世間がゴールデンウィークに突入して、予定がないというを映画に誘った。
 娯楽施設なんてどこも人でいっぱいだろう。落ち着いて二人でいられる場所だって少ない。映画館なら、スクリーンを通して同じものを見て時間を過ごせるし、上映中は当然暗いから、人目を気にしなくてすむし。僕らにうってつけだ。
 ウェブから予約を取ったから座席は隣同士で確保したものの、映画館も当然混んでいた。キャスケット帽を深めに被り直す。服はのものを借りたので、間違ってもこれが僕だと看破されることはないはずだけど。
 はぐれないようにと軽く繋がれている手をつい意識してしまう正直な自分を恥じながら、映画が始まる前に、忘れないうちに伝えておいた。ゴールデンウィークでなくても僕の誕生日は祝日で、学校では絶対に会えないからだ。
 今までだったらどうでもいいってスルーしていたことだったけど。彼が好きだと応えてくれたときから、ずっとずっと意識していたことだった。

「誕生日ぃ? あー、そっか。何歳だっけ?」
「…25だけど」
「へー。全然見えないなぁ。若いなぁ恭弥」

 前髪を撫でつける指を払いのける。「髪が長いせいかな。あ、今日俺の服貸したせいか。若作りしてるわけでもないだろうけど、俺よりちょっと上くらいにしか見えないよ」へらへら笑っているの指がまた前髪に触れる。払いのけつつ顔を逸らして眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
 若いって言われて気にするってことは、僕もそれなりに年齢を意識してるってこと、なのかもしれない。
との差は、8つか)
 考えて、一瞬でも歳の差の世間体を気にした自分を馬鹿だと思った。
 そもそも男同士であるんだからその時点で世間に胸を張れるようなカップルにはなれないんだ。歳の差なんて気にするのは今更だ。
 だから、そんなことはどうでもよくて。僕はもうすぐ誕生日なんだからプレゼントがほしいって言うつもりだったんだ。
 場内の灯りが前から順番に消えていく中での表情を窺う。それで? と首を捻っている彼は僕が言いたいことを分かっていて、僕が自分から伝えるのを待っている。相変わらずいじわるだ。汲み取ってくれていいじゃないか、と弧を描いている唇を睨みつける。
 もう映画が始まってしまう。音で僕の声が消される前に、伝えないと。

「だから、何かちょうだい」
「いいよ。何がいい? 俺がいい?」
「ば…っ」

 とっさに掌で彼の口を塞いだ。馬鹿。いい笑顔をして人前でなんてこと、と慌てかけた耳に場内での注意事項が大音量で流され始め、そろりと周囲を窺う。特に、注意が集まっている感じはしない。みんなスクリーンに意識がいってるんだろう。助かった。
 ほっと吐息したのも束の間、生ぬるい感触が掌を這って、背筋がざわついた。引っ込めてようとして手首を掴まれ止められる。ざらりとした舌がゆっくり掌をくすぐるのが我慢ならない。顔が、熱い。いくら一番後ろの席だからって、少しは周りを気にしてほしい。
 スクリーンでは公開予定の映画の宣伝が流れているのに、はちっともそっちを見ないで、笑みをなくした真剣な表情で僕の掌を舐めている。舌全体で、ときには先っぽでちろちろと僕の肌を刺激して、その横顔がスクリーンからの色に染められて。掌を真剣に愛撫する舌に、を正視できなくなってきた。
 止めなきゃいけない。映画を見るために映画館へ来たんだから。こういうことを期待していなかったと言えば嘘になるけど、それは、あとでちゃんとホテルへ行くから、そこで。
 舌が指と指の間に入った。しつこいくらいに表面と舌先で撫でてくる。
 駄目だ。これ以上は。

「…っ、

 手首を握っている手を力ずくで剥がした。逃げるようにそっぽを向いて手を引っ込めた僕に、「はいはいごめんなさい」と投げやりに謝ったがようやくスクリーンの方を向く。
 …の唾液で手がべとべとしてる。
 ごくん、と喉が鳴った。拳を握った手がべったりしている。
 そっと開いて、どこかてかてかしてる掌を眺めた。鞄にハンカチがあるからそれで拭けばいいのに、僕は、違う選択をした。が気付きませんようにと祈りながらその手をゆっくり口元まで持っていって舌を這わせる。
 間接キスだ、なんて、そんなことで興奮する自分はどうかしてる。キスなんて呆れるくらいしてきたのに。
 べたべたしている手をさらにべたつかせながら、キスがしたいと身体が騒いだ。その欲望を理性で押し込める。ここは映画館で僕の隣にも前にも人がいるんだ。これ以上変なことはできない。
 映画、ちゃんと見れるかな。先走った思考がこのあとのことを考えてラヴロマンスなんてベタな選択をした、そのことを恥じる。
 スクリーンの中ではもう海外の男女の出会いが始まっている。英語で字幕を選択したんだから、きちんと追っていないと、ついていけなくなる。
 …雰囲気作りとか、大切だけど。間接キスくらいでこれだけ身体が騒いでるんだから、馬鹿だな、僕も。欲に任せてラヴロマンスなんて選ばずに素直に今一番話題の映画とかにすればよかった。
 男女が触れ合う映画の一時間半が軽い拷問に思えてくる。その間に触れないのだから。

「あんま煽るとあとでひどいから」
「、」

 聞こえた声にぱっと手を離した。台詞と台詞の間を縫った器用なタイミングの、僕にだけ届く声量。
 はこっちを見ていなかったけど、自分の顔がさっきより熱いのが分かる。暗いんだから伝わるはずもないのに、つい癖で眼鏡のブリッジを押し上げている。
 映画。ちゃんと見なきゃ。それから、何か欲しいものはないか、考えなきゃ。のことはもちろん欲しいけど、それ以外に、何か、考えなきゃ。心に残るもの。記念になるもの。考えて、今年は最高の誕生日にするんだ。におめでとうって言ってもらえたらそれだけで嬉しいけど、強欲にいこう。一年に一度の日だ。それくらいも許してくれる。
 誕生日おめでとう、恭弥
 生まれてきてくれてありがとう。俺のこと好きになってくれてありがとう。愛してくれて、ありがとう
 お前を生かしたこの世界が、お前と俺を逢わせてくれたこの世界が、愛しいよ
(……馬鹿だな)
 は、と吐息して、隣ですっかり寝入っているの茶髪を引っぱった。シャワーのあとでぺったりしているけど、自然乾燥してもあのふわふわの髪になるらしいから、少し、羨ましい。
 ずきずきしている腰に手をやって気休めに叩いてやりつつ、馬鹿みたいな台詞を吐いて笑ってみせたの髪を引っぱる。僕のことめちゃくちゃにしてよっぽど満足したのか起きそうにない。
 …生まれてきてくれてありがとうなんて。好きになってくれて、愛してくれて、ありがとうなんて。君に言われただけで泣いている自分がどうかしてると思う。
 生きていてよかったと心から思った。に出逢えてよかったと心から運命に感謝した。を育んだこの世界は彼に優しくはなかったけれど、それでも生かした。そのことが愛しかった。
 愛が足りないというのなら僕がいくらでも愛してあげる。



 眠っている彼の胸に顔を寄せ、相変わらず薄いままの身体にキスマークをつけた。
 体育とかで着替えのあるにはあまりこういうものは残さないのだけど、今日だけは、許してほしい。
 肌を吸って赤い痕を残して、泣きながら、愛で潰れそうな心でのことを抱き寄せる。
(ああ、好きだ)
 ぼろぼろ泣きながら君という存在に縋っている僕は、この想いは、重たいのだろうけど。こぼしてもいいから受け止めてほしい。
 それが、僕の。

 一言あとがき
 雲雀誕おめでとう!ということで眼鏡雲雀先生×生徒な男主の設定で書きました!
 題材として「砂吐くほど甘い系」という感じでした
 全力で祝ったからな!幸せになれよお前ら!!