戦おう。未来のために

「キョーヤ、キョーヤ起きて」
「…、」
 ぱち、と目を覚ますとの顔がすぐそこだった。吐息のかかる距離に呼吸がつっかえる。「とっくに朝終わったよ。おそよう」とキスされて一つ瞬く。とっくに、朝が終わった?
 ほら起きてと手を引かれて布団から抜け出して、壁掛け時計を睨めば、十時になろうとしていた。…寝過ぎた。学校、普通にサボって。
 とたとたと階段を下りるがそういえばとこっちを振り仰いで「あ、携帯に電話来てたから俺が出といたよ。ちょっと急用で今日は行けないですって」「…そう」勝手に出られたことが嬉しいようなそうでないような。複雑だ。
 そもそも着信音で僕は起きなかったのだろうか。そんなに寝ていたっけ。昨晩は、代理戦のあとに復讐者が現れて、それを撃退しに行って、帰ってきたらまたあいつらの気配がして…が出ていこうとしていたから、もう寝ようって止めて…。それで、ベッドで彼が隣にいるのを確認したところまでしか記憶がない…。
 微妙な時間だったけどご飯を食べて、学校へ行かないなら着替える意味も、とか考えていると、洗い物をしているが「キョーヤ着替えてね。ツナんち行くよ」「…どうして」「召集だ」「召集?」眉尻をつり上げる僕に彼は苦笑いでこちらを振り返る。
「そ。これもお前が寝てる間だったんだけど、どうしてもなんだ。着替えて」
 黙って睨みつけたけど、どうやら譲る気はないらしい。
 眉根を寄せつつ仕方なく自室に戻り、昨日破いて汚したのとは別のズボンとシャツに着替えて、予備の学ランを肩に引っかけた。あとでもう一つ注文しておかないといけない。またうっかり失くすかもしれないし。
 着替えて階下に戻ると、しっかり洗い物をすませたが玄関でバイクのキーを揺らした。仕方なく靴を履いて鍵を受け取って車庫へ向かう。
 今更沢田の家に集まったとして、何があるというんだろう。守護者としての召集? 遅すぎる気がする。まぁどうだっていいけど。彼がどうしてもと言うから行くだけだし。
 仕方なく向かった沢田家には中に入り切らない人数が集まっていた。「何これ」と顔を顰める僕の脇を抱えたが「よっ」と抱き上げるから顔が熱くなる。何を人前で、と抗議しようとする僕と彼をふわりと持ち上げたのは彼のフェニックスだ。それで屋根の上まで移動させられる。
 とん、と踵をつけてから睨みつけると、彼は悪びれたふうもなくにっこり笑顔を浮かべた。「あの人の中行くの嫌だろ? だからここで話聞こう」「……何、話って、今更何も」「まぁまぁ」ね、と笑いかける笑顔にぐっと唇を噛んで、うまいこと丸め込まれようとしている自分を自覚する。何か反論しないとこのまま流されてしまう。
 なんでもいいから言わなくては、と口を開きかけて、気に入らない白髪頭を見つけた。「あっ、発見!」その声に殺意を覚えて一瞥すれば、背中に翼を生やしてに飛びついた奴が見えた。あいつだ。未来でに執着して僕から取り上げようとしていた奴。
 笑顔で頬をすり寄せる白髪に「こらビャクラ、元気なのはいいけど、ちょっと、」ちらちらこっちを窺うは相手を拒否しない…。
 ぼわっ、と炎を膨らませた僕に彼が慌てる。「わあ待ってキョーヤ、待って、ここツナんちっ、屋根が落ちるって!」人様の事情で慌てる彼に自分のこめかみ辺りが引きつっているのがよくわかる。
「あなたは、何をしてるの? そいつは未来で僕からあなたを取り上げようとした奴だろう。なんで突き放さないんだ」
 抑えることのできない苛立ちが炎となって溢れ出る。
 ようやく白髪頭を押しのけた彼が「それはそうなんだけどっ、えっと、ビャクランここでは会心してるんだよ! もうああいう危ないことはしないんだ! ねっ」ぎこちない笑顔で笑いかけられた白髪の表情が見えた。ぱあっと明るく輝いている。「そうだね、しないよ。が僕の心を奪っていったからね〜」とかなんとか、嘘かほんとかわからないことを言ってへらへら笑っている。
 軽そうに笑ってるのは未来のあいつと変わらないけど、何かが違う。薄っぺらい、表面上の笑顔じゃなくて…の言葉を借りるなら会心している。でも、どうして。あれだけ世界を落とし込んでのことだって無理矢理でもものにしようってしてたくせに。
 僕がギリギリと睨んでいると白髪頭の肩を押したが「ほら、下行って、お前もちゃんと話聞くんだよ」「はぁい」首を竦めてぱたぱた飛んでいった白髪の背中を睨みつける。
 …あいつのことぶちのめしたかったな。代理戦争、参加してたなら当たればよかったのに。ぶちのめしたい奴はたくさんいるけどあいつほど咬み殺したい奴はいなかったかもしれない。選択、間違ったな。
「キョーヤ」
 ほらおいで、と手が差し出される。なんとか僕の機嫌を取ろうとしている笑顔だ。
 ツーンとそっぽを向いて胡座をかいて座り込んだ僕に彼は苦笑いしていた。「キョーヤ、話聞いてあげてね?」無言を通していると膝に掌が被さった。必要以上にその手を意識してしまう自分を律してじろりと睨めば、僕に睨まれることにすっかり慣れた、笑顔のままのがいる。
「それから、俺の話も聞いてほしい」
「…? の話?」
「うん。キョーヤはさ、俺の全部が知りたい?」
「そりゃあ、知りたいけど」
 飛躍した話に戸惑いがちになると、彼は笑った。「じゃーね、全部終わったら話すね。それでキョーヤが俺のこと受け入れてくれたら嬉しい」とか訳のわからないことを言う。
「何言ってるの。僕があなたを拒絶するなんてありえない」
 僕が呆れると彼はきょとんとした顔で首を傾けた。
 あ、しまった、今すごく恥ずかしいことを言ったと遅れて気付いて、ぷいっと顔を背ける。
 やだな。こんな自分。誰かのことを、のことを受け入れるのは当たり前だなんて断言してしまう、他人に縋る、弱い自分なんて。
(…だけど)
 そっぽを向いたまま、そっと手を伸ばして、膝に触れている手に掌を重ねる。
 指を絡ませれば当たり前のように握り返されるのが嬉しくて、愛しくて、さっきまでの不安や焦燥感が薄くなっていく。
 ……弱い自分なんて嫌だけど。そういう自分を見せられる相手がいることは、悪くはない、かな。
†   †   †   †   †
 ツナによる長い話。アルコバレーノの成り立ちや、それを踏まえてからの明日の代理戦争四日目の作戦、その予定を聞かされて考え込む俺とは別に、キョーヤは暇そうに欠伸していた。強い相手には目がないキョーヤなのにあまり興味もなさそうだ。
「まだ眠い?」
「少しだけ…」
「キョーヤ昼寝とか好きだもんね」
 ぽん、と頭を叩くと不機嫌そうに払いのけられた。どうやらまだビャクランのことで機嫌が悪いらしい。
 思ったより元気そうで安心したけどあれはないだろビャクラン。おかげでキョーヤの機嫌が悪い悪い。っていうかむしろこうなることを狙ってただろあいつ。くそ、覚えとけ。
 ともあれ、今はそれは置いておこう。キョーヤの機嫌の悪さも。
 ツナが強いと断言するイェーガーに、そのイェーガーよりも戦闘能力が高いと推測されるバミューダ。二人の足止め約に強い人間が必要だというなら…俺が出て、あえて危険に晒されて、アラウディを呼ぶか。Dの夜の炎にだって反応したあいつのことだから、同じ夜の炎には敏感なはず。
 うん。キョーヤが出るのは仕方ないとして、俺も出よう。それでやっと本当のことが言える。
 問題は、候補者と人選で決まった配置の中から誰にこれを頼むかってことなんだけど…。
(やっぱ、話しやすいのはディーノか)
 うん、と一人頷いてすっくと立ち上がる。「キョーヤ先帰って。俺はちょっと話がある。ついでに時計もらっておくから」ツァールを呼んで屋根から飛び降りた俺をぶすっとした顔で睨んでいたキョーヤにバイバイと手を振る。わざとそっけない態度を心がけ、すぐに背中を向ける。
 庭に下りた俺にさっそくビャクランが寄ってきた。俺がイタリアで買って着せたパーカをまた着てる。よっぽど気に入ったのか、または、よっぽど嬉しかったのか。
「どしたの? あ、時計もらいに来たのか。ヒバリくんこういう場所嫌がるもんねぇ」
「それもあるんだけど…」
 ちらりと屋根の方に視線を投げる。ギリギリこっちを睨んでいたキョーヤは俺と目が合うとわかりやすくそっぽを向いて屋根を飛び下り、バイクでさっさと走り去っていった。
 冷たくしてごめん。あとで甘やかしてあげるから今は勘弁してね。
「あー、ディーノ、ちょっといいかな」
 寄ってくるビャクランを押しやりつつ声をかけると、ツナ達と話を詰めていたディーノが俺に腕時計を一つ手渡した。キョーヤの分だ。用事はこれだろ、と笑うディーノに浅く首を振ると、ツナ達を振り返ってから気持ち声を顰めたディーノが「どうした」と首を捻った。ぱたぱた浮かんでるビャクランは席を外す様子がないのでスルーして、ばっと頭を下げる。
「ディーノのバトラーウォッチ俺にください!」
 ぽかんとしたのはディーノだけじゃなくビャクランも同じだった。「ええ? なんでが? 君さ、戦うのとか苦手だしやりたくない人でしょ?」疑問いっぱいの顔で下から覗き込んでくるビャクランを押しのけつつ「まぁ本来はね。ただ、今回は事が事で特別っていうか…策があるんだ。ディーノより役に立てると思う」こうでも言わないとディーノも納得しないだろうしと強気なことを口にすると、ふむ、と腕組みしたディーノがじっと俺を見つめた。じっと青い瞳を見返す。「ねぇねぇどうして急に戦いたいなんて」しつこく絡んでくるビャクランを手で押しのける。お前、しつこい。心配してくれてるんだろうけど大丈夫だってば。
 ふ、と息を吐いたディーノが腕時計を外して俺に預けた。これでキョーヤの分と合わせて二人分だ。
「何考えてるのか知らねぇが…お前がそんだけ強く出るのは初めてだしな。信じるよ。言っとくが、俺はリボーンの弟子として参加してんだ。あいつのためになれよ」
「約束する」
 強く頷くと、ディーノは一つ手を振って会議の場に戻った。
 戦闘参加資格である腕時計を大事にポケットにしまう俺に「ねぇねぇってば」としつこいビャクラン。あーもう、と白い髪をぐしゃぐしゃにかき回して「ダーイジョーブ、お前俺のこと好きなんだろ? 信じろよ」投げやりに言うときょとんとした三白眼が俺を見つめた。「信じる?」「そう信じる」「ふーん…信じる、ね。よくわかんないな。だって、本当戦いとか弱いし、すぐ迷うし、ブレるし」グサグサと地味に胸に刺さる言葉を遠慮なく放ってくる。
 お前、もうちょっと気を遣えよ。俺だって気にしてるのに…。
 俺がへこんでるってことに気付いたのか、ふっと笑みをこぼしたビャクランが上機嫌にくるくる回転しながら俺から離れた。「まぁいいや。じゃあ、信じてあげるよ」と明るい笑顔で笑うとぱたぱた飛んでいって会議の輪の中にするっと入っていった。
 よし、と一息吐いて空を見上げる。いい天気だな。洗濯物が干したくなる。
 今日の戦闘は夜の0時に終わってるし、日付が変わるまでは大丈夫のはずだ。作戦どおりにいこう。それできっとうまくいく。そう信じたい。
 スパルタでパワハラにも遠慮ない小さな上司だけど、リボーンがいなくなることは、やっぱり寂しい。小さな上司が生き残る手伝いができるなら…それが懸けでも、できる限りのことをしたい。
 とん、と自分の胸を拳で叩く。
(だから、力を貸してくれよ。アラウディ)