かつては世界を股にかけた僕でもびっくり驚き。首から上の頭だけで戦場からご帰還したくんに、パラレルワールドで得た知識と現代の技術を掛け合わせフルで活用した治療を駆使した結果、一年たった今も、彼はなんとか存命している。
 彼の肉体を治せるのは今のところ僕しかいないから、自然と僕と彼は顔をあわせる回数が多くなる。
 なので、元ミルフィオーレ、今はボンゴレ所属の僕は、の『主治医』という立場として振舞うことになった。
 それらしい白衣を着てそれらしく伊達眼鏡をかけて、彼のバイタル値その他が計測されている機器を睨んだ。それらしく。医者っぽく、を意識しながら。
 自分が気が付いたら気絶している(正しくは肉体が崩壊したりしてその度に意識を落としてたんだけど)、なんか体の調子が優れないときがある(それも正しくは肉体が以下略)、そんな症状がずっと続いている、ただしだんだんとよくなってきてはいる彼の不安を取り除くため、ボンゴレ内で話し合って出した結論は、『は新種の病にかかっている』というものだった。
 ネオ・ボンゴレプリーモ、っていうと本人が怒るから、綱吉クンと言っておこうか。現ボンゴレトップの彼も『それが雲雀さんの望みなら』とこの優しい嘘を組織ぐるみで吐くことを了承した。
 君が調子が悪いのは、新種の病気のせいで、きちんと原因があるんだよ、と言い聞かせ、でも治療法はまだ確立していないから、ここで頑張って治していこうね、と丸め込んだ。
 これで彼は借金返済地獄から解放されても、ボンゴレから解放されることはなくなった。
 ボンゴレが表の世界より科学技術その他が優れていることは彼だって知るところだ。そんな場所で治療をしてもらえるなら誰だってそう望むだろう。
 それに、表の世界へただ帰すには、彼はこちら側を知りすぎてしまった。
 仮に裏の世界から抜け出せたとして、それはきっと刹那の時間にしかならないだろう。
 情報の漏洩を防ぐため、彼は人知れず消される。だからどのみちボンゴレに残るしか彼に道はなかった。

「うん、大きな問題はないね。自分で気になるところはあるかな?」

 医者っぽく、を意識しながらくいっと伊達眼鏡を押し上げた僕に、日本人って感じの黒い髪を揺らした彼は顎に手を当てて考える仕種をした。「いえ、とくには」「うんうん。じゃあ、また一ヶ月後に来診してくれ。薬だけは毎食後必ず飲むようにね」「はい」「それから、何か気になることがあったらいつでも連絡すること。急な体調の悪化も同じだよ」これが普通の診察だと疑っていない彼は素直に頷く。その後ろで、雲雀恭弥が怖い顔で腕組みして僕のことを睨んでいる。
 そんな怖い顔をしなくても、怪しいものが入った薬じゃないよ。もうわかってるくせに、彼のあれは癖なのかなぁ。
 二人が出て行ったあと、診療室でギッと椅子を軋ませて伸びをして、医者っぽく振舞うためにしていた伊達眼鏡を外す。
 と、今日の診療結果を記録しているパソコンから『白蘭』とかわいい声がした。唐突なユニちゃんからの通信だ。

「はいはーい、どうしたの。珍しいね、アポなしなんて」
『はい。少し、視えたものですから』

 巫女としての力がまだ残っている彼女の言葉に、僕はなんともいえない顔になってしまう。
 普通の少女として生きたい。そう願う彼女の望みを叶えたいとは思う。
 パラレルワールドで空っぽになっていた僕を癒したこの子の手助けになりたいと思う。この世界はそういうふうにあってほしいと思いながら生きている。しかし、果たして、それは叶えられているのか。僕がこうしてボンゴレで技術その他の提供を続けることは、彼女のためになっているのか。たまに疑問に思うことはある。

『彼のことなんですが』
「っていうと、クン?」
『はい。白蘭やボンゴレがこのまま技術を躍進させれば、五年後、彼は本当の意味で体を手に入れる……そういう白昼夢を視ました』
「……そっか」

 ギィ、と椅子を軋ませて天井を見上げ、今はまだ月一で肉体の崩壊を繰り返して苦しむ彼のことを考える。その度に泣きそうになっている雲雀クンのことも。
 最初の頃は一週間ももたずに肉体と魂が乖離、崩壊していた。そのことを考えるなら、今一ヶ月はもつようになったのは、彼がそれだけ生に執着を憶えて、しがみつきたいと思うモノができたからだ。
 それがなんであるのか、は、言うまでもないことで、ただのお節介だ。
 これは綱吉クンやリボーンとの約束事でもあるけど。『白蘭』「ダイジョーブ、外には漏らさないよ。争いの元にしかならないからね、コレは」たとえば頭だけになって、普通なら死んでいるだろう傷でも癒すことのできる僕が持つ技術。すなわち、ボンゴレが持つ技術。それは門外不出であり、持ち出した者は問答無用で処分と定められている。
 今回は特別、レアケースだ。
 ボンゴレの幹部で滅多ことじゃ他者を頼らない雲雀恭弥クンの頼みで、綱吉クンも手を合わせて頼み込んできたから、こうして医者の真似事を続けているだけ。
 でも、そうか。ユニちゃんが視たのなら、僕がこのまま頑張れば、五年後、彼はもう崩壊する心配のない体を手に入れているわけか。

(そうしたら、やっとお役御免だな)

 つまり。それまでは、僕は彼らと関わり合いを持つって予見でもあるわけだ。
 そのあとユニちゃんとは一言二言会話をして切り上げ、次の予定が入っていたのを思い出して診療所を出た。
 そう、僕は多忙なのだ。かわいいユニちゃんの癒しをもっと得たかったけど、あまり独り占めしているとγクンに申し訳ないし、今日はこのくらいにしておいてあげるよ。
 未来の世界で好き勝手やった白蘭という人間は、今、ボンゴレの中で自由を得て、親友であるショウちゃんとゲームに興じたり、新技術開発のために頭を使ったり、クンの体について思考を巡らせたり、たまにユニちゃんと電話して癒されたり、そんな日常を送っている。
 ここからは特別、二人について、僕が語るべきことというのはないだろう。
 月に一度崩壊していたクンの体が二ヶ月もつようになり、三ヶ月もつようになり、半年もつようになり。
 日々躍進していく技術と薬の進歩で、彼は首から下をなくす前の彼に戻りつつある。
 その日、有名なテーマーパークにデートに泊まりで行くという彼らに、僕はクンに見つからないよう隠れてついていくことにした。
 ほら、何せ僕は彼の主治医だからね。彼があんまり興奮したせいでうっかり腕とか足とかがもげたら大変だしね。
 という名目で、僕もボンゴレから出て羽を伸ばしてのんびりしたかったってだけなんだけど。

「君でも、人並みの感情を抱くんだねぇ。意外だった」

 ここじゃ有名なのか、行列のできてる屋台を指して「俺あそこのジュース買ってくるから、雲雀はベンチ取ってて!」と駆け出したクンの後ろ姿を眺めながらぼやくと、長し目で僕を睨んだ雲雀クンが彼の背中へと視線を戻す。

「悪い?」
「いーや、全然。
 人はそう簡単に変わらないって思ってたけど、君も、僕も、些細なきっかけで変わったものだなーと思ってね」

 一度は世界を自分の思い通りにすべく白い悪魔になろうとした僕。
 唯我独尊の一匹狼、誰にもなびかなかった、手綱を握らせなかった雲雀恭弥。
 僕ら二人は全然似ていないけど、根っこのところが同じ場所にあるんだろう。『こんなところで変わるはずじゃなかった』……僕らはそういうものに自身を変えられたのだ。
 七色のジュースにめちゃくちゃホイップなトッピングをされてるクンが年齢も忘れてはしゃいでいる。ついでにトッピングを追加してる。それはもうジュースじゃないだろうってレベルだぞ。
 テーマパークではしゃぐ。そんな彼には青春というものがない。それらはすべてボンゴレに取り上げられた。普通に怒ることも、笑うことも、恋をすることも、ただ泣くことでさえ、彼はすべてを取り上げられた。
 彼の青春と呼べる期間は、ナイフを磨き、銃を手に取り、戦場を駆け巡ってはその手を汚し、パソコンに向き合って仕事をこなす、ただ物として浪費されるだけの人生だった。
 こればっかりは、ネオ・ボンゴレプリーモ…っていうと本人が微妙な顔をするんだけど、つまりボンゴレファミリー現トップである綱吉クンにもどうにもできないことだった。
 彼がトップになる前に作られた親の借金、担保に売られた彼だ。新しく就任したトップが『かわいそうだから』なんて理由で一構成員を贔屓はできない。
 そんな彼を助けたのが雲雀クン。
 並盛って場所を起点とした、ただそれだけの縁で、彼は死んで終わるはずだったクンを存命させることを選んだ。
 その心中がいかなるものだったのか。そのとき彼が何をどう決断したのか。僕は知らないし、興味はあるけど、踏み込む気はない。
 ただ、頭にうさぎのカチューシャをつけて、トッピングもりもりにした七色ジュースを手にこっちに手を振って戻って来る彼の素直に笑った顔を見ているのは、気分がいい。
 一度、いや、何度も死にかけた、君の人生はこれからだ。

(この僕が結構頑張って助けてあげたんだ。せいぜい長生きして、人生謳歌してくれなくちゃ困る。じゃなきゃ、僕の時間と努力がただの徒労だったってことになっちゃうだろ? )

 だから、二十代半ばの男がトッピングもりもりのジュースを手に戻ってきたって何もおかしなことはないさ。
 人生を謳歌しているってその顔を、口元を緩めて見つめる相手がいるのだから。

「で、何ソレ」
「虹の橋がジュースで、ホイップは白い雲をイメージした、テーマパークでも人気のものだよ。売り切れる前に買えてよかったぁ」
「ふぅん。おいしいの」
「うーん、よくわかんない。けどいいんだ、面白いから」

 雲雀クンと並んでトッピングもりもりのジュースを手にピースして自撮り写真を撮るクンに、上空からその様子を観察しながら、ふ、と笑う。
 子供みたいだなぁ。本当に。
 ストローでジュースをすすって、よくわかんない味だなぁって口にクリームつけて笑う君も。そんな君に笑う彼も。
 テーマパークの上空で両手の人差し指と親指でフレームを作って、パシャ、と写真を撮ってみる。
 頭にお揃いのうさぎのカチューシャつけて。手なんか繋いじゃって。本当、そこらへんにいるカップルみたい。
 なんてことを夜ホテルでショウちゃんに愚痴ってみたら、『はいはい、そういうあなたも楽しそうですよ。じゃあ僕は仕事が忙しいんでこれで』「ええー無情っ、ショウちゃーん!」ぶちっと切られた通話にくそーと携帯を投げ出してベッドでじたばた一人転がる。
 どうせ今頃せっせとベッドを軋ませてるんだろうけど、あんまり無理させるとまた体がバラけるから、朝までヤるとか勘弁してね、二人とも。僕も寝たいからね。そこのところ頼むよほんと。