ちょっとサボりがちだった俺と、完全に大学に行ってなかった恭弥を引っぱって授業に顔を出し続けた結果、二人で無事大学を卒業した。
 恭弥を抱くような関係になってから一年が過ぎ、二年が過ぎて、三年目にもなると俺の放浪癖もだいぶ落ち着いてきていた。
 新しい玩具を手に入れては古くて使えなくなったものを捨てていく、中身が移り変わる玩具箱の中で、雲雀恭弥という人形だけが手入れされていた。月日のせいで少し汚れていたけれど、まだきれいなままで新品同様の顔ぶれの中に馴染み、黒い髪と白い肌を持ち、灰色の瞳で俺のことを変わらず見つめていた。
 単純にめんどくさくなったのだと思う。いくつも関係を築いてあっちへ連絡こっちへ連絡、あっちへ渡りこっちへ渡り、愛を囁いてキスして抱き締めて名前を呼んでデートをして、そういうのがめんどくさくなったのだと思う。
 あんなに魅力的だった新しい玩具という感覚も、今は薄れてきていた。
 手に慣れた玩具の方が深く考えずに遊べるし、新鮮さはなくとも、遊んでいていくらか心が和らぐ。
 そろそろ危険な駆け引きとかとさよならすべきかなぁと思いながら、その日は仕事が終わってから会社の上司の女性と食事して別れた。
「はぁー…」
 人との付き合いは昔から得意だ。それでも社会に出ると辟易する。思わず溜息が出てしまうほどには疲れる。
 そう思うと高校や大学はよかった。学生って身分はいいな。勉強はしないといけないけど、それ以外は結構自由なんだから。
 のろりと歩き出す。身体が重かった。駅でスタバに寄る。コーヒーとサンドイッチと、甘いものをいくつか見繕ってテイクアウトにした。コーヒーをすすりながら定期で改札を抜けて電車に乗り、自分の家のあるマンションへ向かう。

 大学で出会って、恭弥のことをさんざん都合のいい人形扱いして、傷つけて、苦しませて、悲しませて、辛い思いをさせて。付き合いが長くなればなるほどどうしようもないくらい深く抉られるだけだと分かっていながら、恭弥は俺のそばに留まり続けた。
 俺はこういう人間だから、周りにいる人間は移り変わる。女の子は特に。恭弥にはそれが痛いほど分かってたはずだ。
 それでも。どれだけ傷ついても構わないと、恭弥は俺のそばに留まり続けた。

「ただーいまー」
 施錠を解いてマンションの重い扉を押し開けて中に入る。黒い革靴が見えた。恭弥は帰ってるようだ。のろのろ革靴を脱いでフローリングの廊下を歩く。ガチャンと重い音を立てた扉が自動ロックされる音が響いた。
 リビングに行くと、黒いソファに黒いものが蹲っていた。恭弥だ。仕事着のスーツのまま猫か何かみたいに蹲っている。「恭弥?」寝てるのかと思って声をかけると、のろのろ顔を上げた恭弥が何度か瞬きしてから「」と俺のことを呼んだ。紙袋を掲げて「あげる。待たせたからお詫び。スタバのだからおいしいよ」「スタバ…」「うん」眠そうな恭弥の顔にふと時刻を気にしてみると、日付けが変わる前だった。
 そうか、もうそんな時間だったか。ということは、随分待たせたってことになる。
 ぼんやりこっちを見ている恭弥の額に唇を寄せた。「どうせ何も食べてないんだろ」「うん」「食べなさい」億劫そうに起き上がった恭弥が目をこする。ガラスのテーブルに置いた紙袋に視線を投げると「何が入ってるの」と言うから、がさがさ開封した。
「レモンとチキンのサンドと、甘いもの。バナナのパイとシナモンロールのアールグレイ味、マフィンとスコーンも買ってきた」
「そんなに食べれない」
「俺も食べるよ。残ったら明日食べればいいし。コーヒー淹れてあげる」
 眠そうな横顔に一つキスをしてからそばを離れた。スーツの上着を脱いで適当な椅子の背もたれに引っかける。
 コーヒーだと目が冴えるかと思って、妥協してカフェオレを淹れて戻ると、恭弥は気だるそうな顔でチキンサンドを口にしていた。「おいしい?」「…こんなものだと思う」眠そうな顔での微妙な返答だ。せっかくスタバの買ってきたんだけどな。
 テーブルにカップを二つ置いて、ソファに埋もれるようにして腰かけてネクタイを解く。
 ああ疲れた。そういや俺なんで今日あの人とデートしたんだろう。一緒に食事したくらいだけど、社会一般ではあれはデートだろう。なんでかな。あれ、なんでだろ。ぼんやりしていると「」と呼ばれた。恭弥の灰色の瞳がこっちを見ている。
「何してたの。随分遅かった」
「ああ…なんか食事してた。会社の上司と」
 俺の言葉に恭弥が顔を背ける。聞かなきゃよかったって顔で、気に入らないとばかりに僅かに眉根を寄せている。その横顔に口元を緩めて笑う。
 恭弥は相変わらず俺のことが大好きで、愛してて、俺だけを求めてくれる。他の女も男も興味がないとばかりに手離しで俺のことだけを選ぶ。かわいくて愚かで扱いやすい都合のいい人形のまま、恭弥は玩具箱の中に留まり続けた。
 そんな人形に親しみが湧いた。汚れてほつれた人形は新しいものと取り替えてばかりだった俺が、恭弥だけは、手入れして汚れを拭い、髪を梳いて、服も取り替えて、なるべくきれいな姿を保たせた。
 新しいもので溢れ返ってばかりだった俺の玩具箱の中に、何年も前から陣取っている雲雀恭弥というお人形。
 少し、新しいもので遊ぶことに疲れたみたいだ。新しい刺激は嫌いではなかったし、その感覚を求めていたはずなんだけど、何だか疲れてしまった。これが社会人になるってことなのかな。そんなことを思いながらマフィンをかじって恭弥の肩に頭を預けた。ず、と姿勢が崩れる。ようやく脱力できた。やっぱり恭弥が落ち着くや、俺。
「何?」
「疲れたなぁって。やっぱり恭弥のそばが落ち着くよ、俺は」
 ぼやいて目を閉じる。そろそろと頭を撫でる感触に小さく笑った。ちょっとだけ恭弥の表情を確認してみたところ、そっぽを向いて、照れているようだった。
 こんな言葉いくらだって吐いてきたのに、恭弥は昔のままだ。昔のまま、盲目に、俺のことだけを見ている。
 次の日は休みだった。シングルサイズを二つくっつけたベッドの上で目を覚ますと、いいにおいがした。つられるようにベッドを抜け出せば、エプロンをしてキッチンに立ってる恭弥がいる。「早い…はよー」「おはよう」のろのろ歩いて行ってキッチンに入り、フライパンから視線を外さない恭弥を後ろから抱きすくめた。ガチャンとコンロとフライパンがぶつかって音を立てる。動揺というか戸惑いというか、そういうのがよく分かる派手な音だった。
「危ない、でしょ」
「だって顔上げないからさ」
「僕は、上手じゃないんだよ。焦がしたら台無しじゃないか」
「別に焦げたくらい。恭弥の作ったものなら食べるのにな」
 耳元で囁いてから意地悪をやめてするりと身体を離した。コーヒーを淹れよう。で、昨日の残りの甘いものとかを食べてしまおう。
 カチンとコンロの火が消える音がした。インスタントのコーヒーをカップに少し入れて、やかんに水を入れてコンロにかけたとき、後ろから抱き締められた。少し笑って恭弥の腕に手を添える。「」と甘える声に、「恭弥」と甘やかす声を返す。
 お湯が湧けるまでそうしていた。肩に顎を乗せた恭弥の髪を指で撫でたり梳いたりする。そのうちしゅんしゅんとやかんが音を立てたからカチンと火を消した。カップにお湯を注ぎながら、「食べちゃおうか、とりあえず」「…ん」腕が離れて、恭弥が戸棚から白い器を出してフライパンの中身をよそった。
 このマンションに二人で住むようになって、そろそろ半年くらいになる。
 所謂同棲だ。大学時代も、俺は恭弥んとこに一番多く泊まってた気がする。恭弥と一緒にいるのは窮屈じゃないし、何かに特別気を遣う必要がなかったし、リラックスできたし、安心して眠れた。新しい誰かと同じ空間で暮らすのはやっぱり何かと気を遣うから疲れるんだ。携帯を見られたらマズいかなとか、寝てる間になんかされそうとか、そういうことを考えなくてよかった。だから恭弥のところによく転がり込んだ。
 俺が女に追われてちょっと命のピンチに陥ったときも、呼べば恭弥は来てくれた。自分が怪我をしても俺のことを守った。色々めんどくさくなって恭弥の部屋に転がり込んで携帯を折ったときも、恭弥は俺を抱き締めて受け止めるだけで、責めることはなかった。
 一年、二年、三年、四年。俺のそばに留まり続けた恭弥がどれだけ傷ついて泣いたのか俺は知らない。新しい玩具を手にして遊んで笑っていた俺に、恭弥がどんな思いを噛み潰していたのか、俺は知らない。
 一緒に大学を卒業した。そのとき初めて悩んだ。恭弥は学生寮を出なくてはならない。俺も、人の家を渡り歩くような生活とは区切りをつけなくてはいけない。
 大学が一緒だという共通点がなくなる。恭弥も俺もそれぞれ違う場所に就職する。繋がりがなくなる。今までさよならをしてきた子達と同じように、もう二度と会うこともなくなり、消えてなくなる。
 恭弥が俺から離れていくところを想像した。できなかった。この四年恭弥は俺のそばにいた。だから、思い浮かばなかった。俺以外を見てる恭弥なんて、もう分からなかった。
 そりゃあ一週間連絡しなかったり最高一ヶ月ほったらかしにしたこともあるけど、結局俺は恭弥のところに戻っていた。
 俺が手を取らなければ恭弥は虚ろな顔で物事を見ているだけで、世界に干渉しようとしない。背中を押さなければ歩き出すことも忘れてしまったように立ち尽くしているだけ。愛を口にしなければその目は死んだように無感動な色をしていて、信じられないくらい、恭弥は俺がいないと駄目な奴になっていた。
 そんな恭弥を放っておいたら、そのうち死んでしまう気がした。
 俺がいないと死んでしまいそうな恭弥のために、俺は提案した。二人で住もうと。俺も家がほしいし、恭弥も新しい家がいる。二人の仕事場の中間辺りのマンションに一緒に住もう。お金の工面が当分大変かもしれないけど、俺も頑張るから。大学を卒業した日にそう言ったら、恭弥は呆然としたあとにポロポロ涙をこぼして泣いて俺に抱きついた。何度も何度も頷いて、、と俺を切望する声を出して俺のことを愛してると言う。恭弥の愛してるに俺も愛してるよと返す自分は、以前と同じように愛を囁き、恭弥を操る俺の手は、けれど、以前と同じではなくなっていた。ただ糸で吊るして弄んでいた恭弥のことを、気遣うようになっていた。
 お前は俺がいないと本当に駄目な奴になってしまった。四年も俺なんかのそばにいたから。傷だらけになって、きっとすっかり錆びれてしまった心で、それでも俺のことばかり望むから。
 四年も一緒にいた。愛想尽かして当然のことをしてきた。それでも恭弥は俺と一緒にいた。泣いても笑っても怒っても照れてもどんな思いをしてもずっと一緒にいた。
 だから俺は。恭弥を操り続けた糸を、手離すべきだと、考えた。
「ねぇ恭弥。わりと大事な話がしたいんだけど」
 朝ご飯を食べ終わって、片付けを二人ですませて、リビングのテレビで借りてきた映画を再生機に入れてソファに戻り、再生ボタンを押したときにそう切り出した。俺の隣で肩に頭を預けた恭弥が視線を上げる。俺はレンタルDVDに入ってる映画の宣伝も見る派なので、早送りせずに始まった宣伝をそのまま眺めた。
「恭弥さ、俺のこと好きだよね」
「好きだけど」
「愛してるよね」
「愛してるけど。…何?」
 僅かに眉根を寄せた恭弥が視界の端に見えた。
 アクションシーンの派手な映画の宣伝を見ながら少し考える。考えても言えることは結局変わらないわけだけど。
「俺も恭弥のこと大好きだ」
「……知ってるけど。それが、何」
 むずがゆいって顔で視線を外した恭弥に、テレビから目を離す。
 人形のように整った顔の頬に少しだけ走っている線は、傷痕だ。俺を刺そうとした子から庇ったときに掠った傷。結局きれいに消えてはくれなかった。わりとスッパリ切ったみたいで、当初は出血がひどかった。ぽたぽた血を垂らした恭弥は一番に俺の無事を確認して、二番目に殴って倒れた女の子を見て、最後に自分の頬の傷に触れた。血に触れた指先を見てこぼした言葉は、が無事でよかった、だ。
 なんて馬鹿な子なのか。なんて愚かな子なのか。そんなに俺が一番の思考をしてるのか。お前の世界の中心は俺なのか。俺の世界の中心はあくまで俺だ。俺はお前みたいにはなれない。俺にお前はもったいない。お前はもっとお前だけを見てくれる誰かと幸せになるべきだ。
 幸せになるべきだ、なんて、恭弥を縛ってる俺が無責任に言えることでもないけど。
 でもさ、だから決めたんだ。俺が責任取ろうって。
「恭弥のこと愛してる」
 傷痕に唇を寄せる。テレビでは映画の宣伝が続いていた。今度はスパイものの映画の宣伝だった。
「何なの。なんか変だよ、
 耳元で聞こえる戸惑った声に目を閉じた。変かな。うーんまぁ変かもな。でもさ、俺は今まで人を振り回して生きてきたから、気遣って生きるのって、難しいんだよ。上手くできないんだ。だから変でもしょうがない。かっこ悪くてもさ、しょうがない。
 恭弥の額にこつんと自分の額をぶつけた。「恭弥が女だったら言えたんだけど。結婚しようって」「は?」「でも男だしね。俺は別にそれでもいいんだけど、婚姻届は出せないなぁ」「…待って。何、何の話してるの」「大事な話」「だから、何の、」戸惑った顔の恭弥の頬を一つ撫でる。唇を寄せてキスをする。
「これから先もずっと、俺のそばにいてほしいんだ」
 テレビの方では映画の宣伝が終わって本編に入ろうとしていた。ぽかんとしている恭弥の頬を掌で撫でる。

 全てを投げ打ってでも、自分が死んでも構わないって空気さえ滲ませて俺のそばにいるお前を、俺は頑張って幸せにしないといけない。
 いや、幸せにしたいんだ。幸せだって思ってほしいんだ。泣かせたくない。怒らせたくない。できるなら、笑っていてほしい。
 色んな人を傷つけて、泣かせて、憎まれたりもした、こんなどうしようもない俺だけど。お前がそれでもいいって言うんなら、俺が頑張って幸せにするって誓うよ。

「…それは、本気、なの」
 恐る恐るという感じで訊ねる恭弥に口元だけで笑う。「残念ながら本気だね」と言ったら恭弥の視線が泳いだ。「どうして、急にそんなこと言うのか、分からないんだけど」つっかえがちの声に、恭弥を緩く抱き寄せて目を閉じる。恭弥は泣き出しそうに震えていた。震える腕を俺の背中に回して可能な限りくっついてくる。受け止めていると、そのうち姿勢が崩れてどさっと背中からソファに倒れ込んだ。ちょっと肘掛けんとこで頭打ったぞ。痛い。
 痛い、と思いながら恭弥の髪を指で梳く。映画は始まってるけど、もう一度見直せばいいか。
「急じゃないよ。ただ、そろそろちゃんと言うべきだと思ったんだ。恭弥は俺がいないと今にも死にそうだからさ」
 俺の背中を抱き締める腕がぐっと力を増す。「昨日は他の女とデートしてたくせに」と毒づかれて小さく笑った。「うん、そうだね。付き合い半分だったけど食事しちゃったし、責められて仕方ない。いいよ、もっと怒って」「……怒ってない。今度僕と、食事に行ってくれるなら。それでいい」ぽつぽつとこぼれる声は映画の効果音に掻き消されそうだった。手を伸ばしてリモコンを掴んで一時停止する。
 俺の胸で、恭弥は泣いているようだった。黒い髪を指で梳く。「俺が嫌ならそう言って恭弥」「、違う!」がばと起き上がった恭弥はやっぱり泣いていた。ポロポロこぼれた涙が俺の顔に落ちて弾ける。あたたかいようで冷たい、よく分からない温度だった。
「違う、好きだ、大好きだ、愛してる。結婚できるならしたい。できなくてもいい。僕は、とずっと一緒がいい。一緒がいい…」
 ぼす、と俺の胸に顔を埋めて恭弥が黙った。震えている身体に腕を回して抱き締める。「ありがとう恭弥」と言えば首を振られた。「俺がどうしようもない奴だって知っててそばにいたの、お前くらいだよ」と言えば恭弥は少し笑った。「仕方ないじゃないか。だって、愛しちゃったんだ」なんて言われて、俺も笑うしかなくなる。なぜか目頭が熱い。おかしいな。恭弥の涙が移ったかな。
「これからは俺がお前を幸せにするよ。誓約書でも何でも書くよ。雲雀恭弥を俺の人生を懸けて幸せにしますってこっから大声で叫んでもいい」
「やだよ恥ずかしい」
 ぼふと胸を叩かれて少し笑う。笑った拍子に涙が一筋落ちた。なんかよく分からないけど涙が流れた。それを誤魔化すように何度も瞬きをする。きつく抱き締められるから、きつく抱き締め返す。
「もう我慢とかしなくていいんだよ。わがままたくさん言っていいよ恭弥。可能な限り叶えるから」
「じゃあ抱いて」
「え、今?」
「今」
「いいけど…じゃあ映画あとにしようか」
 リモコンの一時停止を停止にして、DVDを止める。テレビのスイッチを切って瞬きで涙を払ってから恭弥を抱いて起き上がった。恭弥は俺にくっついたまま離れない。さすがに抱き上げる自信がなかったので、もたれかかる恭弥を連れてベッドまで行った。
 シングルのベッドをくっつけた広いベッドに二人で倒れ込む。ようやく俺のことを見た恭弥は泣いたままだった。指先で涙を払う。すぐにまた溢れて伝う涙はあたたかくて冷たい。「なんで泣くの」「嬉しいから。止まらないんだ」…それもなんだかな。どうせしたら泣いちゃうんだと分かってるんだけど。一つ吐息してから恭弥の額に口付ける。
「僕のこと愛してる?」
「もちろん。愛してるよ恭弥」
 キスをして、ワイシャツのボタンを外していく。涙をこぼしながら恍惚とした表情で俺を見ている恭弥が言う。「指輪、買ってね。ほしい」「いいよ」「とお揃いだから」「はいはい。今度見に行こうか」笑いかけると、恭弥も笑った。最後のボタンを外してシャツの下の肌に顔を埋める。相変わらず白いままの肌を強く吸い上げて、外からは見えない位置にキスマークをつけた。
 細い腕に頭を抱かれる。その腕はどれだけ傷ついても俺を受け止め受け入れ俺を抱き締め続けた。その腕に感謝した。こんな俺を見捨てないでいてくれた。俺はお前を大事にしてこなかったのに、お前は俺を大事にした。都合のいい人形でしかないと気付いていながら、お前は俺に尽くし続けた。
 今度は俺がお前に尽くそう。お前が傷ついてきた分俺も傷つくよ。苦しむよ。悲しむよ。辛くても歯を食い縛って耐えてみせるよ。お前がそうしてきたように、俺もやってみせるよ。
 だから、恭弥はこれから笑うんだ。幸せになるんだ。
 生きてくのに俺が必要だっていうんなら、俺はいつまでだって、お前の隣にいるから。

繰り返し一粒
(この先もずっとお前だけを繰り返し繰り返し、繰り返す)