これで、最後

 代理戦争四日目。十五時ちょうどに腕時計がチリリと音を立てた。
『バトル開始一分前。今回の制限時間は 90分です』
(長いな…どうあってもこれで戦いを終えるつもりなんだな、チェッカーフェイスは)
 ふう、と吐息して左手首を押さえる。バトル開始を告げた時計はもう静かになっている。
 俺のチキンな心臓、頑張れ。今日がこれまでの人生の中で一番頑張ったんだって言えるくらい頑張れ、と深呼吸したとき、こつんと右手に人のぬくもりが当たった。隣にいるキョーヤがそれとなく俺のことを気にして手の甲をぶつけてきたらしい。目線はくれないけど、大丈夫と笑んで返し、思ったとおり戦力を分散させてワープして現れたバミューダとイェーガーを見据える。
 あれが、敵、か。
 変色した肌に巻かれた包帯。腐ったようなにおい。およそ『死体』と言ってもいいその姿が立ち上がって動き回る。まるで質の悪いゾンビ映画を見てる気分だ。
 殺すつもりでいかないと殺される。それだけは肝に銘じよう。殺すとか殺さないとか、ほんとは嫌いなんだけど。
「やぁリボーン君。迎えに来たよ。仲間になる準備はできたかい?」
 リボーンと同じく赤ん坊くらいの大きさで、復讐者と同じような格好をしているバミューダが手を差し出す。リボーンはその手を取らず、誘いを拒否した。「悪いなバミューダ。お前の仲間にはなれねぇ」と。
 作戦は開始された。もう後戻りはできない。
 リボーンは根性張ってるし、この先も上手くやるだろうと疑ってない。
 あまり意識するな。今は息を潜めることが俺のすべきことだ。
 心拍の上がっている心臓に拳を押しつける。
 頼んだぞアラウディ、なんて人任せなことを願って、祈った。
(お前が俺を救ってくれるって信じてる)
 段取りどおり、何分もしないうちに復讐者を誘き出すための囮人形の存在がバレた。リボーンがさりげない会話でバミューダに情報提供しつつ時間を流してるけどそれもあと何分ももたない。
 ワープしてツナ達のところに行かれたら意味がない、と炎を探知されないステルス機能のついたマントを脱ぎ捨てる。
 ビャクラン、ザンザス、スクアーロ、ムクロ、キョーヤ、そして俺。この六人がイェーガーとバミューダの足止め役だ。その間にツナとバジルとエンマの大空三人組が空を飛び回って復讐者を各個撃破する。
 ぱたぱた宙に浮かんでいるビャクランだけが笑みを絶やさない。どんな相手にも物怖じしないでにこっと笑うと「ふーん、君達かぁ。イェーガークンにバミューダクンは」なんて軽口を叩いてみせる。お前のそういう度胸あるとこ見習いたい、と思いつつ飾り物にしかならないだろう銃を手にした。こんなものでも気持ちの面ではないよりマシだ。
「これはこれは。敗退したチームの戦士達も合流した連合チームのベストパートナーというわけか。…しかし」
 包帯がぐるぐる巻かれていて目の場所もよくわからないバミューダの顔がこっちを見た。「彼は知らないな。この面子の中では一番脆弱そうだし…」さりげなく脆弱とか言われてグサッとくる。俺だって男の子なので弱そうとか言われるとショックなんだけど、今は流せ。なるべく時間を長引かせるんだ。
 へらっと笑って「ハジメマシテ。ボンゴレに所属してる下っ端のです」「は、下っ端。本部で大人しく事務手続きでもしていた方がよかったんじゃないのかい?」挑発されて乗ったのは俺じゃなくてキョーヤだ。トンファーを構えるキョーヤを片手で制して「まぁ色々理由があって。自分の上司が危ないってときに傍観してる部下なんて嫌でしょ」と笑いかけるとふむと唸ったバミューダの意識が俺から外れた。稼げたのはせいぜい三十秒前後。そんな時間でもないよりはマシのはず。
 みんながさりげなく会話を先延ばしにして時間稼ぎを狙う中で、キョーヤだけが無言で復讐者二人を睨んでいる。
 身体大丈夫かな、といらない心配をして思考を切り替える。
 無事に帰ったらまた抱くんだから。甘い声を聞くんだから、今は目の前のことに集中しろ。
 比較的会話の先延ばしに成功し、「じゃあ誰が一番でやるかジャンケンで決めよー」と笑うビャクランに「え」と目を丸くする俺。「はーい出さない人は負けだからね、最初はぐー、ジャンケン」ぽん、という流れで全員がジャンケンして、なんでかビャクランが一人勝ちした。「やった、じゃあ僕いっちばん!」とノリノリで地上に下り立つとぐるぐると肩を回して前に出る。余裕があるんだろう、俺達のやり取りに復讐者二人がツッコんでくることはない。
「じゃ、一番手僕ね」
「貴様らがどんなつもりだろうとオレは全員を一度に相手にする。そのつもりで気を抜かぬことだ」
「ふぅん。そんな余裕、すぐになくしてあげるよ」
 唇の端で笑ったビャクランから笑顔が消えた。本気の顔だ。
 未来で見た冷たい表情と目で繰り出された白竜。その先にいたはずのイェーガーの姿が一瞬にして白龍の攻撃の軌道上から消えた。
 どこに、と視線を動かしたときには白龍の細長い身体が切断されていて、イェーガーは運動の法則を無視した位置に当たり前のように立っていた。
 夜の炎のわかりやすい前兆や兆候はない。これがツナが経験したっていう短距離瞬間移動。
 こんなの、どう対処すれば。
 また前置きなく消えた相手にビャクランが防御を取ったとき、イェーガーはザンザスの後ろを取っていた。誰の反応も追いつかない。人間である限り追いつけるはずがない。
 人間離れした動きでザンザスの腕を切断したイェーガーにスクアーロが叫びながら斬りかかったけど、それも無意味で、振るった剣は空を斬り、その間に後ろを取られた。とっさの防御も間に合わず突きの一撃がスクアーロを貫く。
 あまりに瞬間的なできごとに思考が追いつかず、どっ、とスクアーロが血を撒いて倒れたところでようやく「スクアーロ、ザンザス!」と悲鳴を上げる自分の声。
 予想はしていた。でも全然甘かった。あまりに圧倒的だ。相手が人間じゃない、底が見えないくらい強いってことは聞いてたけど、まさかここまでなんて。
「見た目どおりの化け物か」
 ち、と舌打ちしたキョーヤがトンファーを構える、その手を掴んで止めた。怪訝そうに眉を潜めて俺を振り返る、その姿を見ながらぐっと強くキョーヤの手を引っぱって思いきり突き飛ばした。転ばせるつもりで。バランスを崩させるつもりで。
 何するんだ、と目を見開いたキョーヤは俺に対しては完全に警戒を解いていて、だからこそ、大きく態勢を崩した。
(ごめんキョーヤ、きっとすごく怒るだろうけど、あえて俺が行かないとあっさり全滅しそうなんだ。ごめん。ごめん)
 視界の端で見慣れたプラチナブロンドの髪が風に揺れた、気がした。
(きっと助けてくれる。そう信じてる)
「トップから狙うかよ。こういうときって下っ端から片付けるもんじゃないの?」
 ドン、と空に向けて一発撃って、イェーガーの意識は俺に傾いた。
 生気のない目。それでも何かに突き動かされている昏い目。背筋の寒くなる感触を無視して一歩踏み出す。「!」「馬鹿っ」恭弥とビャクランの声が悲鳴のようだった。「ならば望みどおりにしてやろう」と言葉を落としてイェーガーの姿が消える。
「馬鹿だね、本当に」
 そして、望んでいた声も聞いた。
 俺の後ろを取ったイェーガーの突きの一撃を止めていたのは、クリーム色のコートと、プラチナブロンドの髪と、アイスブルーの瞳の持ち主。呆れたような顔で俺を眺めてるけど、女神みたいにやわらかく微笑んでもいた。
 ああ、ごめん。また呼んじゃって。お前を頼っちゃって。
 でも、来てくれたな。守ってくれた。ありがとう。嬉しいよ。
「なんだ貴様!?」
「なんだっていいだろう。その手、邪魔だよ」
 ぎりっと強くイェーガーの手を掴んでいるアラウディと、態勢を立て直したキョーヤのトンファーとビャクランのミニチュア白龍の攻撃を受けてイェーガーが一端引いた。距離を取った相手の肩に寄っていったバミューダが「これはこれは、懐かしい顔だ。そうか、そこの彼、どこかで見たことがあると思ったら…」とうっすら笑った。気がする。包帯で表情なんて見えないけど。
 アラウディがふわりと俺の前に出る。
 少しも変わらない、見惚れるようにきれいな横顔を見ていると、なんだか安心する。アラウディが俺って人間の原点だからかな。
 あの頃と少しも変わらない姿を見上げていると、俺の横をすり抜けたキョーヤがあとで覚えてろとばかりに睨んできた。目元が少し涙ぐんでいる。さっきのアレで俺がヤられると思ったのかもしれない。実際、アラウディがいなきゃヤられてたと思う。心臓に悪いことしちゃったな。あとで甘やかしてあげないと。
 キョーヤが無言でアラウディに並んだ。そうしてると、背丈こそ違うけどそっくりの背中だな、と思う。
「あなたはバトラーウォッチつけてないんだから手を出さないでよ」
「言われなくても手なんて出さないよ。さっきのは、そこの彼が僕の守護するに手を出したから、不可抗力で守っただけだ。攻撃までしない」
 よく似てるなぁと思う天邪鬼なやり取りのあとにふわりと戻ってきたアラウディが俺に纏わりついた。懐かしい香りがする。これは、薔薇か。ああ、俺が中庭の薔薇に固執してたせいかな。お前まで薔薇を育てなくたってよかったのに。
 感触はないけど、「どういうつもり? 僕は上手くやれと言ったはずだけど」なんて耳元で囁かれるとくすぐったい。
「うん。でもさ、やっぱり隠し事とかしたくない。俺は、お前のことも俺のことも全部話した上で、キョーヤのこと愛したいし、愛されたいんだ」
 笑った俺にアラウディは呆れた顔をして「馬鹿だね」とこぼす。その手でくるりと一回りした手錠が空に投げられた。ガン、とそこで衝突音があって、短距離瞬間移動で俺の頭上を取ったイェーガーの一撃を手錠が受け止めている。壊れない手錠の強度にビビる俺。色んな意味でアラウディってすごい。
 さっきみたいにたまたまだとか言い張るんだろうな、と思いつつツァールで飛んだ。
 俺は足手まといだけど、アラウディがそれとなくカバーしてくれるなら相手の気を引いて囮になることはできる。俺を狙って隙のできるイェーガーに全員でかかったら少しくらいダメージを与えられるかもしれない。
 ツナ達が散らばった復讐者を各個撃破してここに来るまで。それまでもてばいい。
 ヴン、と残像を残してイェーガーの姿が消えた。俺の防御はいらないと見たムクロが俺を除いた全員の背中を鋼鉄のカバーで覆う。さっきから背中を取る攻撃ばかり仕掛けてくるイェーガーへの対策だ。効果的だった。ビャクランの背後に回ったイェーガーの突きの一撃は防がれた。
 ばさり、とゆっくり一つツァールが羽ばたいた、その間に、次のことは起こっていた。
 イェーガーの腕だけが短距離瞬間移動で消え、その腕が、ビャクランの肋骨辺りから生えていた。
「ビャクランっ!」
 ごふ、と血を吐いたビャクランは、それでも笑顔を崩さない。俺に向けてへらっと笑うと自分の身体から生えているイェーガーの手を握って「こりゃダメそうだ…握手だイェーガークン」とさりげなくその腕を拘束した。瞬間、「でかしたドカス!!」とキレてるザンザスの銃が火を吹いてイェーガーを一閃した。俺の視界では捉えたかと思ったその一撃も、イェーガーには避けられていた。短距離瞬間移動に限界はないってことなのか。
 ザンザスの真横に現れたイェーガーがその膝をズバッと切り裂いた。片腕がやられたって辛いのに膝まで切られて、さすがのザンザスも耐え切れずに倒れ込む。
 これで半分やられた。あとは俺とキョーヤとムクロが残るのみか。
 ツァールから手を離してだんと着地し、穴の開いた胸を押さえてるビャクランのところへ走った。「ビャクラ…っ」ずる、と足を引きずって一歩こっちにやってきたビャクランが痛みに顔を歪めながらも「これくらいじゃ、死なないって」と笑って崩れ落ちる、その身体を抱き止める。
 そこかしこに赤い色が溢れていて、頭がくらくらする。
 こんなときなのに嬉しそうに笑っているビャクランがいる。俺の腕の中にいるってことがそんなに嬉しいのか。
「もう全滅が見えてきちゃったね」
「…っ」
 バミューダの声にぎっと視線を上げる。
 許さない。こんなの殺人以下だ。圧倒的な殺人、殺戮。俺は、そういうこと、大嫌いだ。
 そっとビャクランを横たえ離れようとして、手首を取られた。息をするのも苦しそうなビャクランが「、君は、無理は」「わかってる。大丈夫」手首を掴んだ手をそっと離して立ち上がる。
「君は、昔からこういうことが嫌いだね」
 さして関心もなさそうにそう言ったアラウディが手錠を弄んでいる。「それでよく僕のことが好きだったよ」とか言うから、そういやなんでだろうと考えたけど、今更だ。
 まぁあれだよ。アラウディはとにかくきれいだったから、一目惚れしてたんだよ、多分。
 ちらりとキョーヤを確認する。その目と目が合ったら嫌でもわかった。灰色の瞳が嫉妬の炎で燃え盛ってるってことが。唇噛み切る勢いで引き結んでるし。
 …これは、帰ったら一発くらい本気で殴られるかもしれない。覚悟しておこう。
 俺の思考がわかってるのか、小さく笑ったアラウディが「色男は辛いね」なんて思ってもないだろうことを言ってせせら笑い、俺の顔の横ギリギリを掠るような蹴り技を放った。まさか怒ったのかと風圧でなびいた髪に冷や汗を感じて「むぅ」と唸った声にはっとする。俺の背後に短距離瞬間移動したイェーガーにアラウディの足蹴りがヒットしていた。腕をクロスさせてその一撃を防いだイェーガーがばっと離れて距離を取る。
 はあ、すごいな。俺なんか全然反応できてないのに、アラウディはわかるのか。さすがだ。
 つまらなそうに「足が滑った」とか適当なことを言ったアラウディに、今のところヲノミチからの注意とかはない。あくまで防御ばかり取ってるし不可抗力ってことで通じているようだ。
 ふん、と吐息したアラウディがじろりとバミューダを睨んだ。初代の頃からいるって話だから憶えがあるのかもしれない。
「で? これはいつになったら終わるわけ」
「ツナが帰ってこないと…」
「彼に丸投げ?」
 は、と笑ったアラウディに苦笑いするしかない俺。
 そのタイミングで「プレゼントプリーズだ」と声を上げたのはヴェルデだ。科学者であるヴェルデが呪解に踏み切ったらしい。確か、このためにモスカを特別改造したのだとか。
 復讐者二人の意識がそっちにいったので、ふう、と一息。転がったまま動かない三人に順番に視線を向けて、大丈夫だ生きてる、と確認。
 意識があるとはいえ重傷だ。早く病院に運んでやりたい。応急処置だけでもなんとか。ヴェルデが時間を稼いでる間になんとか。
「ツァール」
 モスカのミサイル強襲の中ツァールの形を三つに分けた。それぞれが負傷したザンザス、スクアーロ、ビャクランを連れて離脱する。
 ユニやヴァリアーの面々が外に控えている。戦闘終了と同時に診てもらえるように少しでも手を施さないと。
 モスカによるイェーガー強襲を眺めていたアラウディがぽつりと「話にならない」とぼやく。三人を戦闘域から離脱させたツァールから意識が逸れる。それってどういう。
 現代の天才科学者が知識や技術のすべてを詰め込んだモスカ。その攻撃を物ともしないイェーガーは簡単にモスカを破壊した。アルコバレーノを殺すのは本意ではないとかで手加減されていたからヴェルデは無事だったけど、この時間稼ぎもあっという間に終わってしまう。
 くそ。ツナはまだ来てないのに策が尽きてきてる。イェーガーに弱点とかないのか。
「そろそろ最後のターンだね」
 イェーガーの肩に乗ったバミューダの声が笑っている。
 イェーガーが高速すぎて人の動きじゃ追いつけないってことを考慮したキョーヤがロールの球体を無数に増やして短距離瞬間移動の場所に制限をかけ、炎で居場所を探知されないようにムクロが球体に隠れる場所のあちこちに囮の炎を仕掛け、なんとかイェーガーを欺いている。
 ロールの球体に隠れながら、カチャリ、と銃を構える。
 モスカの猛攻撃が効かなかったあいつにこんな銃が効く気はしないけど、大空の調和とツァールの炎を込めたこの弾なら。
 囮人形を作るムクロのスピードよりイェーガーの速さが勝り、後ろを取られたムクロがとっさの防御をするも、負傷した。ムクロには当たらないようにドンと一発撃った弾はイェーガーに掠ることなく地面を抉って調和の炎を爆ぜさせる。
(そう簡単に当たるわけないか)
 ヴン、と短距離瞬間移動で消えたイェーガーがキョーヤの後ろを取る。俺よりキョーヤの後ろを取る方が簡単だって判断したんだ。

「キョーヤっ!!」

 伸ばす手も、駆ける足も、全部間に合わない。
 ち、と舌打ちしたキョーヤが反射で取った防御のトンファーを砕いた。情けの欠片もない手刀がそのままキョーヤの首を薙ごうとして、そこで、イェーガーが吹き飛んだ。ようやくツナがやって来たのだ。誰も彼もが負傷して赤い血が地面を汚してる惨状に「イェーガー!!」と叫び、怒りで炎圧を上げている。それに合わせてスピードも増してる。
 自分でも今のはマズいと思ったんだろう、キョーヤがなんともない首を押さえて細く息を吐いたのが見えた。
(キョーヤ、無事だ、よかった。よかった…)
 脱力した俺をアラウディがつまらなそうに眺めている。いや、これは、睨まれてる、ぞ。
「……僕のときは、そんなに必死になってはくれなかった」
 ぼそっとした言葉に、え、と困惑する俺。そもそもアラウディが追い込まれる状況っていうのがなかった気がするんだけど…。俺が知らないだけでそういうときもあったんだろうか。
 不服そうに眉間に皺を刻んだアラウディが「心配ならそばに行けば? あんまりにも君の近くにいる人なら、ついでに、守ってしまうかもしれないし?」ものすごく不服そうにしてるアラウディだったけど、ナイスな提案だった。俺はダッシュでキョーヤのそばへ。ツナのことをみんながカバーしてる間に。
「キョーヤ、」
「うるさい」
 心配する俺を睨んでぎりぎりとアラウディを睨みつけたキョーヤがトンファーを振るって玉鎖でツナへの攻撃を防いだ。俺もやるだけやってみようとイェーガーへと銃口を向ける。

 バミューダが頻繁にイェーガーの肩に乗るのは炎を供給するため。それを見破ったツナと、次からそれは反則行為だと判断したヲノミチの審判により、イェーガーの戦闘に上限が見えた。
 短距離瞬間移動を全身で使えるのは二度が限界。

 全弾使い切るつもりでイェーガーに叩き込んだけど、ワープで避けられた。叩き落さなかったのは大空の炎を避けてだろう。これで二度目のワープ。
 弾はもうない。大空の銃弾、俺はザンザスのように撃つことはできない。用意した弾がなくなったら銃はただの鉄の塊だ。
 くそ、と銃を投げ捨てた俺を横目で確認したキョーヤが「怒らないでね」とこぼしてするりとそばを離れる。「え、キョ、」キョーヤ離れたらアラウディがお前を守れない、と伸ばした手が指先を掴まえたのに、ぱしんと払われて、キョーヤはムクロと一緒にツナを守って身を挺した。赤い色が視界を舞う。
 突きの一撃を食らった二人がイェーガーの両腕の攻撃を食い止め、ムクロの幻術が自分達ごとイェーガーを拘束。その隙を逃さずツナがX BURNERを放ちイェーガーの身体に風穴を開けた。
 痛みは感じるのか、イェーガーが倒れて呻いている今がボスウォッチを破壊するチャンスだ。そうしたらこの戦いも終えられる。
 けど、ここでバミューダが黙っているわけがなかった。倒れたイェーガーを庇うように躍り出ると「させないよ。ここまできて君ごときに邪魔はさせない」と、呪解する。
 ぞわりと背筋を震わせる寒気。夜の炎の。
 呪解したバミューダの人間離れした姿は半分爬虫類という顔をしていて、ギョロリと動いた大きな目に睨まれて半歩引いた。引いた俺とは反対にアラウディが前に出て半透明な身体で俺の視界を塞いだ。
「僕が消えても、驚かないこと」
「え?」
「限界があるんだ。引き裂いた魂の数だけしか守ってあげることができない。無限じゃないんだから、無理はしないでよ」
 初耳のことに目を丸くした視界の中で、アラウディに肉薄したバミューダが見えた。アラウディを貫いた手が俺の左手首を掠って腕時計を破壊する。
 ち、と舌打ちしたアラウディの姿が不安定に揺らいだ。反撃の拳を受ける前にバミューダは短距離瞬間移動で倒れてるみんなの腕時計を壊している。ほんの一瞬で。
「アラウディ…っ」
 痛いのか、顔を顰めて穴の開いてる胸を押さえていたアラウディが「相変わらず、ばか」とこぼして笑うと、その姿がかき消えた。
 アラウディに触れることはできないとわかっていても伸ばした手が空を切る。
 …止まるな。思考を止めるな。今は一秒単位が大事なときなんだ。
 ぎ、と唇を噛んでキョーヤとムクロに駆け寄る。ツナの邪魔にならないよう離脱させる。
 二人をずるずると引きずって端っこまで行って膝をつき、怪我の状態を確認する。
 ムクロの方が傷がひどいけど、キョーヤの肩も抉られてる。ボンゴレの医療機関でちゃんと治さないと。とりあえず止血だ。失格になったバトラー同士なんだからこれくらいは大丈夫のはず。
 ジャケットを脱ぎ捨ててシャツも脱ぎ、ムクロの脇腹を縛る。キョーヤの肩には携帯しているハンカチを使う。すぐに赤く染まって意味のないものになったけど、何もしないよりは。
「キョーヤ」
 呼べば、薄目を開けたキョーヤが俺を見上げた。呆れたような顔で「ばか。なにないてるんだ」と動く方の腕を伸ばして俺の頬に手を添える。その手をぎゅっと握って額を押しつける。…まだ喋る元気はあるんだな。よかった。
「うっさい。お前こそ怪我しちゃって、馬鹿」
「うるさぃ。あなたこそ…おわったら、ぜんぶ、ちゃんと」
「話すよ。話すから、もう喋らなくていい」
 傷に響くだろうと唇に指を当てた。吐息して目を閉じたキョーヤから視線を外して状況を確認する。
 圧倒的なツナの不利を埋めるように現れた、あの黒いハットの持ち主は。俺の小さな上司の本当の姿。
(あれがリボーン)
 孤高の殺し屋と恐れられるリボーンすら追い込むバミューダの動きは目で追えない。
 バミューダの眼前で構えられ放たれた一発も短距離瞬間移動で避けられる。
 その弾が不自然な軌跡を描いて曲がった。
 最初からバミューダに当てる気なんてない弾は、死ぬ気弾は、正確にツナの眉間を貫いた。