(さーて、場所は学校か。ってことは当たる可能性が高いのはリボーンチーム…) ロールを足場にして校舎から下り立ったキョーヤに続いて土の地面に足をつけ、一度ツァールを戻す。放課後とはいえツァールは遠目でも目立つから。 さっさと歩き出したキョーヤを追いながら、今回の戦闘の制限時間の10分のタイマーをカウントしている腕時計を掲げる。キョーヤのがボスウォッチで俺のがバトラーウォッチで、キョーヤのが壊されたら風チームは負け、だったな。 残り時間は7分。今のところツナもハヤト達も見当たらない。このまま誰とも会わないで終わってくれると俺としてはありがたいんだけど…。 「この先に複数の人の気配がありますね」 落ちてきた声に顔を上げると、木からジャンプした小さな姿。反射で手を伸ばして抱き止めると風だった。さりげなく危ないことするなお前も。リボーンもめちゃくちゃだけどこっちの心臓引っくり返るようなことはしないでほしい。まだ小さいんだから怪我したら大変だろ。 「え、この先?」 「はい」 行儀よく頷く風からキョーヤへと視線を移す。なんかこっち睨んでるぞ。というか俺を睨んでるぞあれは。こんなちっさい子にも嫉妬するのかお前は。 えーと、とたじたじになったところで爆発音がした。首を竦めて衝撃波と音を視線で辿ると、校舎の一部から煙が上がっていた。少なくともあそこで誰かが戦っている。 ああ、並中壊しちゃって。一体どこから修復費用が出るんだろう…キョーヤ怒るだろうなぁ。 「さっきのすげえ爆発はっ?」 「まさか沢田ではっ」 「急ぐぞっ!」 角の向こうからの聞き覚えのある声。眉尻をつり上げて煙の上がる方を睨んでいたキョーヤの意識がそっちに移る。 現れたのはボンゴレ勢、ハヤトとタケシとリョウヘイだ。さっそく当たりたくないファミリーに当たってしまった。 キョーヤが容赦なくトンファーの一撃を叩き込んだのを眺めつつ片手で風を抱いて片手を空け、ツァールを呼び出す。歌う声で鳴いたツァールが空を舞う。 「てめぇ! ボンゴレの人間のくせに風につくとはどういうことだ!」 ハヤトの吠える声にあははーと苦笑いして指で頬を引っかく。「いや、それはごめんなさい。このとおり」片手で謝って頭を下げる。うん、それは本当に申し訳ないんだけど、俺にも所属ファミリーより優先したいことがあってね。 キョーヤのトンファーから伸びた玉鎖がハヤトが一瞬前までいた場所を遠慮なく叩きつける。「僕は話をしに来たんじゃない。戦いに来たんだ」と言う声はどこか苛つき気味で、三人に遠慮なく玉鎖を振るっている。その苛立ちの理由が俺でないことを祈る。そうでないと八つ当たりを受けるハヤト達にあまりに申し訳ないから。 どうするんだろ、どうなるんだろ、と内心ハラハラしつつ見守っていると、一番手としてリョウヘイが出てきた。キョーヤが口で言ってもわからないタイプだから力でわからせてやろうということになったらしい。 でもリョウヘイってボクシングが武器だったよな。ボクシングって近距離でなおかつ手を使う、と考えている間にリョウヘイは「ゆくぞ!」と気合い十分にキョーヤに一発目を叩き込んだ。結構速いスピードだったけどその辺りはキョーヤも負けていない。リョウヘイの一撃を避けたキョーヤのトンファーが持ち手から器用に回転してパキャッと腕時計を破壊する。 ああ、やっぱりな。忘れてたんだなリョウヘイ。リョウヘイの戦闘スタイルじゃ時計にダメージがいきやすいってこと。 「やはり代理を雲雀恭弥に頼んだのは正解でしたね」 腕の中で頷く風をそれとなく視界に入れつつ、戦況を頭の中心にしたまま「っていうと?」首を捻った俺に風はこう言った。「戦いに対するモチベーションと技術。現時点で彼は私が求めるものをかなり満たしている」と。ふーん、と生返事しつつ、荒々しい炎の波長を感じてそっちに視線を投げる。この方向は…確か、工場跡地。戦闘するにはもってこいの場所、か。 (残り、あと…6分切った) 戦況は、リョウヘイが腕時計を壊されて敗退、ハヤトとタケシ相手にキョーヤがトンファーを構えてる。 そこでタケシの手から燕が飛び立った。合わせたようにハヤトがボムを投げる。爆発が目的ではなく煙幕としてのボムに視界が煙に巻かれる。 「ツァール」 歌うように鳴いたツァールが翼を羽ばたかせて風で煙を吹き飛ばすと、ハヤトとタケシはダッシュで逃げている最中だった。 そうだよな。やっぱり守護者同士で戦うっていうのはよくないよな。ツナもそういうの嫌がりそうだし、俺としても退散してくれた方が嬉しい。 ポツポツと頬に当たる雨に視線を空に向けて口を開きかけ、閉じた。 今はハヤトとタケシの作戦に乗ってこの場を流そう。 逃げた二人を当然キョーヤが追ったけど、追いつけず、引き離されていく。 二人が俺達から十分離れたことを見て取ってから「キョーヤー」と手をメガホンにして呼びかける。ちょいちょい手招きして戻っておいでと示すと、キョーヤは不承不承戻ってきた。今追ったとしても二人に追いつけないということを理解したんだろう。 「引き離された。なんで」 「空、見てみなよ」 首を捻ったキョーヤが空を見上げた。晴れた空に雨が降っている。 「この雨はハヤトの煙幕のときにタケシの燕が降らせた雨だ。タケシの属性憶えてる? 雨属性の鎮静。つまり、この雨でキョーヤの動きが鈍化させられたんだ」 そのとおり、と俺の腕の中で頷いた風が「あの二人、なかなかやりますね」と同意。キョーヤはものすごくぶすっとした顔で雨で濡れた髪を払った。「わかってたなら手助けしてよ」「うーん…相手は逃げるつもりだったし、俺もファミリー相手に戦いたくはなかったからさ。次からはちゃんとやるよ」ごめん、と片手で謝るとキョーヤはぷいとそっぽを向く。機嫌が悪そうだ。 腕時計で残りの時間を確認する。 残り、4分切ったな。校内にいるだろうツナ達以外にこの場に相手がいないなら、今回の戦闘はこれでおしまいってことになりそうだ。そうなればキスでご機嫌取りくらいできるだろう、とか考えつつポケットからハンカチを取り出してキョーヤの黒髪をくしゃくしゃと拭う。風の目があるからかキョーヤは俺の手からハンカチをひったくって自分で髪を拭った。 代理戦争一日目の10分間はそうやって終了した。 これで今日はもう気張らなくていいんだな、とキョーヤにスーパーに寄ってもらって買い物をして帰宅後、夕飯を作っていると、機嫌悪そうなキョーヤが急須と湯のみを用意して一人でお茶の準備を始めた。機嫌は悪そうだけど、湯のみはちゃんと二人分ある。 「…今日学校に来たいって言ったのは、そういうことだったんだね」 「あー。うん。それもあった」 タタタタと野菜をみじん切りしつつ生返事。あとはこれに鶏肉を混ぜて、とか考えている横でやかんを火にかけたキョーヤに手を止める。「一緒にいたいって言ったのは本当だよ。疑ってる?」「……別に」そっぽを向いたキョーヤに一つ吐息する。キョーヤが心配だから俺も戦うことにして、リングはリボーンが手を回してくれたんだと説明はしたんだけど、納得してないんだな。 俺は調理しつつ、キョーヤはやかんを睨んで突っ立ったまま、会話のない時間が流れる。ものすごく居心地が悪いってわけじゃないけどやっぱり居心地は悪い。この沈黙は微妙な感じ。 これでサラダはできたし煮物もできたしチャーハンもできたし、と水道水で手を洗って、急須にお湯を注いで蓋をしたキョーヤの腰に腕を回した。軽く目を見開いたキョーヤの手からやかんが落ちてシンクの上に垂直落下、ゴン、と音を立てる。 相変わらず細いなぁと思う腰を抱き寄せて艶々してる黒髪に顔を埋めた。今日は少し雨っぽいにおいがする。 「お前のことが大事なんだよ。俺の知らないところで怪我とかしてほしくないんだ。その場にいたら何かできたかもって歯痒い思い、したくない」 なぁ、わかるだろ、と囁いて黒髪に隠れてる耳を食む。無反応で何もリアクションが返ってこないけど、それがどうしてか、なんてわかってる。 (耳まで赤いな。わかりやすい。なんて、意地悪かな) 顔をすり寄せて「キョーヤ」と甘えていると、震える拳を握って耐えていたんだろうキョーヤが折れた。俺の肩に額を押しつけて「怪我をしないでよ。僕だってあなたが大事なんだから」とこぼす声に「わかってる」と返してぎゅっと抱き締めた。応えて背中に腕が回って強く抱き返される。 少しだけキョーヤに嘘を吐いてる。そのことに胸が痛むけど、俺は、この代理戦争を戦うと決めた。 キョーヤのことが大事だって想いも変わらない。 だから、大丈夫。大丈夫。きっとわかってくれる。 キョーヤの黒髪を撫でていると、「キスして」と乞う細い声。ん、と返して黒い髪を指で梳きつつ唇をくっつける。何秒もしないうちに舌がほしいとねだられ、求められるまま口を開けて、熱くてやわらかいものを絡ませつつき合う。 こうすることにもう何も疑問を感じないほど、愛し合うのが当然になっている。 だから、大丈夫。俺がアラウディという人を愛していたことも、お前がその子孫だってことも、俺は一度死んで、人生の二度目を歩んでるんだってことも、きっと受け止めてくれるって、信じてる。 |