さあ、怒涛の未来戦の開幕だ

 そして、与えられた時間は瞬く間に過ぎ去った。
 ビャクランが集合場所として指定してきたのは並盛神社。過去から来た俺達の仲間っていうのは非戦闘員含めて全員連れてこないとボンゴレ側は戦う前から失格になるらしい。
 メローネ基地からのビャクランのことを考えてみたけど、どこまでもふざけてる感じで、なんか気に食わない。わざわざ俺達に十日の猶予を与えるくらいに向こうは状況を楽しんでる。
 はぁと息を吐いて一つ気持ちを落ち着ける。ぐるぐる肩を回したり軽く跳ねたりして身体の状態を確かめていると、テツがやってきた。いつものスーツ姿だ。ちなみにテツは留守番組である。
さん、こちらを。できれば恭さんにもお渡し願えますか」
「えっとーこれは?」
 テツが差し出してきた紙袋を受け取ると、中にはスーツが入っていた。あとはキョーヤの学ランとかだ。俺はもうスーツに着替えてるし、キョーヤもお風呂を出たら制服を着るだろう。新しく渡される意図がよくわからない。首を傾げた俺にテツが説明してくれた。
「耐炎糸で作られた戦闘服だそうです」
「あっ、もしかしてリボーンが?」
「お察しのとおり」
「なるほど。わかった、こっちに着替える。キョーヤにも言ってみるよ」
 テツに頷いて返し、お風呂に入ってるキョーヤのところへ行った。こんと一つガラス戸を叩いて「キョーヤ、着替えこれね。紙袋の学ラン着てね」ちゃぽんとお湯の揺れる音がして「どうして」と続く声にこう返す。「リボーンの、正しくはレオンの特製だよ。死ぬ気の炎に対する耐炎性のあるやつだから、こっち着て」「……仕方がないね」浴室内に反射した声は拗ねてる感じだった。苦笑いする。大事な戦いなんだし、備えあれば憂いなしっていうし、ここはリボーンに感謝だ。
 脱衣所を出て自分の方も着替え直す。俺は戦うかわからないけど、一応ね。あんまり役に立たないかもしれないけど、ボンゴレの一員なんだし。
 大空の属性の炎はオレンジ。それを表すようなオレンジのシャツに袖を通してネクタイを締めた。普通のスーツを着てるのと変わらない気もするけど、リボーンを信じよう。
 小さな上司を思い浮かべる。結局俺はあの人に振り回されてばっかりだ。でも最終的にいつも信じることで落ち着いてる。仕事でキョーヤを丸くしろとか言われたときも、この時代に飛ばされてからも、リボーンは俺の上司だった。あんなに小さくても隙がないし、いつも落ち着いてるし、殺し屋らしい人だ。ああ、こんなこと言うとツナはいい顔しないかな。
 匣とリングを見つめてじっと待っていると、ほどなくしてキョーヤが出てきた。いつもと同じ格好だけど、気に入らないって顔で制服を睨んでる辺り、耐炎性の方を着てくれたようだ。
「行こうか。十二時集合だから、もう出た方がいい」
「…
「ん?」
 玄関に向かおうとしたら手首を掴んで止められた。こっちを見上げる灰の瞳に何度か瞬きしてから唇を寄せてキスをした。
 この戦いでビャクランを倒せたら、俺達は自分がいるべき十年前に戻ることができる。
 今が特別不自由ってわけではないけど、やっぱりしっくりこないんだ。ここにいるのは俺達じゃなくて、十年後の俺達なんだから。
 ちゅ、とリップ音を残して顔を離した。キョーヤと並んで玄関口に行って靴を履く。玄関に控えていたテツがばっと頭を下げて「お気をつけて!!」と俺達を見送ってくれた。
 特別いつもと変わらない並盛町を歩いて集合場所である神社に行くと、ツナ達はもう待っていた。きっとこっちを睨んだハヤトが「おせーぞ!」と怒鳴るから首を竦める。「ごめん。でも連れてきたから」向こうの方で知らん顔で立ってるキョーヤを示すと、ちっと舌打ちしたハヤトが顔を逸らす。ツナが困った顔で「あ、ありがとうさん」「いーえ。…あれ」そこでぐるりとメンバーを見回して気付いた。タケシがいない。
「ツナ、タケシは?」
「それがまだなんです。もう時間もそんなにないんだけど…山本どうしたんだろう」
 困った顔のツナに腕を組む。修行期間の途中からスクアーロに攫われてったとは聞いたけど、まさか修行が上手くいかなかったとか。でもタケシは逃げ出すような奴じゃないってことは争奪戦の戦いを見て知ってるし。ならギリギリ間に合うんじゃないかな。うん、そう信じる。
 それはそうと。さっきから気になってるこの大きめの、急ごしらえって感じのテント? はなんだろう。
「ね、これは何?」
「ああ、僕らの基地ユニットだよ」
「へー、これが」
 ショウイチの言葉に頷いて中を覗いてみると、チョイス用に練習したっていうバイクも格納してあった。ああ、テントは隠すための幕か。ショウイチやスパナの技術組みはこの十日間これを完成させるためにほぼ寝ずに頑張っていたらしい。大したもんだ。
 タケシはまだ来ない。もう残り五分もない。
 ずっとノーパソをいじっていたスパナが「お」と漏らすから首を捻る。それと同時に影ができてこの場がすっぽりと覆われた。顔を上げれば、不自然なほど黒い雲が頭上に渦巻いている。なんだあれ。
 黙って俺の隣に並んだキョーヤが険しい顔つきで雲を睨んでいる。
「死ぬ気の炎が接近してる…バカでかい」
「…それってもしかしてあれのこと?」
 ノーパソに視線を落としたままのスパナの言葉に頭上で渦巻く雲を示すと、渦の中心から光が射し込んだ。そうして雲の向こうから人の顔が現れて、俺でもさすがにビビった。あの顔、ビャクランだ。『やあ諸君』なんて気軽に声をかけてくるビャクランにツナが「ひいっ!」と悲鳴を上げて後退った。本当、死ぬ気モードじゃないとツナって普通の中学生すぎるな。いや確かにこれは現実離れしすぎててビビるけど。
 右の中指のリングを意識しながら、あれの説明に一番可能性がある「幻覚かな」と漏らすと、「違うと思う」と小さな声でクロームに否定された。幻術使いのクロームが言うってことはそのとおりなんだろう。すると、幻術じゃないっていうあれはなんだろう。手品か魔法か。目を眇めた俺にノーパソを見つめてキーを打つ手を休めたスパナが「金属反応がある。巨大な装置だ」と答えをくれた。
 あれが機械装置とか。一体どれだけ進んでるんだ、未来の科学っていうのは。
「みんな落ち着くんだ! あれは顔の形をしたアドバルーンのようなものだ。ミルフィオーレの科学なら不可能じゃない!」
 そう言うショウイチの声に、ますます未来の科学に呆れたような、感心したような。ミルフィオーレってマフィアって域を超えてる気がする。
 雲から視線を外して辺りを見回す。まだタケシが来ない。そろそろ時間だ。タケシ、来てくれよ。
『あれれ? 全員連れて来いと言ったのに揃ってないね』
「えっ、あ、それは」
『まっ、いいか。本番で困るのは君達自身だからね』
 左から右へ通り抜ける会話に、隣のキョーヤがだんだん苛々しているのが伝わってきた。もともとこういう群れるってこと、キョーヤは好きじゃない。俺がいるから今もここにいるけど、本当なら咬み殺すって一人無双をしたいんだろう。一匹狼がキョーヤの戦いの基本だから。
 意識を雲のビャクランから外してやんわりキョーヤの手を握る。じろりとこっちを一瞥したキョーヤは何も言わない。
 少しだけ握り返される手は、震えてもいないし、怯えてもいない。こんな非現実的な中でもキョーヤは立っている。自惚れるなら、俺がいるから。
 苛々を募らせるキョーヤの手を握ったままでいると、会話がいくつか流れていた。あのビャクランの顔をした装置は俺達をチョイスの舞台へ連れて行くための転送システムで、あれを動かすためにはかなりすごい数値の炎圧を示さないとならない。そしてそれができないと街を破壊すると言って、ビャクランは実際に並盛の山に光線を放って爆発させた。瞬間、ぎりと軋むほど強くキョーヤに手を握られて片目を瞑る。ちょっと痛い。
 ここが、並盛が戦いの舞台でなくてよかったけど。ふざけたように山を吹っ飛ばすビャクランもビャクランだ。キョーヤ怒ってるよ。
『ああそーだ。ちゃん』
 山を吹っ飛ばして面白おかしそうに笑っていたビャクランの顔が、なぜか俺の名前を呼んだ。「…はい?」かなり遅れてから返事をすると、ビャクランの顔がにんまり笑う。
『なかなか会えなかったからね。ようやく会えたと思ったら、見せつけてくれるじゃないか』
「は? あ、いやこれは」
 みんなの視線が俺達に集ったからちょっと慌てる。キョーヤを落ち着けるために手を握ってたんであって、別に見せつけたいと思ってるわけじゃないし。っていうかなんでここで俺が話題に上がるのか意味不明だぞ。さすがビャクラン、さっぱり読めん。
 あんまり見られてるのもこそばゆいので、とりえあず手を離した。ら、がしと握られた。キョーヤがかなり不機嫌そうな顔でビャクランを睨んでいる。どうやら人の視線は無視のようだ。うん、キョーヤらしいといえばらしいけど。
『さて、約束の十二時まであと少ししかないよ。早く炎を搾り出してごらんよ。僕から照射される光がなくなったらゲームオーバーだからね』
 一方的に話を進めるビャクランの言葉で、俺達を照らしていた光がどんどん狭まっていく。まだタケシが来ない。間に合えよタケシ。
「…あなた、あれと知り合いなの」
「え? あれってビャクラン?」
 不機嫌な顔をしているキョーヤと俺が光の柱から外れた。今はもうツナしか照らしてない光を視界の端に見つつ「知り合いなわけないよ。この時代の俺がどうかは知らないけど」「………」「それはそうとキョーヤ、匣とリング」ツナの顔を照らしている細い光は今にも消えそうだ。でも憶えのある青の炎が見えたから、気持ちはあまり慌てていない。やっと来たなタケシの奴。あとでちょっと叱る。時間には間に合うようにしましょう。
 キョーヤが不服そうな顔で俺の手を離して匣を取り出した。みんなが一斉にボンゴレ匣を開匣する。俺は必要なのかどうか不明だったけど、一応一緒に開匣してツァールを腕に止まらせた。
「あなたは開匣しなくてよかったのに」
「や、なんとなく。せっかくいるんだからいいじゃんか」
 不機嫌そうなキョーヤに光の中で笑いかける。十代目守護者のボンゴレ匣から溢れた光はビャクランの顔を照らし出し、指定の炎圧値をクリアした。
 …やっぱりすごいんだなボンゴレって。うん、ツナが次期ボスなら、俺はボンゴレのこと好きになれそうだ。
 チョイスのフィールドを選ぶ選択権がツナに与えられて、引いたカードは雷。装置に吸い込まれるように浮き上がった身体と光の眩しさに目を細めながらキョーヤの手を握り締める。
 何があっても、この手だけは、離さないようにしなくちゃ。