俺の仕事= ?

 それで成り行きで屋上に行き、キョーヤとディーノの鞭VSトンファー(だってロマーリオが教えてくれた)戦を眺めてしばし。
(キョーヤが強いってのはよくわかった)
 二人の接戦を眺めててとりあえずそれはわかった。現状でディーノに負けず劣らずなんだから、キョーヤは鍛えたらもっと強くなるんだろう。リボーンが抜擢したのも戦闘レベルを見れば頷ける。
 ただ、一つ問題が。
 キョーヤは人の言うことを聞かないじゃじゃ馬なのである。
 胡坐をかいて頬杖をついてキョーヤを視線で追う。銀のトンファーを自在に操るキョーヤはディーノ相手に楽しそうだ。目つきが肉食獣のそれに見えるし、口元は笑ってる。本当に喧嘩が好きなんだなぁと思って一つ欠伸を漏らしたところで、どごっ、と衝撃音。ぱちと瞬いて隣を見てみると、屋上のタイルにぐっさり刺さったきらりと光る銀のトンファーが一つ。
 ぎぎぎと音がしそうなくらいゆっくり振り返ると、キョーヤが不機嫌そうな顔をしていた。
「余所見しないでくれる」
「え、ごめん、すいません。キョーヤが強いっていうのはよくわかったよ。ほんとだよ」
 じとりとこっちを睨む目にぱたぱた手を振る。本当わかったから俺を睨むのはやめてください。キョーヤに本気でかかってこられたら間違いなくノックアウトする。
 ディーノが「余所見はよくないぜっ!」と遠慮なくキョーヤに鞭を振るう。リーチは鞭の方が長いように思うけど、キョーヤの対応は早い。しなる一撃を叩き落としてディーノに接近、遠慮なく片腕のトンファーを振るって遠慮なく頭を殴った。その光景にぞぞぞと背筋が寒くなる。あんなの俺に向けられたらまじどうしよう。
 上手いこと直撃を避けたディーノはそれでも痛そうだった。でもさすがディーノ、避け方がうまい。俺なら直撃食らってそう。ぱったり逝ってそう。
 そろりと手を伸ばしてタイルにめり込んだトンファーを引っこ抜く。鉄だからそれなりに重い。こんなもの振り回してるとは、キョーヤはなんというか、恐ろしい。
「返して」
「はい」
 俺の前に立ったキョーヤが手を伸ばすからトンファーを手渡した。じっとこっちを見下ろす灰の瞳に首を捻ると「強いでしょ」と言われる。さらに首を捻ると苛々したように自分を示して「強いでしょ」と繰り返すから一つ頷いた。うん、強いね。認めます。今日から記憶します。雲雀恭弥は強い人、っと。
 ふんとそっぽを向いたキョーヤがトンファーを折り畳んでしまった。ディーノから興味が失せてしまったように屋上から立ち去ってしまう。学ランの後ろ姿を見送ってから手をメガホンにして「ディーノ大丈夫ー?」と声をかけると軽く頭を振ったディーノは笑った。「こんくらい何ともねーぜ」と。ほっとしつつよいこらせと立ち上がる。
 さて、俺もそろそろ本気でリボーンを探しに……。
 あれ。何か大事なことを忘れてるような。そうでないような。
「はっ」
 ポケットに手を突っ込んで思い出した。歪な形の指輪が俺のポケットに入ったままだ。これはキョーヤが持ってないといけないものなのに俺が持ったままはよろしくない。ロマーリオに手当てされてるディーノに手を振って「じゃあ俺ちょっとキョーヤんとこへ! ディーノリボーン見つけたら俺んとこ来るよう言ってね!」「おー、気をつけろよー」最もな台詞に頷いて返して屋上をあとにする。
 さてキョーヤは、応接室ってとこかな。とりあえず行ってみようか。
 そろりと応接室を覗くと、キョーヤはいた。何事もなかったようにソファに座って黒いノートを眺めている。脇を怖い人で固めてる応接室はお世辞にも入りやすいとは言えないので、俺は遠慮がちに「キョーヤぁ」と声をかける。こっちを一瞥したキョーヤが息を吐いて「入れば」と一言。
 許可が下りたので入室。なんかえらくいかつい顔の人が外にいたから俺でもちょっと遠慮してしまった。
 ぼすんとキョーヤの前のソファに座って「はいこれ。キョーヤが持ってなくちゃ」指輪を差し出すとキョーヤが微妙な顔をする。首を傾げて「やっぱいらない?」「…いる」俺の手から指輪をつまんだキョーヤが気に入らないって顔で指輪をポケットに入れた。うん、そうしてくれれば俺は一安心。
 さて、それじゃあリボーン探しに行きますか。どうしてここに呼びつけたのはわからないけど本人に会わないことには話が進まないし。
 と、立ち上がったところでなぜかキョーヤが道を塞ぐように俺の前に立った。灰の瞳に見つめられてちょっとたじろぐ。な、ナンですかキョーヤ、そんな物騒な目で俺を見たってしょうがないよ。だって俺戦闘は得意じゃないもん。
「な、何?」
「どこに行くの」
「いや、リボーン探しに…ディーノには会えたけどあいつにはまだ会ってないし。会わないと仕事内容わからないままだし、滞在先とかも決めないと」
「滞在先…? あなた、家ないの」
「そりゃあこっちにはないよ。だからどこかで宿とか、」
「じゃあ僕の家に来れば」
「はい?」
 話の流れについていけずに素っ頓狂な声が漏れた。腕を組んだ雲雀が「僕の家は広いし、誰もいないし、あなたくらいなら泊めてあげてもいい。赤ん坊へのいい貸しになるしね」「はぁ…」それは、歓迎すべき話なのかどうか。うーんと悩む俺にキョーヤが「拒否権ないから」と言い放った。拒否権ないんだ…っていうか決定事項なんだそれ。うわぁ俺の未来がすごく血色に染まってみえる、ぞ。
 脱力してどさとソファに腰を下ろす。キョーヤなりの厚意ってことでその件については甘えることにしよう。ちょっと怖いけど。
 キョーヤが向かい側のソファに座り直した。また黒いノートを片手に何かを始めるキョーヤは、そうしていれば眉目秀麗なただの男の子だ。だけど物騒なトンファーを持ち歩いてるし、喧嘩になれば誰にも負けないだろう。戦闘となればどうかわからないけど、俺が余計なことを考えずともキョーヤ十分きれいで強い。ボンゴレリングに臆さないくらいには強い。
(ん? きれいっていらなかったか)
 思って、それもそうだと一人頷く。
 でもキョーヤを見てると自然ときれいだなぁとか思ってしまうんだから、キョーヤはよっぽど美人なんだろう。黒い髪も鋭い瞳もキョーヤって人物に似合ってる。日本の民族衣装、着物だっけ。ああいうの似合いそう。
「…何。じっと見て」
「キョーヤはきれいだなと思って」
「は? 寝言かい?」
「俺起きてるよ。手厳しいなぁ」
 苦笑いしたらキョーヤはそっぽを向いた。「……あなただって」「うん?」「目、きれいだよ」ぼそぼそと聞き取りにくい声でそう言われて何度か瞬く。
 目がきれい。そうかな。どこにでもあるような色だけど、キョーヤにきれいって言ってもらえるならそれもいいかな。
 へらっと笑って「ありがとう」と言うとキョーヤはますますそっぽを向いた。なんだか逃げてるみたいだ。さっきはディーノ相手にあんなにトンファー振るってたのにね。
「キョーヤの家誰もいないの?」
「いないよ。僕だけ」
「じゃあ食事はどしてるの。作ってるの?」
「そんな面倒くさいことしない。出前だよ」
「ええ、出前…それは健康上あまりよくないよキョーヤ。お金だってかかるし。よし、じゃあ俺が作ってあげる」
 じとりとこっちを見たキョーヤが「あなたが作るの?」と疑問のような不満のような声を出すからふんと胸を張った。こう見えても俺はなんでもできるのです。戦闘であまり役に立たない分他の面がカバーできるようにってね。
「上手だよ、自分でいうのもなんだけど。キョーヤ何が好き? 今日は好きなもの作ってあげる」
「…じゃあハンバーグ」
「ん」
 ポケットからメモ帳を取り出してハンバーグと記し、ざっと材料を書き出す。なら買い物をしてかないとな。この辺のスーパーって…ああその前に、俺は日本の硬貨とお札の数え方を知らないと。空港で両替はしてきたんだから。
 鞄からじゃらじゃらお金を出すとキョーヤが顔を顰めた。「何してるの」と言われて全種類硬貨とお札を並べて「キョーヤ、教えて。価値の低い順に並べて」「…わからないの?」「わかんないよ。硬貨よりお札の方が高いってことはわかるけど」真面目に言ったのにキョーヤには溜息を吐かれた。仕方なさそうに黒いノートを閉じて手を伸ばしたキョーヤが硬貨とお札の配置を変える。
 そう骨ばってるわけでもない細い指が、向かって左の一番小さな白っぽい硬貨を示して「これが一円。一番低い価値の硬貨」「うん」「次がこれ。五円。同じように穴があいてるこれは五十円。間違えないようにね」「うん」「この錆び色が十円。こっちが百円。一番大きい硬貨は五百円」「うん」左から順に1、5、10、50、100、500。うん、大丈夫。憶えた。
 次にお札を示した指先を辿る。「端っこ見ればわかると思うけど、数字を見て使った方がいい。間違えたら恥ずかしいよ」「う、はい…えっと千と五千と一万だよね」「二千っていうのもあったんだけど、最近見ないね」「ふーん?」お札の色とか描かれてる人物を睨みつつ、わかりやすいように財布にお金を入れ直す。
 よし、じゃあさっそく買い物をしよう。数字なら読めるし物は見ればなんとなくわかるだろうし。
 立ち上がったらまた睨まれた。「どこ行くの」と。財布を振って「買い物。キョーヤの家わからないから材料買ったら戻ってくるよ」「…スーパーの場所はわかるの」「わかんないけど、なんとかなるでしょ。ついでに地理も憶えてみるよ」「…………」眉間に皺を寄せて黙ってしまったキョーヤにひらひら手を振って「じゃあいってきまーす」と応接室を出る。脇を固める怖い人達をすり抜けて財布をポケットに突っ込みながらリュックを置いてきたことに気付いたけど、まぁいいか。だって戻ってくるんだから。
 …ついでにリボーン探そうか。うん、そうしよう。
 俺は果たしてこの展開で合ってるのか、間違ってるのか。リボーンは何させるために俺をここへ呼んだのか。そこのところが全然さっぱりわからない。
 まぁあの人もとから何考えてるのかさっぱりなとこあったしな。俺みたいな下っ端が理解しようっていうのが無理な話なのかもしれない。でも仕事任せるんだったらやっぱり一言くらい説明がほしい。
 この辺りの地理を確認しつつ、見つけたスーパーで買い物をすませて並盛中学まで帰る道すがらそんなことを考えてたら「チャオ」と声をかけられた。ぼっとしてたところから声の聞こえた方向、民家の塀の上に顔を向けると、今まさに考えていたリボーンがいた。ビビる。いつの間に。
「リボーン! 遅いしっ」
「ダメツナの修行に付き合ってたんだ。わざわざイタリアからご苦労だったな」
「…まぁ。で、単刀直入なんですが、俺をココに呼んだ用事って何。仕事内容は?」
 ビニール袋をがさがさ揺らして歩いていると、リボーンがこっちを一瞥して「雲雀恭弥を丸くするために呼んだ」「…はい?」意味がわからない。さすがに困惑して「つまり? っていうか指定場所が並盛中の応接室だったから、あそこ拠点にしてるキョーヤには会っちゃったけど」「もう名前呼びか。早いな」「何が。ヒバリって言いにくいからキョーヤって言ってるだけだよ。ヒバリって言うの俺舌噛みそうだもん」「ふーん」なぜかにまにましてるリボーンにますます困る俺。この上司の考えることって俺にはよくわからない。
 小さすぎるくらい小さい上司は塀の上を器用に歩きながら「ディーノが来たろう」「うん、来た。あれもリボーンが?」「そうだぞ。来るヴァリアー戦に向けて鍛えないとならないからな」飄々とそんなことを言うリボーンから視線を外してがさがさうるさいビニール袋を見つめた。中には合い挽き肉や卵、牛乳、パン、野菜類、その他もろもろが入っている。
 ハンバーグが食べたいらしいキョーヤのために腕を振るうつもりでいるけど、俺はそれでいいんだろうか。
「…リボーン」
「ん?」
「キョーヤは俺と同い年くらいでしょ。次期ボスも確かまだ中学生って聞いた」
「それがどうした」
「引きずり込んでいいもんかな。こんなドロドロした世界にさ」
 そうこぼしたらばこんと頭を思い切り叩かれた。いったい。
 叩かれた部分をさすりつつ涙目で睨むと、手にしたラケットをスイングしたって格好のリボーンが「アホ言ってるな。馬鹿ツナはまだしも、雲雀は戦闘マニアだからな。ほっといてもあいつはそういう世界に行くぞ」「…何それ。キョーヤってそんなに戦うの好きなの?」「ああ」…リボーンが言うんだし、ディーノと屋上での戦闘を見たんだし、疑う余地がなくなった。
 はぁと息を吐いてなんとなく残念な気持ちになる。平穏に暮らせるところを望んでこっち側に来るなんて。
 びしと俺を指差したリボーンが「まぁそういうことだ。かなりのじゃじゃ馬だがお前なら乗りこなせる」「ええ? そうかなぁ」「と言っても群れるのを嫌うあいつだ、ディーノでも一筋縄でいかないだろ。指輪についてそれとなく説明しとけ」「えっ、俺が? そういうのってリボーンが言うもんじゃないの?」「俺はダメツナの指導で忙しい」「ああそう…」リボーンはあくまで俺にキョーヤのことを押しつける気らしい。そしてそのために日本に呼んだらしい。俺の仕事はキョーヤを、
 …キョーヤを丸くするってどうすればいいんだろ。
 笑みさえ浮かべてトンファーを振るう姿を思い出した。気のせいか頭が痛い。最低限の戦闘しかできない俺にディーノのような真似はできない。そんなことリボーンもわかってるだろう。じゃあ俺は戦闘以外でどうにかしてキョーヤを丸くするってことを考えないといけないわけだが、それって一体。どういう。
 うーんと悩む俺を置いてリボーンがバイと手を振る。「じゃあな。雲雀のことは任せたぞ」「えっ、ちょっとリボーン!」はっとして手を伸ばしたけどリボーンは簡単に俺の手をすり抜けてぴょんと塀の向こうに消えた。
 ビニール袋片手に一人立ち尽くして、はぁと息を吐く。
 まぁ、なんだ。仕事内容はわかった。すごく大雑把だけど、トゲトゲしてるキョーヤを丸くするために俺は呼ばれた。どうすればいいのかはよくわからないけど、仕事なんだし、頑張ろう。頑張ろう俺。