咬み殺すなんて物騒な言葉が口癖の、あまり接触したくないなと思う狂犬的な人種の人間を一人知っている。
 唯我独尊の一匹狼、というのが僕が彼に抱くイメージ像だ。
 いつだって独り。いつだって孤高。どこを目指していて何を考えているのかわからない、そのくせ彼はボンゴレの雲の守護者として、口をへの字に曲げながらも『並盛のついででいいなら』とマフィアの仕事を引き受けた。
 絶対に蹴られる話だと思っていただけに、その話を白蘭さんから聞いたとき、かなり驚いたことを憶えている。
 で、そんな雲雀恭弥という、僕個人としてはできれば関わり合いたくない人間が、今なぜか研究室のドアを叩き壊して立っているわけで。「は…っ?」その突然の行動、突然の訪問、さらには彼の片腕が抱えているものを見て手にしていたマウスがデスクを滑り落ちて床を転がった。
 彼は傷だらけで、血だらけで、きちんと生きているのか怪しい出血量で黒いスーツからぽたぽたと血を落とし、自分の腕にあるものを抱えながら足を引きずって部屋に入って来る。

「治せるだろう」

 それで、その第一声に、一体何を、と思ったのはきっと僕だけじゃないはずだ。
 ここは元ミルフィオーレ(その記憶は引き継がれていないからないのだろうけど)研究員が多いただの研究施設だ。診療所じゃない。そう言おうとして、ひょこ、と後ろから現れた見覚えのあるカエル頭の被り物をした少年を発見する。
 まだ彼の方が話が通じそうだと判断した僕は、状況把握のため、彼に確認を取ることにした。

「ソレは、どういうことだい」

 僕の言うソレ、とは、雲雀恭弥が抱える首のことだった。
 見事に首から上しかない、もう死んでいるだろう人間の顔に、見覚えがあるような、ないような。
 カエル頭が特徴的な彼、フランは、げほ、と咳をして血の塊を吐き出しながらこちらも辛そうな顔をした。どうやら二人とも重傷らしい。ボンゴレの中ではやり手の方だっていうのに。「救護班を手配しろ」後ろで呆然としている研究員に声をかけ、どさ、と床に座り込んだフランの元へ行く。

「えー、状況説明。します。まず、その人、死んでません」
「は?」

 雲雀恭弥が抱えている首を指さされ、これにはさすがにおかしな笑いがこぼれた。口の端が引きつる感じの。「いや、首だけで生きているはずがないだろう」げほ、と咳き込んで血を吐いたフランが不快そうに眉根を寄せて戦闘服の袖で口元を拭う。「ええ、普通なら。ミーの幻術の力で、雲雀サンの片方の肺を、彼の脳に直結させて酸素を送ってます。だから、死んでません」「な……」これにはさすがに言葉がすぐに出てこなかった。
 よく見れば、確かに、雲雀の黒いスーツの胸元からはチューブのようなものが伸びて、抱えている首へと繋がっている。
 いや。そうだとして。脳に途切れることなく必要な酸素が供給されていると仮定したとしても、僕に医療の知識はない。それに、首だけになった人間を蘇らせるような技術、さすがのボンゴレにもないだろう。もしあるとしたらそれは、

「賑やかだと思ったら。ハイハイ、ご指名だね」
「、白蘭さん」

 この世界で心を入れ替えた白い彼は、雲雀の前に立つと両手を差し出した。「僕に預けるのは不快と不安しかないだろうけど、生かしたいんだろう。約束する。だから貸して」「…………」ぎり、と唇を嚙みしめた雲雀が大事そうに抱えていた頭を白蘭さんの手に預けて、そこで力尽きたのか、糸の切れた人形みたいにその場に倒れ込んだ。
 駆けつけた救護班に怪我人を任せ、大事そうに人の頭を抱えて何かブツブツ言って白い翼を広げている白蘭さんを見上げる。
 未来からの記憶を受け取って。子供ながらにそれを吟味して、今の職に就くことに決めた。『より良い未来を目指そう』と笑った、親友であった彼を信じて。
 だけど、今どこかここじゃない遠くを見ている三白眼は、まるで世界を滅ぼしかけたあの頃の彼のようで、少し、背中が寒い。
 そんなことがあったのが僅か三日前の話だ。
 それで今現在、首だけの状態で運び込まれた彼がどうなったかというと……白蘭さんの持つパラレルワールドの知識ってやつで、なかった体は再生されていた。
 ただし、相当に消耗したんだろう。そばで翼を広げ続けている白蘭さんの顔色はよくない。

「白蘭さん、そろそろ休憩とか…っていうかあなた寝てないでしょ。寝ましょう。もう彼は大丈夫なんでしょう?」

 バイタル値が安定していることを確かめながら問いかけると、白蘭さんは白い髪を緩く揺らして首を横に振った。「まだ、駄目だ。安定してない」「え。でもバイタルは……」「そっちじゃない。魂とか、そういうやつの話」魂。それは、ボンゴレリングや未来での記憶を知った今でもなんとなく信じがたい言葉だ。
 足りないな、とこぼした彼が僕を指して「ショウちゃん、雲雀クン呼んで」「え。でも彼も重傷でまだ動けないと…」「呼んで。すぐに。クンが乖離する前に」乖離、って。バイタル値はこんなに安定してて、体だってあるのに。
 僕は困惑しながらも、白蘭さんの指示に従った。
 特別に許可をもらって松葉杖をつきながらやってきた雲雀恭弥は、ベッドで横になっている彼を見るなりバンと強化ガラスに手のひらを叩きつけた。
 怪我をしてれば大人しいのかと思いきや、やっぱり狂犬だった。すごいギラギラした目をしてる。重傷人のくせに今にも暴れ出しそうな気配すらある。

「あーけーるーよ。無駄な力使わない」

 白蘭さんが部屋のドアを開けると、転がり込むように入って来た雲雀が松葉杖を捨て、というらしい彼が眠るベッドに縋りついた。「目は、覚めたの」「まだ。定着が足りない。雲雀クン、君、彼に言ってないだろ。好きとかそういうの」「…っ」ここではぁっ? と声を上げそうになって堪えた僕、偉い。空気を読んだ。
 雲雀は白い唇を噛みしめて拳を握っている。顔色も白い。本来なら今すぐにでも病室に戻したいところだ。

「それが何」
「だから、足りないんだよ。この世への未練ってものが彼の魂に感じられない。君が何も言わなかったからだ」
「……今ここで言えば、何か、変わるわけ」
「戻って来る可能性は高くなる。あとは彼がどれだけ君に惹かれていたか、かな」

 ぎ、と唇を噛んだ雲雀が、寝台に手をついて、目を開ける気配のない男の耳元に唇を寄せてぼそぼそと何かを伝え出した。内容はここまでは聞こえない。
 時間にして、一分ほどだろうか。
 彼は最後に眠っているの唇にちょんと触れるだけのキスをした。そこでも声を上げそうになって堪えた僕は偉いと思う。
 白い顔をした雲雀は、ギプスで動かしにくそうな手を伸ばしてぴくりともしないの頬を指で撫でた。「寝坊助は、さっさと、起きろ……咬み殺すよ」彼の口癖だ。咬み殺す。

(………というか、これで本当に何か変わるのか?)

 白蘭さんはじっとを見つめて、何か手繰り寄せるみたいな仕種をして……突然ガシッと空中で何かを捕らえる仕種をした。「デカした雲雀クンっ、ご帰還だ!」それで捕まえた何かを眠り続ける体に押しつけるようにして、それで、という人間は目を覚ました。「……?」まだぼんやりはしているけど目は開いてるし、雲雀がその顔を覗き込んで「」と呼べば、掠れた声で「ひばり?」と返す。
 三日前首だけで帰還したは、ここに再生された。
 と、同時に、「もうムリぃねるぅ」とこぼして白蘭さんは倒れてしまい、限界だったんだろう、雲雀の方もずるずるとベッドから床へと転がってしまった。
 目が覚めたばかりでぼやっとしているはいったん脇に置いて、僕はまた医療班に連絡。二人を引き取ってもらい、僕は医者じゃないんだけどな、と思いながらできる限りの彼の体の状態の確認をしていく。

「起きたばかりで悪いけど、どこまで憶えているかな。記憶とか」
「…えっと……ひばりさんと、ふらんと、しごとで。おやしきに。いって」
「うん」
「しゅうげき、の、つもりが。むこうもまちかまえていて、ボックスもつかった、らんせんに……それで………?」

 そこで彼の言葉は途切れた。頭に手を当てて「それで……ここで、きがつきました」そうか。首を落とされたという事実は本人は知らない、と。
 まぁ、自分が首だけになって普通なら死んでいたなんてこと、知らない方がいいだろうけど。