「キョーヤ…よかったぁ」 自力でポールを倒して解毒して、ついでって感じだったけど仲間の方も何人か助けてくれた。ほぅと息を吐いて胡坐をかいて座り込むと、炎圧を感じた。ここからでも炎の威力を感じる。ザンザスとツナは本気でやり合っている。 脱力した俺にリボーンがにやっと笑った。「おい、デキてんだろお前ら」「、は?」「隠したって無駄だぞ」にやにやとこっちを見てるリボーンになるべく平静な顔で「アホだろリボーン。キョーヤを丸くしろって言ったのはお前じゃんか」「まぁな」「キョーヤとは、それだけだよ」大嘘をついた。キョーヤがこの場にいたら殴られてそうだ。 佳境に入ってきた戦いに、リボーンの追求はそこで終わった。外れた視線に細く息を吐く。 晴の守護者は両方助かった。あとは霧のクロームって女の子だ。ディスプレイに映し出される光景はあまりいいものとはいえない。どうにかして切り抜けてくれ、ハヤト、タケシ。 別のディスプレイでは、ツナがザンザスを圧倒し始めた光景が映し出されている。底知れない子だ。まだ中学生なのに。リボーンが直々に鍛えてるだけ可能性のある子なんだろう。なんたって次期ボンゴレボスになる子だし。 ザンザスがなる可能性だってもちろんあるけど。俺はああいう、いかにもマフィアのやり方に染まった人よりも、ツナみたいな、似合ってない人の方がいい気がする。本人には辛いことを言ってるってわかってるけど、このドロドロした世界をさらにぐちゃぐちゃにする人が現れたって俺は歓迎できない。どうせならこのドロドロを断ち切ってくれるような、そんな人がボスになってくれた方がいい。 この世界が少し変わるのなら。少しでも変わってくれるのなら。陽の光なんて望まないから、せめて風を感じたい。密封された世界は息苦しくて、そのうち酸素不足で死んでしまいそうなんだ。 四角い箱の中で過ごすような日々。それを打ち砕いたのは、キョーヤだけど。 「ツナの勝ちだ」 「、」 聞こえた声に顔を上げる。いつの間にか勝負がついていた。ザンザスが凍っている。ツナが立っている。 気付けばディーノと、鮫に食べられたと思ってたスクアーロが車椅子に座ってそこにいた。ディーノの部下に銃を突きつけられてるところを見るに、全然自由ではないけど、生きていた。なんだ、よかった。 皆がほっとしたように俺もほっとした。スクアーロは「オレをここから出せぇ!」と重傷者なのに暴れてたけど、もう勝負はついたんだ。これで、終わり。そう思って胸を撫で下ろしたのに、凍ったザンザスのもとにマーモンが現れた。ベルもだ。展開が少しまずくなる。ツナは気力を使い果たしてもうまともに戦えない。 マーモンの手に全てのリングが揃っていた。リングから炎が上がる。それがザンザスを覆う氷を溶かしていく。あの場で動けるツナ側の人間がいない今、ヴァリアーが有利すぎる。 「まずいよリボーン」 「ああ…」 だけど、俺もリボーンも他のみんなも、どうしようもない。 最初に言われたルールのとおり、ボス候補が持つチェーンに指輪がはめられていく。スローモーションになったかのようにその光景がゆっくりと頭に染み入ってくる。 駄目だ。強くそう思ってもどうにもならない。ザンザスがボスになったらもっとひどい世界になる。ボンゴレがめちゃくちゃになる。駄目だ。絶対に駄目だ。そう思っても手を出せない。何を思っても俺では届かない。 キョーヤ、なんて、都合よく名前を呼びたくなる。 全てのリングがチェーンに収まり、大空のリングがザンザスの指にはめられた。光が溢れる。指輪を中心に、目を覆いたくなるような光が。 ザンザスがボスになったら、この戦いを知ってる人間は皆消されるだろう。俺もキョーヤも。きっと逃げ切れない。どこへ行っても追っ手がくる。 でもキョーヤと一緒ならそんな生活でもいいか、なんて、俺は馬鹿だな。馬鹿すぎる。 キョーヤと一緒なら死んだって別にいいやなんて。本当、馬鹿。 絶望のような希望のような未来を想像した刹那、リングをはめたザンザスが吐血した。 光が消える。代わりにザンザスが何度も血を吐く。赤い色が撒き散らされ、地面に落ちる。 頭が追いつかない。どうしてこうなった。何が起きてる? 『リングが……ザンザスの血を、拒んだんだ…』 ツナの声が聞こえた。意味がよくわからない。指輪が拒む? 意思があるわけでもないのに、そんなことってあるんだろうか。それとも、長い歴史の中で受け継がれてきたものには、魂が宿るのだろうか。 血を吐きながらザンザスが笑う。自嘲気味の笑いだった。 『そうだ。オレと老いぼれは、血なんて繋がっちゃいねぇ!』 「…へ?」 ディスプレイからの言葉にまた頭が追いつかなくなる。ザンザスは九代目の息子、じゃないのか。ああくそ、今日だけで頭が混乱しすぎだ。いや、ここ最近の出来事が目まぐるしくて、休む暇がないせいか。たまには頭を空っぽにしないと駄目かな。まだ動いてくれ頭。今置いていかれるわけにはいかない。 俺の後ろから「オレにはわかるぞぉ」と低い声がして振り返る。スクアーロはディスプレイを見ていた。正しくはザンザスを見ていた。血を吐くザンザスを見ながら「お前の裏切られた悔しさと憎しみが…オレにはわかる…」ゆっくり続けられた言葉に耳を傾ける。 そこから先は、俺みたいな下っ端が知る由もないザンザスの秘密だった。 ザンザスは生まれながらにして炎を宿していた。それを見た母親は妄想にとりつかれ、ザンザスを自分と九代目の間に生まれた子供だと思い込んだ。九代目はザンザスの炎を見て君は私の息子だよと言って微笑んだそうだ。ザンザスはそれを信じて疑わなかった。 九代目に引き取られ、その息子として育ったザンザスは、次期後継者として文句のない男に成長した。 けれどあるとき知ってしまう。自分の母親は九代目となんの繋がりもなく、自分が養子として迎えられたという事実を。 ボンゴレの血が流れていない者は後継者として認められない掟。ザンザスは怒り狂い、九代目を狙いクーデターを起こした。その事件が通称揺りかご。そうしてザンザスはツナがそうしたように死ぬ気の炎の零地点突破で凍らされて眠った。 誰か氷を解いた奴がいるということに気付いたけど、『九代目が』とディスプレイから聞こえる声に意識を戻す。『裏切られてもお前を殺さなかったのは…最後までお前を受け入れようとしてたからじゃないのか……?』どうにか立ち上がったツナの目は、悲しそうだった。こんなに死闘を繰り広げた相手にもそんな目ができるんだ。この子がボスになったら、きっとマフィア界も変わる。変われる。そんなことをぼんやり思う。 『九代目は血も掟も関係なく、誰よりもおまえを認めていたはずだよ。九代目は、おまえのことを、本当の子供のように…』 『っるせぇ! 気色の悪い無償の愛など! クソの役にも立つか!』 鼓膜を震わせる声に耳を塞ぎたくなる。ザンザスはどこまでもボスの座に執着していた。『オレが欲しいのはボスの座だけだ! カスはオレを崇めてりゃいい! オレを讃えてりゃいいんだ!』言葉を吐き出すザンザスに我慢できずに耳を塞ぐ。ああやっぱり俺、こういうのは向かないのかも。仕事変えたい。キョーヤにそばにいるよって言っちゃった手前、もう遅いんだけどさ。 『叶わねーなら道連れだ! どいつもこいつもぶっ殺してやる!』 『やらせるかよっ!』 耳を塞いでも聞こえる声に視線だけ上げる。ツナ側の守護者が見えた。みんなふらふらで傷だらけだ。無傷のマーモンと全然動けそうなベル相手に、人数で上回っても勝てるかどうかはわからない。ふらりと現れたキョーヤに耳を塞いでいた手を離す。キョーヤもふらふらしていた。腕を切ってるし、少しの間とはいえ猛毒に侵されてたんだ。本当ならすぐ病院へ行かせたいところなのに。 結果は出てる。それでもヴァリアー側はやる気満々だ。外部からの干渉は認められないってチェルベッロは言ってたのに、ヴァリアーの部隊が俺達を消すためにここへ向かってるらしい。用意周到だ、さすがヴァリアー。抜け目ない。 止めに入ったチェルベッロの一人をベルのナイフが裂いたことが決定打になった。リボーンがぽいと放った銃を反射で受け止める。「こうなりゃこっちもやるしかねぇ」「うん」安全バーを外して引き金に指をかける。ヴァリアーの精鋭に勝てる気はしないけど、やるだけやろう。後悔しないように。
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ああ面倒くさい。今日だけでそう思うのは何回目だろう。トンファーの先からじゃらららと玉鎖を伸ばす。さっき逃げていったナイフ使いに「決着つけようよ」とトンファーを構え玉鎖を回転させる。別に加勢するつもりも助けるつもりもない。受けた傷を倍にして返したいだけだ。 そう思ったけど、相手はあっさりナイフを捨てて降参した。血を吐いて倒れているザンザスと小さな幻術使い、それにナイフ使いに対してこっちは五人。プラスさっき出てきた誰か知らない人を加えると六人。彼らの言っていたヴァリアーの精鋭隊っていうのは全滅したようだし、これでもう終わりだ。 ふんと息を吐いてトンファーを下ろす。いい加減腕が痛い。ちゃんと手当てしてもらわないと。彼に。 「お疲れ様でした。それではリング争奪戦を終了し全ての結果を発表します」 平坦な声を聞きながらざくと一歩踏み出す。もう出てる結果だし、興味がなかった。そんなことより早く彼に会いたい。頑張ったんだから、ご褒美がほしい。 「ザンザス様の失格により、大空戦の勝者は沢田綱吉氏。よって、ボンゴレの次期後継者となるのは沢田綱吉氏とその守護者六名です」 ざく、とグラウンドを歩く。観覧席ってどこだったっけ。ふらふらしながら歩いて、しばらくすると足音が聞こえてきた。視線を上げる。向こうから走ってくるのは彼だ。似合わない銃なんか手に持ってる。馬鹿じゃないの。あなたが人を撃つところなんて僕は見たくない。 よろけるように一歩踏み出して、力が抜けた。左の腿が痛む。切った腕も痛い。 倒れる寸前で彼が僕を抱き止めた。は、と肩で息をする彼に強く強く抱き締められる。ご、と重いものが落ちる音がした。多分銃を捨てたんだろう。うん、その方が僕はいい。 彼の胸に顔を埋めてゆるゆる目を閉じる。 「キョーヤ…っ、キョーヤ」 耳を打つ声が、とても心地いい。 「勝った、よ」 「うん、勝った。すごいねキョーヤ。自分でポール倒すなんて無茶までしてさ」 「別に…あれくらいできなきゃ」 「偉いよキョーヤ。キョーヤ…」 何度も髪を撫でられた。「キョーヤ」と額に口付けられる。震える声に瞼を押し上げれば、彼は泣きそうな顔をしていた。実際僕は毒で死ぬかもしれなかったわけだけど、だからって、泣いてほしいわけでもない。もう治ったんだし。重い手を伸ばして彼の頬に触れると血がついた。 ああ、僕の手今汚いんだった。きれいな彼が汚れてしまう。 手を離すと彼の手に掴まえられた。少し乱暴なキスは、なぜだかとても甘ったるい。 「キョーヤ」 離れた唇が僕を呼ぶ。ぎゅっと抱き締められて意識が緩んだ。このまま眠ってしまいたい。彼の腕の中で。 目を閉じて、彼に身体を預ける。今この学校にはそれなりに人がいて、誰かに見られる可能性も十分あった。だけど別にいいか。怪我をしてる僕は彼に介抱されてもらってるだけだ。それは、傍から見て群れるとは言わないだろう。多分。きっと。 |