愛が、喚ぶ

 ツナとビャクランの一騎打ちという流れになってきた中で、GHOSTが消えたのだからもうつけても大丈夫だろうと指輪を右の中指にはめた。いざってときに防御もできないのは困るし。
 ちらりとキョーヤの状態を確認する。さっきから静かなのが気になるなと思ってたら、腕の中でうとうとしていた。さすがに呆れてしまう。キョーヤ、ここは緊張すべき場面であって寝るべきところじゃあ。炎吸われてガス欠なのは分かるけど。
「キョーヤ」
「なに…」
「寝ちゃ駄目だ。何が起こるか分からないし」
 ふわ、と欠伸を漏らしたキョーヤの姿があまりにも緊張感に欠けすぎてて、なんか、俺までふやけるじゃないか。
 そこで、カアァン、と高い鐘みたいな音が鳴った。顔を上げる。空で戦うことが当たり前みたいになってるツナとビャクランの二人を囲むような、半透明な結界が現れていた。「なんだあれ」とこぼして自分の指輪に手をやる。なんか、共鳴してる、のか? 俺のまで震えてる気がする。
 キョーヤが興味なさそうに空に視線を投げた。で、やっぱり興味なさそうに視線を戻して俺にもたれかかった。
 カアァン、という高い音。それに、ぶわ、と空気が膨らむ。「へっ」と素っ頓狂な声を上げた俺の身体が勝手に浮かび上がった。「ちょ、なっ、」無意味にばたばたしても全然意味がない。焦った顔のキョーヤが「っ」と俺に手を伸ばして、俺も手を伸ばし返すんだけど、キョーヤの手は何かに弾かれたように俺まで届かない。
 ブルブルと指で反応してるのは、この時代のキョーヤに俺のものだって渡されたあの指輪だった。
「…呼応、してるのか? 大空のリング同士の共鳴に?」
 ぽつりとこぼした声に応えるように、カアアァン、と高い音がして、勝手に浮かび上がった俺はツナとビャクランのいる結界の方へと引き寄せられる。
…っ!」
 地上の方でキョーヤが泣きそうな顔で俺を見上げていた。「キョーヤ!」と手を伸ばすんだけど全然遠い。届かない。
 そのまま二人のいる結界の方へと吸収されて、そこで重力を感じた。だん、と両足で着地して、ちょっとフラつく。
 くそ、炎が吸われたせいで疲れが出始めてる。足が重い。身体も重い。そんな状態でこんな、超絶な戦いを繰り広げてる二人のところに、俺が来たって。意味ないのに。
 腕でツナの首を締めていたビャクランが俺を見た。にこっと笑って「ようこそ。僕が招待したんだからね。特等席だよ」と笑う、その笑顔の薄ら寒いことに背筋が震えた。
 なんか知らないけど、俺はビャクランに贔屓にされてるらしい。
 いや、それよりもツナ、大丈夫なのか。首締められてる。あれは辛いはずだ。ここに来ちゃった俺にできること、できることは。
 すっと息を吸って、吐いた。カアァン、という鐘の音はまだ続いている。
「なんで俺をここへ?」
「特等席で見ててほしいからだよ。僕のこと」
「…なんで、俺?」
 困惑した俺に、ビャクランはくすくすと笑う。ツナの首を締めたまま「なんで? さぁ、なんでかな。自分でもよくわからないよ。でも、君がいいって思ったんだから、それだけじゃないかなぁ」と薄く笑う。その視線を追えば、結界にロールをぶつけてるキョーヤが見えた。冷たい目だ。キョーヤのこと、害する目をしてる。
 カアァン、と高い音がして、もう一つ、何かが近づいてくる。目を凝らすとユニだとわかった。
 あの子、なんでここへ来てるんだ。って、あ、そうか。俺と同じで大空が共鳴して。でもディーノとかのは無反応だし。え、じゃあなんで俺はここに? ぐるぐるする頭の中でビャクランが笑っている。「ねぇ、雲雀恭弥のこと好き?」「……なんでそんなこと訊くんだ」「僕が君のこと好きだからだよ」カアァン、という鐘の音が止んで、最後にやってきたユニが「沢田さん」とツナを案ずる。
(俺が好き? 何言ってるんだビャクラン。これもなんかの作戦のうちか? 俺を惑わして何がしたいんだ…?)
 ぐるぐる巡る思考で、駆け寄ってきたユニを抱き止める。
 とりあえずこの場で俺がすべきことは、この子をビャクランに渡さないようにすること、のはずだ。それからできれば首を締められてギブしそうなツナを助けてやりたい。
「時間を、稼いでください」
「え?」
「あともう少し…」
 俺の背中に隠れたユニがそっとそんなことを言う。意味はよく分からないけど、とりあえず、匣を手にした。それを見てビャクランが笑う。なんか嬉しそうに笑ってツナを手放した。
「何、僕とヤってくれるの? 
「お望みなら」
 かち、とくぼみに指輪を押しつける。飛び出したツァールが赤い羽根を散らしながら歌うような声で鳴く。ビャクランをそれを見上げて楽しそうに笑っていた。
「ああ、その形の匣は初めて見るよ。僕と同じ一点物だね」
 ビャクランが開匣すれば、白い龍が姿を現す。
 さっきまでツナとの戦いで見ていた。間違いなく俺じゃ敵わない強さを持ってる。でも、諦めるわけにはいかない。俺は、結界の外で泣きそうな顔してるキョーヤのところへ、戻らなくちゃ。
†   †   †   †   †
 嬉しい誤算が出た。本来ならトゥリニセッテの大空にしか反応しないはずの共鳴が、のリングにまで及んだのだ。その理由が何かは知らないけれど、この際どうだっていい。この方が都合がいいし、せっかくの舞台なんだから、彼とも遊んであげよう。
「匣兵器同士で遊ばせてあげよう。ねぇ、だからさ、は僕と遊ぼうよ」
 もうまともに動けないだろう綱吉クンを放置してふらりと歩み寄る。はユニに離れるように言って、ふー、と息を吐いて腰を落とし、体術の構えを取った。
 ああ、なんだか嬉しくって、笑ってしまう。
 初めて見るフェニックスの匣は、力としてはまぁまぁある方だ。でも、使い手の彼が僕に向ける敵意とか殺意とかが薄いせいで力を出し切れていない。大空の特性調和らしいなと思うけど、、それじゃあ戦場では命を落とすだけだよ。
 白龍に手加減して遊ぶように指示して、匣から意識を外す。
 さっきまで綱吉クンと僕との戦いを見てたにしては据わった目をしている。自分が敵わないことを知っている。覚悟している。でも諦めていない。前を見ている、その蒼い瞳を、汚してやりたい。僕だけで。
 結界を破ろうと闇雲に力をぶつけている雲雀恭弥がおかしいったらない。
 そうか、十年前って、彼はあんなに子供だったのか。この時代じゃ涼しい顔してばかりだったけど。これなら痛めつけがいがあるってもんだ。
 ひゅ、と打ち出される拳を避ける。人間のスピードだから簡単に避けられた。続けざまに蹴りや拳を繰り出されたけど全て受け流す。GHOSTに炎を吸われているからにも疲労が見て取れる。足払いをかけてきた彼をジャンプでやり過ごして、くそ、と大きく息を吐いてバク転で距離を取る彼に一歩二歩と踏み出す。
 もしかしたら僕は今、ようやく彼の意識の中にちゃんと立っているのかもしれない。
(どうしてあげようか。腕の一本でも折った方がいいのかな。それともみんなが注目してるこの舞台でキスした方がいいかな? ああ、それがいいかもしれない。雲雀恭弥に見せつけてやろう。それがいい)
 頭の中で結論を出し、とん、と軽く地面を蹴る。リングの力があればそれだけで彼が取った距離を埋めて追いつくことも簡単だ。ぎょっとした顔をした彼が打ち出した拳を避けて背中側に回ってぎゅっと抱き締める。…それだけで切なくなる。僕はまだ一度も彼に受け入れられたことがない。そして今回も、僕は無理矢理彼を手に入れるしかないのだ。
 後ろから彼の頬に手を添えてくいっとこっちを向かせて、二度目になるキスをする。
 驚きで目を見開いている、その瞳の蒼は、まだ濁らない。
「好きなんだよ。本当に」
 心から囁いてみても、彼が僕の好きにイエスをくれることはないと知っている。
 …それでも伝えずにはいられなかったんだ。
 ねぇ、僕も案外馬鹿でしょう。恋したことがなかったからさ。君が初めてだったからさ。僕の初めてを捧げるなら、君がいいなって、ずっと思ってた。
「ビャク、ラン?」
 戸惑っている声が僕を呼ぶ。それだけでふっと表情を緩めて笑うことができる。僕は君が、大好きだ。
 だから、水を差すみたいに起き上がった綱吉クンは、完璧に、殺さないとね。
 仕方ないからのことを突き飛ばして、フェニックスと戯れていた白龍を呼び戻す。「ゆ、ユニは…お前に、渡さない、ぞ」とか言ってみせてるものの、僕にコテンパンにされたことを覚えている彼の身体はブルブルとかわいそうなくらいに震えていた。あはっと笑ってミニ白龍を指でつまむ。今の彼ならこれを心臓に一突き、それでおしまい。「待てビャクラッ」「待たない」の声も振り切ってひゅっと投擲、ドッ、と綱吉クンの左胸に白龍が突き刺さる。
 けれど、彼はそれで死ななかった。過去の時代から持ってきたとかいうリングが偶然にも白龍の一撃を食い止めたのだ。
 挙句、彼は言う。十年前から飛ばされてきて、匣という兵器が蔓延るこの世界にやってきて、ボロボロになるまで特訓したり死にかかったりしたこの時代にやってきたことは、よかったことだと。否定するのではなく肯定する。自分の運命を呪うのではなく、この時代に来て仲間といられたことが自分の宝だと言う。
 …胸糞悪い説教だ。いつだって一人でやってきた僕には、そんなありがたみ、感じたこともない。贅沢な人間のセリフだ。ああ、なんか本当、気分悪いな。
 僕には誰もいなかった。唯一手に入れようと思った人にはもう大切な人がいた。何度もアピールしてるけど応えてくれたことはないし、僕に本物の笑顔をくれたことだってない。僕の手を選んでくれたこともなければ、束の間の安息だけ残して、幻みたいに消えてしまう。
 勝手に奮い立って炎を宿してる綱吉クンが、今はただ鬱陶しい。目障りだ。
 とっとと殺して、この青臭い中学生を地獄に落としてやろう。そう思ったとき、その奇跡とやらは起きた。
 ユニ曰く、ボンゴレの縦の時空軸の奇跡。それによってボンゴレリングから現れた初代ボスとその守護者が、ボンゴレリングの枷を外すとか言って勝手に現れ、勝手に消えていった。
 さすがに想定外の事態に内心慌てはするけど、僕よりもよっぽどぽかんとしてるの姿を見つけたら、そんな気持ちもなくなった。
 枷を外す? それは僕と綱吉クンの圧倒的な力の差を埋めるほどの重石なのか? 馬鹿馬鹿しい。やることやって、とっととユニとトゥリニセッテとを手に入れよう。世界を征服して、今度こそ時空の覇者になろう。そうして僕はやっと。
(やっと、生きられる)