取れかかってたからいっそ取ってしまう。被ってるよりはない方がいい。
 その些細な行動が、に覚醒を促したらしい。
「…、」
 うっすら開いた目に視線が吸い寄せられた。
 オッドアイ。犬猫ならまだしも、人間じゃ稀な現象じゃないっけ。
「……がれき、と、ない、どっち?」
 ぼやっとした声をかけられたことではっとして距離を取った。「花礫」即答すると、が億劫そうに起き上がった。ニャンペローナで飾りつけられてるベッドやファンシーな部屋を見回すと合点いった様子で腕組みして「俺あのまま寝たのか」とこぼして天井に向けて腕を突き出して伸びをする。こき、と首か肩を鳴らすとあれだけ寝たにも関わらずふわーと大口の欠伸を一つ。
「與儀は?」
「…无、寝かしつけにいった」
「花礫は、何してたの」
「別に…読書にキリついたら引き上げようって思ってたとこだよ」
 ソファに放ってある本を指すと、ふぅんと首を捻ったがベッドを抜け出た。ニャンペローナの靴下を履かされていることに気付くとふっとおかしそうに笑ってブーツに足を突っ込む。
「羊」
『起きたメェ?』
「ん。平門に伝えといて」
『了解メェ』
 部屋の外に待機してる羊に声をかけ、さて、と俺を振り返ったところでぐーと腹が鳴った。俺のじゃなくてあいつの。で、盛大な腹の音を響かせてから気付いたって顔で「あー…腹減った」…腹の音聞きゃ分かる。つーか、朝から今までぶっ通しで寝てたわけだし、普通は腹減る。
 くあ、とまた一つ欠伸をこぼすと、ダルそうにしつつも抜け出た形のままのベッドを適当に整え、部屋を出る段階になってくるっと俺を振り返って一言。
「食堂、一緒に来る?」
 ……で。なんで俺はこいつについてきたんだろうか。
 結局俺達が出て行くまでに部屋に戻ってこなかった與儀を呪いつつ、向かい側で上品な顔に似合わず胃に入ればいいという大雑把な食い方をしているに付き合ってる俺。何がしたい。
「花礫はさぁ」
「…食い物入れたままで喋るなよ。飛ぶだろ」
「あー」
 もっくもっく口を動かしてやっと中を空にし、ズゾゾゾとストローで野菜ジュースをすすった相手が一つ吐息した。見てただけでもクロワッサン三つラーメン一杯パフェ一つを平らげた奴はケロッとした顔で「花礫はさぁ、なんで艇にいるんだ」と訊いてくる。起きたばっかでそれだけ詰め込んで平気な胃に呆れつつ、訊かれるだろうと構えてた分、簡潔に説明した。
 无がニジという動物であり、火不火に繋がるかもしれない存在ということ。俺は流れ的に无と行動を共にしていただけだったが、ついこの間、能力者によって家族同然だった奴を失って、個人的にも艇に残っていたいこと。
 ヨタカのことは記憶に新しい。たとえどれだけ構えていようが、言い聞かせようが、その現実を口にするのはまだ少し胸が痛い。
 俺の話を聞きつつ羊を呼んでデジタルデータを斜め読みしていたがピタリと動きを止めた。左は青、右はくすんだ茶色という瞳で俺を見つめてくる。
(…なんだよ。言いたいことあるなら言えよ。なんでそこで黙って俺のこと見るんだ)
 オッドアイという瞳が目立つせいか、意識しなければいい視線が気になって、痛みを感じる。何か、肌を焼くような。
「……ちょっと、出よう。羊、食器頼む」
『了解メェ』
 席を立って食堂を出て行く背中に、言われなくたっていつかは出てたし、と意味のない反抗心を覚えつつ、仕方なくその背を追いかけた。
 時間が時間だけに食堂だろうが出歩いてる奴は少なく、こうしてるとここはまるで羊だけが住んでるダンジョンだな、と羊が点々としている長い廊下にくだらないことを思った。
 カツ、と足を止めたがゆるりと俺を振り返って、
 ゆるりとした動作に似合わず目で追うのがやっとの素早さで抱き締められて、息が詰まった。とっさの反応ができずに瞬きだけを繰り返す。
(な…っ?)
 なんだ。これ。こいつ何してんだ。何がしたいんだ。
「ごめん」
「はっ?」
 顔が整ってるだけじゃなく声も艶っぽいせいか、耳元で囁かれて背筋がぞわっとした。「輪の名折れだ…」と勝手に沈んでる声に「ハァ?」と顰めた声を返し、いつまで抱いてんだ、とがむしゃらになって抜け出そうともがけば、俺を抱いてた腕はあっさりと離れた。距離を取った俺に対して、はぁーと深い息をついて悩ましげに眉間を揉んだ相手がオッドアイの瞳を覗かせる。
「思い出した……輪は、花礫が味わったような悲劇を、防ぐためにあるのに…」
「………な、」
 なんだそれ、と笑い飛ばそうとして、やめた。オッドアイの瞳にもその表情にも冗談の色が欠片も見つからなかったからだ。
 こいつは本気でそう思って本気で言ったんだ。欠片も、お前が悪いわけじゃないのに、輪だからなんて理由で。他人の不幸嘆くんだ。
 なんだそれ。顔だけじゃなくて中身もイケメンだってか。ふっざけんなくそ。腹立つ。そんなことしてたら輪みんな精神病んで終わるぞ。馬鹿じゃねぇの。
 五分たってもその場でうなだれたままのに、ち、と舌打ちしてから腕組みしてそっぽを向いた。
 どうやら俺が言ってやらないといつまでもうなだれているままなんだろう奴に、ぼそぼそ小声で、「別にお前のせいじゃないし」と言ってやると、ようやく顔を上げたはイケメンらしく淡く笑んでみせた。
 俺はといえば、そのイケメンに向ける顔がなくて盛大にそっぽを向くを継続中だ。
 …今の俺の心中を一言で語るならこうだ。
(くっそ調子乗るなよ、このイケメンが)