こんにちわ、こんばんわ、あるいはおはようございます。ミーはフランといいます。 六道骸っていうろくでもない人でなしのお師匠を持つ、マフィア、ボンゴレファミリーの中ではわりと実力派の幻術使いです。 そんなミーが血を吐きながら延命させたという男は、一時期は首だけの存在だったにも関わらず、今はコロッとした顔で「助けてくれたって聞いた。ありがとう」とミーにお菓子の差し入れをしてきました。 じ、と彼を見上げて吟味してみても、幻術の類の力は感じません。 つまり、目の前にしている彼にはきちんとした肉体があり、誰かの変化でもなければ、人形か何かでもない、ということです。 彼については、助けるにあたり、一通り体の精査と身辺情報などを整理しましたので、視たらわかります。 ……しかし。ボンゴレ内でこれといって成果を出しているわけでもなく、抜き出た能力があるわけでもない。ただ大空の匣を使う適性があるというのが唯一珍しいというか、希少性があるというか。ただそれだけの人、というのがミーの彼に対する評価です。 つまり、失えばボンゴレにとって多少の損失にはなるが、大きな問題ではない。その欠損はいずれ埋まる。 だというのに、雲雀恭弥は彼に縋った。それはなぜなのか。 「あ、お菓子嫌いだった…? ごめん」 何も言わないミーに紙袋をさげようとするその手を掴んで止めて、きちんと温度と脈があることを確認。「いえ、好きです。病院食ばっかりで舌が飽きていたので、喜んでいただきます」本当、栄養とエネルギーが計算された病院食というのはどうしてこう味気ないのか。このさいお菓子でもなんでもいいから食べたいのです。 バリ、と包みを破りながら、「そちらこそ、大丈夫ですかー。体調とかぁ」あなたは首だけになって本当なら死んでいたんですよとは言わずにそう問いかけると、彼はコロッと笑う。犬のように。「全然だいじょーぶ。たまにクラッとするくらい」「そうですかぁ」たまにクラッと。ね。 ミーにはお師匠の言う未来の記憶というものが欠落しているので、白蘭と名乗るあの白い彼が起こした奇跡をどこまで信じていいものか判断ができません。 が、お師匠の指示で、雲雀恭弥に恩を売れ、と言われてここまでやったのです。説明くらいはしてもらわないと困ります。 「で、どうでしたか」 ミーのお見舞いに来た彼が去ったあとに問いかけると、パイプ椅子に腰かけたまま幻術で姿をくらませていたお師匠がクフフと独特の笑い方をします。「まがい物、というには早計ですが。人間ではありませんね。少なくとも首から下は」「はぁ」バリボリとクッキーを頬張りながらペットボトルの水を飲み、お師匠の言葉を反芻します。 人間ではない。あれで? 首から上、頭はわかる。持ち帰ったものだ。それを使った。では首から下は? 一体どこから生まれたのか? 本人が違和感を感じていないのだから、どこかの誰かの体を代用したわけではないだろう。ましてや我々が得意な幻術でできているというわけでもない。 クッキーを頬張りながら考えるミーに、お師匠はまた例の笑い方をします。クフフってやつ。「白蘭。恐ろしい人間もいたものだ」「はぁ……」「アレは、彼が創ったものでしょう」「えー、なんですかそれ。SF映画じゃあるまいし、現代の技術では人間の複製なんて不可能ですよ」「ええ。現代の技術であれば、ね」……含ませる言い方だなぁ。それはミーにない未来の記憶が確証となっているのか。それとももっと、別の何か、か。 病院食ばかりでよほど舌が別の味を求めていたのか、彼が持ってきたお菓子はすぐになくなってしまいました。残念。 「それで、お師匠の指示通り、を助けましたけどー。アレで恩は売れましたかねぇ」 基本的に誰にも尻尾を振らない、見目麗しき唯我独尊の一匹狼。 何を考えているのかもわからない、お師匠と同じくらい危険な人物だと認識している雲雀恭弥。 恩を売る、なんて簡単に言って、それで彼が生かしたいという人物を助けたわけだけれど。果たしてこれで恩は売れているのかどうか。そもそも、恩を売る必要はあるのかどうか? お師匠だってボンゴレ内では実力者だろうに。 なんてことを考えていると、ぽん、と頭に手を置かれた。視線を上げればお師匠が僕の頭を叩いて撫でている。「よくやりましたフラン。彼とは交渉したいことがありましてね。これで有利に運べる」「はぁ。そうですかぁ」その交渉内容すら、ミーは知らないわけですが。 まぁ、どんな事態に転ぼうが、自分で生きていける自信はある。今回はお師匠の指示を優先したから怪我ばかり負ったけど、これもそのうち治るでしょう。そうしたらまた仕事の始まりです。 二日後、無事に医療班の施設からさよならすることができたミーは、ボンゴレ本部に帰還。したら、仕事が山積みのデスクに座るより先に、ミーより重傷だったはずの雲雀恭弥に仁王立ちされました。これは想定外の事態です。 おかしいな。この人、ミーよりボロボロだったはずなんですが。何せ自分の命より大事そうに人の頭を抱えながら逃げていたんですから。あちこち結構怪我をしていたはずですし、肺なんてかなり負荷をかけたので、片方、潰れかけてたはずですが。 「えー。お元気そうで…?」 「人より丈夫なのが取り柄でね」 はぁ、と生返事を返して首を捻る。「それで、ご用件は? お師匠への言伝ですか?」恩を売ってどうこう言っていたこともあるし、二人は相性が悪いようだし、その件かと思ったけど、違った。 無表情な彼が自分の後ろからぐいと引っぱり出したのは、だ。何かタブレットを操作していたところから顔を上げると「あ、フラン。退院おめでとう」「はぁ。ありがとうございます」いや、意味がわからない。彼がなんだというんだ。説明が足りないですよ雲雀恭弥。というか説明する気があるのか、この人? 基本的に表情のない彼は、を肩で担ぎ上げるようにすると、ミーの横を通り過ぎるさいに「世話になったね」と言い置いてさっさと出て行ってしまった。 ……つまり今のは。ミーの助力があって彼が元気になった、という姿を見せに、自分も同行してわざわざやってきた。と。 ふぅん。思っていたよりは常識的なものが備わっているんだなぁ、あの人。 なんてことを思いながら自分のデスクに座り、パソコンの電源をつけ、デスクに詰まれている仕事を処理。その日のうちにすべてやっつけてやりました。そう、ミーはできる人間なのです。 そんなできる人間、でもまだ少年であるミーに、お師匠はまた仕事を押しつけてきやがりました。しかもまたあの雲雀恭弥関係。仕事内容は『二人の様子を監視すること』……。 二人。といえば。最近はどこへ行くにも雲雀恭弥に連れて行かれるという、、彼を入れての二人、という意味でしょう。 (ミーも暇ではないんですけどねぇ……) その日、オフである二人が出かけるというので、仕方なくミーも有休を使って、幻術も使って、バレないように二人を尾行します。 わざわざ出かける用事があるのかと思えば、二人がしたのはありきたりなことでした。 レストランに入ってご飯を食べる。映画を観る。ショッピングをする。夕食は食べ歩きで色々なものを半分こして分け合って食べる。 これは、いわゆる、デートというやつなのでは? そんなことを思いながら、デートを尾行するミーの一日とは……と自分の虚無さを嘆きかけたときでした。 。一度は首だけになり、白蘭という人物によって再生された彼が唐突に血を吐いたのです。「、」反射的に姿を隠すための幻術を解いて、その腕がぶちぶちと音を立てて落ちる前に、周囲に異変を悟られないような防御型の幻術を展開。ぼと、と音を立てて落ちた腕と崩れ落ちた、その彼を抱き止めた雲雀恭弥を周囲から隔絶することに成功します。よし、さすがミーです。偉い。 駆け寄って背中にタッチ、ざっと幻術でスキャンすれば、体の各所が電池切れを起こしたみたいに機能の停止を始めていました。 ああ、まったく。お師匠はこのためにミーを駆り出したのか? まったくいいタイミングでの肉体の崩壊です。 ぜぇぜぇと荒い息を吐いている彼の意識は曖昧なようで、そのまま幻術に意識を落としてせめて苦しくないよう眠らせます。これで少しは楽でしょう。 「どうして…」 「わかりませんよ。とにかくすぐに白蘭のもとへ運びましょう。首だけの状態のときよりはマシです」 とはいえ、ぼとり、と片足も膝から落ちてしまいました。これでは以前のように首だけになってしまうのは時間の問題です。 欠損して生命活動に支障が出てきた部位を幻術で補いながら、のこぼれた肉体と彼自身を抱き上げた雲雀恭弥を見上げます。 常に無表情、何を考えているのかわからない、しかし見目麗しいといえる、唯我独尊の一匹狼。触れれば傷つく黒い薔薇。 そんな彼が泣くんじゃないかと思うくらい歪んだ表情をしているのを見て、ああ、と納得します。 (好きなのか。こんな平凡で、一度死にかけて、再生して、だけどまた死にかけている、人間のことが) それは。人間離れした実力があり、実績があり、人間らしくないあなたが抱くべき感情じゃあなかったでしょうね。 きっとそれはお互いを傷つけるための刃にしかならない。なんて、余計な思考は今は置いておいて、本部への帰還を急ぐとしましょう。 |