早く過ぎろ、時間

 ビッ、と頭上をかすめて飛んでいったナイフにヒヤッとしながらツァールに指示を送ってナイフを操るワイヤーを焼き切らせ、肉弾戦を得意とするルッスーリアと剣を使うスクアーロに挟まれてやりにくそうにしているキョーヤを援護すべくツァールを向かわせようとして、怖い顔で有名なレヴィのパラボラアンテナ兼武器である刃を突き込まれてとっさに回避した。バチッと電圧だか稲妻だかでジャケットの袖が切れる。あーもうこれ動きやすくて気に入ってたのに! ブランドものなのに! 日本にはないのにもー!
「貴様、見覚えがあるぞ。リング争奪戦のときもちらりと見たな」
 レヴィの怖い顔と刃で指されて、「どーも、ボンゴレの下っ端でっていいます。今はキョーヤのお世話してます」と適当に自己紹介。喋って気を紛らわせつつツァールの炎を突っ込ませてみたけど簡単に避けられた。相手はあのヴァリアーだもんな。むしろ俺がここまで頑張ってることがすごいわけで。
 それにしたって、やっぱり分が悪い。
 戦闘なんてお世辞にも基本しかやったことのない俺と喧嘩好きなキョーヤ、俺達二人に対して暗殺のプロが四人。どう考えても、これはちょっと。
 新たにナイフを両手で構えたベルフェゴールが「こっちはつまんねぇなぁ、さっさと殺っちまおうぜ」と遠慮も躊躇いも慈悲もなく鈍色を放つ。ツァールの焔で全て叩き落としつつちらりと通路の向こうの方を確認する。
 この階には高級レストランだってあるんだ。戦闘なんて知らない一般人が出入りしてる可能性がある。この騒ぎに避難してくれてればいいけどできればあっちに被害は出したくない。でもそっちを気遣ってるとキョーヤの援護ができない。どっちもは無理だ。キャパオーバー。
 くそ、と歯噛みしたところで「隙しかないな」という太くて笑った声が耳元でして、一瞬でも意識を戦闘以外に割いた自分を呪ったとき、どっ、と鈍い音。とっさに振り返った視界に吹っ飛ぶレヴィの姿が映っていた。
 俺への敵意や殺意を感じ取ったアラウディの攻撃、じゃない。
(え?)
 目を瞬かせる俺の前で中国風の模様をあしらったたっぷりとした袖が揺れる。そこから突き出された独特の指構えをしているあの拳がレヴィを吹き飛ばしたんだ、と理解するのに三秒。
「あなた達二人では、危なっかしくて見ていられません」
 たん、と軽い動作で床を蹴って飛翔した誰かは、簡単にルッスーリアを肉弾戦で圧倒して倒し、ベルフェゴールのナイフも足蹴りだけで全て跳ね返した。スクアーロの目で追えない速さの剣筋さえ全て読み切って互いに距離を取り、三十秒ほどの攻防が終わる。
 ぽかんとしていたところから我に返った。「キョーヤ」と寄っていけばスクアーロの相手をしている誰かさんを睨んでいた視線が若干やわらかくなって俺を捉える。「怪我は」「大丈夫。ジャケットのここ切れちゃったけど…」気に入ってたのに、と肩を落とす俺にキョーヤが呆れた顔をした。
 改めてレヴィとルッスーリアをKOした人を見直す。
 あの三つ編みと、あの服装は、風のものか。これが噂に聞いてた呪解ってやつか。今立っている風が本来の風で、アルコバーレという呪いを受けたが故に今は赤ん坊で、その呪いを一時的に解除する、プレゼント、とかいうボーナスタイムがこれ、かな。多分。
 むすっとしているキョーヤが風に並ぶべくずんずん前に出て行くのを苦笑いで見送って、一度ツァールを呼び戻す。これだけで集中してフルで力を使うとさすがに疲れるな。
 風との攻防でベルフェゴールの腕時計が壊れたらしい。レヴィとルッスーリアのものまでここからじゃ確認できないけど、とりあえず動けないみたいだし、いいか。
 残るはスクアーロと、そして、この騒ぎでやってきたザンザスの二人。
(……やっぱ好きになれないなぁザンザス。九代目はあんな目に合ったのにまだザンザスをヴァリアーのトップに置いてるんだな…)
 リング争奪戦のことが自然と頭をよぎる。
 駄目だ駄目だ、戦闘中に余分なことを考えたら。今はとにかくキョーヤと俺があまり怪我をしないで、かつ風チームが勝てるように戦うこと、それだけを考えよう。
 謎の力でふわっと浮かんでるマーモンが「ボス、拳法服の男の説教に耳を傾けるとロクなことがないよ」から始まって一方的に風への昔からの不満やらなんやらを愚痴ったあと、その場の空気が張り詰めた。やれやれと肩を竦めた風が「では始めましょうか」とゆるりと構える。
 武器のない俺はツァールへの意識を高めつつ、ふっと思った。
(風の顔って、キョーヤとそっくりだよなぁ…もしかして親戚とかだったりするのかな。喧嘩が強いってところも似てる)
 キョーヤが外向きの笑顔とか喋り方とかを会得して、普通に笑えるようになって、髪を伸ばして三つ編みしたら風になる気がする。…まぁそんなこと絶対ないけど。うん、ない。キョーヤが外向きの笑顔とか喋り方とかしてるとこなんて想像つかない。うん。
 また余分なことを考えてる俺の前で四人の姿が消えた。はっとして目を見開いて視覚情報を精一杯読み取る努力をする。
 ザンザス・スクアーロ対風・キョーヤの超高速バトルが始まった。
 全然目で追えん、と瞬きしたときカッと光が溢れたのが見えて反射でツァールに防御を命じる。
 一拍遅れて爆音と煙が上がった。
 ああここ高級ホテルの最上階なのに、と費用のことを考えてチクチク痛む頭で視線を投げて、レストラン側にまで回したシールドがちゃんと爆風その他を防いだことを確認する。
 破壊されて壁のそこここに穴が開き、風通しのよくなった部屋に夜風が吹き込んで煙を押し流した。四人ともが無事だ。今のはお互いに力量調べってところか。けど、すごくハイレベル。俺みたいなのじゃ全然目が追いつかない。
 気合いが入ったのかスイッチが入ったのか、ばっと上の拳法服を脱いで放り投げた風にちょっとどきっとしたのはあれだよ、キョーヤとそっくりの顔してるせいだよ。キョーヤはあんなに細マッチョじゃないし。っていかんいかんまた余計なこと考えてる。しっかり俺。
 風が本気の構えを見せたことでスクアーロとザンザスがアニマルリングから鮫とライオンを呼び出し、キョーヤはロールを出して形態変化。いよいよ本気のぶつかり合いだ。
 どうなるんだろ、と落ち着かない気持ちで視界から消えた四人が争う戦闘音だけを聴く。
 目は駄目だ。俺じゃ追えないし見てからじゃ反応だって追いつかない。
 ザンザスが放つ炎による弾丸だけはツァールのシールドで防ぎつつ、どうかもうちょっと気遣ってホテルがぶっ壊れる、と涙目の俺。レストランにもう人はいないみたいだけどそれにしたって遠慮なくぶっ放しすぎだろザンザス。
 ちょっと苦しい、と悲しそうに鳴いたツァールに「ごめん」と謝ったとき、ザンザスの閃光とは違う光が爆発した。龍の形をした、衝撃波、みたいなものがスクアーロとザンザスを襲う。キョーヤは大丈夫だ。ということはこれは、風の大技。
 スクアーロの腕時計が大破したのが見えて、よっしゃこれで相手はザンザス一人っ、と内心ガッツポーズをした俺の頭の中で、コキン、と音がした。ロックがかかるような音。「え?」とこぼして頭に手を添えても異常は感じない。感じないけど、違和感は、ある。うまく言えないけど、何かに固定されてる、ような。
 なんだこれ、と困惑する俺の視界で天井に足をつけて今まさにザンザスに一撃を加えようとしていた風がいきなり流血した。攻撃も何も受けずに。そのまま床に落ちてどうにか着地した風が「そうでした」と呟く声に「これでわかったろ?」と新たな声。あれ誰だっけと視線を向けた先に呪解したマーモンの姿があって、二人の会話から、頭にあるこの違和感がマーモンによる幻術だということが判明して、空寒い思いに腕をさする。
 話をまとめた感じ、この幻術は人の気持ち一つで作用が決まるわけか。勝利を疑うと自爆する。自分で自分を追い詰める、と。
 ……まぁ、俺は大丈夫なことだろうけど。って、人任せでもいけないよな。キョーヤだって自分の勝ちを疑う性格じゃないけど、不利になったときくらいそういうこと思っても不思議じゃない。

「マーモン。確かあなたは先程、幻術の方が武術より上だと言いましたね」
「不服なのかい? 風」
「いいえ。面白い比べ方をすると思い感心しました。そして興味が湧きました。私の武術があなたの幻術より上なのか下なのか」
「その前向きなところが嫌いさ」
「そう言わずに」

 視界から二人の姿がさらさらとこぼれて消える。マーモンの幻術がかかってるせいでそう見えたんだろう。「僕らもやろう、ボスザル」「散れ。ドカス」こっちもこっちでキョーヤとザンザスが一対一の勝負を始める。よし、俺はキョーヤの援護。
 ツァールの炎の玉でザンザスの行動をそれとなく制限しつつ、そういえばそろそろ、と腕時計で残り時間を確認した。あと、5分。5分もてばこの戦闘もおしまいだ。
 あーくそ、5分がこんなに早く過ぎればいいと思ったのは人生で初めてかもしれない。
†   †   †   †   †
 今のところは怪我一つしていないな、ということを視界の端で確認して、ヒビ割れた床を蹴る。
 リング争奪戦のときから本気で戦いたいと思っていた一人とそれなりにやってはいるけど、ボスザルの本気はこんなものじゃないはず、とどこかで不満を感じてもいる。沢田綱吉とやり合ったときが一番手応えがありそうだった。あのキレた状態までもっていくにはどうしたら。
 ずざ、と靴底で床をこすって着地、すぐに踏み出して銃を叩き壊すつもりでトンファーを見舞ったけど、思いの外丈夫にできているらしく、さっきから受け止められてばかりだ。
 ロールを増殖させて潰してみるか、と考えたとき、視界の端にアルコバレーノ二人が見えた。風の方が幻術を使う方に一撃見舞おうとして、そこで、タイムオーバーで赤ん坊の姿に戻って床を転がった。
『風の呪解タイムオーバー』
 戦闘の残り時間は、3分52 秒。
 ち、と舌打ちしてトンファーを振るってボスザルを弾いて距離を取る。これの相手をしながらあっちの相手までしてられない。それでもどうにかしないとに危害が及ぶ可能性が。
「ざまみろ風! 勝負に負けても代理戦争で勝つのは僕だっ!」
 無力な姿に戻ったことで自分の勝ちを疑ったのか、風が出血した。「あとはお前だけだ雲雀恭弥!」向けられる掌で足元が凍りついて足が動かなくなり、ザンザスの銃撃にまずいと思った思考にビキと自分の中の何かが軋んだ。
 これが、自分を疑ったときに作用するとかいう幻術の。
「俺もいるんだけどなぁ。忘れないでよ」
「、」
 視界を伝った赤い色と、跳ね上げた視界に移った彼の姿に、ほ、と心のどこかが安堵していた。頭を締めつけていた何かがすっと引いていく。
 マーモンという幻術使いは見るからに喧嘩は得意じゃないようで、拳と蹴りを繰り出すを大きく避けていた。ボスザルの銃撃はフェニックスが大空の調和能力で炎と同化させ塵にしている。
 こんなもの、とロールの針で凍った足場を砕いてその場を脱する。
 いつまでもの素人攻撃に戸惑っているとは思えない。彼に力が向けられたらマズい。先にあれを倒したい。けど背中を向けたら絶対に撃ち込んでくる奴がいる。どっちも相手には。
 どうする、と停滞する思考に唇を噛んだ。
 迷っている暇はなかった。たとえ僕が無防備になろうともに怪我をされるよりはマシだ。
「何なんだお前、邪魔だ!」
 ビキ、と彼の足元が凍りつく。がくんと足を取られた彼にフェニックスがすぐに炎を溶かしたけど、その一瞬でどこからともなく蔦のようなものが現れて彼をぐるぐる巻きにした。その蔦を高速回転させたロールを突っ込んで引きちぎる。背中側に感じた熱に増殖させたロールを防御に回したけど消し飛ぶのがわかった。やっぱり強いな。こういう状況じゃなきゃ歓迎する強さなのに、今は、煩わしいだけだ。
 消された分だけロールの数を増やして背中側を守りながら蔦にぐるぐる巻きにされた彼に駆け寄ったとき、一瞬だけ、蔦の色の中に彼にない色が見えた。クリーム色と、多分、金色。
っ」
「だいじょーぶダイジョーブ」
 ぼわっ、と燃え上がった蔦の中から彼が出てきた。ざっと確認する。とくに怪我をしている様子もない。さっき見た色は僕の目の錯覚か何かだろう。幻術にかかっている頭なわけだしありえなくもない。
 彼が無事なことにほっと息を吐いてトンファーを構え直し、駆け出す。
 まずは幻術使いを倒さなくては気が散ってしょうがない。
 肉薄した僕の足元が凍りついた。それからザンザスの銃撃。ワンパターンだ。ロールを増やして攻撃から身を守りながら、炎の消耗の激しさに肩で大きく息をする。ワンパターンだけど相手の炎を防御に回させ確実に力を削っていく方法だ。僕のこの戦い方には限界がある。ガス欠になったら元も子もない。
 どうする、と歯噛みしたとき「邪魔するぜ」と覚えのある声がした。
「ディーノ!?」
 驚いた顔をした彼は忘れずにフェニックスで僕の足元の氷を溶かした。
 積み上げたロールの壁で銃撃を防御しつつ胡乱げに眉を顰める僕とは違い、は少し嬉しそうだ。跳ね馬以外の姿は見当たらない。沢田綱吉のチームがここへやって来た、というわけではないらしい。
「なんでここに?」
「うちのチームのアルコバレーノの意向だ」
「リボーンの?」
 戦闘の最中にも関わらず気の抜けた顔をしているが隙だらけだ。はぁ、と吐息して一息で跳んで彼の隣に着地する。
 本当、ほっとけない人だな。こういうときにそういう顔見せないでほしい。
「で、リボーンはなんて?」
「恭弥がやられそうなら助けてやれってよ。まだ負けてもらっちゃ困るとも言ってたな」
 ウインクした跳ね馬にぱっと表情を輝かせる。自然と僕の眉間に皺が寄る。「じゃ、味方してくれるんだ?」「ああ」びゅっと鞭を振るった跳ね馬によっしゃとガッツポーズする。顔を伝った赤色を指で払いのけ、苛々している自分に気がつく。
(…なんだよ。残り時間なんてそうないじゃないか。それなのに跳ね馬が加わるってだけでそんなに嬉しそうにしちゃってさ。一体何なんだ。ムカつく。ムカつく。あなたのそういう顔は僕だけに向けててほしいのに)
 この苛々。何かで発散しないと気がすまない。
 呪解時間がなくなる前にと無力な姿に戻った幻術使いのアルコバレーノからは意識を外してボスザルだけを睨んだ。
 残り、1分もない。それくらいなら全力でももつだろう。その間に決めてやる。
「おせっかいはいらない。僕は誰の力も借りずに勝つ」
「キョーヤ、ディーノがせっかく…」
 もー、と困った顔をしている彼にそっぽを向いてトンファーを構えたところで「よおし、なら俺が手っ取り早くザンザスを本気にさせてやろう!」と跳ね馬が豪語した。は? と顔を顰める僕と、え? と目を見開くに構わず「ザンザスが強いってのはオレの思い過ごしかもな。ツナに負けたしな!」という言葉が空気を震わせて、瞬間、ボスザルから殺気が溢れた。「ンゲッ」「アホォ!」ボスザルの手下が焦りを見せる中、ボスザルの顔に痣が浮かび上がる。
 そうだ。この感じ。沢田綱吉とやってたときに似てる。
「てめーらかっ消す!!」
 ブチ切れたボスザルのリングから出てきたライオンか、模様的には虎か、が形態変化した。
 そういえば、ヴァリアーが未来の記憶をもとに匣の力を再現しようとしている、とかいう話をいつかに聞いたっけ、ということを思い出す。
 動物は銃に宿り、その力を膨れ上がらせる。ロールの数を増やしながら放たれた一撃に球体をぶつけた。瞬間、大空の力で風化していく。
(これが、本気か。想像以上にできるじゃないか。なら僕も遠慮しない)