妬くのは、それだけ愛が大きいせい

 代理戦争二日目の朝。全快したで充電したくて夜はの部屋で一緒に寝て、朝、お弁当と朝食作りに起き出した彼につられて一度目を覚まし、まだ寝てていいよと笑うから、彼が起こしに来るまで二度寝した。
 その後いつもどおりに朝食をすませ、今日も学校に来たいと言う彼に、どうせそのつもりだったんだろと呆れながら仕方なくバイクの後部座席に乗せて登校した。
 代理戦争の最中は同じチームなのだからなるべくそばにいた方がいいという主張は最もだったし、僕のそばにいたいと言った彼の言葉にいくらかでも別の意味があるなら、そこに真意があるなら、嬉しかったから。
「…そういえば、跳ね馬が新任英語教師として並中にいるよ。今日から」
 昼休み、ロコモコ風弁当をつつきながら思い出したことを伝えると、彼はえっと目を丸くした。「ディーノが? あ、そっか、リボーンの代理だもんな…そういう手を使ってきたのか」ふむ、と考え込むように腕組みした彼を油断なく観察する。「会いに行くんでしょう」絶対そうだとジト目で睨んだ僕にきょとんとした顔のが「行かないよ?」と首を捻るから、僕だって首を捻ってしまう。いつもいつもディーノってうるさいくせに今日はいいのか。…なんでそんなことにほっとしてるんだろう。馬鹿みたいだ。
 目玉焼きに箸を突き刺してもそもそ食事する僕に彼は首を捻ったままだ。思い出したようにお弁当を片付け始め、食べ終わった頃に思い出したようにふっと笑う。
「キョーヤってヤキモチ焼きだよなぁ」
「……悪かったね」
 自覚はしていたので嫌味っぽく返した。彼はやんわりと微笑んで「悪いなんて言ったっけ? 愛されてるなってわかるから別にいいよ。まぁ、もうちょっと心が広くなってくれるとよりいいんだけど」手際よく空になった弁当箱を片付ける彼を半眼で睨みつける。それができたら僕だって苦労しない。
 遅れて弁当箱を片付け、風が提供してきた初日の対戦結果について話しているうちに昼休みが終わり、風紀の仕事に頭を切り替える。彼には昨日と同じく判子を押すだけの書類仕事を任せ、帳簿に目を通しながら、今日はいつ鳴るんだろう、と時折腕時計を確認する。
 いつ鳴るかわからないというのはネックだ。もしお風呂とか入ってるときに鳴ったらどうするんだ。一分で上がって戦闘態勢を整えるなんて無謀な話だろう。
 頭の中の妄想を彼方に放り投げて、一瞬でもとお風呂に入ったときのことを思い出した自分を恥じた。
 風紀を正す中心地である応接室でなんてことを考えてるんだろう僕は。そんな自分死んでしまえばいい。少なくとも今はいらない。
 どこかぐるぐるした気持ちのまま放課後までを終えて、「ふあ」と大口で欠伸をこぼした彼を睨む。僕はあなたのせいで落ち着かなかったっていうのに、あなたはリラックスのしすぎで欠伸か。
 職員室に提出する書類を持って席を立つ。「ちょっと出るけど、ここにいてよ」と釘を刺す彼はひらひら手を振って「はいはい。いってらっしゃい」と僕を見送った。
 職員室に行く途中、見知った金髪頭を見つけて足を止める。なぜか何もないところで転んでプリントをばらまいて通りかかった職員に助けられているという情けない構図だけど、跳ね馬で間違いない。あれでマフィアのボスだなんて、随分とふざけた世の中だ。
「何してんの?」
 呆れた声を投げると跳ね馬は僕を振り返って伊達眼鏡に自慢げに手をやった。「見てのとおり並中の教員になったんだ」「知ってるよ。仕方なく許可を出したのも僕だしね」「おー、その節は助かったぜ! お前がいいって言わないと教員にはなれなかったろうしな」にかっと笑う跳ね馬を睨みつけ、ついでに持っていけと書類を押しつけた。
 別に手助けしたわけじゃない。僕は跳ね馬といつかの決着をつけたいだけだ。
 最初の野外キャンプのときもそうだし、イタリア旅行でのときもそうだ。結局死ぬような戦いはしていない。彼が僕を止めたから。だけど今回なら戦いに懸けるものもあるし、手加減で終えるということはできないはずだ。手加減なんてするようなら僕が追い込んで腕時計を破壊するのみ。
「勘違いしないでよね。あなた達のチームの手助けをしたわけじゃない。あなたと本気で殺り合うのに都合がいいから許可しただけだ」
「相変わらずかわいくねぇなぁ…の前じゃ借りてきた猫みたいなくせに」
 ぼそっとぼやいた金髪を睨み、いつもの癖でトンファーに手が伸びかける。
 一日一回、一定時間の戦闘。それ以外は反則ととられるらしいから、咬み殺したくても今はできない。代理戦争の最中は。あくまでそのルールに則って戦うのならば。
 反則で負けるのだけはやめよう。それじゃ風が泣いちゃうよ、と僕に苦笑いを向けたの顔を思い出した。
 …我慢。か。
 ふん、と手を払ってくるりと背を向けたさっさと応接室へ戻る。扉を引き開ければ、ソファに背中を埋めて眠たそうにしていたが「おかえり」と僕に笑いかける、その姿に目を細める。
 今日の戦闘はいつになるんだろう。
 キスがしたい。彼にくっついていたい。いつ戦闘があるかわからないうちは甘いことはしないと決めあったんだ、早く戦闘時間が来てくれなくちゃ、手を繋ぐことだってできやしないじゃないか。
†   †   †   †   †
 放課後になっても腕時計はうんともすんとも言わないので、家に帰るに帰れない。帰った途端に戦闘とかキョーヤんちが破壊される可能性とかもあるし。そうすると安心してご飯を作るとかもできないわけであって。できればスーパーかコンビニで出来合いのお弁当を買って帰るのがベスト。そう訴えた俺にキョーヤはしょうがないという顔でバイクを走らせ、なぜかホテルに向かった。並盛の中でもランクの高いホテルだ。誤解がないように言っておくと、ランクの高い、普通の宿泊ホテル。
「ここ高いんじゃ…? こんなとこで戦闘時間になったら大変だと思うんだけど、なんでまた」
 夕飯を外食にするとしてもここはどう見ても豪華なホテル。敷居が高いぞ。ここ壊したりしたらそれこそ莫大な金額が、キョーヤんちの損害とは比べ物にならない金額が。
 俺が躊躇っているとキョーヤが俺の背を押した。「跳ね馬、ここに泊まってるんだってさ。彼を片付けるならここにいた方が都合がいい」さらっと言われた言葉にうーんと唸る俺。そういえばキョーヤって何かとディーノに睨みを利かせてるんだったっけ。
 決定的な一撃は俺が防ごう。うん。それだけは決めた。
「ここにはマーモンの代理メンバー、ヴァリアーもいますしね」
「、風」
 ホテルに続く沿道の木からぴょんとジャンプした風に手を伸ばして抱き止める。お前また危ないことをさらっと。っていうかいつの間についてきてたんだか、リボーンと同じでアルコバレーノって計り知れないなぁ。
 キョーヤが眉間に皺を寄せて風を睨んだ。「こんばんわ」と朗らかに挨拶する風とキョーヤの間に微妙な空気が漂っている気がして俺は空笑いです。とりあえず、キョーヤも興味ありそうな話題を続けることにする。
「ヴァリアーもこのホテルに?」
「ええ」
「それ、すごいマズいんじゃ? プロの殺し屋集団だし…こっちは二人であっちは、マーモン抜かして、ザンザスは動かないとしても最低四人……」
 人数的にこっちの倍で、戦力的には、どうだろう。リング争奪戦でヴァリアー勢の実力の一端は見たけど、未来での出来事を挟んで炎やリングを扱うようになった今の俺達と一緒の見方はできないだろうし。きっと戦闘も実力も進化してるはず。
 考え込む俺に苛々と煉瓦の敷き詰められた歩道を靴先で叩いたキョーヤが「関係ない。そこに跳ね馬が加わろうが、僕が咬み殺す」と宣言してドアマンの立つ入り口に向かって歩いていく。
 ほんと、喧嘩好きだなぁ。でも今回はさすがに相手が…。身内で加減してくれたハヤト達じゃないんだ。相手が誰だろうが手加減なんてしないヴァリアー。俺も全力を尽くすつもりだけど、それでも凌ぐ自信とかないなぁ。
 一人で行ってしまうキョーヤに追いついて、「とりあえず腹ごしらえしようよ。俺お腹減っちゃった」と笑いかけると、むっすり拗ねていたキョーヤが若干表情を和らげた。器用に俺の肩に乗っている風に気付くとまたむっと眉尻をつり上げて機嫌を悪くする。
 わかりやすいな、と思いつつ、豪華なホテル内に入って、ホテルの最上階にあるというレストランに行くべくエレベーターの四角い箱の中に乗り込む。
 エレベーターも豪華だなぁとしげしげ観察しつつ、現金あったかなぁと財布の中を確認。とりあえずカードの存在が確認できたのでジャケットの内側に財布を押し込んだ、そこでチィリリと左手首の腕時計が鳴った。思わず「うげ」と呻きたくもなる。こっちはこれから腹ごしらえって思ってたところだっていうのに。
『バトル開始一分前』
「始まりますね」
 冷静な風の一言に、俺はエレベーターのガラスの壁に頭をぶつけていた。「お腹減ったんですけどー…腹ごしらえ…」「頑張ってください」苦笑いをこぼす風にはぁと溜息を吐いて、こっちを睨んでるキョーヤに仕方なく姿勢を正す。
 はいはい。そんなんで大丈夫なのかって言いたいんだろ。だいじょーぶです、俺が大丈夫でなかったとしてもダイジョーブなんだよ。矛盾してる? うん、そうだろうな。俺には俺の意思とは関係なく俺を守ってる女神がついてるんだ。
 チン、と37階の高級レストランとスイートルームのある階に到着したエレベーターが箱の口を開けると、
 外には、できれば会いたくなかったヴァリアーの面々が。
 うわあ逃げたいと弱音を吐く心を抑え込み、表面上は表情を変えないでエレベーターから降りる。「これから出向こうってときに…」「ししっ。カモがネギ背負って来やがった」完璧殺ってやるぜムードのヴァリアーを前にごくんと唾を飲み下す。
『三十秒前』
 腕時計が淡々とバトル開始までの時間をカウントしている。
 ボンゴレが誇る特殊暗殺部隊ヴァリアーと一戦交えないとならない日が来るとは、ボンゴレの傘下に入った当時の俺は、想像もしなかったろうな。
 キョーヤが視線を一巡りさせてから「ボスザルがいないね」とこの場にいないザンザスのことを指摘すると、「笑わせるじゃん」とベルフェゴール。スクアーロや他の面々も「オレ達じゃ相手にならないっていうのかぁ?」と唇の端をつり上げて笑っている。その嘲笑とも言える挑発を受け流したキョーヤはつまらなそうに折りたたみ式のトンファーを展開した。「君達だって役には立つさ。僕の牙の手入れ程度にはね」なんてものすごく強気なことを言いつつ横目で俺を確認し、すぐに視線が逸れる。
 はいはい。前には出ないよ。この面子を相手に前に出るとか無理です。俺は戦闘狂ではないし、実力があるわけでも才能があるわけでもない。心配しなくてもお前の後ろにいるし防御に回るしフォローに回るよ。
 開始十秒前を告げる声。
 ふー、と息を吐き出して右の中指にはまっている指輪を意識する。それから、自分の心臓を。
(ツァール。アラウディ。力を貸してくれ)
『バトル開始。今回の制限時間は30分です』
 そうして、各々武器を構えるヴァリアー勢のマーモンチームVS俺とキョーヤの風チームの戦いが始まった。