そうして俺は君と出逢う

 仕事に任命された。それ自体は仕方のないことだし、面倒だと思うけど仕事なんだからやる一択しかない。めんどくさいってのが本音だけど、ほら仕事だからしょうがない。
 手渡された書類をぞんざいにめくりながらはぁと一つ溜息を吐くと、仕事の書類を持ってきた先輩に盛大に顔を顰められた。
「ええー、こんな遠出なんですか…つーか日本て今リボーンが行ってるんすよね。なら俺行く必要全然ないじゃないすか」
「そのリボーンさんからのお達しだ」
「ええー」
 呆れ顔と呆れ声で言われて「贔屓だぁひどい」と嘆くと頭にチョップを食らった。いて。視線を上げると贅沢な奴だってこっちを見てる先輩がいる。「何なら俺が変わるが」「え、本当すか! じゃあはいバトンタッチ」「変われるならな」書類を押しつけたら押し返された。しまいには溜息まで吐かれて「なんでお前みたいなのを選ぶんだろうなリボーンさんは」と嘆かれる始末。なんでといわれましても、俺だってわかりませんそんなこと。
 仕方ないからもう一回書類に視線を落とす。すぐ来い今すぐ飛んでこい的なことが書いてある書類の表紙をじっと睨んで、はぁと溜息。先輩が怖い顔してこっちを見てるし、これは仕事なんだし、溜息吐くのはこれで最後。
(どうせこのタイミングで飛んでこいとか言うんだから、ボンゴレリング関連の話だろうなぁ)
「ほれ」
「、」
 遠い目をしかけた俺に先輩が放ってきたのは一つの封筒。キャッチして確認すると飛行機のチケットだった。「さっさと行ってこい。俺より出来るってとこ見せてこいよ」と言われて「へーい」と投げやりな返事をするとまた頭にチョップを食らった。いて。「しゃきっとしろしゃきっと!」「へいい」怒られて首を竦めながら自分の部屋に取って返す。少ない荷物をまとめてチケットの飛行機に乗り込み、俺はイタリアから日本へと飛び立った。
「…ここ? かなぁ」
 書類に書いてあるとおりの場所にタクシーで乗りつけると、学校だった。じっと校門のところの文字に目を凝らして漢字を睨んでみるけど、さすがに読めなかった。学校だっていうのは建物の感じでわかるけど、部外者が入っていいんだろうか。首を捻りつつもう一回ポケットの中の書類を広げてみる。指定場所は確かにこの学校の、応接室ってなってる。
 並盛中学校と漢字で書いてあるから、慣れないその文字と校門のプレートの文字を何度も見比べた。うん、合ってる。じゃあここの応接室ってところを探せばいいのか。
 目立たないところから校内に足を踏み入れ、多少うろうろした結果、応接室とやらを発見した。何度も書類の漢字とプレートの文字を見比べてようやく納得して扉をノックする。返答はなかった。
 あれ、指定場所は合ってる。はずだ。ただこれには時間表記はない。指定場所はここだ。それは間違ってない。でも誰もいない。
「あれ…リボーンー?」
 一応呼んでみたけど返事はない。
 …困った。
(んー。ここだよ? うん、ここだよ。書いてある場所はここ。来いって書いてある場所はここ)
 俺は間違ってない。再度確認してからそろりと扉を開ける。やっぱり誰もいなかった。多少緊張してたというのに台無しだ。脱力して黒いソファに座り込むと、皮のソファが軋む音がした。
 すぐ飛んでこいっていうから飛んできたのに。どうせボンゴレリング関係なんだろ。こっちだって関わる覚悟は決めてきたんだから、さっさと話して仕事内容教えてくれればいいのにな。
 中途半端な気持ち。ふわふわとした足元はとても頼りない。
 少ない荷物の入った鞄を枕代わりにソファに横になって目を閉じると、慣れない日本にいる自分というのがぽっかり空に浮かんでみえる。
 少し伸びてきた前髪がさらりと落ちてきて目にかかった。瞼を押し上げると赤みを帯びた茶色の髪が見える。指でつまんで適当に払ってまた目を閉じる。そろそろ切った方がいいかな。
 リボーン、早く来ないかな。せめて顔見知りに合ったら、俺ももう少し落ち着けるのに。
「…何してるの」
 声が、頭に降ってきた。無感動な声だった。感情の窺えない声に、知らない間に寝てたらしいと気付いて薄目を開けると、ソファの背もたれに手をついてこっちを覗き込んでいたのは見事に日本人だってことを体現してるような真っ黒な髪をした子だった。きれいな顔をしてるけど声からしても男子だ。少し灰色がかった瞳は鋭くて、感情がない。
「ねぇ。何してるの」
「あ…ああ、ええと。待ち合わせを」
「ここは風紀委員が使う部屋なんだけど」
「フウキイイン? って何?」
 素でそう返したらきょとんとした顔をされた。感情のない瞳だと思ったけどそうでもなかった。「…その髪は地毛?」「ああ、うん。そろそろ切ろうかなと思ってる」「…じゃあその蒼い目もか」「うん」ああ。そうか、ここは日本だった。こっちじゃこういう色の方が珍しいんだ。手を伸ばして黒い髪を指先で揺らすとさらりと指をすり抜ける。「黒い髪がきれいだね」と言うと相手は変なものでも飲み込んだみたいな顔をするから、そういう顔もするんだなぁと俺は笑う。
「ねぇ、赤ちゃんみたいな子が来てない? 俺その子と待ち合わせなんだけど」
「…赤ん坊の知り合い?」
「あ、リボーン知ってるんだ。うん、まぁ知り合い。ここに来いって言われたんだけどいないんだよね」
 困ったもんだと息を吐くと、こっちを見下ろしていた相手がソファから離れた。「仕方ないな。赤ん坊に貸しを作っておくのも悪くないから、特別に許してあげるよ」「…? ありがとう」よく分からないけど許可が下りたからお礼を言っておく。
 視線で追っていると、書類とかの束を机に置いて向かい側に腰かけた黒髪の相手。寝転んだままもいかがなものかと思って起き上がると髪が視界で鬱陶しい。かき上げて邪魔ーと前髪を睨んでいると、じっとこっちを見ている灰色の瞳に気付いて首を傾げる。「何?」「別に」ぷいとそっぽを向かれて俺は苦笑い。
 つかリボーン遅い。来たら文句言ってやる。
 向かい側でふいにポケットに手を突っ込んだ相手が何かを取り出した。「これ何か知ってる?」と突き出された手を見てみると、どこか歪な形の指輪がその手にあるではないか。思わずがしとその手を掴んでじっと指輪を睨みつけた。
 間違いない。ボンゴレリングの半分だ。これは、雲のマーク。
 俺とそう変わらない掌を握って顔を上げれば、俺と同じくらいの子がいる。瞳を細めて「知ってるんだ」という声にどう返そうか迷った。これがどんな意味を持つものなのかこの子は知らない。リボーンは説明してないのか。でも俺みたいな下っ端が説明していいもんなのか。
「…名前は? 俺っていうんだけど」
「雲雀恭弥」
「ヒバリ…」
 言いにくい名前だった。まだキョーヤの方が言いやすい。掌の上の指輪を指先で撫でて「キョーヤ」と呼ぶと「何」と無感動な声がする。
 ヴァリアーって人殺しで有名な部隊がこれを狙ってるんだなんて言ったらキョーヤはどんな顔をするだろう。俺なら指輪放り出して逃げ出すけど、キョーヤは。
「これは、危ないものなんだけど。それでも持ってる?」
 俺がそう言ったらキョーヤの灰の瞳がこっちを見つめた。「危ないものなんだ」「うん。多分」「ふぅん」ぐっと拳を握って指輪を握り込むと「じゃあ持ってる」なんて言うから俺はびっくりして瞬きを繰り返した。拳を作ったその手を離さずに「え、なんで? 普通いらないって言うとこじゃない? 本当危ないんだよそれ持ってると」「だからでしょ。強い相手と戦えるってことだ」無感動に見える瞳はそう言って笑った。純粋に、戦うということが楽しみで仕方ない、そういう臆する心のない、心底楽しそうな、不敵な笑みだった。
 ああ、そうか。リボーンが認めて指輪を託したんだから、俺が心配するようなことは何もないんだな。その事実に少しほっとしたようで、少し残念だった。
 キョーヤの手を離してソファの背もたれに脱力すると同時にガラリと応接室の扉が開く音。リボーンが来たのかと視線を投げると、リボーンではなかったけど、そこには見知った顔がいた。金髪に鷲色の瞳。間違いない、ディーノだ。
「ディーノ…?」
「おお、か。リボーンから話は聞いてると思うが、よろしく頼むぜ」
 にかっと人懐こい笑顔で笑いかけられてとりあえず会釈しておく。それからリボーンから話は〜の部分を思い返して慌てて立ち上がって「へ? いや俺まだ何も聞いてなくて。つーかここに来いって言われて今イタリアから飛んできたとこで」「ん? 行き違いか?」「いや、俺にもさっぱり…」さっぱりわからない、と言おうとしたところでキョーヤがふらりと立ち上がった。手にしていた黒いノートをぱんと閉じると物騒なものを取り出す。銀色に光る鉄の棒。あれはなんだっけ、なんとかって武器だ。ああ名前が思い出せない。
「あなた誰? 赤ん坊の知り合い?」
「まぁそういうところだ。雲の刻印のついた指輪について話がしたい」
 どうやらディーノはリボーンから話を聞いてるらしい。というかやっぱりそうなるんだ。
 推測が確信へと変わると、心がじわりと嫌な感じに歪んだ。
 こんな俺と変わらない年頃の子がマフィアとかに足を突っ込むのははっきりいって賛成できかねる。そういう家系に生まれてしまったとか事情があるならまだしも、キョーヤは日本人なんだし、マフィアなんて言葉とは無関係な世界を生きてたろうに。
 俺が微妙な顔をしていると、目の前にすっと拳が出された。気付くとキョーヤが立っていて、「持ってて」「へ?」ぱっと広げられた手からきらりと光る指輪が落下したのが見えて、反射でぱしと掴み取ってしまった。はっとして「いや、これはキョーヤが持って、」ないと。そう続けようとして言えなくなる。今からでもこれをどうにかすれば、キョーヤは、なんて考えてしまう。
「僕は指輪の話なんてどーでもいいよ。あなたを咬み殺せれば…」
 物騒な言葉を吐いてキョーヤが不敵に笑った。どう見てもディーノ相手に楽しんでる顔だった。…この子の将来が心配だ。
 武器である鞭を取り出したディーノもやる気満々だった。「なるほど問題児だな。いいだろう、その方が話が早い」「あのー、ディーノ? 手加減してやってね…?」ちょっと不安になって声をかけると、あろうことかキョーヤに睨まれた。「僕が負けるとでも思うの?」機嫌の悪そうな声に「え、いや、だって俺キョーヤが強いのかとか知らないし」しどろもどろにそう返すとキョーヤがさらに不機嫌そうな顔になる。銀の武器を折り畳むとがしと俺の腕を掴んでずるずる引きずり始めるから慌てた。まさか俺がサンドバックになんてならないよね? ねぇ?
「え、あれ、キョーヤっ?」
「屋上へ行く。見せてあげるよ、僕が強いんだってとこ」
「へ? ああうん、そうなんだ?」
 疑問系で返すとむっと眉根を寄せた整った顔が見えた。そんな顔されても俺が困る。
 ディーノと部下であるロマーリオが俺達を見てなぜか苦笑いしている。
 笑われたって困るんですが。つーかディーノこれはどういう流れになってるのか真面目にリボーンを呼び出したいよ俺。