どうしてその手は
そんなにも優しくあるのか

「ジィーオー」
「…何だよ」
「ルピに締め出されちゃったぁ」
 情けない声を出して許可なく部屋に踏み込んできたあいつは、情けない声の通りの情けない顔をしていた。それに一瞥だけくれてやって後はそれまで読んでいた本の方に視線を戻した。
 だいたい何で俺んとこに来るんだよお前。鬱陶しいって何度言ったら分かるんだか。
(ほんっと鬱陶しいよな。来る度来る度ルピルピって。それしかないのかよお前)
 だから相手にしないでソファの方でぺらと本のページをめくる。
 娯楽のないここじゃ時間の潰せることなんてそうはないけど、俺は別に退屈が嫌いじゃない。退屈な間は何もしなくていい時間だから。何もしなくていい時間が退屈。イコールで繋がってる。退屈じゃない時間は牙を剥かないとならないときだ。そんなの疲れるからしょっちゅうなんて遠慮だし。
「ジオー冷たいぃ」
「うるせぇ。だったら他所行け他所へ」
「だってグリムジョーのとこもウルキオラのとこも怒るんだもん。締め出しといて、俺にどこ行けって言うんだろうねルピは」
 また。その名前。
 ばさりと本を投げたってから視線を上げる。勝手にソファの一つに座り込んで傍から見る限りしょぼくれてる奴が約一名。分かりやすいことで。
 だから溜息を吐いた。「どーせなんか機嫌損ねることしたんだろ」と話を振ってやれば顔を上げたあいつはそれでもやっぱり情けない顔のまま「どうかなぁ。なんかルピの怒る基準っていうのがたまに分かんないだよね俺」とかぼやいてはぁと辛気臭い息を吐いた。そんなの俺だって知らねぇよ。

 いつからかは知らない。俺が知り合う前からこいつはルピとそういう関係だったのか分からない。そもそも俺がに会ったのはいつが最初だ。いつから俺はのことを知ったんだったろう。
 気付けば6の数字を掲げ、片腕をなくしたグリムジョーの代わりに?6となり十刃の一員となっていたこいつは。いつから。
(…アホらし)
 そう考える頭の一部分と、そのが考えるルピという奴のことを考える頭の一部分と。目まぐるしく思考が交差しているのが自分でもよく分かる。馬鹿らしいって分かってながら思考が止まらないのもよく分かる。
 遠目から知ってる限りのルピ像を頭の中で割り出すも、袖の長くて腰んとこが開いてる服を着た奴、くらいしか思い出せなかった。いちいち顔なんて憶えちゃいない。だいたい名前との言うルピから考えられる像であって俺は実際ルピと話をしたこともない。
 最も、話す気も毛頭ない。

「…どっか行けよ。つーかそのルピんとこ戻れ。どーせ拗ねてるだけだろ」
「なんで分かんの?」
「……別に。何となく」
 きょとんとした顔に視線を逸らし、一度投げ出した本をもう一度手にして適当なページを開く。従属官、あるいは破面として最低限必要な知識はもう頭に叩き込んであるし、即席の本から学べることなんてもうないか。何度も読み返したし、何か新しいものでも見つけるしか。
 そう思ったところで影ができて、顔を上げればの奴がいて「何それ」と俺の持っていた本を取り上げた。中身をざっと斜め読みした相手が目を丸くして「勉強?」と言うからそっぽを向く。「悪いか」と。あいつは思ってた通りに首を横に振って「全然。偉いねジオ」と笑う。
 別に偉くも何ともない。従属官として当然のことをしてるだけ。
 だからばしとその手から本を取り返して「偉くも何ともねぇよ」と返す。だけど笑顔のあいつが俺の頭を撫でて、それから気付いたように「硬い」と言うから。そりゃそうだと思って立ち上がる。俺の頭には仮面の名残がくっついてるんだから撫でても硬くて冷たいに決まってる。

 ルピって奴がどんなのかはよく知らない。ただこうやって俺の部屋に来るから話を聞くだけ。聞くだけだけどそいつは頭に仮面の名残はないんだろう。少なくとも俺のように頭全部を覆うような形じゃないということは分かってる。
 よく聞く話だ。ルピの髪は黒にちょっと紫がかかっててね、癖っ毛なんだと。の口からよく聞く。いちいち幸せそうな顔をして何度となくそんな台詞を。何度となくその口から。
 鬱陶しい。ルピのこと話しに俺んとこにきてんのかてめぇはと言いたくなる。ノロケなら結構だ。他を当たれ。
 俺はそこまで、強くない。

「出てけよ。鬱陶しいって何度言ったら分かるんだ」
 だから振り返る。部屋の入り口を指して「戻れよ。どうせ今頃お前締め出したこと後悔して帰ってくんの待ってるに決まってる。だから出てけ」と。そう言う。
 視線を合わせることができなかったのは、その目に映っているのが俺でないことを想像したから。
「…そうかな。でも迷惑だったね。ごめんジオ。もう来ないようにする」
「、」
 去り際そう残して俺の仮面の名残を撫でていったあいつ。ばしゅと部屋の扉が開いてその向こうにその背中が消えて、俺はなぜだか伸ばしかけた手でぐっと拳を握ってテーブルに叩きつけた。
(畜生が)
 もう来ないようにする
(何気にしてんだよ俺)
 全く持って救いようのない話だ。ルピのことになると一喜一憂、まるで自分のことのように話すあいつを俺はいつから意識した。いつから破面には持ち得ない笑顔を持ったあいつのことを意識した。ジオと俺を呼ぶあいつを、俺はいつから。
 いつから。こんな救いようのない、救いもない想いを。抱いてしまっていたんだろう。

欲しかったのはその温度