相変わらずのヤキモチ妬き

 十年後の世界で、過去に帰るためには打倒イリエショウイチ、そのためには要修行。という目標を立てて、俺と同じくタイムトラベルしてきたツナ達は頑張っていた。
 俺はといえば、特に変わらない。俺があんまり頑張るとキョーヤがうるさいからだ。自主トレは重ねてるし、死ぬ気の炎っていうのに慣れるためにツァールの開匣を練習はしてるけど、そんなに特別なことはしていない。

「うん?」
 ひらりと舞うツァールの羽根を捕まえたとき、キョーヤに呼ばれた。スーツを着たキョーヤが「ついておいで」とどこかへ歩き出すから、ツァールを匣に戻す。掴まえていた羽根は幻のように消えて手の中には何も残らなかった。
 行き先もわからないままキョーヤについて歩みを進めると、ボンゴレ側のアジトに行き着いた。さらにエレベータに乗って地下へと向かう中、ちらりとキョーヤを窺う。キョーヤはあんまり面白そうな顔はしていない。群れるのは嫌いだって言ってたし、必要でなければボンゴレ側と風紀財団(こっちでは風紀委員会ではなく風紀財団って組織の委員長らしい)の入口を繋げることもなかったのに。キョーヤは何を考えてるんだろうか。
 つーか俺ジャージのままだった。キョーヤはスーツだけど俺のかっこはこれでいいんだろうか。
「何しに行くの? あ、俺も修行混ざっていいとか?」
「それは許可できない。僕は仕方なく行くんだよ。好きでやるんじゃない」
 ちょっと機嫌の悪そうな声に首を竦める。なんだ、やっぱり俺は駄目なのか。自主トレにも限界があるから、誰かに教えてほしかったんだけど。できるならツナと一緒に修行したかったぐらいだ。どうやら俺はツナと同じ大空の属性らしいから。まぁ、キョーヤの許可が下りないなら仕方ないと諦めるしかないんだけど。
 チーンと音を立てたエレベータから降りてキョーヤについていく。と、ツナやハヤト、タケシの姿が見えた。みんな怪我の経過は順調そうでほっと息を吐く。よかった。
 スーツのポケットからキョーヤが指輪を取り出した。右の中指にはめたリングと手にした匣と、灯った炎。「きょ、」名前を呼ぶ前にキョーヤは遠慮なく匣を開匣、球状に丸くなって針を逆立てているハリネズミが猛スピードでツナ目がけて突っ込む。遠慮なんて欠片もないスピードと威力だ。っていうかいきなり何してるんだよキョーヤは!
「え、ちょっとキョーヤ何してんのっ」
「修行ってやつだよ。君は見ていればいい」
「え、いや待ってってキョーヤっ!」
 つかつか歩き出すキョーヤを慌てて追おうとしたら、リボーンに阻まれた。「やらせとけ」と。「は? キョーヤ手加減してないよあれ」「それでいいんだ」「それでいいって…」ぽかんとしてツナに視線を戻す。ハリネズミに呑まれたツナが球体の中に閉じ込められた。あれでいい? いいのか、あれで。
 そこで、キョーヤのリングが砕けてパリンと音を立てた。使用者の波動の強さとやらにリングがついてこれないと、ああいうふうに砕けるらしい。
 キョーヤがくれた指輪に視線を落とす。フェニックスの紋章は、きっとツァールのことを示してるんだろう。「そういやお前」「ん?」「匣とリングがあるらしいな」「ああ、うん。キョーヤが俺のだってくれたんだ」指のリングと匣を見せると、リボーンが考え込むように手を組んだ。向こうの方では球体から出ようとツナが頑張っている。
「大空だったか」
「うん」
「…お前に素質があるとはな。オレもびっくりだぞ」
「悪かったな意外で。つーかさ、俺にも修行やらせてよ。キョーヤは駄目だって言うけど、俺もみんなの力になりたい。過去へ戻りたいっていうのは俺も同じなんだし、」
 言いかけたところで顔の横を何かが高速で突っ切り、どごっとタイルの床に突き刺さった。トンファーだ。憶えのある武器にぎこちなく視線をやると、キョーヤが怖い顔でもう片方のトンファーをこっちに振り被っているではないか。
 み、見てればいいって言ったくせに。あれか、僕を見ていればいいってことか。だから怒ってるのか。
 ああ、最初に会った頃と同じだ。あのときもちょっと欠伸しただけなのにキョーヤのトンファーが飛んできた。なんか、懐かしい。
「ご、ごめんキョーヤ、もう言わない。言いません。ちゃんとキョーヤのこと見てるよ」
「………」
 ふいと視線を外したキョーヤが匣を閉じると、トンファーは戻っていった。ああヒヤっとした。
 俺の横でにやっと笑ったリボーンが「この時代のお前らもデキてるらしいな」とか余計なことを言うからそっぽを向く。「今はいいだろそういうの。…つかさ、どうしてキョーヤはすぐ怒るんだと思う?」後半はかなり小声でぼそぼそっと訊ねると、リボーンはやっぱりにやっと笑う。
「そりゃあ、お前のこと心底愛してるんだろうよ」
 …え、そうなのかな。今一瞬でも照れてしまった俺は、にやにやしてるリボーンの話術に引っかかっただけの馬鹿、なのかもしれない。
 結果として、キョーヤの強引な引導により、ツナはパワーアップを遂げた。
 もう空を飛ぶのが当たり前みたいになりつつある死ぬ気モードのツナをぼへっと見ていたら、またトンファーが飛んできてどごっと俺の足元に突き刺さった。わあ、今日二回目。
「どこ見てるの」
「え、いや。ごめん」
 機嫌の悪い顔をしてるキョーヤにぎこちなく笑いかけてトンファーを引っこ抜く。こんな危ないもの投げたら駄目だよ。当たったら俺ふつーにオダブツ。
 ずんずんこっちに歩いてきたキョーヤが俺の手からトンファーを奪い取った。匣が閉じるとキョーヤの手からトンファーが消える。
 さて、ヤキモチ妬きなキョーヤのために、俺はさっさと帰りますか。修行には混じれないようだし、今回はツナの成長を見られたってことでよしとしとこう。
 ボンゴレアジトから風紀財団側のアジトに戻る。キョーヤはさっさと着替えに行ってしまった。残された俺は、演習場だというがらんどうとした空間に移動して、さっそくリングに炎を灯して開匣した。
 ツナも頑張ってるんだ。次期十代目があれだけ必死なんだから、俺だってやらなくちゃ。
 赤紫のきれいな鳥が俺の伸ばした腕に止まって、小さな頭をすり寄せてくる。「ツァール」と片目を瞑って応えると、歌うような声でフェニックスが鳴く。
 個人の持つ死ぬ気のオーラには種類があり、俺はツナと同じ大空。キョーヤは雲。タケシは雨。ハヤトは嵐。それぞれ自分に合った波動の種類のリング、匣を持たないと、開匣はできない。
 大空だけが例外で全ての属性の匣を開けることができるらしいけど、匣本来の力を引き出すのは、その属性の波動を持つ人間が一番らしい。
 大空は調和が特性らしいけど、それってつまりどういうことなんだろう。しっくりこないな。
 調和…対象を周囲と同化させるとか、そんな感じだろうか。うーんどうなんだろう。しまったなぁ、リボーンにでも聞いとけばよかったかな。
 考え事をしながらツァールの頭を撫でていると、「ここでしたか」と声がして振り返る。スーツ姿のテツが入口に控えていた。いつの間に。
「恭さんがお探しです。手荒でいいのなら、指導してもいいと」
「え…」
 きょとんとしていると、テツが入口を開けるように下がって、入れ替わるように着物姿のキョーヤが演習場に入ってきた。本当に仕方なさそうに溜息を吐いてじろりとこっちを一瞥すると「君があんまりうるさいから、仕方がない。少し教えてあげるよ」「…! ありがとうキョーヤっ」ぱっと頭を下げるとツァールが飛び立った。あ、ごめんツァール、急に動いた。
「言っておくけど、僕は手加減しないよ。死に物狂いでやるんだね」
「うすっ」
「…大空の基本は調和能力だ。フェニックスは炎を操る鳥。ヒントは以上」
 右の中指にリングをはめたキョーヤが匣を取り出す。今のはヒントらしい。えっとフェニックスは確かに火の鳥って言われるな。それに調和能力を考えると、えっとどうなるんだ。ぐるぐるしてるうちにどしゅと音がして匣が開匣、針を逆立てたハリネズミが回転しながら迫ってくる。俺に到達するまで三秒もない。
(防御。防御ってどうすればいいだろう。ああくそ)
 俺の前に舞い降りたツァールが大きく翼を広げた。受け止めるみたいなその姿と、きれい羽根が散るのを見て、ふわりと舞った尾羽の虹色を見つめて、思考が弾ける。
 フェニックスは火の鳥。炎を操り、纏い、意のままにできる。その炎で調和させることもきっとできる。
 ぐっと拳を握ると、俺の意思が伝わったようにツァールが炎を纏った。オレンジの炎。ツナと同じ色だ。きれいな色。
 ギャギャギャと耳障りな音がする。ハリネズミが回転してる音だ。ツァールの炎に抗っている。もしくはぶつかっているか、破ろうとしているか。
 フェニックスは灰から生まれ灰へ還り、死と再生を永遠に繰り返す鳥。絶対に負けない。
「ツァール」
 俺が呼ぶと、ツァールは理解してくれたようだ。さらに炎を大きくしてハリネズミを呑み込んだ。炎に呑まれたハリネズミが悲痛な悲鳴を上げて燃え上がる。そして灰になる。炎による調和の結果だ。
 ほっとして胸を撫で下ろしたとき、じゃきと耳元で聞き慣れた音がした。
 視界の端できらりと光っているのは、間違いなくトンファーだ。
「初回にしてはよくできた、と言ってもいいけど。匣ばかりに集中してちゃ意味がないよ。がら空きだ」
「き、キョーヤ」
「実戦なら君の負け」
 くすくすと耳元で笑う声に唇を噛む。何も言えない。そのとおりだ。いつの間にかキョーヤに後ろを取られていた。全然気付けなかった。匣を気にかけながら戦うってことをキョーヤはもう何年もやってるんだろうか。慣れたものだ。
 がくりと肩を落として「まいりました」と言うとトンファーが離れた。「まだまだだね」「う」キョーヤの笑った声がぐさりと胸に刺さる。そんなに笑わなくたって。
 頭上を旋回しているツァールを見上げて手を伸ばした。上手に降下してきたツァールを抱き締めて「ありがとう」と言ってから匣に戻す。
 ああ、なんかどっと疲れが。もっと鍛えないと駄目だな、俺。
 パリン、と音がしてえっと顔を向けると、キョーヤの手にあったリングが割れたところだった。「あ、ごめ、どうしよう」「いいよ別に。何度か使うともたないってわかってるし」キョーヤは特別気にしていないらしい。リングを使い捨て…なんかもったいない。貧乏性だなぁ俺も。
 じっと自分の指輪を見つめてこれは壊したくないなぁと思っていると、「それはよほどのことがなければ壊れないよ」と言われた。「どうして?」と首を捻る俺に、キョーヤは「特注だから」と返して着物の裾を払った。「特注? そうなんだ」「そうだよ。世界に一つだけの匣とリングだ。君のために作ったんだから」「…もしかして、これ、キョーヤが?」さらに首を傾げると、キョーヤはそっぽを向いた。異論がないところを見るにどうやらそうらしい。
 そうか、キョーヤが、俺のために。なんかじんわりしちゃうなそれ。
 あ、まずい。妙なタイミングでリボーンのにやっと笑った顔を思い出してしまった。

 キョーヤは、俺のこと。愛してくれてるんだろうか。

「…キョーヤ」
「何。もう一回やる?」
「うん、いいなら。じゃなくて」
「…何」
 無表情のキョーヤの灰の瞳を見つめて、言おうかどうか迷った。迷ったからやめておいた。それに何より、俺はこの時代のキョーヤに手を出しちゃいけない。キョーヤが迫ってきても俺は拒まなくては。じゃないとこの時代の俺に申し訳ない。
 もし、立場が逆だったとして。十年後の俺のところにキョーヤがタイムトラベルでやってきたら。折れそうになりながら、俺はキョーヤのことを思って、手を出さない姿勢を貫くはず。
 へらっと笑って「夜ご飯何がいいかなーってさ。和食?」「…なんでもいいよ。君が作るなら」するりと俺の隣をすり抜けてキョーヤが歩いて行く。着物姿のその背中をなんとなく見つめて、ああ好きなんだな、なんてぼんやり思ってしまう。
 キョーヤは。十年前は、俺がいるべき時代は、時間は進んでるんだろうか。もし同じように流れてるんだとしたら、キョーヤをずっと一人にしてることになる。ちゃんとご飯食べてるかな。また出前ばっかり取ってるのかな。ちゃんと寝てるかな。キョーヤの眠りは浅いから心配だ。
 キョーヤの背中にここにはいないキョーヤを思い浮かべていると、振り返ったキョーヤが新しい指輪をはめた。俺も指輪に炎を灯し、開匣する。
 ……これに炎を灯すとき思ったことは。またキョーヤと一緒になんでもない暮らしをするために、できること全部をしようっていう、今までとそう変わらない想いだった。リング争奪戦のときに一歩間違えれば即死ってフィールドを駆け抜けたときに少し似てる、かな。
 ツァールに意識を割きながらタイルの床を蹴った。キョーヤがトンファーを構えている。対して俺は何もなし。とりあえずキョーヤの攻撃をどこまでかいくぐることができるか、どこまで匣と並行して意識を傾けられるか、ってところからかな。
 戦いになると凶暴な目つきになるキョーヤばかり見てきたけど、今のキョーヤは少しもそういう感じがなかった。なんていうか、機嫌が悪そうだ。口もへの字だし。
 振り被られたトンファーの一撃を床に手をついて回避、その勢いを殺さないうちに片足でトンファーを蹴り上げて一つを弾く。きゅっと軸足を回転させて回し蹴りを入れて受け止められた。キョーヤの口のへの字がちょっとマシになった気がする。
「なんだ。こういうこともできるんだ」
「できるよ。一応ね」
 口元だけで笑うキョーヤに笑って返す。俺の足を受け止めてるキョーヤを利用してふっと力を抜く。体重をかけられたとわかったキョーヤの反応は早かった。すぐに俺の足を離して跳ぶ。さすがだ、行動に迷いが全然ない。
 とんと軽い着地で着物の裾を揺らしたキョーヤが「まぁ面白いけど。匣から気が抜けてるよ」「えっ」慌てて振り返ると、ツァールがハリネズミに呑まれていた。ツァールが苦しそうだ。しまった、ちょっと忘れてた、ごめんツァール。
 ふうと息を吐いて着物の襟を直したキョーヤが「落第点。まだまだ練習がいるね」なんて言うから苦笑いする。うん、仰るとおり。
 手加減しないって言ってたけど、キョーヤは十分加減してくれてるようだ。匣にハリネズミを戻してツァールを解放してくれるんだから。ツナ相手にはあんなに遠慮なかったけど、俺だからかな。なんていうのは、自惚れか。
「ツァールごめん。大丈夫?」
 赤紫の羽根を散らすフェニックスを抱き止める。同じ色の目がちょっと切なそうに揺れてるからこっちまでそんな気分になってしまった。ごめんツァール、次はもっと上手にできるように頑張るよ。