やっと、会えたね

 ぱち、と目を開ける。途端にずきっと腕が痛んだ。ち、と舌打ちをこぼして自分の腕に視線を投げると、かなりの箇所を損傷していた。まだ血が流れている。どおりで、痛いはずだ。
 こんなになるまで、僕は誰と戦っていたんだっけ。
「キョーヤ」
「、」
 その声にはっとして顔を上げる。まさか、という思いで腕よりもずっと胸が痛くなった。
 この時代にいるべき彼が、僕と十年の歳月を過ごしたが、そこにいた。
 慌てた顔でハンカチを取り出して僕の腕を縛る姿を言葉もなく眺める。「ああ、こんなに怪我して。キョーヤ、痛い? すぐに晴れの誰かに診てもらおう。あっ、リョーヘイ!」「おお、どうした?」「我流で治療してあげて。ちょっとひどいから」…彼の声を聞いているだけで、粒子になる直前まで殺し合いをしていて緊張していた身体から力が抜けた。「わっ」と声を上げて僕を抱えるの胸に頭を預ける。

 ああ、やっと終わった。
 君が言ったとおりに。僕らの勝ちだ。

「キョーヤ? ほら、我流が治してくれるよ。大丈夫かキョーヤ。キョーヤ」
「…うるさいな。聞こえてるよ」
 忙しなくかけられる声に減らず口を叩く。僕を抱えて膝を折ったは着物姿で、見えている鎖骨に唇を押しつける。ああ、知っている形だ。知っている肌だ。そのまま唇を擦りつけて舌を這わせれば、知っている味がした。それだけで、泣きそうだった。
 細胞を活性化させる晴れの照射が熱くて鬱陶しい。おかげで彼の温度がわからない。
「あんまり煽るなよキョーヤ」
 頭を撫でる掌とその声に薄く笑う。
 僕は頑張ったんだから、ご褒美はちゃんともらうよ。足腰駄目になるまでシてもらって、意識を飛ばすくらい気持ちよくしてもらって、それで、どこでもいいから、僕らは結婚するんだ。彼を僕のものにするんだ。そうボンゴレに届け出てやるから。そうしたら、日本での事実がなくたって、僕らはずっと繋がっていられる。胸を張って、彼は僕のものだと言える。
 もう群れてるとか関係ない。僕は彼がいないとどうにも成り立たない。生きていくことが危うくなる。だから、これが群れているのだとしても、仕方がない。

「うん」
「……何も言ってくれないの?」
 ぶすっと拗ねた僕に彼は笑う。僕を満たす笑顔で笑って「かわいいなぁお前」と額にキスをくれる。別に嬉しくないよその言葉、と拗ねたままの僕にそうだなぁと思案顔で、一つ、二つ、と指を折る彼を眺める。
 …馬鹿みたいに幸せだ。
 これでもうこの先の未来は約束されたも同じだ。もう、彼を狙っていた白蘭はいないのだから。
 四つくらいまで指を折った彼が一つ頷く。「じゃあ改めまして」と僕の肩を掴んで引き離すから、むっと眉根を寄せる。もうだいぶ腕は痛くないけど、怪我人なんだから、優しくしてくれていいのに。
 真面目な顔を作ったが「キョーヤ」と改めて僕を呼ぶ。「何さ」と拗ねた声でそっぽを向く僕に、彼はやっぱり笑うのだ。
「好きだ。大好きだ。愛してる。俺と結婚してください」
「…っ」
 盛大に告白されて顔に熱が上がった。晴れの照射のせいではない。「なぬ!?」と大げさに驚く笹川が鬱陶しいし、ヒューと口笛を吹いて囃し立てる山本を殺してやりたい。他にもギャラリーが大勢いる前での告白にさすがの僕も狼狽して、視線が泳ぐ。…そんなにまっすぐ見つめないでほしい。恥ずかしいじゃないか。
 こつん、と額に額をぶつけられた。頬を両手で挟み込まれる。強制的に彼を見るしかなくなって、僕はそろそろと視線を上げた。蒼い瞳は真摯で、とてもまっすぐで、僕にはもったいないくらいに綺麗に澄んでいる。
「僕、で、いいの…?」
 自分でも今更だと思うことを訊ねると、彼は僕の額にキスをした。「何言ってるんだよキョーヤ。お前しか考えられない」と言われて、じわり、と心が滲む。視界も滲む。絶対あとでうるさく言われるんだろうと思ったけれど、我慢の限界だった。僕からに口づけて唇を奪う。彼の首に腕を回して、貪って、目を閉じる。
 どぼん、と音を立てて彼の海に落ちて。彼の水で肺を満たして、身体を満たして、
 僕は彼の海だけで生きる魚になる。