あっさりすぎるほどの結末で雲戦はキョーヤが勝った。不気味な人型の機械人形はキョーヤに破壊されて地面に転がっている。 これでサワダツナヨシ側の守護者の勝利だ。もう戦う必要はない。だっていうのに戦うのが好きなキョーヤはあのザンザスに対して挑戦状を叩きつけて、それに乗ったのようにザンザスがフィールドに足を踏み入れた。 「キョーヤっ! もーっ」 ぐしゃぐしゃ髪をかき乱して有刺鉄線の囲いに駆け寄る。「キョーヤっ!」いくら叫んでもキョーヤは止まってくれない。ザンザス相手にトンファーを振り回して楽しそうにさえしてる。そりゃああんな一瞬で勝負がついちゃったから戦い足りない気持ちはわかるけど、それにしたって場所とタイミングってもんを考えてほしい。本当に。 ぐいと肩を掴まれて引っぱられた。見ればハヤトが「危ねぇだろ、下がれっ」と俺を引っぱったところ。「でもキョーヤが、」「あいつが人の話聞くタマかよ!」それはそのとおりなんだけど、このまま放っておくっていうのは俺には。 俺が近くにいっても何もできないのはわかってる。でもだからって何もしないってわけにもいかない。キョーヤを言葉で止められるとしたら、多分俺だけだ。 タケシとハヤトに連行されて、有刺鉄線から離される。ずるずる引きずられながら唇を噛んだ。俺にも何か戦う方法があったら、こんなとき、もっと強く前に出られるのに。 そう思ったとき、光る線が視界を横切り、ぶしゅ、と雲雀の左腿から血が吹いた。目を見開く。ザンザスの攻撃、じゃない。違う何かの。でも一体なんの? ひゅるるると音がして反射で視線を上げれば、ミサイルがいくつかこっちに飛んでくるところ。 「げっ」 とっさに地面に伏せる。どうにかかいくぐれたけど、すぐ後ろで爆発したもんだから爆撃で吹っ飛んだ。どしゃと地面に頬をこすって痛いと思う。痛い痛いと思いながらどうにか起き上がると、壊れたはずのあの機械人形が暴走していた。手当たり次第にミサイルを発射している。なんだあれ、殺人マシーンか。機械の胸の辺りから放たれる光線がさっきから学校を破壊し尽くしてる。キョーヤの足をかすったのもあれだ。「圧縮粒子砲!?」と頭を抱えるハヤトに同じく頭を抱えたくなった。なんだあれ。なんでいきなり暴走してるんだよ機械人形は。 「無差別攻撃ではないか! このままでは全員オダブツだぞっ!」 リョーヘイの言葉は最もだった。ミサイルは容赦なく学校を破壊し続けている。 自分がこんなに戦えればいいのにと思ったことはない。 キョーヤのそばに行きたいのに。怪我をしてるのに。手当てがしたいのに。ザンザスの奴何考えてるんだ。 ドカンとかドオンとかそこら中で爆発音が響いて地面が揺れている。ゆっくり拳を握って、空を舞うミサイルを睨みつける。 (…いつまでもこんなとこで指くわえて見てるだけじゃないだろ。なぁ俺。俺だってさ、男なんだ。やるときはやる。だろ) ざっと視線を走らせる。フィールド内には重量感知式の爆弾が仕掛けてあるって話だった。それくらいならどうにかやりきれる自信はある。砲撃はどうかな、避けられるかな。これでも訓練積んだ身なんだから自分を信じるしかないよな。 よし、腹はくくった。 ぐっと地面を強く踏み締めて駆け出す。「あ、おい! フィールド内はやべぇって!」「おいてめぇ死ぬ気かっ」タケシとハヤトの声が聞こえたから軽く手を振って返す。大丈夫、俺キョーヤのためなら死にに行くのもそう怖くないみたい。 ミサイルで破壊された有刺鉄線の穴を潜り抜ける。フィールド内に足を踏み込めば、かち、とさっそく足元で音がしてピーと警告音が響いた。反射で跳ぶ。なるべく大きく遠くへ。ドガンと遠慮なく爆発したせいで背中に風を受けて足がもつれて転んだ。いったい。でもこれくらい、平気だ。 すぐに顔を上げて駆け出す。キョーヤのところへ行く。あそこは中心だから砲撃からは届かない。 こっちを照準した砲台をぎっと睨み返してとにかく走る。走り抜ける。すぐ足元で何かが跳ねる音がしている。 どのくらい久しぶりだろう。戦場を駆け抜けることなんて。そうだ、こんな感じだった。心臓がどきどきうるさくて、一歩間違えればあの世行き。このスリルが、俺は嫌いではなかった。 だんと手をついて転ぶようにキョーヤのところに行くと、足を押さえて蹲っていたキョーヤが顔を上げた。まず最初にべちとその頬を両手で叩いて「何喧嘩売ってるんだ、馬鹿だろキョーヤ! 怪我までしてさっ」「あなたこそ、馬鹿でしょう。何ここまで来て、」「うるさい。キョーヤが心配だったんだよ、いけない!?」「いけなくはない、けど」視線を泳がせたキョーヤが「怒ってるの」と言うから「怒ってるよ」と返してハンカチを取り出した。光線でやられた足は火傷状態で、砂も触れてるし、本当なら傷口をきれいに洗って消毒したいところだ。でもこの場合贅沢は言ってられない。 キョーヤの足にぎゅっと強くハンカチを結んで視線を上げる。ザンザスはこの惨状にあろうことか大笑いしている。 そんな惨状の中に飛んできた、炎を宿した一人の少年。 「あれは…?」 「沢田綱吉だよ」 腿を押さえたキョーヤが立ち上がろうとするから襟首を掴んで引っぱって止めた。「ちょっと」「怪我してるんだ、大人しくしてて」むぅと眉根を寄せたキョーヤが仕方なさそうに膝をつく。それからトンファーを握って上に飛ばし、こっちに落下しようとしていたミサイルを空中で爆発させた。爆風に目を瞑ってやり過ごしてから十代目候補、サワダツナヨシという人物を見つめる。 どう見ても少年だったけど、彼は死ぬ気の炎を宿していた。 遅れて到着したのはリボーンだ。隣にいるのは門外顧問のバジルじゃないだろうか。 ドシュ、とミサイルの発射される音に視線を上げる。ツナヨシは当たり前のように飛んでいた。人って空を飛べるんだな、なんてのん気なことを考えるくらいには自然に飛んでいた。頭にある死ぬ気の炎とグローブからの炎。炎圧? で飛んでるのかなあれは。 キョーヤが壊した片腕と、今ツナヨシが壊した片腕。腕のなくなったモスカが無差別に放っていたミサイルを全てツナヨシに照準し、遠慮なく光線も発射される。あれが当たったら間違いなく死んでしまう。ミサイル攻撃をかいくぐるツナヨシを固唾を呑んで見守る俺の隣でキョーヤはむすっとしている。 「あれくらい僕にもできる」 「え? 空は飛べないでしょう?」 「…飛べないけど。あんな攻撃くらい、足が動けば避けられる」 むすっとした声に少しだけ笑う。それって焼きもちなのかなキョーヤ。嫉妬なのかなキョーヤ。かわいいなぁキョーヤは。 こんな惨状の中でもわりといつもどおりの自分がいて、ちょっと安心した。あんまりこういう場所には立たないから足が竦むとか腰が抜けるとか想像したけどそうでもなかった。なんだ、よかった。 ツナヨシに吹っ飛ばされたモスカはまだ動いた。全身で突進を繰り出し、それをグローブの手が止める。炎を纏った手がモスカを一刀両断するように切って、ぱっくり割れた機械の中から何かが崩れて落ちた。 「え」 それを見た瞬間、背筋が凍った。 機械人形は電気をエネルギーにしているわけではなかった。エンジンがあるわけでもない。 そういえば、噂を聞いたことがなかったろうか。ヴァリアーに届けられたという新しい戦闘兵器の話。 壊れたモスカから出てきたのは、九代目だ。ボンゴレ九代目ボス。どうしてあんなところに。 「?」 「、」 名前を呼ばれたことで喪失状態から回復した。眉根を寄せているキョーヤの手を握ってぐるぐるする思考を切り換えようととにかく頭を巡らせる。 九代目はまだ生きている。ツナヨシとリボーンに何かを言ってる。ここからじゃ聞こえないけど、まだ生きてる。すぐに手当てをしないと。できればボンゴレが手を回せる病院に、 「よくも九代目を!」 どうにか巡らせてる頭にザンザスの声が響く。 ああ、なんか、頭が痛くなってきた、ぞ。 「九代目へのこの卑劣な仕打ちは実子であるこのザンザスへの、そして崇高なるボンゴレの精神に対する挑戦と受けとった!」 ああ、頭が。 「貴様を殺し、仇を討つ!」 (そーか、それが目的か……ボス殺しの前にリング争奪戦なんて無意味。争奪戦で勝ったならそれでよし、もし負けたならこの展開を考えてたんだ。ザンザスめ…) 「」 呼ばれてどうにか視線を上げる。「泣いてるよ」と言って伸びてきた手が不器用にシャツの袖で俺の目をこすった。痛い、ちょっと痛いキョーヤ。せめてもう少し優しく。 ぐい、と俺の目をこすった手が離れた。「戦った方がいい?」ぽつりとした声に首を捻るとキョーヤがザンザスに視線を移した。俺の気のせい、じゃないな。今のキョーヤすごく機嫌が悪い。怒ってる。 「謀なんだろ、あれは。それにあなたが泣かされた…個人的に、僕はあいつが許せない」 足を引きずって立ち上がったキョーヤがじゃきんとトンファーを構える。ツナヨシがザンザスを睨みつけて「お前に九代目の跡は継がせない」と言ったのが他の守護者全員が立ち上がるきっかけになった。 それを仕切ったのはチェルベッロの審判組みだ。 結論的に、勝利者が次期ボンゴレボスとなる次の戦いが大空のリング戦と位置づけられた。 ヴァリアー側がその場から姿を消すと、トンファーを構えていたキョーヤが息を吐いて腕を下ろす。それから俺を見るとまた眉根を寄せた。 「何その顔」 「…いや。ごめん」 べちと自分の頬を叩いた。ぐるぐるしてる頭を落ち着けるために何度か深呼吸すると、焼けた地面のにおいが鼻をつく。火薬のにおいもひどい。本当、戦場のかおり、だ。 今日で終わると思っていた戦いが明日に長引き、ついでに悪い事態に転がりすぎた。さすがに予想していなかった。まだ頭の処理が追いつかない。 そこで耳に届いた複数の足音と「遅かったかっ」という声に振り返るとディーノとその部下がいて、「お前ら、九代目と怪我人を!」と指示を出してひどいありさまのグラウンドに人が散っていく。 後片付けは、ディーノが来てくれたなら大丈夫か。リボーンもいるんだし、任せよう。 ゆっくり立ち上がると、足元がふわふわしていた。まだ頭が痛い。俺の顔を下から覗き込んだキョーヤが「大丈夫なの」とちょっと心配そうな顔をした。それにふっと笑ってキョーヤの額に口付ける。目を見開いたキョーヤに「大丈夫。帰ろうか。キョーヤの足の手当てしないとね」やんわり笑いかけると視線を逸らされた。 気持ちゆっくり歩きながらフィールドを抜ける。「おい」と声をかけられて振り返るとリボーンがこっちを見ていた。 「心配すんな。九代目は必ず助ける」 「…ん」 「お前は明日雲雀を連れてここへ来ればそれでいい。いーな」 こくりと頷いて返すと、リボーンも浅く頷いた。そのあとはどかっとツナヨシに蹴りを入れて「帰るぞ」「ぎゃっ」痛そうに転んだツナヨシに少し笑った。さっきまで空を飛んでたツナと同人物には見えないな。きりっとしててかっこよかったのに。 ぼす、と肩に何かが当たって顔を向けるとキョーヤの黒い髪が見えた。「キョーヤ?」「帰るんでしょう」「うん、帰るよ」「…僕は足が痛い」ぼそっとした声に首を捻った。「抱っこしようか?」「、馬鹿じゃないのっ」わりと本気で言ったんだけどキョーヤには怒られた。首を竦めてキョーヤの肩を抱いて支えて「じゃあこうする」と言うとそっぽを向かれる。でも手が振り払われないってことはこれでいいってことだ。歩きにくいと思ったけど、慌てて帰る理由もない。ゆっくり帰ればいい。それで怪我の手当てをしよう。明日に備えて早く眠ろう。 明日、リング争奪戦はよくも悪くも終わるのだから。 |