「ところで、キョーヤの手作りのチョコはないの?」
 お手製にぎり寿司とサラダという晩餐に、キョーヤがたくさん買ってきたチョコを順番に開けてちょっとだけ味見をする。おかげでチョコ味になりつつある口内を紅茶のレモンティーですっきりさせ、またチョコを食べ、レモンティーを含み、の繰り返し。
 そういえば、と気付いて訊ねた俺に、キョーヤの目がわかりやすく泳いだ。
「…いらないでしょう? おいしいチョコがこれだけあれば」
 キョーヤの理屈はそこらしい。つまり、おいしいチョコがあれば料理のできないキョーヤが必死で完成させたろう手作りチョコは用なしだ、と。
 ここは一つ言わせてもらおう。
 おいしいチョコがあればキョーヤの手作りチョコはいらない? そんなわけがない。
「よし、いいかキョーヤ。今日俺が握ったお寿司があったよね? 魚はスーパーで普通に売ってるやつ、お米も標準的。家庭的なお味のにぎり寿司だったよね?」
「…それが何?」
「おいしかった?」
「おいしかったけど」
「じゃ、お店に行ったとしよう。東京にあるような一流のお寿司屋さん。お米もネタも上質、わさびにだって気を遣ってて、お値段する分当たり前においしい。そんなお店のにぎり寿司と俺のにぎり寿司、どっちがいい?」
のお寿司」
「なんで?」
「……僕はあなたが作ったものの方がいい。その方がおいしい…」
 言ってるうちに眉根を寄せてたキョーヤも気付いたらしい。はぁ、と吐息してフォークでトリュフを刺す。「…あなたの場合も同じってこと?」「うん」伝わってよかった。そう、俺だって食べられるものなら食べてみたいのだ。愛しい恋人の手作りチョコ。それがどれだけ下手くそでも、デパートのチョコには遠く及ばない味でも。
 黙ってトリュフチョコを睨んでいたキョーヤがぱくりと一口で食べ、口をもごもごさせてからレモンティーを飲んだ。
「…明日でも売ってると思う?」
 手作りキットとかのことを指してるんだろう。「だいじょぶだと思うけど…俺日本のバレンタインは初めてだから、勝手はよくわからないよ」困ったなと笑うと仏頂面になったキョーヤが仕方なさそうに携帯を取り出し、居間を出て行く。多分草壁辺りに訊くんだろう。
 それにしても、やっぱりおいしいな。そりゃイタリアにいた頃こういうチョコをもらったことはあったけどさ。なんか、違うんだよな。キョーヤが選んで俺のために買ってきてくれた、それだけで付加価値の魔法がかかってチョコをおいしくしてるっていうかさ。
 いや。単純にキョーヤと一緒にチョコをつついてる現実が嬉しいのかもしれない。
(……そういえば、アラウディも大量にチョコを買ってきたことがあったっけ。あのとき俺は寝込んでて、カロリー取れって名目であいつダンボール一箱分のチョコ菓子を)
 思わず笑いそうになって、誤魔化してレモンティーをすすった。キョーヤにバレたら大目玉だ。ただでさえアラウディのこと目の敵にしてるのに。
 トリュフの箱を片付けて、味見したものから暗所保存。冷蔵庫で変に冷やすと固くなったりするから。この季節は外でも大丈夫だろう。
 戻ってきたキョーヤが携帯をテーブルに転がした。「値引きされて売ってるだろうって。明日、買ってきて作ってみる、から…」それでもいい? と上目遣いされてぐさっときた。全然いいです大丈夫です。くそぅかわいい。チョコの甘いにおいが漂ってるせいかな。食べちゃいたい。
 キョーヤは翌日も学校だったので、ぐっと欲望を呑み込んで、次の日。
 俺の弁当を持ってキョーヤはいつも通りにバイクで通学。で、俺はといえば、リボーンに呼ばれて沢田家を訪れていた。ネオボンゴレプリーモうんたらの話らしい。ネオボンゴレプリーモっていうのは内容的にボンゴレ十代目と中身は変わらないって聞いたんだけど、なんだろう。何か決定でもしたのかな。
「ちゃおッス」
「おう、来たな」
 ツナの部屋で相棒の銃の手入れをしているリボーンがまぁ入れと手招くので、大人しく入室して扉を閉めた。時期ボンゴレボスの部屋に入るとかまだ慣れない。ふつーの少年の部屋なんだけどさ。
「カモッラ、憶えてるか。お前らが新婚旅行のときに接触したマフィアだ」
「いや新婚旅行じゃないんだけど…憶えてるよ。銃提出してったろ。それが何?」
 ツッコミを入れた俺をスルーして銃の手入れを続けながらリボーンが言う。「奴ら、それなりに古くから続くマフィアだからな。自分とこより歴史が浅いくせにでかくなったボンゴレを敵視してる」ああ、と頷く。あのときだってボンゴレの一員をあわよくばって襲ってきたんだろうし、それはわかってる。
 で? 首を捻った俺にリボーンが溜息を吐いた。
「連中はどうあってもボンゴレと争うつもりでいるらしい」
「…マジっすか」
「ああ。ナポリでは動きが出てると報告がある。明日、守護者全員招集でイタリアに飛んでもらうぞ。いい機会だしとっちめてくれ。どうやってもオレ達には敵わないってとこを見せれば諦めるだろ。よほどの馬鹿でない限り」
「あーちょっと待って、待って。言いたいことはわかった。絶対むずがるキョーヤを連れてくのに協力しろって言うんだろ?」
 そうだ、と頷くリボーンにがしがし頭をかく。それは別にしょうがないっていうか仕事の一貫、なんだけど。明日って急すぎる。キョーヤは今日帰ってきてから俺のために慣れない調理をする予定でいるんだ。それで俺は昨日我慢した分今日キョーヤのこと抱きたいんだ。もろもろ合わせて明日出発っていうのは厳しい。
 しかし、相手は上司リボーン。真っ当な理由じゃ納得なんてしてくれないだろうこともわかっている。
「せめて明後日にならない? 俺、今日はちょっとキョーヤと…寝るんですけど。朝まで頑張る予定だから明日は厳しい」
 下手に誤魔化したところで通用するはずがないので、ぶっちゃけてみた。
 きゅ、とリボルバーを磨いていた小さな手が止まる。
 訪れた間という静寂に、ごく、と唾を飲み下す。
「…今更なんだが」
「うん」
「ヤってんだなぁ本当に」
「まぁ。はい」
「疑問なんだが、男とするってのはどうなんだ? ケツの穴にぶち込むわけだろ?」
 予想外の食いつき。そして遠慮も配慮もない言葉に苦笑いする俺である。ぶち込むって。いやまぁそのとおりなんですが。「俺は、悪くないと思うけどな。キツいの好きな人にはいんじゃないの」「あれだろ。同じイチモツがおっ勃ってるわけだろ。その辺どうなんだ」「…どうって言われても」「胸はないだろ、あいつはほせぇから抱いてやわらかいわけでもないだろ」オレは無理だね、と一人結論を出したリボーンに指で頬を引っかく。
 うん。まぁ。胸はぺたんこだし、痩せたのは徐々に戻してるけど、やわらかいってことはないし。太ももはやわかいけど。あとお尻も。じゃなくて。
 もやもや想像しかけたキョーヤを振り払ってぱちっと手を合わせて土下座。
「そういうことなんでもう一日くださいリボーン頼みます!」
 隠さずぶっちゃけたことで温情をくれたのか、イタリアに出立するのは明後日ということに話がまとまった。
 沢田家から帰宅、トランクケースを引っぱり出してすぐに準備に取りかかって自分の用意をすませ、キョーヤが面倒くさがらないようにキョーヤの着替えその他もろもろも勝手に準備。そのうち玄関の引き戸が開く音がした。「ただいま」という声も。キョーヤの部屋を飛び出してどたたたっと足音荒く階段を駆け下り「おかえりっ」と声をかけるとキョーヤがびっくりした顔で俺を見上げた。何そんなに慌ててるの、と言いたそうだ。
「あった? 手作りキット残ってた?」
「…とりあえずこれだけ買ってきた」
 がさ、とビニール袋を揺らすキョーヤにガッツポーズの俺。失敗することを考えてだろう、予備の分もあるようだ。さすがキョーヤ、いい子。
 すぐに台所に行って道具その他の準備をする。勝手のわからないキョーヤのために鍋やらボールやらヘラやらをひととおり並べ、いつもなら俺がつけるエプロンをキョーヤの制服の上に着せる。
 慣れないって顔でエプロンの結び目を気にするキョーヤ。
 制服にエプロンというこの鉄板。かわいい。剥いてしまいたい。しかしそれは今夜だ今夜。今は駄目。
 こほん、と咳払いして頭の中を区切り、「どれ作る?」と五つあるキットを示す。
 キョーヤは一つ一つ睨みつけて吟味してから一番簡単なやつを選んだ。チョコを湯煎で溶かして型に流し入れ、上からちょっと飾りのナッツや粉を添えて冷蔵庫で冷やせば完成というあれだ。
 さすがにこの簡単なやつなら…と思った俺だけど、キョーヤの調理知らずを侮っていた。『湯煎でチョコを溶かす』という説明文で、鍋に水を入れたはいいんだけど、沸いたと思ったらそこにチョコをそのまま放り込んだのだ。止める暇もなかった。それで俺があちゃーと額に手をやるとこれの何がいけないのかって顔でこっちを見上げてくるのだ。うん、侮っていた。
 そんなわけで、一つ目、失敗。
「じゃあ、次はこれにしようか。ほとんどさっきと一緒。増える作業はクッキーを砕いて型の底に敷くってことね」
 いいかキョーヤ、湯煎でチョコを溶かすっていうのは…と口頭で説明し、まずはクッキーを砕いてもらった。サランラップに包んで布巾で覆い、包丁の柄の底で叩いて砕く。ポイントとして砕きすぎてはいけないこと。粗いくらいが歯ごたえがあってちょうどいい。
 さすがのキョーヤでもこれはクリアした。砕いたクッキーの欠片を型の中に落とす。
 顰め面のキョーヤがさっきと同じように鍋に水を入れ、お湯を沸かし、チョコを入れたボールを浮かべた。「…溶けないよ?」「そんなに急に全部溶けません。ほら、底の方は溶けてきた」めんどくさいって顔をしたキョーヤが黙ってボールを睨みつける。
 この辺りで俺がトイレに行ったのがいけなかった。調理してるが故に念入りに手洗いしてから戻ったところ、チョコはボールの中で底からすっかり焦げついていた。しまった、説明忘れてた。チョコとかお菓子類は焦げやすいんだって。見てるだけじゃ駄目なんだよキョーヤ。
 そんなわけで、二つ目、失敗。
 次に簡単なやつは、湯煎したチョコの中にナッツ類を入れてコーティング、お手製アーモンドチョコを作ろうってやつだ。
 これの何が難しいかというと、湯煎で溶かして維持するチョコの温度。ドロドロに溶かしてしまえばナッツへのコーティングは薄っぺらくしかならない。市販のアーモンドチョコのようにコーティングのチョコを厚めにしようと思うと温度管理が大事になってくる。
 顔を顰めつつキョーヤはさっきと同じように湯煎でチョコを溶かし、ナッツを入れては取り出し、でさっさとコーティングをすませた。焦がさないようにときどき混ぜてはいるがコーティングの層を厚くするにはうんぬんなんて考えてなさそうだ。
 三つ目でようやく手作りチョコが形になった。キットの写真と自分が作ったものを見比べて「なんか違う」とぼやいてはいたけど、やっと成功したんだから、と有無を言わさずチョコを冷蔵庫へ。
 四つ目も同じようなものだ。今度はチョコの中に砕いたり砕かなかったりしたドライフルーツ類を入れて型に流し込み、包丁で切れる程度に形になってからサイコロ状にカット、さらに冷やして完成、というもの。これも失敗せずできた。あとはカットするタイミングだけだ。
 五つ目はまさかのマカロン作成キットだったので、そっと伏せた。
 これがキョーヤにできるとは思えない。絶対無理。俺だってマカロン作るのなんて繊細な作業すぎてめんどくさいって思うんだ。キョーヤには絶対無理。
 疲れたって顔で椅子に腰かけたキョーヤがエプロンをむしり取る。あ、俺が脱がせたかったのに。
「調理ってめんどくさいね…はよく毎日毎日、繰り返し」
「わりとなんでもできるのが特技だからね」
 ついでにエプロンを受け取ってちゃちゃっと夕飯の準備をする俺をキョーヤが頬杖をついて眺めている。感心してるのか呆れてるのか、半々、みたいな顔だ。
 で、夕飯をすませ、カットすべきチョコをカットして、二人で一口ずつ味見した。
 キョーヤは顔を顰めたけど俺は満足だ。焦げた味がするわけでもない。そりゃ、デパートのチョコを食べたんだから味の差っていうのは舌が感じちゃうけど、それよりも、嬉しいんだ。キョーヤが俺のために頑張って調理に挑んでくれたことが。俺のこと想ってくれてることが。
 さて。味見も終わったし、あとは明日食べるとして。今俺にはもっと食べたいものがある。
「キョーヤ」
 チョコを冷蔵庫にしまって着物のキョーヤを抱きすくめるとチョコのにおいがした。お風呂がまだだから髪からも肌からも甘いにおいがする。「何…?」「チョコは、きちんと冷えたの明日食べようって思うんだ。まだちゃんと固まってないから」そう、とぼやいたキョーヤの手が微妙に彷徨う。抱き返すべきか否か、という感じで。
「だから、今はキョーヤのことを食べたいんだけど」
 甘いにおいのまま甘い味がしそうなキョーヤの頬を食べてみた。残念ながら甘い味はしなかったけど。
 俺の腕を握りそうだった手が止まる。「…今?」「今」抱き締めている片手をすすすと下に下ろして着物の下の太ももを撫でた。長い睫毛が震える。「でも」「やだ?」「…嫌じゃないけど」「じゃーいいよね?」膝上から順番に、足の付根へ。
 熱い吐息をこぼしたその口をこの口で塞いで、着物の上から身体を弄ってその気にさせたあとにキスをやめた。
 熱く潤んだ瞳はとろけそうな顔によく似合ってる。生唾を飲み込むくらいにはエロい。
「部屋…ベッドがいい」
 囁くような声音がまたかわいい。
 キョーヤをぎゅっとしたに居間を出て二階へ。キョーヤの要望で部屋は俺の方。
 ちゅう、と足の甲にキスをして、足元から順番に、唇でキョーヤを愛でていく。
「ありがとうね。俺のために慣れないこと頑張ってくれて。すごく嬉しかった」
「まずい、のに?」
「そりゃ、デパートのチョコと比べちゃったらあれだけど。ぶっちゃけるとさ、味はそう関係ないんだ。俺のためにキョーヤが頑張ってくれたことが嬉しいんだ」
 膝頭に歯を立てる。きれいな膝だ。次は大好きな太もも。白くって適度にぷにっとしてて、あとはもうちょっと厚みが出てくれると申し分ない。ほそっこいだけが魅力ではないのだ。抱き心地にはお肉が不可避。男子はどうしても筋肉質になってやわらかさからは遠くなるからな。あんまりムキムキになっちゃやだぞキョーヤ、このぷにっと感を保ってくれ。
 太ももを堪能しているとキョーヤがふっと吹き出して笑った。「は、太ももが好きだね」「んー」べろべろに舐め回したくなるくらいには好きである。とくにお尻との境界面がなんともたまらない。
 まだ俺を笑う余力のあるキョーヤも、愛撫が進むにつれて余裕をなくしていく。
 太ももの次は、すっかり勃ってる場所は無視でお腹。お腹の次は胸と乳首。その次はキョーヤを半分引っくり返して背中、項、次は鎖骨、そして首。
 愛撫のしつこい俺にキョーヤが自分から下着を取っ払った。早く触ってほしくてウズウズしてるらしい。「ねぇ、そんなとこじゃなくて、ここ、こっち」と俺の手を引くくらいには。
(朝までベッドの上でのダンス、お願いしましょうか)