「…おぃ、飲みすぎだろお前。立てって」 「うー」 「うーじゃねぇ。立てよ。重い」 サークル仲間の付き合いで合コン。俺は極力遠慮したかったそれをの奴が引き受けた。どうしても人数足りないんだよ頼む来てくれ頼むと頭を下げられてこいつは俺の目の前で折れやがった。この馬鹿野郎と罵りたいのを我慢してが行くんなら俺も行くことにした。間違ってもこいつが他にも馬鹿をしないよう見張るためだ。それ以外に特に理由はなかった。 (重い…!) 甘ったるいカクテルを何杯かと飲め飲めのコールで焼酎を何杯か。それで泥酔してるを抱えて合コンは解散。俺は無論を連れ帰るため飲んじゃいなかったのでうるさい時間退屈極まりなかった。が馬鹿をしないようにとそればっかりを思ってて誰か知らない女子に話しかけられても上の空くらいの返事しかしてない。 老若男女問わずは人気がある。どうしてか。 「おい馬鹿、歩け。重い」 「うー…」 「うーじゃねぇだろ。お前電車乗れんのかよそんなで」 「電車…家?」 「あーそう家。っとに歩け重い!」 ばんと背中を叩いてやればがよろめきながら俺に寄かっかるだけの体勢からどうにか立った。立ったもののどうにもふらふらしてるからがしと腕を掴んで「ちょい待て、お前そのままだと絶対転ぶ」「うー」「それさっきから何回、」め、と言おうとした唇を塞がれた。普通に道端で。普通に街頭の下で、普通に、通行人のいる前で。 (ば…っ!) 顔に熱が上って思わず拳を握ってごちとの頭を殴った。「いて」「いてじゃねぇよこの馬鹿野郎っ!」怒鳴ってもはへらへらした笑いで「ジオが真っ赤だぁ」とふらふらするだけ。それでふらりとよろけるもんだから反射でがしと腕を引っぱってこっちにたたらを踏んだがまともに俺にぶつかって、転んだ。支えきれずに二人一緒に。 阿呆か俺は。 (あーいて…何してんだよ俺) 頭を打たなかったのは幸いかと思いながら転んだまま動けない。が上に乗っかってるから重い。重いし痛いしお前、ほんとに酔ってるな。馬鹿。 俺も少しは飲んでもよかったのかもしれない。金払って行ったんだし舐める程度なら。だけど飲んだら自分が自分じゃなくなりそうで何となくこわい。酔うとふわふわした何とも言えない感覚ってのを味わえるらしいけど、俺は地に足つけて立っていたかった。自分できちんとここに立ってるってのを実感してたかった。だから飲まなかった。 が酔いやすいってことも知ってたし、こいつが行くんなら俺だって一緒に行く。理由はただそれだけで。飲まない理由もただそれだけでよかった。 が理由になるなら何だって。 「…いい加減退けよ」 ぼやいてもから返事がこない。まさかと頭を持ち上げれば俺の胸に頬を擦りつけるようにしての奴は寝ていた。堂々と。 (…こんの野郎。人の気も知らないで) 試しにばしと頭を叩いてみたものの起きなかった。それに嘆息していい加減起きようと路面に手をついての下から這い出る。 上半身だけ起こして息を吐いた。通行人はもういない。ポケットに手を突っ込んでぱちんとフリップを弾けば深夜一時過ぎ。電車はあるだろうがバスはない時間だ。タクシーも拾えるかどうか。 (こっから俺んちとんちなら…俺んちが近いか) ぱんと携帯を閉じてポケットに捻じ込む。すやすや子供みたいな顔で眠ってるの頭をべしと叩いた。反応なし。完全に爆睡。 空を見上げれば真っ暗で星が点々と分かるだけ。街頭の光の方が眩しい。それから吐き出す息が白い。 「…俺の部屋で我慢しろよ。お前んとこより近いんだから」 言い訳みたいにぼやいての腕を自分の肩に回してどうにか立ち上がる。こういうとき身長ってものがすこぶるほしくなる。どうして俺はもう五センチでも伸びなかったんだ。と身長差いくつだよ。っていうかこいつが規定外で長いのかもしかして。 (まぁ今はどうでもいい。とりあえずは改札通って電車に乗って、それからだ) ほとんど引きずるみたいな感じでどうにかアパートまで辿り着いた。その頃には夜はもっと更けて気温も下がってきてて、さすがに寒いと思いながら背中で半分引きずってるを背負いなおす。電車の中でも移動中でも爆睡状態のこいつは起きることを知らない。 自分の部屋が一階でよかったと初めて思った。こいつを背負って階段を上るなんて冗談じゃない。 (鍵) ポケットに手を突っ込んで鍵を差し込みがちゃんと扉の施錠を解く。息を吐いてがちゃとドアを開けて手を伸ばしてぱちんと電気をつけた。いつも通りの我ながら殺風景だなと思わせる部屋が俺を出迎える。正しくは俺とを。 間違っても手離さないようにしながらを床に横たえた。ばんと後ろ足で蹴ってドアを閉めて床に座り込み息を吐く。疲れた。ここまでよくやった俺。 「あー…身長ほしいなぁ」 ぼやきながら手を伸ばしてがちゃんと鍵をかけ直した。スニーカーを脱いでの靴も脱がす。それからもう一回背負い直して今度はベッドまで運んだ。ここまでの距離を思えばどうってことない距離で、だけど体力に限界がきてどさと一緒にベッドに倒れ込んだ。隣からはすーすーと健やかそのものの寝息がする。 (アホらし…何してんだ俺) 大学生にもなって合コンに参加して。これか。合コンなんて興味ないのに。要するにさびしい奴らの集まりなのに。俺はそういう群れるのは嫌いだ。弱い者同士傷を舐め合うくらいなら俺は一人でいる。一人で。 (おかしいな…どこからこんなことになったんだか) 慣れた天井を見上げながら息を吐く。電気を消したいと思って手を伸ばしても届かなかった。リモコン、机の上だ。 起き上がることさえ億劫な身体で着替えくらいしないとと思うも、隣ですやすや寝てる奴がいるもんだから思考が鈍る。 どうして俺はこんな奴を好きになったんだか。 (ばっかみてー) そういえば今日はあんまりジオって呼んでくれてないな、ああそうか合コンだったから。他の誰か呼ぶ奴がいたから。鈍ってきた思考と狭くなってきた視界で着替えくらいしろ電気くらい消せと頭のどこかで声がするも、限界だった。を背負ってここまで来たんだ、もう体力が残って、ない。 「…ん、」 ぱちと目を開けた。そしたら眩しかったから思わずまた目を瞑った。それからそろそろと確認するように瞼を上げていけば目の前にはよく知った子がいた。ジオだ。 (あれ…俺何してたんだっけ) ぼんやりする頭を振って起き上がる。ぎしと軋んだ音がした。視線を落とせばベッドの上だと分かった。投げやりな感じにかけられた布団がずり落ちる。隣ではジオが寝てる。着替えてない。電気つけっぱ。俺も着替えてない。っていうかなんかちょっとぼろぼろ? (あー…お酒飲んだから。記憶が。曖昧かも) こめかみをぐりぐりしてとりあえず電気を消そう電気をとジオをまたいでベッドを下りた。殺風景な部屋はジオの部屋。大学生活をしてる男の子の一人暮らしの部屋。だけど何度も出入りしてるからもう見知った部屋。 ぱちんと電気を消せば暗闇が訪れる。でもそれもあんまり意味がないかなと思った。窓の外がうっすら白んできてるのが見えたから。多分すぐに陽が昇る。 ポケットから取り出した携帯で時刻を確認すればもう七時。 飲み会が終わったのは夜の一時過ぎくらいで、それで…それで? (あーしまった記憶がない。ジオが運んでくれたのかな。あー悪いことしちゃった) 全然乗り気じゃなかったジオがそれでも穴埋め要員で合コンに付き合ってくれたのは、言うまでもなく俺のためだ。知ってる。分かってた。だから控えめにしようって思ってたのに勧められるとついつい手が出て、それで。どれくらい飲んだだろう。 ジオに悪いことをしてしまった。始終不満というか不機嫌というかそういう顔で俺の隣にいたこと、ちゃんと分かってたのに。 「…朝ですよージオ」 さすがに起きないかなと思ってジオの耳元でそう囁いた。ら、ばしと頭を叩かれた。痛い。 「知ってる」 「あれ、起きてた? 起こした?」 「起きた」 眠そうな顔で目元を擦ったジオが「感謝しろよ、ここまで運んでやったんだぞあの飲み屋から」そう言われて頭を下げて「感謝してます。ありがとう」と言えば沈黙が返ってきた。顔を上げればどことなく不満そうな不機嫌そうな、そんな顔をしたジオがいる。 「怒った?」 「あ? 何が」 「飲んじゃって。俺酔ったでしょ」 「別に…金払って行ったんだからもと取るのは当たり前だろ」 「でもジオ飲んでない」 「俺は、飲まない」 首を傾ければジオが顔を逸らした。それから欠伸を漏らして「も一回寝る。お前は」と言われて首を振った。ジオの肩まで布団を引き上げて「いいよ寝な。俺今日一日ここにいる」と言えば眠そうな目を開けたジオが「は?」と顰めた声を出す。だから笑ってその唇に口付けて「昨日付き合わせちゃった分今日はここにいるよ。ジオのそばにいる」そう言ったらジオが視線を逸らした。それから首に腕が回るから応えるためにその顔に手を添えて唇を舌で抉じ開ける。 ジオの息が切れるまで舌を絡め取る。その間に髪を解いた。ずっと結びっぱなしでせっかくのきれいな髪に癖がついてた。もったいない。シャワー浴びてシャンプーすればいつも通りになるのかもしれないけど。 は、と息を漏らしたジオが「酒っぽい」と舌を出すから笑った。そりゃそうだ、俺お酒飲んだんだから。 「寝る?」 「…どっちでもいい」 「え? 寝るの寝ないの?」 「…それどっちの寝るだよ」 赤くなった顔を背けたジオがぼそぼそとそう言うから俺は思わず笑う。それからしゅると飾りのネクタイを解いてワイシャツの襟元をくつろげた。こっちの意味って言わなくても見れば伝わるか。どっちの寝るかだなんて。 「朝からしてもいい?」 「……別に」 相変わらずそっぽを向いたままのジオの頬に口付ける。癖のついてる髪に手櫛を通しながら「ジオ以外は好きにならないよ」と言う。「別にそんなこと気にしてない」とそっけない答えが返ってきたけど、声とは裏腹に瞳はちょっと潤んでいた。パーカーの下に手を滑り込ませてから気づいて「コート脱ぐ?」「ん、脱ぐ」もぞもぞ動いたジオがコートの袖から腕を抜いた。だから反対側を引っぱってコートの方をテーブルにやる。 「心配だったからついてきたんでしょ。合コン」 「べ、つに…心配なんかして、ない」 「うっそ。顔に書いてあったよ。不機嫌そうだったもん」 「だったらもう行くな」 「んー、なるべく避けてるんだけど。俺ってそういうの誘いやすい奴に見えるのかなぁ」 「知らな、ぃ」 「付き合いって大事だけど。やっぱりこれからは断ろうかな。飲んじゃうのもあれだしお金もあれだし、一番はやっぱりジオだし」 首筋に顔を埋めて舐め上げる。耐えるみたいに固く目を瞑ってるジオが「俺だってお前が一番だ」と漏らすからそれに笑みがこぼれた。 じゃあこれからは合コンの話は断ろう。彼女いるんだって言おう。正確にはそうじゃないんだけどでも恋人ってとこでは変わらないし、だからこれからはちゃんと恋人いるんだごめんって断ろう。興味ないんだって。俺が興味あるのはただ一人だけなんだから。 「かわいいジオ」 「ぁ、かわいくない…っ」 「うそ。かわいい」 「あ、ぁ…んっ、しつこい、ばかっ」 「だってかわいいし。好きだもん、愛してるよ」 ジオの額に口付けてから唇を塞ぐ。声を上げたいんだろうジオの舌を絡め取って吐息が漏れるだけの時間が訪れて、最初こそ寒かったのがだんだんと暑くなってきて。そのうち布団を跳ね除けて羽織ってる状態の服もずり落ちて。 かち、と長い針の進む音がした。朝だったし両隣いそうな感じだったからジオの唇を塞いだままイかせた。 「愛してるよジオ」 は、と浅い呼吸を繰り返すジオの額に口付ければちょっぴり汗の味がした。触れる吐息に混じって「俺だって」と小さな言葉が耳朶を打つ。だから俺はまた笑ってその額に口付けをした。 |