下校の帰り道、よっしゃー今日の補習終わったなーと補習仲間とだらだら校門を抜けたところでちょっと付き合ってくれる? と並中を統率している風紀委員長に呼ばれた。 それまで一緒に歩いていた補習仲間がさっと俺から離れて頑張れよと目だけのエールを送る中、俺は若干青い顔で黙って風紀委員長の後ろをついていった。 抗ったらまず咬み殺されることが決定してる。並盛最強と言われる風紀委員長に逆らうなんて俺には無理です涙目。 校舎を右手に歩いていく委員長のたなびく学ランを眺めつつ、俺の思考はぐるぐるしている。 (俺なんかした? 風紀を乱すようなやばいことしたっけ? あれか、テストの点数? あまりにも赤点補習が多くてそれが風紀委員長のとこまで届いた? 今日もゴールデンウィークにかかわらず頑張ってる先生の補習授業だったしな。っていうかこのあと俺ボコられるわけ? やべー生きて帰れるかな。これからはもうちょっと真面目に勉強に取り組むんで助けて神様。俺まだ死にたくない) と、脳内で助けを求めていると、校舎裏の影になってる部分に入ったところで風紀委員長が足を止めた。つられて立ち止まる。うおおボコるのに最適な人のいなくて外から見えにくい空間。 「ねぇ」 「はい」 くるりと振り返った風紀委員長の肩で器用に引っかかってる学ランが揺れた。女子がしょっちゅう噂するのに思わず頷いてしまうようなきれいな顔立ちに見上げられて、ちょっと戸惑う。 喧嘩に強い人だとは知ってるけど、これだけ近くで顔を見たのは初めてだ。ほんと、きれいなんだな。これで男だとかちょっと卑怯じゃないか。顔面偏差値が違いすぎる。 「今日は学校は休みのはずだけど」 「えっと、俺頭悪いんで、補習があって」 「補習…? ふぅん」 ふぅん、と二度こぼした委員長が何かを考えるように顎に手を当てる。 なるほど。そんな姿さえ様になっている。俺達が普段してる仕種動作もこの人にやらせれば女子の黄色い声が止まらないんだろうなぁ。いいなぁ美形って。俺も美形に生まれたかったなぁ。 っていうか学ラン、器用に肩に引っかかってる。よく落ちないな…。実は縫いつけてあるとか? だったら普通に袖通せって話だけど。そもそもなんで並中の制服じゃなくてこの人は学ランを羽織るんだろう。こだわりがあるのか。まぁ、あるんだろうな。風紀風紀ってうるさい人だし。 何やら考え中の風紀委員長にそろっと手を伸ばしてはしっと学ランをつまんでみた。ら、簡単に持ち上がった。 あれ。縫いつけてあるとかじゃなかった。 「…何してるの」 若干低めの声に、自分がしてしまった失敗にさぁっと全身から血の気が引いた。委員長がこっちを睨んでる。怖い怖い。 「いや、肩で器用に引っかかってるんで、どうなってるのかな〜と…」 そろりと手を離して学ランをもとどおり委員長の肩に戻すものの、とき、すでに遅し。 がっとシャツの襟を掴まれ引き寄せられた。つんのめりつつ苦しいのを避けて一歩前に出て、委員長も前に一歩出て、なんか、すごく、距離が。近いことに。 「あ、の」 「ねぇ」 「はいっ」 「今日僕の誕生日なんだけど」 「え!?」 突然の話の転換に驚く俺。当たり前だけどプレゼントできるようなものは持ってない。 近いままの距離に背中に冷や汗を感じつつ「えっと、すみません、何も持ってないです」と正直に告白。委員長はさらに眉根を寄せると、俺の胸ぐらを掴んだまま校舎の壁に追いやり、どん、と背中が冷たいコンクリートに触れる。おまけにバンと勢いよく壁を蹴飛ばす委員長に内心悲鳴を上げる俺。トンファーだけは勘弁してください顔が潰れちゃう。 「じゃあ、勝手にもらう」 「は、」 はい? と言おうとして、ただでさえ近かった委員長の顔がさらに近くなった気がして、喋ったら唇が触れる、と息すら止めたところで、ごち、と後頭部がコンクリの壁にぶつかった。いて、と片目を瞑ったところでそれ以上下がることもできず、上手く避けることもできず、委員長のきれいな顔が視界いっぱい。に。 そこで思考がフリーズした。かちこちに。 伏せられた瞼の睫毛と、指を滑らせたらすべすべしてるんだろうなと思うトラブルのない肌と、墨よりも黒くて艶のある黒い髪が見えた。 俺の唇に触れてるのってなんだ。あったかいぞ。やわらかいぞ。…食みたくなってきた。 目の前に委員長の顔があって、息が、肌に触れている、ということは。俺は並盛一強い人とキスしちゃってるってことでいいのか。いいんだよな。でもなんで。 訊きたくても口が塞がってるから声が出せない。 あの、そろそろ息を止めてるのが限界です、と襟元を掴んだままの手に触れて剥がそうとするものの、全然動かない。俺より小さいのになんて力だ。さすが風紀委員長。あー駄目だもう限界。 ふ、と呼吸した拍子に唇が薄く開いて、薄目を開けた灰色の瞳と目が合った。 ………こんなにきれいな人なのに。相手なんてより取り見取りだろうに。なんで俺なんかとキスしてんだ。 疑問ではちきれそうになる頭は、唇を這ったぬるりとした感触でまたまっさらになる。 ちょっと待て、と思ってる間に俺が逃げないようにがっしり頭を抱え込んだ委員長が舌を入れてきた。 うおおなんだこれえとカチンコチンになっている俺に、ちょっとだけ口を離した委員長が「ヘタクソ。力抜け」とか命令形で眉間に皺を寄せて俺を睨みつけるから、委員長という人への情景反射で「すんませ」と言いかけて、そんな俺の口をまた委員長が塞ぐ。 俺の頭の中は疑問のオンパレードである。 (どーして俺のファーストキスが男なんですか? いやきれいだからいいけど。いや全然よくない、なんで俺キスしてんだ!? っていうか、長、) ちゅうと口の中を吸われた。歯茎をなぞる舌が熱い。口の中ちょう狭い。今、舌が二つあるから。 くそ、やられっぱなしなんて勘弁だ。相手は風紀委員長、しかし、ファーストキスを奪われた。なんか悔しいじゃないか、されるがままなんて。あとでトンファー食らうとしたってこのままはごめんだ。 かちこち固まっていた手を伸ばしてきれいな顔に手を添えた。頬を撫でてみるとやっぱりすべすべで、思春期によくある肌のトラブルとは無縁のようだ、と思う。手入れでもしてるのかなぁと思う形のいい眉を指でなぞって、長めの前髪をかき上げてみる。おでこもつるつるだ。整いすぎてて怖いくらいきれい。そのまま両手で頭を撫でて、形がいいなぁと思った。指に絡めてするりと離れていく弾力のある黒い髪も、その辺の女子よりずっと。 ふっと息をこぼした委員長が唐突にキスをやめた。はっとしてべたべた触っていた自分の手を引っ込める。 ……すごく、空気が気まずい。 委員長。自分からしてきたのになんで口を袖で隠すんですか。俺が触ったことはスルーですか。いやその方がありがたいけど。 っていうか、なんでキスしたんですか。俺もあなたも男なのに。 誕生日だから? 俺が何も持ってなかったから? だからキスなんですか? それでいいんですかあなたは。 あなたは、俺なんかのキスが、ほしかったんですか? 「…委員長?」 恐る恐る声をかけると、ぎろりと俺を睨んだ委員長が低い声で「僕にだって名前があるんだけど」と言う。「雲雀恭弥、さん」フルネームにさんをつけて呼んだ俺に機嫌悪そうに眉根を寄せたから慌てて「雲雀さん」と言い直す。雲雀さん、は眉間に皺を刻んだままふいと顔を背けて「まぁいいか」とこぼして俺から離れた。そうしてそのまま何事もなかったみたいに去っていった。 残された俺はしばしぽかーんと放心していた。 ……なんか知らないけどキスしちゃったよ。初キスがなぜか雲雀さんとだよ。なんで。どうしてこうなった。いや、あの人きれいだから、嫌とかじゃなかったけど…。 さっきまでキスしていた唇に指で触れてみる。 (口ん中、なんか、いつもと違う味がするな。あの人の唾液がまだ残ってるみたいだ) 舌に触れてきた熱くてやわらかい感触を思い出して、掌で口を覆った。ずるずるとその場に座り込んでごちっとコンクリの壁に後頭部をぶつけ、「ちくしょー」とぼやく。 ちくしょー。ファーストキス奪われたっていうのになんだこれ。次あの人に会ったらどういう顔すればいいんだよもー。 |