「虚というのは全般的に好戦的だそうです」 「…んなもん決まってるだろうが。喰われたら終わりなんだからよ俺達は」 俺がそう返せばぱちと一つ瞬きした相手はきょとんとした顔をした。なんだその顔は殴るぞといつも思うだけ思って殴らない。殴ったら相手がどんな反応をするか、そんなの分かりきってたからだ。 「喰われる前に喰う。それだけだろ」 「はぁ。そう言われるとそうですね」 首を傾けた相手が「ではグリムジョー・ジャガージャック様も喰われる前に喰っておられるのですか?」と分かりきったことを言うから。ぼすとその頭に手をやってぐりぐりと撫で回す。んなもの見れば分かる。 それよりも。何で俺がこんなガキの相手をしなきゃならないのか、だ。問題は。 「おぃウルキオラ」 「何だ」 「俺はこんなもんいらねぇ。他所へやれ」 とりあえず襟首掴んでそいつを掴み上げて持って行けば、ウルキオラの野郎には「お前が拾ってきたんだろう」と相変わらずの無表情で返される。ぴきと自分のこめかみが引きつるのを感じながら「拾ったんじゃねぇよ勝手についてきたんだ」と言い返す。 丸い瞳でウルキオラをじぃと見つめたそいつが「ウルキオラ・シファー様」「何だ」「お名前を確認しただけです」「…そうか」どっちともが表情を変えないでのやり取りだからまた自分のこめかみが引きつるのを感じる。 かと言って。他に誰か他所へやれるような奴の検討もつかず。俺は結局その拾い物をそばに置く破目になった。 「グリムジョー・ジャガージャック様」 たったか駆けてきたそいつが「お探しのものです」とずいと何か差し出す。ソファで寝こけていた体勢から起き上がってみれば、探し物っていうのが何かの腕っぽいものだったから思わずぐいと視界を擦った。擦ってみても目に見える景色は変らず、よく見ればそいつは背中に籠を背負っていて、その籠の中にも角やら足やら手やらそれ以外をもぎゅうぎゅうに詰め込んであって。 がしとその誰のか分かりもしない腕を掴んで「何だこりゃ」と言えば、「レベルアップには虚を喰うことが絶対だと言われたので」「……獲ってきたってか?」「はい」けろっとした顔で何を言うかと思えば。 はぁと息を吐いてがしがしと頭をかく。獲りに行くぐらい自分で行ける。つーか殺りたいときに殺る。別に他人に世話にならないとならねぇほど俺は弱くない。 だから掴んだその腕をそいつの口に突っ込んだ。ぱちぱちと瞬きするそいつがどうしてそれでも純粋な、そう純粋な顔しかしないのか。俺にはよく分からない。 「俺はいらねぇ」 「ふぇほ、」 「喰うんならてめぇが喰え。俺はいらん」 きっぱり言ってもう一度ごろとソファに横になった。つーか見当たらないどこ行ったんだとちょっとでも考えてた俺はあれだ、馬鹿だ。 どうせ暇なんだ寝ちまえと思ったのに、すぐそこからごりとかばきとかみしとか不愉快極まりない音がする。 舌打ちしてがばと起き上がれば腕一本平らげたらしいそいつが俺を見上げた。丸い瞳。無垢な瞳。何を考えてるのか分からない瞳。何も考えていないのかもしれない瞳。それから血で汚れた、口元。 「ここで喰うな。うるせぇ」 「すみません」 頭を下げて謝るそいつに媚びへつらうような態度は欠片もない。ただ純粋に俺の言葉に対して謝っている。それがひどく不愉快だ。うるせぇのは確かだしここで喰うな血の臭いが充満すると思ったのも確か。 だから。背中に背負っていたその籠をがしと掴んで。「離せ」と命じれば素直に籠から手を離すそいつ。黒腔を無理矢理抉じ開けてそこに籠をぶち込む。どこへ飛ばされようが俺の知るところじゃない。 ばつんと閉じた空間。それから「立て」と命じれば「はい」と返して立ち上がるそいつは、恐らく生まれ立ての赤子同然の。 「顔と手を洗え。血生臭い」 「はい」 たったか走って部屋を出て行ったそいつに息を吐く。だから何で俺がこんなこと。世話には向かねぇんだよ、しかも動物じゃなく同類なんざ。 (…あー) ぼすとソファに座り込む。 赤子と言えば。謀らずとも庇うような形になって一度見逃した虚がいた。俺と同じ獣型の。四肢があって同じような形をした、小さい奴を。 あのときはあんな小さいのを喰うなんて行動がくだらなく思えたし今でもくだらないと思う。力ある奴を蹴散らし食い千切り上に行くのが俺の目指していること。あんな善も悪も分からない目をしてこっちを見上げてる瞳を持つ奴を喰う気になれずその場で捨て置いた。死のうが生きようが好きにすればいいと思った。どのみち力がなけりゃこの世界じゃ消えるだけ。それは定め。 「洗いました」 たったか部屋に戻ってきたそいつ。その腰にある剣を見やる。 「おぃ」 「はい」 「刀剣解放。してみろ」 だからまだ一度も見たことのないそいつの本来の姿を見てやろうと。そうすれば多分これは腑に落ちる問題だと。そう思って。 言われるがままに刀剣を解放するそいつ。ばしゅんと煙。それからたんと軽い音。 煙の向こうにいたのは、思っていたよりは大きい、それでも俺から言わせてもらえば小さなそいつがいるだけだった。ぎしと鳴る爪の音とばさと背中で羽音を立てる翼。翼と爪を持つ獣の姿。 「…もういい」 「はい」 ばしゅんとまた煙。息を吐いて目を閉じた。そういえばあの頃は翼なんて持っちゃいなかったか。 手招きすれば、たったか寄ってくるそいつ。俺の腰より少し高いくらいの背丈しかないそいつ。 「お前。名前は」 「存じません」 「……じゃ自分で考えろ。名がないと呼びにくい」 「では。グリムジョー・ジャガージャック様がおつけください」 「………はぁ」 息を吐く。何が楽しくてこんなやり取りをしないとならないんだか。 頬杖をついてそいつを見やった。名前がないと呼びにくい。お前じゃ万人に当てはまる。それでも俺にお前と表現されてもこいつは俺のところに来るんだろうが。 「…」 「?」 「。憶えろ。そう名乗れ」 「…。了解しました」 「それからもう1つ」 「はい」 ぼすとその頭を撫でる。撫でるというより叩くかこれは。どっちでもいい。どっちでもいいがどのみち集束する先は一つだ。 「俺を呼ぶときは名前の方でいい」 「…、グリムジョー様」 丸い目で俺を見上げてくるそいつはガキで。まだ赤子同然で。俺が殺れと命じれば恐らくどんな相手にでも突っ込んでいくのだろう。たとえばそれで死ぬんだとしても。 (何で俺になんてついてきたんだか) 仕方なくがしと抱き上げてぼすとソファに放る。不思議そうにこっちを見る目はそれでも変わらない。 「寝ろ。あれだけ殺ったんなら消耗してんだろ」 「寝ると回復するのですか?」 「俺はな」 「では。眠ってみます」 馬鹿正直にそう言って。馬鹿みたいに目を閉じて。馬鹿でしかないこいつはソファで丸くなって小さくなった。 それに息を吐いてベッドの方に転がる毛布を放って被せる俺も、俺だ。 |