翌日、天気は晴れ。キョーヤは学校へ行き、俺は買出しへ出かけた。日用品とかキッチン用品とかいるものを買うためだ。 キョーヤが朝出て行くときに万札を五枚押しつけてきたので、使えってことだろうと受け取って、今回はそれを資金にさせてもらって色々買ってきた。 (えーとー、買い忘れはっと) 両手に下げてる紙袋の中身をごそごそ確認しつつ、メモと照らし合わせる。一応全部買った、と思う。 あんまりに大荷物だったためか行く人がこっちを見てくのがなんだかな。目立ってるよ俺。別にいいんだけど。 「よ、しょっと」 途中ベンチに荷物を下ろして休憩を挟んだ。まだひらがなくらいしか読めない俺にはちょっと厳しい買い物だった。結局ほとんど店員さんに聞いて探してもらったし。 ああ疲れたと脱力していると、こっちに近寄ってくる黒い格好をした怖い顔の人が二名が目につく。あれ、なんか見憶えのある姿だなとぼんやり眺めていると、二人は俺の目の前に立った。怖い顔に睨まれるのは、できれば遠慮したい。 「俺に何か用事、デスカ」 思わず片言になってしまった。その二人組みはいかつい表情のまま「さんで間違いありませんか」と訊ねてくる。ぎこちなく頷くと二人がばっと膝をついてこっちに頭を下げて「「荷物をお持ちします!」」「…はい?」展開についていけず瞬きを繰り返すと、いかつい顔の左側の人が「委員長からの命令です」「イインチョウ? って誰?」首を捻る俺にいかつい顔の右側の人が「雲雀恭弥さんです」ああ、納得した。なるほど、キョーヤは俺に荷物持ちを向かわせたのか。別によかったのに。 いつまでも二人が膝をついて頭を下げてるから余計目立っていた。ぱたぱた手を振って「や、えっとじゃあお願いします。重いけど」「「喜んで!」」…すごく目立ってる。ものすごく目立ってる。でもいかつい顔の二人は荷物を持ってくれているので俺が離れるわけにもいかない。 あんまり気にしてもしょうがないので、はぁと息を吐いて気持ちを整理し、気にしない方向で頭を切り換えた。 (というか、キョーヤはこんな部下がいるんだ。なんていうか、すごいなぁ) 着物姿がよく似合ってたキョーヤをぼんやり思い出していると、そのあとのことも思い出した。俺が上手く着物が着れなくて、リビングに顔を出したらキョーヤが変な顔してコップを取り落としたんだっけ。それ片付けようとしたら転んだんだよなぁ俺。馬鹿だなぁ俺。それからキョーヤが俺の着物直してくれて。 深く考えもせず黒い制服の背中についていったら、なぜか並盛中学に到着した。二人が同時に振り返ってばっと頭を下げて「どうぞ屋上へ!」「委員長がお待ちです!」「はぁ…あの、荷物は」「お届けしておきますのでご心配なく!」「さぁどうぞ!」学校への道を開けられて、多少遠慮しながらグラウンドに足を踏み込んだ。 …今度からこういうのはいらないよって、キョーヤに言っておこう。すごく目立つから。目立ちすぎて俺ちょっと苦しいから。 言われたとおり屋上へ行くと、ディーノとキョーヤがまた闘っていた。そろりと屋上のタイルを踏んで「お邪魔しまーす」一応声をかけておくとキョーヤの灰の瞳が俺を捉えた。瞬間、ばちんと鞭がトンファーの一つを叩き落とす。キョーヤが舌打ちしたように思ったけどそれは俺のせいじゃない、断じて俺のせいじゃないからねキョーヤ。目が合ったけど俺のせいじゃないからねキョーヤ。俺に当たるのはやめてね。 そろそろ移動して缶コーヒーをすすってるロマーリオの近くに行く。トンファーを取り戻したキョーヤはディーノをすごく睨んでいた。 「よくやるなぁディーノ」 「そりゃあうちの自慢のボスだからな」 うんうんと頷くロマーリオに苦笑いを返す俺。そういえばキャバッローネってそういうファミリーだった。 タイルの床に座り込んで胡坐をかいて頬杖をつく。ぼんやりディーノとキョーヤの戦闘を眺めながら、なんで呼ばれたのかなぁと考える。昨日と同じようにディーノとやり合ってるのに、今日のキョーヤはあんまり楽しそうには見えない。なんていうか口がへの字だし、目つき悪くなってるし、機嫌が悪そう。 そう思ったとき、ディーノの攻撃をかいくぐったキョーヤが跳んだ。普通の脚力を超えたジャンプでだんと離れたところに着地するとぶすっとした顔で「つまらない」と漏らしてくるりとディーノに背を向ける。「は? おい恭弥、放棄するなっておい!」ディーノが慌てたように引き止めるけどキョーヤはつかつか歩いて屋上を出て行ってしまった。 あれ、なんだこれ。せっかく来たのになんでやめちゃうんだろう。 まいったなぁって感じで頭をかいたディーノが「ったくよぉ、ほんとじゃじゃ馬だ。指輪の話しようとしても興味ないで一蹴だしよ」「ああ…だろうね」昨日その話をしようとしたら同じく興味がないって言われたことを思い出した。食い下がったら明日でいいでしょと言われたことも思い出したので、よっこらせと立ち上がる。ズボンをはたいてから「ディーノ、それは俺が話してみる」「お? やれるのか」「キョーヤの機嫌次第だけどね」肩を竦めるとディーノは笑った。「頼んだぜ」と。それにひらりと手を振って屋上の扉を開けて応接室に向かうため階段を下りる。 最低限の話をすればいいと思うんだけど、キョーヤは聞いてくれるだろうか。 やっぱり怖い人が脇を固めてる扉にそろりと近寄って、こんと一つノックする。 「キョーヤ、俺だけど」 中から返事は返ってこなかった。あれ、いないんだろうか。そろりと黒い制服の人を見やるといないかのように扱われた。というか、彫像のように立ち尽くしてる。これはキョーヤがご立腹だというサインだろうか。応接室はキョーヤの城みたいなものだし、入らない方がいいかな、俺。 悩んでいるとがらりと扉が開いてびくっとする。無表情のキョーヤが「入れば」と言うから大人しく入室した。ぴしゃりと扉を閉じてから視線で窺うと、キョーヤはやっぱり少し機嫌が悪いようだ。口がちょっとへの字になってる。 「迎え、くれたね。荷物持って帰ってくれるって」 「そう命令したからね」 当たり前のようにそう言うキョーヤに俺は苦笑いする。「でもさ、今度からはいいよ。俺は一人で大丈夫」そう言ったらキョーヤがぱんと黒いノートを閉じた。じろりとこっちを見て「何それ。あなたに拒否権はないよ」なんてさらりと言ってくる。そんな、俺が物みたいな言い方しなくても。 不機嫌そうなキョーヤの向かい側のソファに座って「ねぇキョーヤ」と呼びかけると灰の瞳で睨まれる。じっと見つめ返していると、キョーヤから折れた。ふいと顔を背けたキョーヤが「何」とぶっきらぼうな返事をするから、にこりと笑って「今日のご飯は豚のしょうが焼きにするから。ちゃんとご飯炊くよ」「…そう」「だからね」ずいと身を乗り出してキョーヤのポケットに手を入れた。歪な形の指輪を取り出して「これの説明させてよ」と切り出すとキョーヤが目を細める。 への字の機嫌の悪い顔はしてないけど、相手はキョーヤだから。あまり期待はできないけど、期待を込めてみる。 「キョーヤ」 手を伸ばして長めの前髪を指先で揺らした。キョーヤは俺の指の動きを目で追いかけるだけで、何も言わない。 「キョーヤ」 もう一度呼びかけると、キョーヤの灰の瞳が俺を見た。小さく口を開くと、「…スクランブルエッグ」「え?」「ご飯にスクランブルエッグつけてくれるなら、聞いてあげる」ぼそぼそしたその声に何度か瞬きしてから俺は笑った。そんなかわいい要求でいいのなら、喜んで叶えよう。 |