最初で最後の結婚を記念に残るものにしたいと言った俺に、キョーヤは変な顔をした。「別にどこだって一緒だよ。バリでもハワイでもグアムでも」と夢のないことを言うキョーヤに「そんなことありません」とプリントしてきた資料を机の上に並べた。キョーヤは変な顔のまま俺が並べたプリント用紙を一つ指でつまむ。
 ネットやら口コミで探してみたところ発見したものだ。フランスの古城を貸し切ったウェディングプランというのが結構インパクトがあって記憶に残りそうだな、と思ってプリントしてきた。
 海外挙式でポピュラーになってるとこはキョーヤがさっき言ったけど、それじゃあ面白みもないし。最初で最後の結婚式なら盛大にするべきだ。
「パリから車で五十分のところにある古城なんだ。ほら、悪くないだろ?」
「…………」
 城内外の様子をプリントしたものを示す。キョーヤは変な顔のまま螺旋階段や食堂、噴水のある庭先などを映してる写真を眺めている。「…気に入らない?」あまりにも変な顔をしてるのでそろっと窺ってみると、キョーヤは緩く頭を振った。「…君は結構大胆だよね」「え? 何が?」きょとんとする俺にキョーヤが苦虫を噛み潰した顔をしている。
「神父様以外呼ぶ?」
「…誰か呼びたいの?」
「いや、別に。俺は親はいないし…キョーヤそういうの嫌なんだろ。俺はキョーヤと一緒にここでのんびりできたらそれでいいかな。マイカメラ買ったし、これにキョーヤをいっぱい撮る」
「にこりともしないけど、それでよかったら勝手にすればいい」
 へらっと笑って「ではそうします」と言った俺の手には今月発売したばかりの一番新しいデジカメがある。なんでも撮りまくって練習中なので、結婚式までには上手に撮れるようになりたいな。
 古城を貸し切って泊まりプランにするのは相当お金がかかるんだけど、キョーヤは金額は気にしないそうなので、俺も気にしません。記念に残る日にしたいのでそれ相応のお金は払う所存です。
 本当なら話を詰めたいところだったけど、その日はボンゴレ支部に呼ばれていたので、ばたばたと慌ただしく雲雀家を出る準備をして「じゃあキョーヤ、帰ってきたら結婚指輪見に行こうね! あ、それだけは俺がちゃんと払うから!」斜めがけ鞄を掴んでカメラ片手に玄関に行く俺に、キョーヤは呆れた顔で「はいはい。行ってらっしゃい。、前を見ないと転ぶよ」さっそく戸口で足元狂って転びそうになった。危な。
 ほら言ったじゃないか、と笑うキョーヤにカメラを向けたけど、レンズで捉えた途端にぷいっと顔を逸らして笑顔も消えてしまったので、キョーヤの笑顔を収めるのって難しいなぁと思った。
 デジカメで花とか猫とかなんでも撮りながら出社したら「遅い」と小さい上司に毒づかれた。腕時計を見れば約束の十一時を五分過ぎていた。首を竦めて壺に構えていたカメラをしまう。早めに出たのにこれか。カメラが面白いせいで遅れてしまった。反省。
「ガキか」
「すんません。挙式までにキョーヤを上手に撮れるようになりたくて」
 理由を言ったらはっと鼻で笑われた。ひどい。「あいつがカメラに向かってスマイルしたら面白ぇけどな」と笑うリボーンに「うるさいなー、今それについてすごく悩んでるのに」と言い返す。
 目下俺の悩みは、どうしたらキョーヤの笑顔をカメラに収めることができるのか、なのだ。ううむ、悩ましい。
 仕事ついでにリボーンにボンゴレ経由で司式を務められる神父様がいないか訊いて、当たってみるとのことだったので、そっちはリボーンに投げた。
 とすると、俺があと気にすべきは。結婚指輪は今日見に行って決めちゃうし、古城ウェディングプランには今日中に申し込みの電話入れるし、お金の準備もしてあるし。あとは、向こうでレンタルの衣装とか一式借りるとして。古城までの送迎車はついてるって話だったし。
 あとはあれだ、式を終えたあとの新婚旅行。せっかくフランスへ行くんだからキョーヤと一緒にいろんなところへ行こう。ということは旅行の日数もプラスして予定を空けねば。
 スケジュール帳にあれこれ書き込んでいる俺を眺めていた小さな上司がぼそっと、「お前、ホントに雲雀に婿入りする気か?」と訊いてきた。今までさんざん夫婦ネタとかでからかってきたくせに今更な確認だ。「うん」と即答する俺にリボーンは呆れた顔をしている。
「男としてそれでいいのか、お前」
「別にいいよ」
 これも即答して、ペンを走らせる手を止める。ぱたんと手帳を閉じて表紙を開くと、写真が一枚挟んである。キョーヤが寝てる間に盗み撮りしたやつだ。我ながら上手に撮れたのでこっそり持ち歩いている。
 イマドキなぜ携帯じゃないのかって、携帯は写真を撮るとピロリーンとか音が鳴るからさ。それでキョーヤが目を覚ましちゃったら不機嫌になるに決まってるし。だからデジカメで撮って現像したのだ。
 写真の中には、俺にくっつくようにして顔を寄せて眠ってる着物姿のキョーヤがいる。
 キョーヤは基本的に、出逢った頃から何も変わってない。俺愛なところとか俺がいないと死ぬってところとか、世話がかかるところとか。
 写真を前にしてかわいいなぁと頬が緩む自分がキョーヤ馬鹿であることは自覚済みです。
「正直、姓とか随分名乗ってないから、慣れないとは思うんだけど。俺はこれからヒバリーヒバリーって呪文のように唱えて憶えないと…」
 真面目に言ってるのに、小さな上司はひたすら呆れ顔だ。「一つ訊くが、雲雀のどこがそんなにいいんだ」と言われて、ぱち、と瞬いて顔を上げた。小さな上司を見つめてちょっと考え、思い浮かんだ言葉は、
「全部」
「あーそうかそうか幸せそうだなよかったなオメデトウ」
 棒読み台詞に肩を竦めて手帳のページをめくり、ペンが挟んである場所に戻る。
 さて、日程詰めていかないとな。式場が取れるのがいつになるかにもよるけど、新婚旅行プランも考えなくちゃだ。カメラの練習だってあるし忙しいぞ俺。頑張れ。
 フランス行きの直行便に乗るまでにできたこと。
 一つ、デジカメで満足いく写真を撮れるようになること。
 一つ、新婚旅行のプランを練ること。
 最後まで無理だったのは、笑顔のキョーヤをカメラに収めるという一番大事な部分。が、これについては考えがあるので一応大丈夫と思ってる。多分だけど。衣装等の準備も抜かりないし、旅行用の私服もトランクに入ってるし、うん、忘れ物はないはずだ。
 式のために仕事を詰んで仕上げた俺達はそれなりに疲れていたので、長いフライトの間ほぼ寝ていた。機内食を食べるために起きてちょっとうだうだしたくらいで、ほぼ寝ていた。仕事疲れで眠ってる俺達がこれから結婚式をあげるだなんてこと、きっと誰も思わないだろう。
 飛行機は問題なくパリに降り立ち、予約しておいたパリ内でも有名な四つ星ホテルのスイート部屋へと直行。ほぼ寝てたけど、同じ姿勢ばかり取るから、やっぱりフライトは疲れるな。
 送迎車は明日の朝九時にホテル前に着ている予定なので、それまではここでのんびりする。
 一休み、と思った俺とは違い、どさっと鞄をソファに放ったキョーヤが俺の首に腕を回して「、シよう」と当たり前のごとく誘ってきた。細長い指が太腿を撫でてくるからむず痒くなる。
「疲れてるだろキョーヤ」
「それ、身体が凝り固まってるせいだろ。だったら動かしてやればいい」
 ね? と囁き声と一緒に耳たぶを甘噛みされて片目を瞑る。こら、舐めるな。
 っていうか何それ、セックスのための解釈がそれか? なんか斬新だねキョーヤ。身も蓋もないと言えばそれまでなんだけど、確かに、動いてなくて疲れてるなら、動かした方が楽になる…かもしれない。
 もー、とエロいキョーヤに呆れつつも、流される俺も俺だ。くっついてくるキョーヤとキスしながら手を引いて大きな窓へと導いて、カーテンを全開にする。ほんのり夜に染まり始めた景色の中で、エッフェル塔が建物群から飛び出て一際目立っていた。あれを見るとフランスにいるなって気がする。
 細い腰をシャツの上からなぞって、ベルトを外して、早くしてって急かされるくらいに焦れったくキョーヤの身体をその気にさせる。
 焦らされるのに我慢できなくなったキョーヤが上気した頬で「早くして」と催促するのに一人勝手に満足した。反応しまくってる身体を抱いて、キョーヤが声を抑えることを忘れるくらい喘がせるべく、愛することに徹する。
 やることやってからお風呂に入って、お風呂からの景色もよかったため流れでシちゃってから、部屋でディナーを食べた。
 もちろん写真を撮りました。ホテルのスイートに泊まることなんてそうないし。
 鴨のローストがおいしいともぐもぐしつつ、向かいのキョーヤに視線を投げる。くどいな、というのを顔で表してる。相変わらずだなぁ。
「腰痛くない?」
「うるさい。痛くないよ」
「ふーん…キョーヤっていつまでもやわらかいよね。なんで?」
「知らない」
 若干頬を赤くしたキョーヤがぷいっと顔を背けるのがかわいい。
 次の日の朝、部屋で朝食を食べて、トランクを引きずって時間に間に合うようにチェックアウト。もちろん写真を撮りまくりました。で、玄関口で待っていた送迎車に荷物を預けて、途中で貸衣装屋に寄ってもらった。予約しておいた新郎新婦衣装を受け取って詰んで、車はようやく郊外の古城式場目指して走り出す。
「…何か荷物が多くない?」
 貸衣装屋から借りてきた衣装箱を指すキョーヤにいつもの顔で笑いかける。「そうかな。こんなもんだよ」と言うとふぅんとこぼしたキョーヤはそれ以上はツッコまなかった。甘えるように俺の肩に頭を寄せるから、伸ばした手で黒い髪を指で梳く。お前のまどろむ顔を見てると俺まで眠くなってくる。
 …けど、ここから先が、問題なのである。 
 キョーヤ怒るだろうけど、俺は譲らないから。絶対譲らないから。それだけはもう決めてるんだ。
†   †   †   †   †
 衣装箱からソレが取り出されたとき、ぴく、と片眉が跳ねた。
 古城に着いて早々に着替えを要求されて、なぜかと別の部屋に通されて、何か変だなと思っていたけど。
 衣装箱から取り出されたソレに、だん、と勢いよく立ち上がる。慌ただしく「お待ちください」と英語で話しかけられたけど知ったことか、と部屋を抜け出して隣の化粧室をばんと開け放てば、白のタキシードを着ている彼がいた。「」棘を隠さない声で呼べば、いつもの笑顔が返ってくる。
「どうかした?」
「どうかした、だって? なんだよアレは。どうして僕がウェディングドレスを着ないといけないわけ?」
 だん、と強く床を踏む。忙しなく世話されてあっという間に支度を整えた彼が棘を隠さない僕のもとにやって来て「絵面的にさ、どっちかウェディングドレス着た方が写真映えがいいんだ」とマイカメラを示してみせる。どうやらちゃっかり式の様子を撮るつもりでいたらしい。
 彼に任せっぱなしにしていた僕が間違っていた。やっぱり一緒に選ぶべきだった。貸衣装屋から出てきた彼が抱えている箱が多すぎるって思ってたんだ。でも指摘したらこんなものだって言うから、簡単に納得していた。まさかこんな、ウェディングドレスを選んでるなんて、誰が予想したろう。
 絶対納得なんてしないと仁王立ちして腕組みする僕に、彼がちょっと困った顔で首を傾げた。
「じゃあ俺が着ればいいの? ドレスを?」
「……それは…」
 一瞬想像しかけてやめた。
 それは絶対にやめた方がいいというか、着てほしくない。だけど、だからってなんで僕が。僕だって男なのに、あんな白いドレス着たって気持ちが悪いだけじゃないか。
 ぎゅっと僕の手を握った彼が「俺は見たいな。キョーヤのウェディングドレス姿。ね、式が終わったら着替えればいいでしょ? ね? 絶対似合うよ。きれいだよ」とか馬鹿なことを言う。寝言は寝てから言えと本気で言いたい。
 ずきずきする頭に手をやって、はぁ、と溜め息を吐く。
 ここで僕が選択できる行動は三つほど。怒って式をボイコットするか、私服で式をすませるか、彼の言うようにウェディングドレスを着るか。
 真剣な蒼い瞳が「ねぇ着てキョーヤ。ねぇお願い、ね! 一生のお願いです!」と手を合わせて頭を下げるから、う、と言葉に詰まる。一生のお願いとまで言われると、断る方が酷に思えたのだ。
 …僕は本当に彼に弱い。
 時間が押していると僕を化粧室に連行しようとするスタッフの女二人の手を振り払って、「じゃあ君が着せて。ほら早く」とタキシードの腕を引っぱる。ほっとした顔の彼が「うん、化粧はできないからやってもらおうね」と余計なことを言うからべしと頭を叩いておいた。
 ウェディングドレスを着た感想? そんなもの、最悪だ、としか言いようがない。
 Aラインのドレスは裾が広がっていてふわふわするし、ドレスにわざわざ引きずる長さのレース地をつけるから余計歩きにくいし、ベールは視界で邪魔だし、もう、最悪だ。ちゃっかりヒールのある靴まで借りてきてさ。用意周到じゃないか。絶対あとで後悔させてやる。
 はぁ、と溜め息を吐いた僕に「キョーヤやっぱりきれいだ」と笑った彼を睨めつける。白いタキシード姿の彼をぎりぎりと力いっぱい睨んで、やめた。いつまでもを睨んでいたって仕方がない。
 不本意ではあるけど、この格好で結婚式をしないとならない。逃げ出したいくらいだけど、僕らと神父以外に誰もいない空間から羞恥心で逃げ出すのも、何かに負けたようで悔しいから、逃げない。
 長いのは面倒だからと簡略化された式はあっさりとしていたけど、早くドレスを脱ぎたかったので、その方が都合がいい。
「それでは、誓いの言葉を」
 結構な歳の老人神父に、が口を開く。「私たちは、夫婦として、順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも、生涯、互いに愛と忠実を尽くすことを誓います」…歯の浮くような台詞だけど、普段から甘いことばかり言っているには似合っていた。僕も同じことを復唱しないとならないらしいので、ぼそぼそと、神父と彼だけに聞こえるだろう声で彼の言葉を復唱した。そうしないと進まないから。
「…よろしいですかな?」
 誓いの言葉を言ったっていうのに再度確認してくる神父に眉根が寄る。「キョーヤ」と呼ばれて隣に視線を投げれば、彼は困った顔をしていた。「お前が機嫌悪い顔してるからだよ」「…誰がさせたと思ってるの?」「俺です。ごめんなさい」「…はぁ」知らず知らずのうちに眉間に皺が寄っていたらしい。意識して表情をなくす。「いいから進めて」と神父に声を飛ばすと、こほん、と咳払いした神父が場を仕切った。
「では、誓いのキスを」
 神父の言葉に、さっさとすませようと向き直った僕をがじっと見つめてくる。
 …僕が、男がウェディングドレスを着てるっていうのに、全力できれいだ似合ってるって嬉しくもない言葉を連発して、バシバシ写真を撮って。一人で喜んで嬉しそうにして、馬鹿みたい。本当に馬鹿みたいだ。そんな君を見ているとあんなにイラついていた心が溶けていく、そんな甘い自分も馬鹿みたいだ。
(…悔しいから言ってあげないけど、タキシード似合ってるよ。君はそういうスーツ系のものをそつなく着こなすね。仕事柄着慣れてるせいかな)
 すっと伸びた手が僕の視界を邪魔していた白いヴェールを丁寧に取り去る。
 いつもならすぐに唇に重なる温度が、ゆっくりと、焦らすようにしか近づいてこないことがもどかしい。
 形式? そんなもの僕が重んじるとでも思っているんだろうか。はっきり言って僕は伝統とかどうでもいい。したいことをしたいときにする。喧嘩したいときにはトンファーを振り回すし、セックスしたいときはを誘ってその気がなかったとしても落とす。
 だから、もどかしいと感じたから、自分からキスしてやった。目を丸くして驚く彼にべっと舌を出す。ざまぁみろ。
 こほん、と咳払いした神父を無視しての首に腕を回してキスを続行。こらこらと引き離そうとする彼に抗って口紅のついた唇を押しつけて舌で誘った。さすがに誘われてくれなかったけど、僕を剥がした頃には彼の唇は口紅で色づいていたので笑ってやる。ざまぁみろ。
 こほんこほんと咳払いする神父にあははと苦笑いした彼と、ぷいとそっぽを向いた僕。
 式はマイペースに進み、結婚誓約書やらなんやらを書いて、最後にお互いの左の薬指に指輪をはめたことで一応の形を終えた。

「よしキョーヤ外へ行こう!」
「はぁ? ちょっと、引っぱるな、転ぶってば。僕は着替えるっ」
「駄目駄目写真撮るんだから! 撮ってもらうんだから! ほらおいでっ」
「いーやーだっ」
「あーもーおいでってば! 本当似合ってるよ、悩殺もんだよ、すごくきれいなんだから! 写真に残したいんだって! ウェディングドレスなんてもう着る機会ないよっ?」
「一生着ないはずだったんだよこんなものっ。離せ、着替える!」
「いーやーでーすーそのままでいて! あとでなんでもお願い聞いてあげるからそのままでいて!」

 僕の手を引っぱる彼とぎゃあぎゃあ言い合いながら、結局外まで連れて行かれた。レース地は外されたけど、足元は慣れないヒールで歩きにくいし、スカートはふわふわして歩くのにすごく邪魔だし。こんなもの早く脱ぎたいのに、が鬱陶しいくらい譲らない。
 ……ああ、もう。一生懸命な彼に抵抗するのが面倒くさくなってきた。
 赤い絨毯の敷いてある螺旋階段を手を引かれて危なっかしい足取りで下りきり、正面の両開きのドアを押し開けた彼が「ほらいい景色!」と一人はしゃぐ、その手に手を引かれて外に出る。
 ざわりと吹いた風は緑の香りがした。
 …馬鹿みたいだ。こんな僕のことをきれいだと本気で言う彼も、そんな彼に流されて結局許してしまう僕も、馬鹿みたいだ。
 ふいにぎゅっと抱き締められた。「本当にきれいだ。剥きたいくらい」と囁く彼にかっと顔が熱くなる。どん、とその胸を押して身体を離して「馬鹿言ってるな」とこぼして顔を背けた。借りてるものにそんな乱暴なことしたらどんな請求が来ると思ってるんだ。わからない君じゃないだろう。
 あははと笑った君が言う。「キョーヤ、好きだよ。大好きだ。全身全霊で愛してる」と跪いて僕の手を取り、手の甲にキスをした。
 そんな口付けは日常茶飯事だというのに、着ているものと、この場所という空気が、その瞬間を特別なものへと変えていく。
「死ぬまで、ずうっと想ってく」
「……馬鹿言ってるなよ。死ぬときは一緒だ。一緒に生きて一緒に死ぬんだ。君が一人で想っていく時間なんてあると思わないでよ」
 ぼそぼそと言い返すと、はきょとんとした顔で僕を見上げて、幸せそうに笑った。
 …君があんまりにも幸せそうに笑うから、僕も自然と笑っていた。
 その瞬間、離れたところで僕らについていたスタッフが持っていた彼のカメラが瞬いて、僕らの時間を明確に切り取って保存した。